以下は、新寿司評価試験部部長代行1 織原 真衣による報告である。
概論
"融合の握り"は、"回らない寿司協会"において過去に開発された寿司の運用法のひとつである。
回らない寿司協会の構成員のほとんどは、その「寿司は本来回らないもの」というイデオロギー故にスシブレード試合において根本的なディスアドバンテージを負っている。寿司の回し方すら体得していない者も少なくなく、実戦に耐えうる回し手も「寿司を回す」という行為自体に対する嫌悪感や「スシブレードを楽しんでしまうのではないか」という畏れを恒常的に抱いているため、彼らの寿司筋は常に鈍りがちなのだ2。
融合の握りは、寿司職人の本道とされる「寿司を握る」という行為に攻撃性を付与することで、その現状を打開すべく立案されたプランだった。
このアイデアにはひとつの利点がある。スシブレーダーであっても、回す前には寿司を握る(あるいは、何らかの"広義の寿司"を用意する)という行程を経なければならない。その段階で攻撃が可能となるということは、対戦相手に対して確実に先制できるということを意味する。
しかしながら、握り終わった後の寿司が回らない寿司だったならば、先制攻撃を凌がれ長期戦に持ち込まれてしまった場合、このアドバンテージは即座に消滅してしまう。それ故に、融合の握りの開発者は先制第一撃のみで確実に相手を無力化することができる攻撃法を求め、それを可能とする手段を実装した。
核融合反応による急激なエネルギー放出──核爆発である。
スシブレード運用
攻撃力
防御力
機動力
持久力
重量
操作性
融合の握りは、厳密には前述のようにスシブレードではないが、標準スシブレード性能チャートで性能を表すとこのようになる。
核融合反応を発生させる方法はいくつかあるが、そのうちもっとも有名なものは、対象となる原子を超高温・超高圧に曝すことで核種同士を融合させる熱核融合であり、一般的な核融合爆弾は核分裂爆弾をプライマリ(起爆剤)とすることでこれを生じさせている。一方、融合の握りは寿司職人の握力を特殊なトレーニングによって著しく向上させ、その手の内に超高圧・超高密度環境を作り出すことによって、寿司を構成する原子に核融合反応を引き起こさせている。その発生メカニズムから中性子星内部で見られるピクノ核融合に近い現象が生じているとも考えられるが、適切な計測機器を用いた融合の握りの観測事例が極めて少ないため、十分な検証は行えていない。
核融合反応による爆発を引き起こした後は寿司も蒸発してしまうため、融合の握りは基本的に使い捨ての攻撃手段であり、チャートにおける持久力・防御力の著しい低さはそれを反映している。回らない寿司である以上、機動力もゼロである。また、融合の握りはあくまで握りの技法であるため、特定のネタを使用する必要はない。そのため、重量は暫定的に中央値である5としている。スシブレードとしての操作性も皆無ではあるが、後述する運用法の簡便さを加味して5と評価している。
融合の握りは、その握り方によって爆風に指向性を与える、核出力を調節するなど、ある程度の威力のコントロールが可能であると見られる。中でも核出力の下限の低さは特筆すべきであり、被害規模が使用された寿司店の全損に止まったケースがほとんどという戦歴は、アンダーコントロールな核爆発装置としての優れた性能を示している。しかし、それでも使用者は相手と同等かそれ以上のダメージを負うため、寿司そのものの消滅も相まって、一度使用した後の継戦能力は極めて低い。
なお、融合の握りの使用に際して、一般的な核融合爆弾で見られるような放射線や放射性降下物は確認されていない。これは、融合の握りが放射性降下物の発生原因であるプライマリ用核分裂爆弾とは無縁なことに加え、寿司内の元素のうち、核融合を起こしても放射性物質を生じさせないものを選択的に融合させているためと推測される。
融合の握りによる戦闘に際し、使用者が行う必要がある動作はただひとつ、指定された方法で寿司を握ることのみである。単一の動作に特化したこの運用法は、スシブレードの機動制御法を体得する必要があるスシブレーダーに対して、訓練の面でもアドバンテージを得ることになる。こちらが1人のスシブレーダーを育成する間に、回らない寿司協会は10人の寿司職人を戦力化することができるのだ。
前述のように、融合の握りに使用されるネタは特に指定されていない。しかし、開発者は実験にマグロの赤身を使用しており、ボウ委員会やGRU"P"部局、JAGPATOといった各国の超常機関は融合の握りをこの寿司の固有能力と誤認。これに「レッドマーキュリー」というコードネームを付与していた。
エピソード
闇寿司が融合の握りの存在を確認したのは200█年、回らない寿司協会傘下の寿司店に対する定期襲撃を行っていたスシの暗黒卿・御蓮寺 恋治氏による報告が最初の事例である。
御蓮寺: 行くぞ! 3、2、1、へいらっぐあああああぁぁぁぁぁッッ!!!!
以上の記録において、当該寿司店の主人は御蓮寺氏が"カレーパン"をシュートしようとした直前、自身が手にしていたサンマの握りを強く握りしめ、直後に核爆発を生じさせている。その有効半径内に位置していた御蓮寺氏は、スシブレーダーが誰しも纏うスシオーラが防護フィールドとして機能したため死には至らなかったものの、全治1ヶ月の重傷を負って戦闘能力を喪失、その場から遁走するに至った。
その後、同様の事態が複数回報告され、いずれの事例においてもスシブレード試合に持ち込む以前に決定的な攻撃を受けていることが判明するに至り、闇親方は第1級の闇寿司非常事態を宣言。敵の戦術が解明されるまで回らない寿司協会の構成員との戦闘を回避するようにとのを通達を発するとともに、この未知の攻撃法に対する専従調査班を設置した。リーダーに任じられたのはルベトゥス 睦美氏。通常のスシブレードとは比べ物にならない初動の速さを誇る攻撃手段、"ライフル"を体得しているが故の人選である。
そして、普段は新型寿司の評価試験を担当している私もまた、この調査班への参加が下命されたのである。
我々の目下の任務は威力偵察、この攻撃を使う人間と実際に戦うことだった。寄せられる報告はいずれも不十分で、核爆発の類であることまでは推測できたものの、詳細な性能はまったくもって不明だったからだ。過去に遭遇が報告された寿司店はいずれも爆発によって損壊し営業を中止していたため、我々は回らない寿司協会の所属店を片端から襲撃することで捜索を試みたが、実際に使用者と接触するまでにはかなりの時間を要した。今思えば、この時点で配備状況の歪さに違和感を覚えるべきだったのかもしれない。
我々が融合の握りの使用者と初めて接触した時には、すでに捜索開始から約1ヶ月半が経過していた。そして、これが最後の接触事例となる。相模灘に面した伊豆半島の片隅に構えられたその寿司店は、観光で賑わう熱海市の中心街からは適度に離れ、漁港から程近いという立地にこそ恵まれていたものの、こちらがローラー作戦を実施していなければ捜索の網にはかからないだろう、そのような店舗だった。
私は客がいなくなったタイミングを見計らって、店外に計測装置を設置しつつ前衛としてその店に突入し、付け場に立つ初老の店主に対してスシブレード試合を申し込んだ。しかし、その途中であることに気づく。店主が手にしている1貫のマグロの握り、妖しく赤く輝くそれは、闇寿司忍者がもたらした"P"部局の内部資料に記されていた「レッドマーキュリー」に他ならない、と。
店主: 寿司を回す……? バカ言っちゃいけねぇやお嬢さん。寿司はまず、握るもんでしょうが……。
この店は本命中の本命だ。己の心が直感的に確信するのと、その手を握りしめようとする店主に対して身体が本能的にシュート動作に入るのと、どちらが先だったのかは覚えていない。
織原: カウント省略へいらっしゃい!
コンマ数秒の後、店主の手から音よりも速く閃光が迸る。……爆風が吹き抜け、光芒が薄れ、それでもなお私はかろうじて立っていた。
肉体にダメージが入っていなかったわけではない。スシオーラのの加護を加味してなお、常人であれば継戦不能になる程度の打撃は受けている。しかし、スシブレーダーの精神と身体は己の寿司とリンクする。核の洗礼を受けてなお、いまだスシブレードとしての最低限の機能を堅持し、重戦車のごとくゆっくりと確実に回り続けるそれが、その場に立ち続ける力を私に与えていた。
仮称"オブイェークト279"、その大質量と全周海苔がもたらす高い防御性能が評価される"バクダンおにぎり"3をベースに、スシブレードとしての限界ぎりぎりまで重装甲化を推し進めた、対融合の握り用の試作スシブレード。初の実戦評価試験において、その性能は実証された。高級有明海苔とかやくご飯をミルフィーユ状に積み重ねた爆発反応型多層式シーウィード・アーマーは、全27層のうちわずか2層を残すのみになりながらも、爆風をそらすように絶妙に計算された外装形状と協同して、その本体を守り切ったのである。
直後、相手が継戦能力を維持していた場合に備えて後衛として店外で待機していたルベトゥス 睦美氏が店内に突入し、店主を攻撃。融合の握りの使用による消耗に加え、完全に不意をつかれた状態でSG550による3点バースト射撃の直撃を受けた店主は致命傷を負い、数分後に死亡した。その後我々は店内を捜索し、隠し金庫に保管されていた融合の握りに関する開発資料を接収。死亡した店主こそがこの技法の開発者であるという確証を得た。なお、当該資料はメモ程度のものが主で、「寿司職人としても勘や経験」に頼ることを前提にした部分も多く、融合の握りの技術的詳細を把握することはできなかった。そのため、闇寿司による再現実験もいまだに成功事例はない。
なお、店主が死亡するまでの数分の間、彼と私との間に以下の会話があった。融合の握りの開発動機は、この会話ログから読み取ることができる。それが寿司職人としての信念の結実なのか、寿司守旧勢力の頑迷なイデオロギーの産物なのか、あるいは。それは個々人の解釈に委ねられるべきであろう。
店主: 核爆発を受けても回り続ける寿司か……。そこまで行っちまって、悍ましいとは思わねェのかい?。
織原: 思いません。革新的な攻撃手段が出現すれば、それに抗える対抗手段が出現するのは世の常です。それが高みへ至る歩みなのか、血を吐き続ける行軍なのか断言することは不可能でしょうが、それがスシブレードであるならば、私は前者であると確信しています。
店主: そういうことじゃあねェんだ、お嬢さん。寿司っていうのは一期一会なもんなんだと俺は思う。俺が握ってこの世に生まれ、お客さンが食べてこの世から消える。それが正しい寿司のあり方だぜ。お前さん方が名前を付けてまで後生大事にひとつの寿司を抱え込んでるその姿が、俺には死人を生かし続けているようなもんに見える。
織原: ……あの攻撃手段の異常なまでの継戦能力の低さ、一度使えば消え去ってしまう性質は、あなたの主義を反映したものだということですか。
店主: そうだな。俺は寿司も好きだが花火も好きでねェ、熱海の海の上でやる奴は毎年見に行ってるんだが、あれもまたパッと開いてパッと散る、そのわずかな時間だけで人を悦ばせるもんだ。どうせ寿司を戦えるようにするなら、一瞬の大輪を夜空に刻むあの粋な風情を、寿司に落とし込みたかった。寿司を回さない連中の中でも、良さをわかってくれた仲間はほとんどいねェけどな。なあ、上手くいってるだろ?
織原: あらゆる寿司の性能を適切に評価すること。それが私の仕事であり、人生を懸けている願望です。あなたの生み出した攻撃も、今後可能な限り公正に評価することになります。
店主: そうか、そりゃあいいかもなぁ。ああ、もう手が冷たくなッてきやがった。人生ってやつも、結局は一瞬で散る……美しいのかも、しれんなぁ……。
評価
約束を果たす意味も込めて、ここで融合の握りの評価を述べることにする。
性能の特性に関してはスシブレード運用で示した通りであるが、それを前提に総評を下すならば、スシブレード試合においては使い物にならないであろう。というのが結論となる。
融合の握りは、軍事的観点に立って分類するならば、その種の兵器のみで敵国を壊滅させ戦争を決することを目的とした戦略核ではなく、前線において攻撃手段のひとつとして用いられる戦術核4であると見なすことができる。複数の部隊、多数の兵器、無数の兵士がそれぞれの役割を分担する諸兵科連合をもって運用するならば問題はない。戦術核はその一部に過ぎず、仮に核の運用に単能化した戦闘単位が存在したとしても、他の戦闘単位でもってその歪さをカバーできるからだ。
しかし、我々が臨むことになるのは戦争ではなくスシブレード試合である。その戦いは軍勢対軍勢のぶつかり合いではなく、1対1、多くても少数対少数という形で生起することが主であり、武器となるスシブレードには一定の汎用性が求められる。攻撃型のスシブレードであっても回避機動を取ることはあるし、防御型のスシブレードでも相手の攻撃と切り結ぶ必要性は生じるわけで、ほとんどのスシブレーダーは半ば無意識のうちにそれを前提としたスシブレード構築を行っている。
だが、融合の握りはその観点に立脚していない。ただ一撃で必殺の痛打を加えるのみという設計思想は、己が不得手な状況に持ち込まれた時のことを考慮していないのだ。実際、我々が伊豆半島で融合の握りに対して取った戦術は、いずれもこの穴を突くことを目指したものだった。核爆発に耐え得る新型スシブレードの投入、1人目が核の直撃を受け止め、2人目が後を引き継いで攻撃を継続するツーマンセル体制の徹底。これらの対策をもってすれば融合の握りは容易に攻略することができ、使い手側がその穴を埋めることは容易ではない。
ひとつの戦い方のみで硬直しきった者は失敗する。それは、1960年代のアメリカ空軍が陥ったミサイル万能論や、1970年代のイスラエル陸軍を支配したオール・タンク・ドクトリン、それらがその後の歴史に否定された事例を見ても明らかである。融合の握りは、過去の戦史や常識というものを省みることを怠り、美学や浪漫のみをもって「こうすれば強い!」という机上の空論を実行しようとした悪しき先例のひとつと言える。新寿司評価試験部の一員としては、闇寿司の諸氏がこの事例を反面教師として受け止めることを切に願いたい。
なお、以上はあくまでスシブレードとしての評価である。通常の寿司としての評価は、伊豆半島の戦いより数ヶ月後に回らない寿司協会の臼倉 膳座会長が発した「融合の握りは封印しろ。回らなければいいというものではない」という通達に集約されている。融合の握りは、そもそも協会上層部の承認を得ることなく開発が進められたもので、運用法もごく限られた開発者の友人のみが知るという状態だったらしく5、協会内においてもこの通達は遵守されているようである。
彼らがそのような結論に至ったのは至極当然であろう。融合の握りを用いた寿司は、人の口に入ることはないのだから。
他の活用法
「小型の戦術核」として見た場合、寿司1貫分のハードウェアしか必要としない融合の握りは、一見すると極めて優秀である。しかし、その核融合反応は寿司職人の感性と技術に依存しており、極秘裏に機械的手段による再現を試みた軍事研究機関はいずれも失敗している。
核弾頭に限らずまともな兵器というものは、運用者を可能な限り安全圏に置いた上での運用が基本であり、遠隔での起爆手段が存在しない現状では、融合の握りの兵器化の可能性は極めて低いと言えるだろう。もっとも有効性が高いと思われるのは生還を前提としない自爆テロにおける使用であり、各国および超国家的な超常機関がいまだに融合の握りへの警戒を続けているのはこれが理由と考えられる。
関連資料
闇寿司内部資料No.1967 "イッカーン報告"
スシの暗黒卿ハーマチ・イッカーン氏を座長とする闇寿司シンクタンク「イッカーン委員会」によって纏められたレポート。回らない寿司協会の思想とそれが彼らの動向に及ぼす影響について論じ、「協会は、排除できない規模にまで成長したスシブレード界を"せめて"統制しようとしている」という結論を導いている。
闇寿司ファイルNo.044-D "ローリングス・ファニーズ"
スシの英国卿K・J・ローリング氏が考案・開発したD指定スシブレード群。ローリング氏自身を含めて誰ひとりとして制御できなかった"パンジャンドラム"を筆頭に、融合の握りの設計思想的同類、あるいは上位存在によって構成されている。
闇寿司ファイルNo.092-D "イエローケーキ"
核反応の産物を利用したスシブレード。使い手が被る健康被害を理由にD指定がなされているが、この健康被害は累積的に身体を蝕む類のものであるため、短期間接触するのみの対戦相手に対する攻撃性は高いとは言えない。使い手のダメージのみが残るという本末転倒さこそが真の問題点と言える。
闇寿司ファイルNo.114 "タマゴフェニックス"
「握り撃ち」というシュート方式で初速を追求したスシブレード。大握力を利用する点が融合の握りと共通している。握力に耐えうる軽合金フレーム「O.S.S.ギア」の内蔵に至ったため可食性を失い、使用者はスシアカデミアを追放され闇寿司に身を寄せている。
闇寿司ファイルNo.208 "爆転ニギリ"
闇寿司構成員によって考案された爆発型のスシブレード運用法。スシブレードとしての運用を前提としているため融合の握りよりは汎用性に優れるものの、その性能はエルマ聖印奇跡論を利用した複雑な仕様に依存しており、整備性などの面において「ドクター・トラヤーしかメンテナンスできない」という難を抱えている。
闇寿司ファイルNo.279 "オブイェークト279"
ファイル中にもあるように、No.079 "バクダンおにぎり"をベースとした超重防御型試作スシブレード。仮想敵を融合の握りのみに限定し、「核爆発を凌ぎさえすれば相手も戦闘力を喪失している」ことを前提に設計を行ったため攻撃力・機動力が極めて低く、対融合の握り戦以外での実用性は皆無に等しい。
闇寿司ファイルNo.1954-D "『G』の握り"
「熱核戦争後も種が生存する」と言われるほどの生物的な強靭さをもって融合の握りに対抗することを意図したスシブレード。基礎設計段階で闇親方に心底嫌そうな顔で「それだけはやめておけ」と制止されたため、計画中止。現在、後継となる"クマムシの握り"を研究中。
文責: 織原 真衣