しあわせになりたかった

/* These two arguments are in a quirked-up CSS Module (rather than the main code block) so users can feed Wikidot variables into them. */
 
#header h1 a::before {
    content: "相貌失認";
    color: black;
}
 
#header h2 span::before {
    content: "Prosopagnosia";
    color: black;
}
rating: +2+x
blank.png

私の人生は、良くも悪くも平凡であった。いや、今を基準にして考えたら何もかも平凡か。
と、すれば。必死こいて国立大学に受かって、財団に入って、結婚して、世界の防衛の最前線に立って日々奮闘する。うん、なかなかに非凡な人生だった。

そんな凪とは言い難いが、波とも形容し難い水面のさざめき程度だった私の人生に、1度目の波濤が押し寄せる。人間が狂い始めたのだ。自分が傷ついても笑い、他人が死んでも笑い、ただ無気力と底知れない悦楽に浸り始めた。

もちろん我々財団は即座に対策に乗り出した。が、何もかも遅すぎた。平凡な日常に紛れ込んだその毒は、気付かぬうちに財団すらも犯し尽くしていた。

天下の財団でも、分かったことといえば全人類が狂うわけではないと言うこと、それだけだった。そんな、統計さえ見ればチンパンジーでもわかるようなことしか、分からなかったのだ。5W1Hのどれを取っても何も分からなかった。いや、強いて名前だけは分かったのかな?SCP-F331と言うらしい。やっぱり、何も分かっちゃいないか。

話が逸れた。ともかく、財団はO5-3の指揮下で、SCP-F331-2と名付けられた狂っていない人類を保護し、何とか人間社会を立て直そうと奮起していた。そこに、かつての財団の矜持なんてものはなく、歪みあって対立してた団体同士とでさえも手を取り合い、民衆を守っていたヴェールはあっさり脱ぎ捨てされた。

とあるサイトに保護された人々は、皆一様に沈み、周囲の幸福に反比例するかのような不幸を隠そうともしなかった。それもそうだ、頼るべきものが、愛するものが、守るべきものが狂ってしまったともなれば、平然を装える人の方が少ないだろう。

その点で言えば、私、いや、私たち一家はとても幸運だったと言えるだろう。妻はこの狂った世界を見て厭い、息子と娘は懼れ、死を思ってさえいた。妻や子供達に対して、守ってやらねばならないという思いを持って、私はこの異常の解決に努めていた。

人間というものは慣れが肝心な生き物で、日常が崩壊してから数ヶ月が経過して、早くも適応せんとしていた。

幸せに溢れた街に繰り出して物資を調達するもの、まだ無事な人間を捜索するもの、異常の原因を解明するもの。色んな人が手を取り合い、人種や宗教などの垣根を取っ払って、一つになれていた。



そう思っていたのは、私だけだったのだろうか。



それに初めて気づいたのは、やけに顔を固めている娘と息子を見た時だった。何があった、と聞いても首を振るばかり。何度も何度も宥めすかして、漸く聞き出せた内容は、子供達が、子供達のグループの中で虐められていると言うことだった。

私は激怒した。このような非常事態に、みんなが一つになっている時に、いじめとは嘆かわしい。そう思い、これまた聞き出すのに難航した、主犯の子に問い詰めた。



「なんだよ……なんだよ! お前らばっかり幸せそうに! 僕だって、僕だってお父さんに……お母さんに……」


その先は、お互い言葉にならなかった。



噂というものは素早く広がるもので、私がその主犯の子に対して行ったことが、尾鰭が付いてサイトで保護されてる全員に知れ渡った。

周りには何度も誤解を解いた。すれ違いだったんだと。私も勘違いしていたと。だが人の噂も75日、されど75日までは、何をしてもどうにもならないこと、ひいては何かしようがしまいが、噂というものは際限なく事実から遠ざかるのだということを、私はこの後に及んで学んだ。

この75日で、我々家族の居場所は完全に失われた。彼らが我々を見る目は、ついぞ周りの幸せに狂った人間と大差なかった。

そんな現状を見て、妻は幸せに狂った人々を羨み、息子と娘に至っては、あんなに怖がっていた死というものを、自ら望んだ。

私はもう、どうしていいのか分からなかった。

そして、ふとこう思った。



この異常が解決されたところで、私達の居所が帰って来ることがないのではないかと。

そう思うと止まらなかった。元よりお先真っ暗だった道が、真っ暗闇へと真っ逆さまな崖としか見えなかった。



だから、幸せになりたかった。


私は、私の家族と、ただ、幸せになりたかった。


あんな幸せに狂った人間とは違う、幸せに嫉妬する人間とは違う。



……本当は、どこかでやり直せたのかもしれない。


もっと目を凝らせば、真っ暗な崖に一筋の光明でもあったのかもしれない。


だがその頃にはもう、私は崖に向かって一歩踏み出していたのだ。


やがて、私達は、私が元々働いていた財団の設備まで辿り着いていた。もう既に収容システムは機械に託されているようで、収容設備は問題なく稼働していた。そんな設備の中を、私のクリアランスによって軽々と抜けていく。

やがて厳重な扉をくぐり抜けた先に、目的のコンピュータを発見する。起動し、そしてそれを開く一歩前で、家族を見た。

皆一様に震えて、疲れ切っている。ここまでほとんど強行軍だったこともあるだろうが、もう精神がとっくのとうにすり減り、無くなっていた。

それを見て、私は迷いなくそれを開いた。

そして、それが私達の耳朶を震わせ、スクリーン一杯に、それが表示された。


その瞬間、私は全てを悟った。



……嗚呼、それだ、それなのだ!


何もかもが過去に溶ける。


何もかも、全て、しあわせに溶ける。


いつしか、我々は手を繋いで歩いていた。


どこに行くのだろうか? ……いや、そんなことはとっくに知っている。


笑おう、歌おう、私たちはしあわせなのだから。


ああ、楽しくて、楽しくて!


これが……これがしあわせ。


私達が望んでやまなかったもの。


ああ……ついに、ついに私達のしあわせは……







































Independent.jpg


私達のしあわせは、ついぞ認められないんだなぁ。
特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。