異学壱柒伍 怪哉
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志号: 異学壱柒伍

志類: 魅

: 初め、蚩尤しゆう1戮に遭ひ、口眼閉ぢず。其の頭、化して虫と為し、其の鳴、「怪哉くわいや」と喚ぶに似たり。視の有る者にたちまたふるる有り、虫之を噛みて、数十里をはしりて死す。にはかに皆灰烬とし、黒気有りて噴涌して出で、化けて蚩尤の影と作し、須臾しゅゆにして散去す。後に黄帝大いに惧れ、命じて蚩尤を葬す。

: 漢武帝甘泉2に幸し、馳道中に虫有り、赤色にして、頭牙歯耳鼻尽く具へ、観る者識る莫し。帝乃ち東方朔とうほうさく3をして之を視せしむ。還りて対へて曰く、「此の虫の名は怪哉。昔時4無辜を拘繋し、衆庶愁ひ怨み、ことごとく仰首し嘆きて曰く『怪哉!怪哉』と。けだし上天をも感動させしめ、憤ずる所に生まるるなり、故に怪哉と名す。此の地必ず秦の獄処たり」と。即ち地図を按ずるに、信は其の言の如し。上又曰く、「何を以てか虫を去らん」と。朔曰く、「凡そ憂ひは、酒を得て解く。酒灌を以て、当に消すべし」と。是に於いて人をして虫を取りて酒下に置かせしめ、須臾にして糜散じんさんす。5

: 異学壱柒伍は、『太平広記』6の所志する怪哉なる者なり。身赤く、亦た巨にして亦た細し。面は人の如くにて、五官を全てそなふ。乃ち秦時の氓7が相伝するに、始皇は暴虐、二世は荒淫を以て、俱に斃るる。後に化け虫と成り、常に秦獄の址と号し、以て回報を求む。或いは之に近づき、其の耳語を聞くべし、つひに茫茫然たりて、己の何処なるかを知らざるなり。酒を以て之にそそぎ、其の怨気を化すべし。

漢武の時8、帝甘泉に臨し、初めて之を見ゆ、乃ち虫を取りて酒下に置くに、須臾にして糜散す。

建安五年9、曹操と袁紹官渡にて戦ふ。紹の兵精にして粮足り、操の勢すくなくして力薄し。操自ら勝つべからざるを知り、遂に一二の細作しのびを派し、虫を取りて紹の耳辺に置く。翌日、紹の帳下10の謀士田豊諫め、紹怒りて、牢獄に投ず。後に紹しばしばしば計を出してはやぶれ、遂に戦敗し、死に久しからず。

泰始元年11、晋武帝異学会の成員に命じて之を捜さしめ、参拾陸を得。上之を以て烏丸の残党を敵とし、大いに勝ち、遂に烏丸を滅ぼす。残余の者、憂うに足らざるなり。此の後銷声匿跡12にして、た尋ねず。

中和四年13、黄巢14敗れ死す。此の後15、一赤虫、太極宮の前において号す、其の声甚だ哀れなり、聞く者は悚惧す。其の時一侍衛之を斬らんと欲し、刀を抜きて奮をいだすも、遽に七竅16より血流れ、虫の前にて暴斃ぼうへいす。文武衆官大いに惧れ、皆競ひて宮城に走り、鳥獣も散ずると作す。虫の哭号の声いよいよ烈しく、猶ほ人言の如し。猶ほいはく、「唐王無道にして、当朝は朽木なり!」と。哀換久しく絶え、六日の後乃ち死して、俄に化して灰烬と作す。此の虫蓋し異学壱柒伍なり。此れ初めて之の国祚17を預見するを見る、蓋し其の未だうらなはずして先を知るは、吾人当に之を收め其の道を以てすべきなり。

後に五代十国18の時、狼煙しばしば起き、人民困苦す。屍横たはり、遍野の地、常に赤虫有りて野にあまねきて長嘨す。其の声を聞く者、若し白身に非ずも、必ず暴死するなり。異学会此の時███を得る。

天授[解読不能]19

永楽七年20、又た虫有りて宮城の前に見ゆ。時に虫曰く、「壮なる哉我が大明皇帝!壮なる哉我が天朝天下!」と。帝善びて之を待し、虫之を受けて惧るる意無し。21

[解読不能]嗚呼哀しきかな[解読不能]遂に亡ぶ。22

咸豊十年23、英法反軍京師に入りて、上遂に木蘭24かりす。英法軍焼殺搶掠25し、圓明園を焚く。後に英将軍有りて女皇26まうさく、「我焚焼するの園、中に怪虫有りて、我が軍槍27を以て之を殺すに、化して灰烬と作す。」此の後、再び踪迹無し!

: 吾聞く「生死命有りて、富貴は天に在り」と、此の虫此の如くにて、神助の有るが如し——或いは本を神と為すなり。蓋し此の虫、裸虫之に化け、五行の列に入らず、徘徊の苦に堕ちず、後に未だ卜はずして先を知るの能を得、預兆するは神器の力なり。或いは上帝之をして以て吾人の屠戮、残殺、簒逆、昏暴の悪を知らしむるのみ!嗚呼!哀しきかな!嗚呼!怪なるかな!

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