闇寿司ファイルNo.縺ゅ′繧� "ブラックホール"
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兄の勝が亡くなって数年が経つ。初めて兄の店を継いでほしいと言われたとき、栄は複雑な心情だった。栄はかつて勝と切磋琢磨する握り職人だったが、そのスタンスの違いで袂を分かつ結果となっていた。しかしそれから年月は経ち、勝が亡くなるころには二人のわだかまりは小さくなっていた。それでも栄が「おにぎり屋 勝」を継ぐ決意をするまではかなりの時間を要した。そして彼の持つ埼玉の店は娘に任せ、宮城に戻ってから数ヶ月。ようやく栄は店のオープンまでこぎつけたのだ。

栄が開店準備のために隅々まで雑巾がけをしていると、戸棚の奥の方に見慣れぬファイルを見つけた。その使い古されたファイルの表紙には「闇寿司ファイル」と記されていた。闇寿司、聞いたことがない言葉だった。「あんじゅし」とでも読むのだろうか。

ファイルを開くと最初のページには「闇寿司ファイルNo.001 "ハンバーグ"」とあり、ハンバーグの特徴などが記されていた。ハンバーグの"攻撃力"などという記述には首をひねったが、読み進めていくうち、どうやら料理について調査したファイルであることを栄は理解した。「カリフォルニアロール」など知らないものもあったが、「ラーメン」「カルビ」などなじみ深いものも多い。

しかしパラパラとめくっていくうちにファイルに異変が現れた。最初は目がおかしくなったのかと栄は思ったが、実際ファイルの文字は次第に薄れている。そして崩れ去るようにページから文字は消え去り、気づけばファイルは真っ白になっていた。この最後の1ページを残して。


闇寿司ファイルNo.縺ゅ′繧 "ブラックホール""


ブラックホール

ブラックホール

概論

ブラックホールとは極めて高密度な天体である。簡単に言えば、ブラックホールはそのサイズに反してとてつもなく重い天体だ。一説には、地球を圧縮し直径2 cmの球にしたときにようやくブラックホールになると言われている。そこから生じるすさまじい重力は光すら逃げ出すことはできず、まるで宇宙に暗闇の穴が空いたかのように見える。一般にブラックホールは、太陽の30倍以上の質量を持つ星が死を迎え、超新星爆発をおこした後膨大なガスやコアが際限なく収縮し続けた結果生まれる。

ブラックホールが一体寿司と何の関係があるのかと思うのが普通だろう。しかし寿司を握ることを思い出してほしい。米一粒一粒を握って一つに集める。この「握る」という動作、これを限界まで極め圧縮すると、そこにブラックホールが生まれるのだ。もちろん人間には、いや生半可な神とて無理な所業である。

だが、寿司の影ともいえる闇寿司の根源にして、寿司職人が堕ちる闇そのものである"永遠の闇"はそれを可能とした。"永遠の闇"は代々闇寿司の首領を操り、寿司を全宇宙に広め寿司で世界を闇に呑み込むため暗躍していた。私もかつては操られた一人だった。兄の勝との対立、己の修行の成果や新たな寿司開発を邪道と切り捨てる者からの迫害から闇寿司思想に染まった私は、"永遠の闇"に心を蝕まれ闇と名乗った。あの少年たちと兄がいなければ今ごろどうなっていたことか。

話を戻そう。"永遠の闇"は全宇宙に広まった寿司を一点に集めそして「握った」。こうして生まれたのが「ブラックホール寿司」である。

スシブレード運用

攻撃力

防御力

機動力

持久力

重量

操作性

チャートは載せたが、正直無意味といっていい。近付くもの皆呑み込むブラックホールには攻撃も防御もない。全てを押し潰す"闇"があるだけだ。"永遠の闇"が作ったブラックホールは近くの天体を巻き込みどんどんと巨大になっている。そして、この銀河、宇宙全てを呑み込まんとしている。これはもはやスシブレードだけでは手に負える問題ではない。

エピソード

"永遠の闇"が顕現し、宇宙中のあらゆる寿司は闇に包まれ姿を消した。タカオ、カイ、マックス、そして私は突如脳内に語りかけてきた謎の声に導かれ、寿司時空と呼ばれる別次元へ。そこにいたのは自身を""寿司の意思""と名乗る超越存在であった。"寿司の意思"は自身と"永遠の闇"とは何者か、そしてこの宇宙に訪れる滅びについて説明した。

そして、我々は"永遠の闇"がブラックホールを「握る」のを目の当たりにした。

カイ「ブラックホールなんてどうすればいいんだよ!?」

マックス「信じられません……」

タカオ「みんなあきらめちゃダメだ!俺たちは数々のピンチを乗り越えてきたんだ。今回だって何か打つ手があるはず!なぁ、俺たちを呼んだのもそういうことなんでしょう?」

寿司の意思 「その通りです。貴方方は古今東西随一の寿司の使い手。きっと闇を打ち払ってくれると信じています」

マックス「でも……どうやって……」

寿司の意思「それは……栄さんなら分かっているのではないですか?」

カイ「おい栄、どういうことだ?」

「心当たりはある。だが、その前に一つ確認させてくれ。お前は、なんというか、寿司そのものなんだな?」

寿司の意思「ええそうです。私は"寿司の意思"。寿司の神。寿司の悪魔。寿司の祈り。寿司の過去。寿司の未来。私は寿司。」

「わかった。……それならあんたを消せばいい」

タカオ「栄さん!?なにを!?」

「あのブラックホールは寿司で出来ている。なら寿司を消せばいい。単純だ」

寿司の意思「正解です。私が消えれば寿司という概念は完全に消失します。寿司も、その闇も、最初から無かったことになります」

タカオ「そんな……寿司が無かったことになるだなんて、無理だ!俺たちと寿司が培ったキズナはどうなっちゃうんだよ!」

カイ「そうだな、せめて今ある寿司だけを消すんじゃダメなのか。やり方はわからないが、他にもスシブレードだけをなくすとか」

寿司の意思 「それではなりません。たとえ今あのブラックホールが消せたとしても、"永遠の闇"は寿司が有る限り存在し続け人々を暗ませます。スシブレードが無くなろうと、今度はまた別の方法で寿司を広めることでしょう。……もはや寿司は広まりすぎました。根源を断つしかないのです」

「だそうだ。俺はやるぜ。憎まれ役は俺にお似合いだ」

カイ「おい、待てよ栄。アンタ一人じゃ危なっかしくてしょうがねぇ。俺もやるぞ」

マックス「二人でカッコつけてんじゃないですよ!僕もやります……!スシが失くなるのは悲しいけど……これ以上スシが悪用されるのは見たくないでぇす!」

タカオ「みんなおかしいよ……どうして……」

「タカオはそれでいい。そこでじっと待ってな」

タカオ「だって寿司が初めから失くなるってことは……これまでの寿司やみんなとの思い出も消えちゃうってことでしょ!?」

マックス「ア……」

カイ「確かにそいつは惜しいな。でも俺達が死ぬわけじゃない。それならまたどこかで出会えるはずだろ?」

「そうだ。お前が言うところのキズナは残るはずだ」

タカオ「ふふっ、あの闇、いや栄さんがキズナというなんて……あっ」

「どうした、大丈夫か?」

タカオ「うん。……ごめん、俺もやる。聞こえたんだ。ブラックホールの中にいる寿司たちの苦しむ声が」

「そうか……君には寿司の声が……」

寿司の意思「話はまとまったようですね。さあいらっしゃい、人の子らよ。始めましょう」

タカオ「ああ。全部終わらせよう」

そうして私たちは最後となる相棒の寿司を握り、"寿司の意思"と戦った。倒されることを自ら願っているとはいえその力は強大で、我々4人の力をもってしても紙一重の勝利だった。時間がないため最後の戦いについての詳細は割愛しなければならないことをお詫び申し上げる。

寿司の意思「ありがとう、寿がれし子たちよ……。闇は完全に消え、新たな世界の夜明けが訪れます。寿司とこの世界を救ってくれてありがとう……」

タカオ「こちらこそ今までありがとうございました……!」

マックス「ありがとう、スシたち……大好きでした!」

カイ「寿司次元が揺らぎはじめてきた。……お別れか」

タカオ「もうすぐみんなのことを忘れてしまうんだね」

カイ「なあ、もし、もしもだぞ。忘れないで覚えていたら、また遊ぼうな……」

マックス「ダイジョウブです!僕たち絶対会えまーす!」

「は。俺は忘れちまってるかもな」

マックス「ちょっと栄さーん!」

カイ「たしかに知らない外国人がいきなりハグしてきたら吃驚するな」

タカオ「そうだ、じゃあ今度出会ったら合言葉を言うっていうのはどうだ?もしお互いが覚えていたらすぐわかるように!」

カイ「いいなそれ。俺は乗ったぜ」

マックス「何がいいかな?」

「そりゃあいつものに決まっているだろう。俺らの合言葉は──」

そうして今、残されたわずかな時間で私はこの最後のファイルを書いている。ブラックホール、恐ろしい寿司だった。そして全ての根源である"永遠の闇"。我々はそれを打ち倒すために、寿司を犠牲にしてしまった。それは間違いなく最良の選択ではないだろう。おそらくこのファイルも消えてしまうだろうが、それでも書き残すのは、これは私が背負った罪の記録であり、寿司とのけじめだからある。これからの世界では過ちを繰り返さないことを願う。

文責: 栄

「馬鹿馬鹿しい」

ファイルを放り投げ、開店準備に戻る。店を始めようとする頃にはファイルは何処かへ消え、栄はその存在も忘れていた。

暖簾をかけ、看板を営業中にする。米の炊き具合は上々。ネタも選りすぐりを揃えた。再スタートだ。まもなく扉をガラリと開け、男の客2人が入ってきた。1人はまっすぐで清らかな目をした若者、もう1人は迷いを断ち切ったような強い目付きの若者。そして、栄は威勢のいい声で2人を出迎えた。

へいらっしゃい!おにぎり屋 勝へようこそ!」

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