白日に沈む
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選択肢があった。

貴方は優秀な職員の中でも、ことさらに優秀であった。それが故に、このSCP-2666-JP担当サイトへの配属が決定されていた。そんな貴方の目の前には無機質なディスプレイが報告書を映し出すと共に、回答を待つかのように微かな電子音を鳴らし続けている。

通常の業務を終えた後に連れ込まれた— 押し込まれたと形容した方が正しい収容室は、やけに真白く、そしてやけに薄暗かった。パソコンの前に座るように指示された貴方は、暫くの間、自らの顔を映し出すだけの真黒の画面とにらめっこをしていた。

そうしているうちに、パソコンの電源が入り、瞳へと赤、黒、白の3色、そしてSCP-2666-JPの報告書が投影される。それと同時、少なくとも、1人以上が貴方の背後から収容室へと侵入してくる。咄嗟に振り向こうとする貴方を、どこからか吐き出された機械音声が静止した。その声で何とか思いとどまった貴方は、再び報告書に向き直った。

白と静寂がその場を支配する。その静寂を、機械音声が破った。

「報告書を閲覧してください」

貴方の白衣が収容室に溶けていく。合わせるように、貴方の意識も報告書の中へと自然に溶けていく。気づけば貴方は報告書の文面を、目で追うようにして読み始めていた。

同時に貴方は願っている。この特異な状況下において、これは自分がスパイである容疑をかけられているのではない、と。

アイテム番号: SCP-2666-JP

オブジェクトクラス: Thaumiel

見慣れぬオブジェクトクラス。
その存在自体を、貴方は知っていた。しかし、その実物を目にする事は、財団に勤務している職員であったとしても、一生に一度、あるかどうかだ。

そしてその情報開示自体が、貴方が財団にとって信頼に足る人物であると認識している証明であった。
尚且つ、セキュリティクリアランスよりも遥かに特殊で、尚且つ、強固な制限であると、貴方は認識している。

再び読み進めるように機械音声が貴方を促す。貴方の疑問を解消するには、報告書を読み続けることだけが回答であるとその声は暗に示していた。

特別収容プロトコル: SCP-2666-JPに該当するアーティファクトは秘匿サイト-1010にて管理、メンテナンスが実施されています。当アーティファクトのメンテナンス"セクション166.5(ミッションオーバーライド)"は特例セキュリティクリアランス-2666-JPを保有する工学技術事業部門代表によって実施され、それ以外の職員の直接的な接触は禁じられています。また、それらとは別に各装置の起動許可を得た専任職員がサイトに配備され、各装置の起動時の指揮判断を行います。現在、アーティファクトの起動許可を有する職員は以下の1名です。

  • ウェイブラー博士 - 現実改変、並びに各人物の意識表象の存続理論に関しての論文を発表。その功績、並びに異常空間、異常領域、人体学に関する幅広い知識も有しているため、当アーティファクトの専任に抜擢されました。特定薬物に由来する強い精神抵抗値、並びに侵襲対抗数値の維持が可能であり、非常事態への対応力も高く評価されています。

貴方は理解する。自分の背後にいる1人が、恐らく、この報告書に示された通りの人物であるだろうことを。

「焦らないでいい。ゆっくりで構わない」
聞き覚えのない、優しく、しかしどこか悲哀に満ちたしわがれた声が貴方の背中へと注がれる。
その声に貴方は初老の男性の姿を想像した。それが正しいかどうかを確かめる術は、今の貴方には存在していない。

静かに、貴方は報告書を読み進める。

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詳細はSCP-2666-JP担当者のみ閲覧可能です。
中枢サーバーΩ"エリザ"詳細
総質量 10t 1機全高 20m38cm
総稼動出力 3000W 各機構現実強度 4Hm

SCP-2666-JPは秘匿サイト-1010(元298)に存在する複数の機構1からなる記憶因子2と意識表象の複製、並びに恒久的なそれらの保存機構を内蔵した有機的中枢サーバーΩ "エリザ"です。当サーバーの内部抽出槽には「Project Green Server」の刻印が刻まれています。開発時点で既に臨床実験によって40名の記憶因子、意識表象の複製が含まれており、そのどれもが財団の職務、並びに名簿上の情報から一定の機密事項を保持した人物のものです。当アーティファクトの残存容量はヒト換算で約1515人分と推定されています。その内、SCP-2666-JP起動時に記憶因子、意識表象の複製の後に保管される人物は財団内で278名が機密契約を締結済みです。詳細に関してはSCP-2666-JP関係職員のみ閲覧可能です。

当アーティファクトの外部装甲は、現実改変を初めとした外部介入の阻害、或いは内部ヒュームの流出を防ぐためにテレキル合金、並びにSRAの融合素材を使用しています。また、周囲半径5mに限定されていますが、任意の職員の操作により外部装甲を開放することで、内部ヒュームの変動により周囲環境の維持、並びに再現を実施する事が可能です。

SCP-2666-JPは開発当初より外部出力機構の製造上の困難が確認されていました。現時点においても工学技術事業部門による臨時的な外部出力機構の開発が進められており、現在の進捗状況を参照した場合、当該機構の完成は2028年1月内となっています。仮に完成期間までにアーティファクトの起動を必要とする特定シナリオの発生が確認された場合、当機構は記憶因子、意識表象の保存装置としてのみ、その運用を認められます。自発的インフラストラクチャーの成立を可能とする施設内での運用可能期間は、上記の周囲環境の維持機構を用いた状態で200年を想定されています。

少なからず、貴方は驚愕する。
異常存在を惜しげもなく利用し、あまつさえそれを異常存在への切り札として使用する財団の姿に。

しかし、すぐに立ち返る。心の何処か片隅で貴方は感じていたはずだ。「全てを人間の手でのみ収容することなど不可能である」と。どんなに優れた人間が、どんなに集まろうと、ただ一つの暴力的な、理不尽な、そして非常識なモノに蹂躙される姿を、貴方は見てきた。そのたびに、貴方は様々なものを捨ててきた。同僚、友人、家族、そして— それに関する、記憶、意識。

もしそれが自分の手で収まるだけの範囲に留まらなかった場合、終わってしまってから後悔しても、何もかもが遅かった場合、財団は「仕方なかった」で終わってしまうのだろうか。
「そうではない」と貴方は確信する。同時に、このアーティファクトの存在を、貴方は受容した。よもすれば、それ自体が、SCP-2666-JPに関わる職員に選ばれる条件であったのかもしれない。

「次の文章を読んで、もしそれでも構わないと感じたのであれば、私のところに来て欲しい」

先ほどのしわがれた声が、貴方の耳へと吸い込まれる。
その声の主が、SCP-2666-JP担当者— ウェイブラー博士であると、貴方は確信した。

担当者覚書: 私はこの記憶因子と意識表象の保管装置に対して、重要視はしていない。重要なのは受容するかどうかだけだ。保管装置は現実の私たちを保存するのではなく、その複製を製造し、他の容器に移し替えるだけに過ぎない— そこに私たちはいない。現実の私たちは紛れもなく死ぬ。機密契約とは即ち、自分ではない自分が世界を救う可能性に賭けているに過ぎない。これが分が悪い賭けであると感じるなら、その意思を尊重する。少なくとも200年は、「あなた」として生きられる時間は存在するのだろうから。

だが、私はその200年を信じている。
話した通り、あくまであの機構が保存するのは複製であり、今の私たちではない。
つまり、現在の地球を放棄した上で、未来に託す形で、私たちを残すのだ。ヴェールが崩壊し、K-クラスシナリオが目前となってもなお、その時の私たちは残っている。確かにその地点、座標、時空間の中に存在する。
であるならば、全て人類のためにまだ暗闇の中で足掻き続けるべきなのではないか。何を用いても尚、私たちはここで終わるべきではないのではないか。

確保、収容、保護。それだけが財団に残された理念なのであろうか。この財団に所属する全ての人員の信念がそんな3つの単語のみで終わっていいものか。
人には人の、戦う理由がある。それは親族でも恋人でも、或いは全人類であっても構わない。全てを捨てた者だったとしても、そこに残った灯は消えることはないはずだ。

このオブジェクトの担当となるものには、人類のため、財団のため、何より自分のために最後まで諦めぬことを期待する。

- SCP-2666-JP担当 ウェイブラー・デイビス博士

選択肢があった。

報告書の全てを読み終えた時、貴方は後ろを向くように指示された。
振り向くと、貴方のイメージした通りの人物がそこに立っていた。

薄暗い中で貴方と向き合う彼は、その瞳に炎のような信念を宿していた。

貴方の選択の時はそこまで来ていた。


 
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