ショーウィンドウの目の覚めるような色の服を着たマネキンに目が留まる。
服を見るのは好きだけれど、自分が着る服を選ぶとなると途端に駄目になる。
スリムなマネキンが「お前には着れない」と囁きかけてくる。店員や客に場違いな人間が来たと思われている気がする。
それに、気が付くと母に見せたらどう言われるか考えている。
明るい服は「似合わない」
落ちついた色の服は「地味ね」
シンプルな服は「男の子みたい」
サイズピッタリの服は「体型がみっともないんだから隠れるのにしなさい」
大きな服は「太って見える」
結局なにも選べない優柔不断な私のために母はいつも服を選んでくれる。
でも本当は、母が選んだ服を着たくない。
店員と目があって逃げるようにその場を離れた。けれどしばらく鮮やかな色が頭から離れなかった。
母は私に県立大学を出て薬剤師になってほしいと思っている。理由は安定しているから、そして私に向いているから。
でも私はその未来が上手く想像できなかった。 資格を取れるかわからないし、薬剤師はなって終わりではない。薬の知識を常に最新にアップデートし続けないといけない職業だ。理系科目が大の苦手で薬学に興味のない自分にできるとは思えない。
夏休み前、オープンキャンパスはどこに行きたいか聞かれたので正直に答えた。服に関わるところがいい。家政学部や服飾学部などを見に行きたいと。
それから母に説得される日々が始まった。
「服の勉強なんてしてどうするの」
「せっかく進学校に通ってるのに」
「自分が着る服も選べないくせに」
「自分の将来のことなんだから真面目に考えなさい」
「かわいくないんだからせめて資格を取らないと」
「あなたには無理」
「そっちの道に進むならもう学費と生活費出さないよ」
「馬鹿の一つ覚えみたいに」
「就職はどうするの」
「あなたのためを思って言ってるの」
「立派な大人になって楽させてね」
それくらいのことはわかっている。そっちの道に進んだら苦労することくらい。就職に困るかもしれないことも。それでも見学くらいはさせてほしい。そう言いたかった。
でも、顔を合わせるたびに色々言われたものだから、なんだか疲れてしまった。それで言えなかった。そして親すら説得できない自分の意志の弱さが嫌になってしまった。
母が尋ねてくる。
「好きな学部を選んでいいんだからね」
正しい答えを返すとやっと母は笑顔になった。無駄に波風を立てる必要なんてなかったのだ。どうしてそのことに早く気が付かなかったのだろう。
当然の流れとして文理選択では理系を選択した。これで苦手な数学と理科を一層勉強しなくてはならなくなった。刺繍をする時間もない。だから無心で針と糸に向き合える夢の中だけが楽しみだった。身体を巡る熱を糧に日々茨は伸びていく。中身を守るように。
全力を尽くしても学年最後の定期テストの結果は振るわなかった。得意教科は良かったものの、苦手科目は平均点に届かない。
結果を母に見せると予想通り渋い顔をした。
「国語はできてるけど、これくらいで調子に乗らないでね」
褒めてくれないのはいつものことだ。
「数学と理科のこの点数は何? 理系なのに。自分で選んだんだからもっと頑張りなさい」
それからふと思いついたように付け加えた。
「それに勉強だけできても駄目。せめて部活にでも入ればよかったのに」
ぷつりと糸がちぎれる音がした。