劇団SCorPio舞台「サソリたちの仮面劇」第0回公演
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劇団SCorPio舞台「殺し屋たちの仮面劇」第1回公演

日時: 202█年9月██日19:00~
場所: サイト-8181多目的ホール
サイト職員は無料でご観覧頂けます。
※異常性保持職員の方も遠慮なくお越し下さい。


「殺し屋達よ、殺人仮面劇へようこそ!」

人里離れた山奥に佇むロゼ城。血塗られた伝説に彩られた古城で、恐るべきパーティーが開催される。招待客は全員殺し屋! 百発百中のスナイパー、妖艶なハニートラップの達人、怪力自慢の殺人鬼、神出鬼没の怪人、人さらい団の首領、可憐なくノ一、いずれ劣らぬ凄腕の殺し屋達を前に、覆面の城主は宣言する。

「明日までに、私を殺してみたまえ! 成功者にはロゼ城の秘宝、世界一のダイヤを進呈しよう! さあ、最高にスリリングな一夜の始まりだ!」

欲に駆られて、ゲーム感覚で、あるいはプライドに掛けて、城主を狙う殺し屋達。しかし、城主はどこにもいない。その内、殺し屋の一人が何気なく呟く。

「城主は、我々の一人に成りすましている?」

かくて、殺し屋同士が殺し合う、惨劇の幕が上がる。二転三転、真実が虚構に、虚構が真実に──終わりなき殺し合いと騙し合いの果てに、彼らは何を思う?

*キャスト*

ブルー・ウルフ: 戸神 司 レディ・カタリナ: 雪原 アネット
撲殺ディック: 立尾 識 怪人黒マント: 扇 未来
魚(ユー)大人: 肥後 雲助 くノ一お静: 真中 乃絵

問題の多いメイド: 香川 栞 万能執事: 肥後 雲助
宝石の精(声の出演): 枝角 レイジ

Special Guests
覆面の城主: ???

*スタッフ*

脚本・演出: 立尾 識 音楽・音響: 蓑 金糸雀
衣装: 斑田間 葵ほか 照明: 五反田 勇二郎
小道具: 北見 昴ほか 大道具造形: 角田 鶴臣ほか


 

注意:入場は開演30分前より開始致します。
観劇に際しましては、携帯電話の電源をお切り下さい。
また、飲食物の持ち込みはご遠慮下さい。

その他のお問い合わせはこちらまで Tel: ████-██-████
劇団ホームページ: http://theatrical_company_scorpio████████


 
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「きゃあああっ!」

「魚大人が!」

「死んでる──毒か」

「おいメイド、こいつは城主じゃないのか?」

「わ、分かりません」

『ふははは! 残念ながら外れだよ、殺し屋諸君! 私はまだ、ピンピンしているよ!』

「くそっ、監視カメラか。一体、どこに仕掛けてありゅ」

噛んだ。

「カットぉ!」

照明が点灯し、舞台から幻想が吹き払われる。真紅のバラに飾られた古城が張りぼてに戻り、仮面の殺し屋たちが役者に戻る。

「うーん、立ち振る舞いは、だいぶ自然になってきたんだがなぁ」

ガスマスクを被り、棍棒を担いだ撲殺ディック役が苦笑を浮かべている。大柄で筋肉質な体格、自らも舞台に立つ団長の立尾 識たちお しきだ。豪放磊落らいらくという表現が、筋肉をまとって具現化したかのような容貌だ。これでよくあんなロマンチックな脚本が書けるものだとは、しょっちゅう言われる。

「す、すいません、皆さんの足を引っ張っちゃって」

漆黒のスーツに身を包んだブルー・ウルフ役は平謝りだ。明るい所で見ると、まだ少年の面影を残す若造だと分かる。小柄で華奢きゃしゃな体格も相まって、小動物のような印象を与える。守ってやりたくなるか、苛めてやりたくなるかの二択を強いる容貌だ。

「つ、次こそは、必ず!」

「いやいや、根を詰めすぎても身にならないよ。今日はここまでにしておこう」

立尾に肩を叩かれ、青年──戸神 司とがみ つかさは、がっくりと肩を落とす。

「ああ、こんなんで、エージェントとしてやっていけるのかなぁ」

立尾率いる新進気鋭の劇団SCorPio スコーピオ──先日、さる劇場で公開した演目〈翼あるものたちへ〉は、ファンタジックな脚本と俳優達のリアルな演技のギャップが注目を浴び、高い評価を得た。だが、それは劇団という体裁を保つための仮面だ。

彼らの真の名は特殊工作部隊ほ-2、通称"アンタレス"。財団日本支部が保有する、機動部隊の一つだ。

その主な任務は、陽動作戦やカバーストーリー流布のための演技、そして新人エージェントへの演技指導だ。それが可能なのは、財団に雇用される以前、かつて彼らが本物の劇団員だった頃に掲げていた"自然派演技"というモットーのおかげだ。

大振りで伝わりやすい、いわゆる"芝居的"ではない演技を用いて、舞台上にもう一つの現実を構築する。それこそが彼らの理想だった。当初はなかなか世間の理解を得られず苦戦したが、後にその努力は財団に見出され、こんな形で結実したのだ。

『舞台役者の俺たちに、秘密工作員のコーチが務まるのかい?』

戸惑う立尾たちに、彼らをスカウトした吹上ふきあげ人事官──通称・日課で女性を口説く男。いや、それはともかく──は平然と答えたものだった。

『アメリカの特殊部隊だって、ハリウッド俳優から演技指導を受けてるぜ。嘘だと思うなら、陸軍戦闘訓練センターNTCを見学してみる?』

近日、サイト-8181の多目的ホールで上演予定の〈殺し屋たちの仮面劇〉は、表向きは職員向けのレクリエーション用演目だが、実際は新人エージェントの訓練の一環だ。

身分の偽装、尋問及び対尋問、協力者の獲得工作などのシチュエーションを随所で再現している反面、筋書きは最低限しか書かれていない。しかも、時には立尾の判断で台本にない"アクシデント"まで挿入されるため、巧みなアドリブが要求される。役者たる新人エージェントが、任務に必要な演技力を自然と身に付けられるよう工夫されているのだ。

そのはずなのだが。

(うーむ、真面目でいい子なんだがなぁ)

団員たちに慰められる戸神を見ていると、ぽりぽりと頬を掻かざるを得ない立尾である。

戸神は諜報局教導部預かりの、フィールドエージェント候補生である。財団に雇用されてまだ半年だという。現在、アンタレスが演技指導を受け持っている人材の一人だ。

法執行機関の出身者が多いエージェントの中では珍しく、財団入りするまでは一般の大学生だったという。何でも文化人類学、特に西洋魔術に関しては、専門家顔負けの知識と実績の持ち主らしい。そうした背景を持つオブジェクトや要注意団体に対する切り札になることを期待されての雇用なのだろうが、いかんせん──。

『嘘をつくと、右目に"う"、左目に"そ"と表示されるぐらい嘘が下手で』

とは、彼の指導教官の評価である。常に素性を隠すことを強いられるエージェントにとって、これは致命的だ。

「戸神君、口先でだけ演じても駄目ですよ」

セットの柱の陰から、ひょろりとした人影が立ち上がる。舞台上で唯一、普段着のままだ。離れてみると端正に見える容貌だが、近付くと何故か印象がぼやけてしまう。あたかも、塗装次第でどんな顔にもなれる、人形の顔のように。ただ、その細面にはやや大きすぎる眼鏡だけが、かろうじて彼の印象を固定していた。

「ど、どういうことでしょうか、枝角えだづの博士?」

枝角靈璽れいじと漢字で書ける者は、同僚を含めて誰もいない──偽名にしても、何故こんな画数の多い名前にしたのやら──ので、レイジとカタカナ表記されることが多い。アンタレスの副団長にして、心理学、記号学、比較神話学、生物学の専門家として、財団の研究者をも務める天才である。

豊富な人間心理の知識、そして演劇活動でつちかった演技力は、財団でも並ぶ者なしと評される。カオス・インサージェンシーの構成員に襲撃された際、演技で煙に巻いて切り抜けたという噂すらある程だ。立尾とは財団入りする前からの付き合いであり、彼が最も信頼を寄せる人物である。

「簡単なことです。心から演じるんです」

彼は、誰に対しても敬語で話す。よく知らない者から見れば、紳士的な人物と映るだろう。親しい者たちは「相手によって言葉遣いを変えるのが面倒なだけ」と切り捨てる。

「心から?」

「変装の達人は、外見はもちろん心までも別人になりきります。想像するのです。あなたの演じるブルー・ウルフが、どんな生涯を送ってきたのか。台詞の裏で、どんな思考を巡らせているのか。想像して、我が物にするのです。自分自身を騙せて、初めて他者を騙すこともできようというものです」

「自分自身を──」

立尾たちには枝角がからかい半分であることが分かったが、無論戸神には分からない。真剣な顔で拝聴している。

「まあ、口で説明しても解り辛いでしょうね。どれ、実際にやってみましょう」

「お、お願いします!」

「う、ううう」

突然うずくまる枝角。ぎょっとする戸神を前に、脂汗を浮かべて苦しげに呻きだす。そう、発汗のコントロールなど、彼にとっては朝飯前だ。

「ああ、こんな狭い所に閉じ込められて、食べて寝るだけの日々。これでも、生きていると言えるのか」

息を呑んで見つめる戸神。その背後でアンタレスの団員たちが、誰かそろそろ止めろよとお互いを小突き合っている。

「そんな境遇の、たった一つの希望。私の可愛い赤ちゃん。どうか元気に生まれておくれ──ああっ、どこへ連れて行くの! 返して、私の赤ちゃんを返してえええ」

「い、一体、何を演じて──」

鬼気迫る演技におののく戸神。枝角はかっと目を見開き、絶叫する。

「コケ──ッコココ!」

「ニワトリ!?」

枝角が最も得意とする──もとい、得意だと主張するのは、動物の演技なのだった。

「戸神君、あそこまではできなくていいからな」

「はい──無理です」

なるほど、バタバタと両手で羽ばたく枝角の目は、完全に鳥類のそれだった。
 

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「ほう、戸神君の指導教官って、あの蒼井あおい君なんですか」

夕食の席で出た懐かしい名に、枝角は目を細めた。店内には控えめの音声でジャズが流れている。

居酒屋すきっぷ。うらぶれた雰囲気と、豊富なメニューを売りとするこの居酒屋の真の役目は、財団のフィールド職員たちの待機・休憩・情報の受け渡し場所の提供だ。店奥には職員専用スペースもあり、ここでなら民間人の耳を気にすることなく会話ができる。時に家族でさえあざむかねばならない彼らにとって、仮面を外すことができる場所は数少ない。

「彼が教える立場になっていたとは。私も歳を取る訳ですねえ」

イカの唐揚げに箸を伸ばしながら、枝角はしみじみと呟いた。

「ご存知なんですか、蒼井先輩のこと」

蒼井先輩。その名を口にする時、戸神の口調はどこかうやうやしいものになる。あたかも、神聖な御名であるかのように。戸神がアンタレスで演技指導を受けることになったのは、彼の判断によるものらしい。

「彼もここで演技を学んだんですよ。もっとも、お教えできることはほとんどありませんでしたねえ。何しろ優秀な人で」

「おう、何でも奴は──」

ビールのジョッキをあおりながら、立尾はエージェント間で伝わる"蒼井伝説"を語ってくれた。曰く、様々な国の諜報機関で重用されてきた。曰く、日本支部理事のボディガードを務めていた。曰く、機関銃で武装したGOCの排撃班をフォークとフライパンで撃退した。

さすがに色々盛り過ぎだとは、立尾も思っているが。

「優秀な指導教官に恵まれて良かったな!」

「ええ、それは本当にそう思うんですが」

コーラのグラスに映る戸神の顔が揺らいでいる。偉大な師の弟子になれた誇りと、疑問の狭間で。

「あんなすごい人が、どうして僕なんかに付いて下さったんでしょう?」

顔を見合わせる枝角と立尾。どうやら、戸神は知らないようだ。

(リハビリ代わり、と言ったところでしょうかねぇ)

戸神が財団入りする直前、蒼井は相棒をうしなっている。エージェントにとってお互いの命を預け合う相棒は、掛け替えのない存在だ。さすがの蒼井も前線復帰はしばらく無理だと、諜報局の人事部は判断したのだろう。

だが、それを聞かされて戸神は喜ぶだろうか。

「やっぱり、僕があまりにもポンコツだからでしょうか~」

枝角と立尾が何と伝えるべきか迷っている間に、戸神の思考は負のスパイラルをぐるんぐるんと下降していく。地球の裏まで突き抜けそうな勢い。

「押し付けられて、嫌々面倒見てたとか? うう、ひどいですよ。僕だって、僕だって、頑張っているのに! あっ、す、すいません」

ヤケ酒っぽくコーラを飲み干した戸神に、向かいの席の女性が無言で酌をする。

斑田間 葵まだらだま あおい、親しい者からはタマちゃんとも呼ばれる。植物学の研究者で、現在はサイト-8181の実験用菜園の管理を務めている。枝角、立尾と同じく、アンタレスの前身となった劇団の出身であり、"趣味で"小道具・衣装係として参加している。しかも、射撃や格闘もかなりの腕前らしい。とてもそうは見えない、小柄で大人しそうな容貌なのだが。

「──、───ですよ」

「え?」

「そんなことはない、と言ってますよ」

枝角は斑田間の呟きを"翻訳"できる、数少ない人間の一人である。

「私も同感です。君に見込みがないなら、蒼井君だって指導を引き受けなかったでしょう」

斑田間が満足げに頷いているところを見ると、この訳で正解だったようである。自分で喋ればいいのに。

「そう──ですかね」

戸神はなおも自信が無さそうだ。これは少しばかり深刻そうだ。

(やれやれ、蒼井君は結構厳しい先生みたいですねえ)

枝角は一計を案じることにした。

「見込みがあるからこそ、君をここに預けたんですよ。そう考えてくれないと、我々も悲しいですねえ」

「す、すいません、そんなつもりは」

「はっは、分かってますよ。ああ、ちょっと煙草吸ってきますね」

戸神の肩にポンと手を置き、席を立つ。

「──え?」

戸神が当惑する。枝角が離れたのに、肩に置かれた手の感触がそのままだったのだ。恐る恐る視線を向けると。

戸神の肩に、手がしがみついていた。手首から先だけの。

「ぎゃーっ!? え、枝角博士、忘れ物、忘れ物!」

アンタレスの面々が財団入りする切掛けになった事件において、枝角はある異常存在に遭遇した。結果、自らの身体部位を自在に分離・消去・生成できるという異常性を帯びる身になってしまった。

「おっと失礼、ついうっかり」

枝角が腕を一振りするや、手は戸神の肩から本来の位置へ瞬間移動する。この様子から、一部では"メガネゾンビ"呼ばわりされているとかいないとか。

「い、いや、わざとでしょう!」

「すまん、戸神君。アンタレスの新人歓迎行事みたいなもんだ、こいつの悪戯いたずらは」

すまんと言いながら、止めなかった立尾である。彼は、当然気付いている。半泣きになっている戸神の顔から、不安の影が消え去っていることに。

「これで──、────」

「そうそう、これで戸神君もアンタレスの一員だよ」

「は、はあ、ありがとうございます」

枝角が個室を出てから、戸神は嘆息した。

「枝角博士ってポジティブな方ですねえ。もしかして、い──」

異常性、とは言い辛かったらしい。

「ああいう能力を身に付ける前から、そうなんですか?」

「そうだなあ。あいつは昔から変わらないな」

珍しくしんみりとした様子の立尾の横で、斑田間も箸を止めている。この二人は知っている。人ならざる身に転生し、財団という巨大な影に身を置くことになっても、枝角のキャラクターが変わらない、その理由を。多分、自分たちと出会う前から、彼はずっと同じ仮面を被り続けているのだ。

やがて、宴もお開きになり。

「本当にご馳走になっていいんですか」

「遠慮すんな。どうしても気になるなら、出世払いでいいぜ?」

「はい、いつか必ず!」

すきっぷの店先でアンタレスの面々を見送って、自らも帰途につこうとした戸神が、びくりと立ち止まる。路地裏に佇む、長身の影に気付いて。読まれていたらしい、自分がこの道を通ることを。

「──どうだ」

影の短い問いかけに、戸神も手短に答えた──しかし、声が緊張で震えるのは隠しきれない。

「問題ありません、予定通りに──」
 

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枝角が知る限り、最高の女優は母だった。

『×××ちゃんはいい子ねえ』

『パパ、×××ちゃんたら、またテストで百点取ったのよ』

『×××ちゃん、春休みはみんなでディズニーランドに行きましょう』

理想的な家庭という舞台を整え、良妻賢母という役を完璧に演じていた。

ある日突然、浮気相手と蒸発するまでは。

そんな兆候など微塵もなかった。浮気相手などどこから涌いて出たものか。書置きが残されていなかったら、何かの事件に巻き込まれたとしか思えなかっただろう。父など書置きを読んでも信じられないようだった。

そんな母に、幼い枝角はただただ──感嘆した。正確にはその演技力に。家族でさえ見破れない演技力。そんなものが身に付けば、他人など騙し放題ではないか。言葉と身振りで架空の世界を具現化する。最早それは神の力だ。自分も欲しい、そんな演技力が。枝角は生涯の目標を得た。

児童劇団に所属し、演技の練習を始めた。ありとあらゆる映画や舞台を見倒し、技術の吸収に努めた。腕試しに医者だの空自のパイロットだの皇室の末裔だのに扮し、見ず知らずの他人に詐欺紛いの悪戯──騙すだけで金品は取らない。ある意味、本物の詐欺師より変態じみている──を仕掛けたこともあった。

外見や振る舞いのみならず、心さえも他人に成りきるために、大学では心理学科に進んだ。気付けばそちらの方が生業になってしまったが、さしたる問題ではなかった。彼の目標は演技力そのものであり、舞台で脚光を浴びることではないのだから。

そんな彼を父は理解できなかった。お前は騙されて悲しくないのか。母さんを愛していなかったのか──。実際、自分でも分からなかった。母を愛していなかったから、悲しくならないのか。それとも、"変な子供"を演じることで、自分自身を騙していたのか。

だとしたら、それは枝角にとって最初の演技であり、最高の演技ということになる。何せ、演じて演じて演じ続けて、変な子供は"財団の変人博士"になってしまったのだから。

仮面は顔に食い込んで、もう二度と外せないのか。

枝角は静まり返った道具部屋を見渡した。時々、無性にここにこもりたくなるのだ。張りぼての壁。シルクに見せかけた化学繊維のドレス。命なき伽藍堂がらんどうの大木。演じるための道具の数々。

人はなぜ演じるのだろう。演技の歴史は、おそらく人の歴史と同じくらい古い。毛皮をまとい、焚き火を囲っていた頃から、人は仮面を被り、偽りの自分を見せ合っていたに違いない。相手を騙して油断させるため──本当にそれだけの理由だろうか。

その答えが出た時が、自分の"演技学"が完成する時なのかもしれない。

(どうもいけませんねえ)

らしくもない。なぜ、こんなに感傷的になっているのだろうか。

多分、ドアの外で必死に聞き耳を立てている、彼のせいだ。

「戸神君、居残り練習ですか? 熱心ですねえ」

「は、はい、博士もお疲れ様です!」

慌てて去ってゆく足音に、何やら派手な音が混じる。廊下に積まれたダンボールの山でも崩したのだろうか。枝角は苦笑を浮かべて──ポケットからスマートフォンを取り出した。
 

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数日後。

自宅マンションのチャイムが鳴った。インターホンのモニターを覗き込むと、神妙な顔つきの戸神が立っていた。

『戸神です。夜分にすいません』

「やあ、こんばんは。狭い所ですが、どうぞ」

直接会って話したいと連絡があったため、枝角はハーブティーを用意して待っていた。だが、それを出してやっても、戸神は手を出そうとしない。石像のように硬直した姿勢で座っている。

彼のそんな様子に、気付いているのかいないのか。枝角はカップから立ち上る香りを、優雅に楽しんでいる。

「それで、お話というのは?」

「大変、申し上げにくいのですが」

合成音のように平坦な口調で、戸神は続けた。

「枝角博士を収容することが決定しました」

人間型異常存在と、異常性保持職員を隔てる壁。それは財団職員としての有用性とリスクを秤にかけ、慎重に検討される──つまり臨機応変、かつ非常に曖昧あいまいなものでしかない。

こんな風に、財団の方針次第でいつ覆されてもおかしくはない。

「へえ」

己への無期懲役宣告に対して、枝角は他人事のように呟いた。

「演技指導を受けていたのは名目で、本当の目的は私の監視だった訳ですね」

「──すいません」

戸神はあくまで淡々と続ける。しかし、握り締めた拳の震えまでは隠していない。それを見て枝角は納得した。さすがは蒼井君の弟子だな、と。

「では、サイト-8181までご案内します。ご同行頂けますね」

枝角は落ち着いた仕草でカップを受け皿に戻し、答えた。にこやかに。

「お断りします」

部屋の空気が、音を立てて凍り付く。戸神は弾かれたように立ち上がり、枝角は──眼鏡に手を掛けた。

「収容されるくらいなら、こいつを床に叩きつけてやりますよ」

原理は未だに不明だが、この眼鏡こそが枝角の核と言うべき存在である。これを破壊されれば、彼は死ぬ。加えて、耐久力は普通の眼鏡と変わらない。

「落ち着いて下さい! 刑務所に収監される訳じゃないんです。収容後も、研究を続けて頂くことは可能です」

「私の研究は収容セルの中ではできませんよ」

「仕方ないですね。できれば、やりたくなかったんですが」

戸神の声が一転して冷え、乾く。ポケットからスマートフォンを取り出し、そこに映っているものを枝角に見せつける。

機動部隊の隊員たちに自動小銃を突き付けられ、ぐったりとしている立尾と斑田間の姿だった。

「もう一度、お尋ねします。ご同行頂けますね」

獲物の喉笛に食らいついた狼のような笑みを浮かべて、戸神は言った。牙の剥き出し方が蒼井にそっくりで、さしもの枝角も少しだけ寒気がした。

少しだけだが。

「いやあ、良く出来てますね、このCG。荒い映像がかえって本物っぽいですよ」

戸神は一瞬きょとんとした顔になり──愕然とする。

「まさか!?」

クローゼットとバスルームが勢い良く開き、立尾と斑田間が現れる。その手には、ぬらりと底光りする拳銃が握られている。

「でも、残念でしたね。本物がここに居るのでは、さすがに騙せませんねえ」

「くっ!」

戸神のスーツの袖から小型拳銃デリンジャーが飛び出し、鮮やかに掌に収まる。

袖仕込み銃スリーブガンって。半年の新人に何を教えているんですか、蒼井君)

しかし、抵抗もそこまでだった。二つの銃口は、左右から戸神を狙っている。相打ち覚悟でも、どちらか一方しか倒せない。

「マンションはもう囲まれていますよ!」

「そうなんですか? でも、とりあえず君を何とかしないと、部屋からも出られないでしょう。なので」

アンタレスの面々の顔がぐにゃりと歪む。毒針を振り上げるサソリが笑ったら、こんな感じに違いない。

「悪く思わないで下さいね?」

拳銃の引き金が、ゆっくりと引かれていく。

「や、やめ──!」

破裂音。

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「あはははははは!」

アンタレスの面々は笑い転げている。万国旗と紙吹雪にまみれて、へなへなと膝を付く戸神を見て。

立尾と斑田間の拳銃は玩具だった。

「はっはっは、いや、すまんすまん。大丈夫か、戸神君?」

酸欠の金魚のようにぱくぱくと喘ぐ戸神。なかなか言葉にならないようである。

「バ、バレてたんですか」

「いやあ、随分健闘しましたけどねえ」

「レイジ、結局どういうことなんだ?」

戸神君は何かを企んでいる。だが、悪いことではないので心配はいらない。立尾と斑田間が事前に聞かされていたのは、それだけだった。にも関わらず、こんな即興劇ができてしまうのはさすがだが。

「弟子思いの蒼井君が、彼に特別課題を出したんですよ。私に自分が収容対象になったと信じさせて、サイトまで連れてくれば合格。そんなところでしょう?」

「そ、そうです」

「あー、つまり、ドッキリカメラ?」

確かに、演技力を磨くには絶好の課題だろう。とは言え。

「それは、さすがに──」

びくり、戸神の肩が強張こわばる。斑田間の呟きが、珍しくはっきりしていて。

「教導部の許可は取ってあるんでしょうけど、まあ、ひどいですよねえ」

じりじりと戸神の包囲網を狭める三人。囲まれた戸神はだらだらと冷や汗を流して縮こまっている。

「という訳で、そろそろ入ってきたらどうですか? でないと、お弟子さんがおムコに行けなくなっちゃいますよー」

「ちょ、な、何をするつもり──って、え?」

枝角以外の全員が絶句する。彼らの見つめる前で、ベランダのガラス戸が音もなく開き、長身の影が夜闇から歩み出る。

「やれやれ、少しはマシになったかと思ったが」

容貌を見る限り、戸神より五歳以上は離れていない。つまり、まだ二十代だろう。それにも関わらず、青年という印象はまるでない。そんな呼び方をするには、あまりにも眼光が鋭すぎて。無駄がなさ過ぎて。長年の風雪に削り出された自然の彫刻の如く、彼はこの形で既に完成されている。

元監査部所属上級エージェント、現在の担当は戸神の指導教官。

「あ、蒼井先輩!?」

「どうやって──」

ここは地上七階である。外壁を登ってきたのだろうか。ごく普通のスーツ姿で、そんな曲芸を可能にする装備は身に付けていないが。

「み、見てたなら、止めて下さいよ!? あの銃が本物だったら──」

白地あからさまに玩具だろうが、気付け」

ばっさり。確かに落ち着いて間近で見れば、プラスチック製であることが分かる。だが、ガラス戸越しで夜の屋外からでも、蒼井には見分けられたらしい。

「皆さん、ご無沙汰しています」

弟子は放っておいて、蒼井はアンタレスの面々に向き直る。旧交を温める気など、さらさらなさそうな顔で。

「大体は枝角博士のご推察通りです」

「す、すいません、枝角博士! 訓練のためとは言え──それに、立尾さんや斑田間さんまで巻き込んでしまって」

「教導部は博士の職務の範囲内と判断しました」

蒼井の声に、しかし戸神をかばっているような響きはなかった。お前のような未熟者に責任能力など求めていないと、言外にはっきり表している。

「しかし、当訓練の発案者は自分です。ご不満でしたら自分が責を負いますが」

「いやいや、不満なんてあるもんか! アンタレスの使命は演技指導だ。生徒に騙されるなら本望ってもんさ!」

「はあ、収容を見逃して頂いている身、断れるはずもありませんとも」

豪快に笑う立尾と、肩をすくめる枝角。二人の答えを聞いて考え直したのか、斑田間も異論は挟まない──内心はパニックで、言葉が出てこないだけかもしれないが。

「も、申し訳ありません、蒼井先輩っ!」

せっかく和やかになった空気を、戸神は全く吸えていなかった。蒼井の足元にすがり付くように土下座する。

「僕のために、訓練を組んで下さったのに──つ、次は、絶対成功させます! ええ、どんな訓練でも! だから、だから」

見捨てないでと絞り出す戸神の肩が、震えている。泣いているのだろうか。蒼井は無表情に見下ろしているばかりだ。

「なあ、蒼井よ。レイジには見破られたとは言え、十分名演技だったじゃないか」

「エージェントは俳優ではありません。騙せなければ意味がない」

視線も合わせず切り捨てられ、さすがの立尾もムッとする。だが、確かにその通りだ。これが訓練ではなく、ここが要注意団体のアジトか何かだったら、戸神は今頃──。

「ねえ、蒼井君。訓練に適切な難易度を設けるのも、指導教官の役目ですよね? 今回はちょっと難しすぎたんじゃないですかねえ。ターゲットが専門家中の専門家の私では」

枝角の揺さぶりにも、蒼井は無表情を崩さない。

崩さぬまま、溜息をついた。

「お前が財団エージェントに相応しいか、否か。それを決めるのは俺じゃない、任務だ。アンタレスで学んだことを、無駄にするなよ」

「は、はい!」

ようやく上がった戸神の顔は、涙に濡れて──いなかった。
 

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サイト-8181の多目的ホールの舞台上にて、惨劇は最高潮を迎えようとしていた。

「やっぱりあんただったのね、ドワイト!」

真紅のバラに彩られたロゼ城に、レディ・カタリナの叫びが木霊する。対して、戸神演じるブルー・ウルフは無表情に応じた。かつての恋人に拳銃を向けながら。

「なぜ組織を裏切った」

「あんたをボスの娘と結婚させようとしたからよ!」

戸神の抑え目の演技は、それ故に観客の想像力を掻き立てる。舞台の暗がりに、彼らは凄腕の殺し屋の血塗られた半生を見ている。まさに、もう一つの現実が舞台上に再現されていた。

〈殺し屋たちの仮面劇〉は、本日無事に初回公演を迎えた。観客であるサイト-8181の職員たちにとっては、息抜きに過ぎない。しかし、アンタレスにとっては、公衆の面前で自然に振る舞う術を教える場である。言わば、訓練の総仕上げだ。

公演終了後、戸神はめでたくアンタレスを卒業する。他の訓練に移るのか、それとも蒼井と共に任務に就くのか、それは分からない。Need to know。いかに同じ財団職員とは言え、必要以上にはお互いの情報を明かさないのが彼らだ。

「やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、上達したなぁ戸神君」

舞台袖で戸神の演技を見守りながら、立尾は嘆息した。対して枝角は、にやりと笑う。

「ふふ、そうじゃないですよ」

「どういうことだ?」

「ずっと、"演技が下手"という演技をしていたんですよ。こんな奴にドッキリカメラが仕掛けられるはずがない、と私に思わせるためにね」

あるいは、アンタレスに入る前は本当に演技が下手だったのかもしれない。彼はそれを逆手に取って、仮面に仕立て上げたのだ。

「全部布石かよ、油断ならんなぁ。おっと、そろそろ出番だな」、

立尾が去ってから、枝角は柱の影に声を掛けた。

「さすがは君の弟子ですね、蒼井君?」

影と一体化しているかのような風情で、蒼井は無表情に舞台上の弟子を見つめている。

「見込みがなければ、半年も指導していません」

「ほほう、君にそこまで言わせるとは」

蒼井の口角が僅かに上がり、鋭い牙が覗く。弟子のそれよりさりげないのに、漂わせる殺気は遥かに研ぎ澄まされた、威嚇の笑み。

「あいつは、いい暗殺者になれますよ」

枝角は驚かなかった。当然知っている。蒼井がかつて所属していた監査部がどういう部署なのかは。そうでなければ必要な演技指導はできない。

Need to know。知る必要のないことは、知らないでおく。知る必要のあることなら、知らなければならない。たとえ、どんなにおぞましい事実でも。

アンタレスはサソリの養成所なのだ。

「暗殺者に一番必要な素養は何か、お分かりですか──学習能力ですよ」

暗殺に定石はない。SPに守られた大物政治家を暗殺せよ。紛争地帯に隠れ潜むテロリストを暗殺せよ。一般家屋に住む一般人を暗殺せよ。ただし、オブジェクトクラスで言えばKeter並の現実改変能力者だ──。

ターゲット、警備体制、地理条件、ありとあらゆるパターンに対応するために、暗殺者には広範な知識と技術が求められる。その習得で手間取っていては、チャンスを逃す。そして、財団の暗殺者の失敗は、世界の危機に直結する。

「あいつの卒論を読んで驚きました。二十そこそこの若造にこれが書けるものか。あいつの頭の中には、図書館がいくつも詰まっている。そして、まだまだ空きがある」

おそらく西洋魔術に関する論文だったのだろうが、蒼井は全く別の使い道を見出したらしい。ダイヤの原石を見て指輪にしようと考える人間と、ドリルの先端に使おうと考える人間がいるように。

「俺が培ってきた技術と知識を、そっくり移植できる」

「しかし、彼に人が殺せますかね?」

コピー機の紙詰まりが直せるか、ぐらいの軽さで枝角は尋ねた。そして、蒼井も平然と応じる。

「殺せますよ。俺に褒められるためになら」

『もう一度、お尋ねします。ご同行頂けますね』

あの時の戸神の顔を思い出し、確かにできるだろうなと枝角は思った。"人狼"蒼井の薫陶くんとうを受けた、暗殺者の卵の彼なら。

『す、すいません、枝角博士! 訓練のためとは言え──』

やった後、死ぬ程後悔するかもしれないが。エージェントらしからぬ、お人好しの青二才の彼なら。

一体、どちらが戸神 司の素顔なのだろう。これまで枝角が出会った研究テーマの中でも、最も難解なものの一つかもしれない。

「指導教官である俺の評価も上がるでしょうね。楽しみですよ」

「弟子を出世の道具扱いする、冷血師匠ですか。今度はそういう仮面を被ることにした訳ですか?」

ぐにゃり。枝角の顔に、毒針を振り上げるサソリの笑みが浮かぶ。対する蒼井は、一瞬で無表情の仮面を被り直した。

「何のことですか」

「なるほど。そんな男なら、裏切り者の粛清ぐらい何でもないでしょうねえ?」

かちり。枝角の耳は微かな物音を捉えた。おそらく、蒼井がスーツの下に隠し持つ何かを作動させたのだ。それに気付かれてしまった辺り、彼にしては動揺していたのかもしれない。

はてさて、作動させたのは上層部直通の通信機か、それとも──自分を黙らせるための凶器か。

「亡くなられた相棒の方、確か片岡 里奈かたおか りなさんとおっしゃいましたっけ。きっと、お綺麗な方だったんでしょうね。お会いしたことないのに、何となく分かりますよ」

「──何が言いたい」

「いや、ただの雑談ですけど」

睨み合う、サソリと狼。永遠のような一瞬後、舌打ちして視線を逸らしたのは蒼井だった。ひどく傷付いたような顔で。傷付いたのは暗殺者のプライドか、それとも。

「合わない仮面を被り続けるとね、顔に食い込んで外れなくなっちゃいますよ。私みたいにね」

蒼井は答えない。分かっている。でも、もうしばらく分かっていない振りをさせてくれ。そう懇願しているように見えた。無論、枝角の想像に過ぎないけれど。

発砲音と共に、レディ・カタリナが崩折れる。

「待ってくれ、そんなつもりじゃ──俺はただ、お前に戻って来て欲しくて」

拳銃を取り落としてよろめくブルー・ウルフの上に、舞台の幕が降りていく。万雷の拍手を響かせる観客たちを、枝角は悲しげに見下ろした。
 

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All the world's a stage,And all the men and women merely players.

 
(この世は全て一つの舞台、男も女も役者にすぎない)

この世は巨大な仮面劇だ。誰もが悪意と言う名の毒針を隠し持って、笑顔で握手を交わしている。分かり合えないことなど百も承知で、分かり合っているかのように振舞っている。そうでなければ、人間社会という幻想は成り立たない。

どうせ仮面を外せないなら、劇を続けるしかないのなら。

(楽しまなくちゃ、損じゃないですか)

メガネゾンビの自分は、枝角レイジの役を楽しめているだろうか?

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