Tobi-Kadachi 2023/1/9 (月) 21:57:39 #31050910
少し前の話。俺はある男から、こんな経験談を聞いた。
「日曜大工をしてたんですよ。電動丸ノコで、細長い角材をスイン、スインと切ってたんです。だんだんと短くなっていく。スイン、スインとリズミカルに切っていって最後、これを真っ二つにすれば終わりって所で。一旦機械を止めたんですよ。息を吹いて木くずを散らして、しっかり持って固定して、スインと切ったんです。」
「切っている最中に気付きましたよ。あれ、自分指切ってるって。左手。固定するにしても、指はここに置くわけ無いのに。人差し指は跳ね飛んで、中指と薬指は角材に乗った後に振動で床に落ちて、小指は刃にくっ付いたままで。少し動かすと、ザフッと木くずが舞って掌側の断面にかかりました。」
「痛かったです。」
「でも不思議と我慢できない痛みじゃなかったんです。いや激痛ではあります。何か脳内部物質でも出てたんですかね。それよりも骨、断面に木くずがかかっているのとか、見慣れた指が見えるのが精神的に苦痛で。立とうとして、あ無理だってなって。近くに居た仲間が救急車呼んで、そっから病院行って。」
「で、まぁ何というか何とかくっついたんです。力が入りづらくて、上手く動かせなくはなりましたけど。でも、見た目じゃ分からない位には直ったんですよね。繋がったんです。」
エレベーターの隙間
さて男の話の続きを書きたいんだが、その前に経緯を説明したい。
お前らってさ、エレベーターの扉が開いた時に出来る隙間に物を落とした事って無い?
俺は某会社でエレベーターのメンテナンスを担当していたんだけど、物を落とす人って意外と多いんだよ。
定期メンテナンスに入ると、ピットっていうエレベーターの昇降路の一番底の部分に小銭とか名刺とかが溜まっていたりする。鍵を落としたから取ってくれって呼び出しをくらう事もあった。
でも、ある日俺が担当していたエレベーターには、それらとは全く違う別のモノがあった。
新鮮な生肉が、落ちていた。
Tobi-Kadachi 2023/1/9 (月) 22:08:13 #31050910
油圧式エレベーターのピット
それは、ある雑居ビルにあるエレベーター。何年か前に子供が怪我する事故があったらしくて、月イチでの定期メンテナンスもより念入りにやらなきゃいけないという場所だった。一応、この現場のじゃないし形も違うけど、ピットの画像も貼っとく。参考にしてくれな。
このピット、機械の隙間に引っ掛かるように毎回必ず新鮮な 落とされたばかりと言った感じの豚バラ肉が1枚、赤黒く変色した状態で落ちている。
人間は時にとんでもないミスをする事がある。
1回だけなら、百歩譲って「そういう事もあるか……」と納得できた。でも、定期メンテナンスの度に毎回となると話は変わってくる。ミスじゃない。
”わざと”という事になる。その犯人はすぐに判明した。
エレベーターの監視カメラの映像を確認した同僚からの話によれば、犯人は30代くらいの男だった。その雑居ビルに住んでいる男が、自分達が定期メンテナンスに入る日の早朝、生肉を隙間に差し込んでいるとの事だった。
ただ、そのビルの管理会社は注意の貼り紙をしたくらいで、実質なにもしてくれなかった。でもそれで、何の問題も無かった。害が無い……訳でもないが、結局は数ある現場の1つに過ぎず、正直どうでもいい事に変わりは無かった。あの日までは。
Tobi-Kadachi 2023/1/9 (月) 22:17:00 #31050910
いつも通り、例のエレベーターにメンテナンスしに行くと、右手で握りしめるように生肉を持ったスーツの男が、エレベーターの扉に顔を近づけた状態で、背筋よく立っていた。顔と扉との距離は数ミリと言う感じで、ピタリと止まっている。
俺が「あの、どうしたんですか……?」と聞くと、自分の状態を聞かれたと思ったのか。背を向けたまま、男は左手を俺に見せながら、さっきの様な話を早口で喋り出した。
明らかにヤバい奴だろ?例の生肉男なのは間違いないし、初対面にいきなり語る内容じゃない。でも、俺も初対面の相手に聞くべきではない事を言ってしまった。
男の左手には、親指以外の指が無かったからだ。
「そうなんです。もう一回、切っちゃったんですよ。丸ノコで。」
「ふと、棚が欲しいな~って思って。長い長い平日を耐えて、待ちに待った週末にホームセンターで材料を買って。板にさしがね当てて、線引っ張って、さぁ丸ノコで切ろうとした時、思ったんです。おかしくないかって。あれ以来、日曜大工が嫌いになってたはずなのに。自分は今からこの線に沿って、丸ノコでこの板を切ろうとしているのか?上手く動かない左手で抑えながら?」
「一瞬でした。健常な筈の右手が思い通りに動かない。この丸ノコの安全装置は壊れている。そもそも、そんな丸ノコを何で未だに持っている?思い出せないし、よく分からない。線の上には指がある。」
「痛かったです。」
「4本一気に跳ね飛びました。体が強張って丸ノコをガクガク動かしたから、指もジグザクと切れました。なんて言えば良いんでしょうか、味を占めたんでしょうね。捕まえやすい獲物だと思われたんでしょう。」
Tobi-Kadachi 2023/1/9 (月) 22:21:01 #31050910
そこまで言った所で、チンとエレベーターが到着してきた。誰も乗っていない。男はスッとしゃがみ、そして生肉を隙間に差し入れた後、振り向いてこう言った。
「こうすると良いんですよ。自分もう引っ越すので、誰かに言った方が良いのかなって思って、待ってたんですよ。」
そう言う男は本当に普通の人で、数秒前まで感じていた異常者の雰囲気は一切無かった。爽やかな印象で、少し笑顔のまま一礼して腰の低い感じで去っていった。だからこそ、本当に印象に残っていたんだと思う。事細かに思い出せる。今はより強くその通りなんだろうなと思う。
仕事柄、他人事じゃなかったからなのが大きいと思う。慣れた仕事、頭はほとんど使わず、体に染み込んだ動作を体が勝手にしている時がある。人間は時にとんでもないミスをする事がある。それを機械は知っていて、”わざと”やる。
何ヵ月か経った後、そこのエレベーターの担当から外された。でも、まぁ仕方ないとも思う。
Tobi-Kadachi 2023/1/9 (月) 22:22:17 #31050910
事故概要 | 発生場所 | 事故の過程 | 機種 | 障害程度 |
---|---|---|---|---|
昇降リフトと2階床の間に左手を挟まれた。 | 岩手県 | 巻き込まれ・挟まれ | エレベーター | 左手首から先の切断 |
痛かったです。