概論
これを読む者たちは寿司の成り立ちについて、つまり現在のような寿司が精々ここ200年で確立したものだと知っていることだろう1。だが文献によれば奈良時代には"スシ"は食されていた2。米で包んだ魚を長期間発酵させた発酵食品だ。更に時代をさかのぼれば、寿司の起源は東南アジア、稲作地帯であったと考えられる。
では一番最初に握られた、いやさ、漬けられた"スシ"の姿、そして実力はどのようなものであっただろうか。一説によれば協会が江戸前以外を邪道とするのは、古の力を持つ寿司を恐れるからだという。資料によっては太古の"スシ"の中には、虚像を用いて分身したり、瞬間移動したりするものもあったと馬鹿げたことも書いてある3。それらはさすがに誇張であるにしても、古の力自体はやはり強力なものなのだろう。
闇寿司の目的の一つとして、俺はこうした太古の"スシ"の再現を掲げてきた。残滓を歴史に求め、類似の寿司を現在に探した。そして先日、突如として探知システムに古の寿司の反応があった。大きな発見だったが、そのことで闇寿司は全く異なる困難に直面することとなっている。その顛末と今後について、綴ろうと思う。
スシブレード運用
物理攻撃力
物理防御力
特殊攻撃力
特殊防御力
耐久力
機動力
重量
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まずは観測された"原初のスシ"について述べていこう。残念なことに実物を回収することは出来なかった。だが握った人物との交信に成功し、それを基にした推定性能を示す(図-青)。参考までに、現在に残る発酵系寿司である鮒寿司のパラメーターを示しておこう(図-赤)。"原初のスシ"はどうやら魚の切り身を発酵させたもののようだ。ネタの種類の特定には至っていないが、北米において存在が確認されたこと、及び使用者の証言からマスの可能性が高い。
特筆すべきは物理系のパラメーターの高さだ。通常、発酵系のスシブレードは精神操作に代表される特殊能力を主として運用される4。どうしても強度の問題から物理系の能力は通常のスシブレードに一歩劣ってしまう。だが、この"原初のスシ"は製法が特殊である為か、身に十分な強度が備わっている。精神操作を主力としつつ、自身で直接戦闘も可能という優秀な寿司であることが分かる。
他の活用法
"原初のスシ"の性能は高い水準でバランスが取れたものだが、闇寿司が現在開発中の寿司にも、それぞれの性能に特化した強力な寿司がある。また今後十年と経たずに本寿司と同様か、それ以上の寿司が開発されることだろう。
"原初のスシ"の本質は、その未知なる部分にある。このスシをどうやって作ったのかを知ることは、闇寿司が協会に対して戦力上の劣勢を克服して余りあるアドバンテージを確保することになるし、発酵系のスシブレードや精神操作の研究を更に進展させると期待される。或いは、俺たちが全く知らない、太古の"スシ"固有の力があるのかもしれない。それを明らかにする為に、俺はこの寿司を回した人物と精神酢飯接続を用いて対話を行うことにした。
エピソード
精神酢飯接続はスシブレーダー同士の感応を選択的に増強し、念話を可能とする技術だ。盗聴の可能性もなく、また外部からの干渉を受けない。その筈だった。いや、記録を見る方が話が早いだろう。"原初のスシ"の持ち主との接続の記録を以下に示す。
接続対象: 不明5
主接続者: 闇
付記: 第一回目の精神接続は妨害により中断6。防御措置対応済み。
<記録開始>
闇: 前回は接続を保てず申し訳なかった。続きから話をさせてもらえるか。
不明: 結構です。しかし、保安部門が動いているのが気掛かりです。この通信方式 精神酢飯接続といいましたか には驚きましたが、彼らとて専門家である以上、次はないものとお考えになった方がよろしいかと存じます。
闇: 分かっている。
不明: 前回お話した方はご無事ですか?
闇: 気遣いは結構。我々とて専門家だ。
不明: それは、失礼致しました。
闇: では確認させて頂こう。あなたは以前、寿司を回した。その縁により今こうして感応が可能となった訳だが、それは意図したものだったのか?
不明: いいえ。私は普段、穀物との接触は避けています。それがある日、非番の職員が食堂で寿司を回して遊 失礼、自主的なオブジェクト評価試験を行っているのに遭遇致しました。通り掛かった私の方へと寿司が弾き飛ばされたのです。そのまま当たりでもすれば相手に大けがをさせてしまうと考え、咄嗟にそれを受け止めました。当然米は腐敗したけれども、いつもと様子が違っていました。
闇: 発酵した、と。
不明: はい。液状化した米は生魚を包み込んだかと思うと、瞬く間に消えていました。残された切り身を思わず取り落とすと、金色に輝きながら回転を開始した7、というのがあの日起こった出来事です。
闇: 我々はそれが"原初のスシ"であると考えている。さらに言えば、あなたがかつてそれを作ったのではないかと疑っている。
不明: いいえ、初めて触れるものでした。確かに私はアジアにいたことも、そこで魚を口にしたこともあります。それでも今回のような事象は起こりませんでした。私を起源とするものではないと存じます。
闇: そうか。では一つ提案をさせてくれないか。あなたをそこから助け出す代わりに、我々にそのスシを授けて欲しい。
不明: [若干の沈黙の後] 残念ですが、そのご提案にお応えすることは出来ません。私には財団から離れたくない理由があるのです。
[警告音。精神接続への干渉を感知]
闇: 財団、とはなんだ?それがあなたのいる場所か。
不明: なるほど、あなた方は寿司の暗黒面には通じておいでのようですが、この世界の闇には不慣れな様子とお見受けします。知識や力をお求めになるのなら、闇の中にこそ見つかりましょう。星を目指すウナギ、生きた寿司を握る職人、或いは図書館、こうした言葉をご記憶下さい。
闇: 世界の、闇だと。
不明: 外部の方とお話しするのは久々で、楽しませて頂きました。寿司を回すのも同様です。これは、ほんのお礼とお考え下さい。あなたの言葉、江戸の言葉でいえば義理と人情となるでしょうか。
闇: 待て、どこでそれを!
不明: さようなら、闇の親方。ようこそ、闇の世界へ。あなたの提案は嬉しかった。願わくば準備と知恵に基づく幸運が、あなた方に訪れますように。
<記録終了>
その男の正体は、結局不明のままだった。紳士的だったが機械のように冷たい思考を感じた。ほぼ同時期に、闇寿司本部に妙な書類が届いていた8。どうやら、この世界には俺たちの知らない存在が蠢いていて、それらと関わり合いになってしまったようだ。だが、あの男は言った。その闇の中にこそ知識と力を求めよと。
だから俺はここに宣言しよう。闇寿司は世界の闇と向き合う。邪魔をする組織とは戦い、手を組める組織とは協力関係を模索し、俺たちの知らない寿司を求める。我らこそが闇寿司。この名が飾りでないことを、精々見せつけてやるとしよう。
関連資料
「日本生類創研総合カタログと共同研究提案書」
『商品のご案内を申し上げます。寿司をさらなる高みに押し上げるお手伝いを!』と書かれている。
「マナによる慈善財団の青少年支援プラン」
『恵まれない紛争地帯の子供たちに食と遊戯を届けませんか?』と書かれている。
「恋昏崎テナント募集のお知らせ」
『飲食店の少ない同地は貴団体を歓迎いたします!』と書かれている。
文責: 闇