Monologue of B&D
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B&D: 俺達の前で、その扉はただならぬ気配を漂わせていた。

石壁にツタを這わせたその廃屋は、学校では有名な幽霊屋敷だった。いわく、夜な夜なすすり泣きが聞こえる。殺人鬼が住んでいる。この玄関扉を潜ったら生きては帰れない。

上等だ。この扉を潜れば、俺達は明日から学校のヒーローだ。怖くなんかない。俺達は顔を見合わせて笑う。親友のこいつが一緒なら、怖いものなんて何もない。

俺達の手が扉を押し開けようとした、その時。

「こりゃ、悪ガキども! 入るなって書いてあるじゃろが!」

わあっと叫んで逃げ出すのも、仲良く同時だった。幽霊も殺人鬼も怖くないが、ジェイムズ爺さんは怖い。まあ、今思えば親切な人だったのだろうが。

全く、俺達は双子みたいに良く似ていた。二人揃っていつまでもガキで、ヒーローに憧れ続けていた。そんな俺達の唯一の違いは──。

B: あいつは勇敢で、俺は臆病者だったことだ。

D: あいつは優等生で、俺は落ちこぼれだったことだ。

B&D: ジェイムズ爺さんの居ない時を狙って再挑戦しようという約束は、ついに果たされることはなかった。夏休みが始まる前に──。

B: 成績優秀な子供だけが入れるとかいう、全寮制の気取った学校に入れられて──。

D: アル中ヤク中、ついでにギャンブル中のクソ親父の夜逃げに付き合わされて──。

B&D: 俺達は離れ離れになってしまった。あの扉は俺達の手が届かない所へ行ってしまった。

B: あいつは俺のことを優等生だと思っていたんだろう。それは違う。俺はただの臆病者だ。

親に教師に世間体に、奴隷のように従順だったから、結果的に成績が良くなっただけのこと。大人からは問題児扱いされていたあいつとの付き合いだけが、俺にできた唯一の反抗だった。だから、あいつを無くしてしまった俺は、翼の折れた鳥だった。

言われた通りに勉強漬けの日々を送り、言われた通りに士官学校に入り、言われた通りに陸軍に入隊し──言われた通りに任務をこなした。そして気が付けば、俺は軍服にいくつもの勲章をきらめかせ、エリートと呼ばれるようになっていた。

そんな時だった、財団が接触してきたのは。

D: あいつは俺のことを勇敢だと思っていたんだろう。それは違う。俺はただの落ちこぼれだ。

馬鹿で、貧乏で、何にも取り柄がなくて、内心は常に劣等感にさいなまれていた。高い木に登ったり、店のシャッターに落書きしたり、夜の校舎に忍び込んだりする程度で大袈裟に褒めてくれるあいつのおかげで、何とか自尊心を保っていたのだ。だから、あいつを無くしてしまった俺は、群衆の視線に怯える裸の王様だった。

自尊心を保つために喧嘩漬けの日々を送り、自尊心を保つためにギャングになり、自尊心を保つために金と地位と力を求め──自尊心を保つために犯罪に手を染めた。そして気が付けば、俺は手錠を掛けられ刑務所にぶち込まれ、社会のクズと呼ばれるようになっていた。

そんな時だった、財団が接触してきたのは。

B&D: 財団のエージェントを名乗るその男は語った。財団、それは人知の及ばない脅威から人類を守る、世界規模の組織であると。

B: 男は俺をエージェントとして財団に迎えたいと言った。君の優秀さは、たかが一国のためだけに消費されるべきではない。世界人類のために役立ててくれないか。

D: 男は俺を実験の協力者として財団に迎えたいと言った。1ヶ月間、少しばかりリスキーな実験に付き合ってくれれば、財団の力で法律を捻じ曲げ、無罪放免にしてやると。

B: 親にも教師にも逆らえない臆病者の俺が、世界規模の組織に逆らえるはずもなく──。

D: 劣等感と虚栄心に凝り固まった愚かな俺が、それが甘言だと見破れるはずもなく──。

B&D: 俺は財団の一員となった。

「財団へようこそ、歓迎するよ。今日から君の名は──」

B: 「──エージェント・バークレーだ」

D: 「──D-14134だ」

B&D: はは、その挙句が、このザマか。

アイテム番号: SCP-1983

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-1983を囲むように駐屯地54を建造し、化学プラント工場に偽装してください。"プラント工場"は機動部隊Chi-13("少年聖歌隊")の兵舎として……

説明: SCP-1983-1はワイオミング州███████郡にある平屋の農家です。"悪魔的"カルトによるものと伝えられる連続した儀式的殺人の後……

B: 所詮、俺は臆病者だ。

オブライエンが、ジョーンズが、トレスが、仲間達が次々死んでいくのを、見ていることしかできなかった。挙句に奴らの"心臓"を見て、心が折れてしまった。EVEゴーグルを付けていたのが仇になった。犠牲者たちの魂が、今も苦しみ続けているのを直視してしまった。ズタズタの手足で這いずって行ったところで、最早弾丸に祈りを込められない。

D: やっぱり、俺は落ちこぼれだ。

さすがにヤバいと感じて、正面玄関から逃げようしたら、突き出した手が危うく溶けかけた。どういうことだと通信機にがなり立てても、返ってくるのはノイズだけ。そこで、ようやく悟った。自分が捨て駒にされたことを。多分駄目だろうが、上手くいけば儲け物。その程度のつもりでカメラを持たされ、生きたまま地獄に送られたのだ。

B&D: 俺はその場にへたり込む。情けない。今の自分を見たら、親友はどう思うだろう。

(ごめん。俺、ヒーローにはなれなかったよ)

絶望の泥濘でいねいに身をゆだねようとした、その時。閃光のように幼い日の記憶が弾けた。町外れの幽霊屋敷。開けそこねた冒険の扉。

なぜ思い出したのだろう。あの居間に通じる扉からの連想か。開けられなかったあの扉。開けていれば、あいつと今も一緒に居られただろうか。自分の人生はもっと違っていただろうか。

分からない、だが──。

(このまま死んだら、あの世であいつに合わせる顔がない!)

たとえヒーローにはなれなくとも、親友に土産話の一つくらいは持ち帰ろう。

B: 俺はライト付きのペンを手に、オブジェクトの報告書に刻み始めた。仲間達の命と引き換えに得た、奴らと奴らの巣の情報を。そうだ。自分にできないなら、後に続く誰かにこの情報を託そう。

D: 俺は武器になりそうな物を探した。あった。クローゼットの中に拳銃が一丁。そして、誰かの書置き。そう古い物ではない。先に入った財団職員のものだろうか。

B:

オレ、オレはこれから居間へ向かう。アンタがこれを見つけてくれることを祈って。もちろん、オレの心臓はヤツらに使わせない。

(頼む、俺の代わりにヒーローになってくれ!)

D: 何と、何という──書置きを握る手が震える。死を目前にして、それでも己にできる限りのことをしようとした。これが財団エージェントというものか。

(この人こそ、本当のヒーローだ!)

B: 俺はどうにかこうにか這いずって、居間の扉を胴体で押し開けた。

D: 俺は書置きに示された手順に従い、居間の扉を蹴り開けた。

心臓が──無数の心臓が組み合わされた異形の物体が、居間の中央で震えていた。あれが奴らの巣か。巣を守ろうとしているのか、探索の最中も何度か遭遇した影どもが、床から壁から次々と湧き出す。拳銃の有効射程距離はせいぜい10メートルだ。もっと近付くかなくては。馬鹿な俺には、作戦もクソもない。巣を目指してひたすら走る。

書置きの記述を思い出す。祈りを込めた弾丸だけが、心臓を殺せると。何に祈ったかは関係ない、心を込めることが重要だと。だから俺は、親友に祈った。頼む、力を貸してくれ!

銃口から放たれた弾丸が、青い炎に包まれる。このファッキン空間の作用か? まるでマグナム弾で撃ったかのように、心臓にデカい穴が開く。何十種類もの獣のそれを混ぜたような絶叫を上げて、巣がのたうつ。効いている、しかし、まだ生きている。

影どもが殺到してくる。だが、残りの弾はあと2発。そちらに向かって撃つ余裕はない。構わず2発目を撃つ。今度はあの書置きを残したエージェントに祈って。

巣の至る所から、どす黒い液体が溢れ出す。だが、まだ動いている。3発目を撃つべく弾をリロードした瞬間。

背中に激痛。そして、冷たい手に心臓を文字通りわし掴みされる感触。やられた。俺の寿命はあと数秒。

──問題ない。それだけあれば、引き金は引ける。

拳銃が最後の弾丸を吐き出すと同時に、ずるり、俺の心臓が引き抜かれる。時の流れが、極限にまで引き伸ばされる。

弾丸が、青く燃えながら巣に──だが、ああ、足りない。青い祈りの炎は、今にも燃え尽きそうだ。俺の命が尽きようとしているせいか。頼む、あと少しでいい、届いてくれ──願いも虚しく、炎が燃え尽きようとした、その時。

B: 俺はいつか、ここにやって来るヒーローに向かって──。

D: 俺は誰かの声を聞いた。なぜかひどく懐かしい──。
 
 

B&D: 「幸運を。死にゆく者より、敬礼を」 Good luck. Morituri te salutant.


 
 
D: 消えかけていた、青い炎が再燃した。弾丸はまばゆく輝く流星と化して、真っ直ぐに巣を貫いた。

巣が弾ける。閉ざされた空間が解ける。響いた絶叫は、しかし断末魔にしてはやけに清々しい。開放された心臓達の、喜びの叫びなのだろうか。

ありがとうよ、バークレーさんとやら。あんたのおかげで、ちょっとはヒーローの真似事ができた。ああ、それにしても、懐かしい声だった。一体、誰の──。

B: 奴らの心臓にこれ以上、力を与える訳にはいかない。今の俺にできるのは、自分の心臓を使わせないことだけだ。殺到してくる影どもに中指をおっ立てて、俺は体に巻きつけた爆薬のスイッチを──。

アイテム番号: SCP-1983

オブジェクトクラス: Keter (現在はNeutralizedと推定)

SCPはD-14134によって無力化されたと推測され、彼の死に財団の勲章が贈られた(財団史上、Dクラスで叙勲された2人のうち1人)。文書1983-15の情報を基に……

高く、青く、澄んだ空に、生き残ったChi-13隊員の鳴らす葬送の空砲が鳴り響く。

「D-14134、エージェント・バークレー、二人のヒーローに敬礼!」

一同は溢れる涙をぬぐおうともせず、これからも戦い続けることを誓った。

B&D: 気が付くと、俺達はあの幽霊屋敷の前に立っていた。

「あれ、ダニー?」

「ブライアン? 俺達、どうしてここにいるんだろう」

「えーと、そうだ! ジェイムズ爺さんの居ない隙に、再挑戦しようって──」

「ああ、そうだった」

目の前には、見覚えのある扉。相変わらず、ただならぬ雰囲気を漂わせている。

だが──。

「中に、何があるんだろう」

「何だっていいさ。お前が一緒なら、何がいたって怖くない」

「うん、そうだね──行こう!」

開けられなかった扉が開く。その向こうから、眩い夏の日差しが溢れ出す。
 

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そして、二人のヒーローは次の冒険に旅立っていった。
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