ぬいぐるみ狂騒曲
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「畜生!また見失った!」

狭いサイトの廊下を俺達機動部隊が駆けていく。目的はKeterクラスのオブジェクトを収容するためだ。がむしゃらにサイト内を駆けていると、小さな破裂音がして、後ろを振り返った。

「いたぞ1048!」

小さな可愛らしいテディベアが、こっちにおいで、と言わんばかりに俺達に尻を振って見せている。そのあからさまな挑発に新人隊員の一人が後先も考えずに飛び込んでしまった。

「な!?」

その瞬間1048が投げ込んできたのは小さな肌色のボール。いや、そうじゃなかった。そのボールは真っ二つになるほどに大きく裂けると耳を劈くような金切り声をあげた。耳を固めて作られたボールだった。きっと、あの1048-Aと同じ素材。

この対策の為に俺達はクラス4の遮音装備をしていた。だが不用意に近づいてしまった新人はだめだった。喉元を押さえて転げ回っている。多分報告書にあった通りになるんだろう。それを見て、笑うようにジェスチャーをしてみせた1048はまた走って逃げていった。

どうしてサイト-24にいたはずのコイツが今このサイトにいるのか、それは分からない。だが、最後の事案から一切出現報告がなかった1048が姿を見せた事は事実。今ここで捕らえなければならない。

「対象1048は南東方向、エリア4Zへ逃走!繰り返す!」

無線への報告を繰り返しながら俺は考えていた。エリア4Zは自律的オブジェクトが幾つか収容されている場所だ。危険性のあるオブジェクトは少ないとはいえ、もし大量の収容違反を起こしたらパニック状態は免れないだろう。なんとしてでもここで捕まえなければ。ダッシュで1048との距離を詰めていく。もう少し、そう思った瞬間、1048から放たれた何かが光り輝いた。野郎、閃光弾を回収してやがったな…


SCP-3092-A-12…彼らのなかでは黒シャツと呼ばれているそれは、いつもの時間が来たことを確認した。次の見回りまで2時間は監視員は来ないことを経験から知っていた。

いつものように、天井にある換気口の蓋を取り外す。財団から支給された奢侈品を組み合わせて換気口のネジを外していたのだ。その場にある物は全て活用する。それがゲリラ戦の醍醐味であるのだ、と黒シャツは考えている。

そして、隣の収容室にいるSCP-3092-A-13…迷彩服に合図を送った。迷彩服からの返答を確認すると、収容室に入っていつものようにゲリラ戦のプランを練り始めた。実行するかどうかは些細なことで、大事なのはそのプランを共有しておくこと、と互いに考えている。そして何より、2人で意見をぶつけ合うのは楽しい物なのだ。

幾つかのプランをぶつけ合っている時、収容室の外から大きな破裂音がした。思わず2人で顔を見合わせる。その時、ドアが大きく歪んで、吹き飛ばされた。

中に入って来たのは小さなテディベア。突然の訪問者に驚きながらも、迷彩服はそれに近づいていった。しかし、テディベアは迷彩服の首をちぎり取り、換気口の中へ消えていった。驚いた迷彩服は『死亡』することすらままならず、辺りを見回している。直後、大声を上げながら収容室に武装した男達が流れ込んできた。

「こっちにはいねぇぞ!1048は何処だ!」

とりあえず黒シャツは走り去ろうとする隊員のズボンを掴み、換気口を指し示した。が、それに気づかない隊員は黒シャツを振り払うようにして外へ駆けていってしまった。どうすれば良いのか分からなかったが、とりあえず迷彩服に首が無くなっていることを教えてやった。

迷彩服は死んだ。


作戦会議を開くべきだと考えた黒シャツは壊れたドアの破片を拾って、迷彩服の換気口を開けたときのようにそれらを壊し、声を掛けて回った。あまり時間をかけることなく、収容されている全員を集めることができた。

黒シャツから報告を聞いたSCP-3092-A-1…裸の王様、何も装飾がないゴリラは真剣な顔つきをしている。迷彩服は今『治療』を受けている所だ。首から上を全部作り直さなければならない。恐らく、今日明日中に終わる作業ではないだろう。

いつかの時、博士に大怪我を負わせてしまった事を、SCP-3092達は気にしていた。そして、どこかで罪滅ぼしをしなければならないと思っていた。ならばそれは今行われるべきだろう。裸の王様の決断は速かった。


テディベアは廊下の真ん中で寝転んでいた。さっきまで楽しい鬼ごっこを挑んできた機動部隊達は追いかけてきていない。

ダメージを受けたから撤退しているのだろうか、それとも、自分を追い詰める為に策を練っているのか。いずれにしてもそう簡単に捕まることはありえないが。ゆっくりと立ち上がって腰をひねるように動かす。新しいぬいぐるみのの材料を見繕いに、とサイトを見回る事を考えていた瞬間—

辺り一面に煙幕が張られた。

機動部隊が性懲りもなくやってきたのか、とにかく先に手を出すべきではない、と相手の手を見極めるために煙幕のその向こうをじっと見つめた。

煙幕の向こうから伸びてきたのは『ぬいぐるみ』の手だった。

あきらかな違和感を感じて体を捩り、すんでのところでその手を回避した。その手の後に続いて出てきたのはゴリラのぬいぐるみだった。それも、黒いシャツを着た。

そうして浮いた体を目がけて後ろから新たな手が伸びてくる。今度はそれを屈みこむことで回避して、がら空きの下半身を突き放した。

だが黒いシャツのゴリラが再び体制を立て直しているのが見える。なおも悪いことに気配はこの二つだけではない。離脱することを最優先にしたテディベアは身軽に天井の蛍光灯に飛びついた。そして、近くに通気口があるのを見つけると足の爪で器用にそのネジの一つを外して、そのまま通気口へと体をねじ込んだ。


通気口は狭かった。小さなテディベアでさえ這い蹲らなければなければならないほどに。先ほどの場所から離れながら、テディベアはあのぬいぐるみの事について考えていた。

あのぬいぐるみ達は機動部隊の切り札だろうか、その可能性は薄いだろう。昔と違って財団はオブジェクトを野放しすることなどありえない。ならば自分と同じ脱走犯か?そうであれば話は楽だ。むしろこっちに引き込む事も出来るだろう。だが、あの行動が明確な意思を持っての物だとしたら厄介極まりない。しっかりしたコンビワーク、油断は出来ない。

何かが擦れているような音がした。試しに少し止まってみたが、音はやまない、思考を巡らせていて気づくのがおくれたようだ。音は近い。自分の所へ向かって来るのか、別の場所を通るならば静かにやり過ごす事もできるだろうか。

テディベアがやり過ごす事を決めた瞬間、前方から強い光を当てられた。咄嗟にプラスチックの目玉を腕で覆い隠した。目が慣れるまでに少しの時間が掛かった。前方にいたのは、ゴリラのぬいぐるみだった。

ゴリラのぬいぐるみが距離を詰めてくる。この場所で後ろに逃げるのは圧倒的に不利だ。せめてもの時間稼ぎにと、あの機動隊員にしてやったように耳で固めた小さなボールを投げつける。

転がっていった耳が口を開けるようにして、二つに裂けんばかりに広がり、金切り声をゴリラのぬいぐるみに浴びせようと—

—する直前にゴリラの手がそのボールに触れた。


一瞬の静止のあとポンっとゴリラのぬいぐるみに変わったそのボールは目の前にいるテディベアを見て、当たり前のように距離を詰めてくる。

それが異常性か、とテディベアは悟った。そして、懐柔することは恐らく無理だろうということも。

新たなゴリラのぬいぐるみから逃れるために後ろに下がる。そして、換気口を見つけると足の爪をねじ込み、梃子の原理を用いて強引にその蓋を外した。

すんでの所でゴリラのぬいぐるみから逃れ廊下に飛び降りたテディベアが見た物は—

自分を手を広げて迎え入れる黒いシャツを着たゴリラのぬいぐるみだった。


煙幕からテディベアを捕まえる作戦は失敗した。まぁ想定の内ではある。すぐさま別のプランに移るためサイトの中を駆けていく。テディベアは換気口に入っていったみたいだから、構えている仲間が捕らえるのがベストだが。

そう思いながら黒シャツが目的地を目指していると、天井から小さな金属音が聞こえた。思わず足を止めて天井を見上げる。

破壊された換気口から滑り落ちてきたのは『テディベア』だった。プランにないアクシデントに思わず目を疑う、しかしこれは願ってもみない僥倖だ。テディベアに触れるため両手を伸ばし—

テディベアが投げ込んだ何かが眼前で爆ぜるのを見た。


意識がおぼろげだ。自分は今どこに居るのだろうか。何かが眼前で爆ぜて、自分の体に火がついたことは覚えている。いくら縫えば元通りになる人形だからといって、いや、縫えば直る人形だからこそ体が焼けてしまえばそれはもうお終いなのだ。

視界が回復してきて周囲の様子が分かってきた。見知らぬ天井、おそらくサイトの一室、そしてクマのぬいぐるみ……

条件反射的に飛びかかろうとした黒シャツを誰かが後ろから押さえる。後ろを振り返ると、そこには完全に治療が完了した迷彩服がいた。治療に3日はかかると聞いたハズだ。迷彩服に様子を見ていろ、と伝えられた黒シャツはそのクマになされるがままになる。そのうちにクマのぬいぐるみが自分の治療をしているのだと分かった。

治療はすぐに終わった。黒シャツが迷彩服と共に感謝とまだ仕事をしなければならないことを伝えた。そうして、別れの挨拶をしたクマは頷くと、振り返って、並べられたほかのゴリラ達の治療をするために駆けていった。

もうそろそろ応援が到着するはずだ、と迷彩服は黒シャツに伝えた。するべき事をするため、2匹のゴリラは扉を開けた。その背中を見ていたハートのパッチワークのクマは小さく手を振った。


危なかった。ロッカーの傍に身を潜めるテディベアはつい先程の出来事を思い返していた。まさか脱出した先にもゴリラのぬいぐるみがいるとは、作戦か偶然か、ともかく機動隊員からくすねたあの手榴弾がなければ終わりだったろう。

ロッカーの陰から廊下を確認し、巡回していたゴリラのぬいぐるみがいなくなったのを確認する。段々と遭遇の危機が増え、その数が増えていることは明らかだ。

サイトから脱出するにはどうするべきか、恐らく出入口は守りが堅いだろう。サイトに窓は存在していないようだし、換気口にいたぐらいだから裏道を探すのも無理だろう。であるとするならば……

やはり屋上だ、とテディベアは考えた。無論、階を上がるごとにフロアの面積は狭くなるだろうからそれだけ監視の目も厳しくなるだろう。しかし、屋上にさえ出てしまえばこちらのものだ。開けた場所であれば、のろまなゴリラのぬいぐるみに捕まることなどない。

曲がり角から上に繋がっている階段を覗き込む。1匹のゴリラのぬいぐるみが階段に腰掛け、辺りを見張っているのが分かる。動く様子はない、ただじっと周囲を警戒している。

曲がり角から少しだけ身を乗り出し、ロッカーの隅に落ちていたボールペンを階段を横切らせるように投げ込んだ。見張りのぬいぐるみが異音の原因を探るために階段から離れたその一瞬を見逃すことなく素早く駆け上がった。


流石に監視の目をかいくぐるのも厳しくなってきた。屋上まで後階段2つ。今までと同じように物音を立てて見張りの気を引こうとしたが、その先を一瞥するだけで動こうともしない。

さっき上の通気口の蓋からダクトを通っていくゴリラのぬいぐるみを見た。やはり、階段しかないということだ。覚悟はしていたが交戦は避けられない。一呼吸の後、一歩踏み出そうとして—

1滴の水滴が頭に当たったのを感じた。

『サイト内、最上階で火事が発生しました。滞在中の職員は速やかに緊急避難口から脱出してください。繰り返します—』

スプリンクラーの作動後、アナウンスが響き渡る。生地が水を吸ったせいで体が重い、最悪だ。だがふと階段を見やると先ほどまで見張りをしていたはずのゴリラのぬいぐるみが階段から離れていた。

確か、最初のゴリラのぬいぐるみの顔をもぎ取ってやったとき、そいつはパニックを起こしていた。だが、次に別のぬいぐるみに手榴弾を投げつけ、奴の体を燃やした時、そいつは動かなくなった。

…弱点は火か。それはテディベアである自分も同じだが、好機だ。奴らは皆下へ逃げ出すだろうから今のうちに上にいくしかない。素早く階段を駆けのぼり、周囲を確認し—

しようとした瞬間、上から何かが落下してくるのを感じ、咄嗟に横に跳躍する。ガラン!と甲高い音を立てたのは小さな檻だった。そして、自分の後ろの階段をゴリラのぬいぐるみが駆け上がってくるのが見える。

畜生、嵌められた。もとよりか細かった退路は完全に潰え、自分の居場所もばれた。最悪だ。

ゴリラの一団から逃げるためにサイトを駆けていく。だがしかし、前方にもゴリラの一団がこちらに向かってくるのが見える。挟まれた。

前方にいるゴリラのぬいぐるみが手を伸ばしてくる。その一瞬に活路を見いだしたテディベアは伸びた手を掴み、自らの方へ引き寄せる。そうして完全に体制が崩れたゴリラのぬいぐるみの頭を足場にして真上に跳躍、蛍光灯に飛び移った。ゴリラのぬいぐるみを見下げる。いい気味だ。どうやら向こうに跳びあがれるだけの能力と武器はないらしい。軽々と次の蛍光灯に飛び移ったところで少しの違和感に気づいた。

あのゴリラの中にぽっかり空いた空間はなんだ?

思わず手を止めて覗き込む。寝転んだ人間だった。その顔がニヤリと笑ったのが分かった。

次の瞬間男がゴリラのぬいぐるみを掴みあげこちらに投げ飛ばしてきた。最後にテディベアの目に映ったのは、黒いシャツを着たゴリラの姿だった。


「応答求む!機動部隊、応答求む!」

何度目かの確認を車の中でくり返す。最後に部隊半壊の報告を受けてから新たな報告はない。全滅、という縁起の悪い言葉を思い浮かべながらサイトへ向かって車を走らせる。ふとサイトの入り口で小さく旗を振っている何かが見えた。

車を止めて走り寄る。旗を振っていたのは小さな2体のゴリラの人形だった。SCP-3092か。SCP-1048から逃げ出してきたのだろうか。

近づくと旗を振っていないもう一方のゴリラ…仲間内では戦場カメラマンとよばれているゴリラがぐいとビデオカメラを差しだしてくる。

映像を見て驚愕した。そこに映っていたのはSCP-3092がSCP-1048を自分達の1つにしている映像だったのだ。

「お前達がこれを…?」

ゴリラのぬいぐるみはコクンと首をふる。そして傷病者とSCP-1048を捕らえた場所へと案内を始めた。


まず案内されたのは救護室だった。そこには殆どの機動隊員と何匹かのSCP-3092が転がっていた。そしてその真ん中で治療を行っていたのはSCP-2295だった。

SCP-2295はこちらに気づくとグッとサインを送った。確かに部屋の中を確認してみても重篤な傷病者はいない。それに、SCP-2295が治療する順番を間違えることもないだろう。SCP-2295に感謝を伝えた応援部隊は、SCP-1048を確認するため救護室を後にした。


先導をしていたSCP-3092が食堂の前で止まった。ここにSCP-1048を捕らえているということだろう。促されるままに食堂の中へ足を踏み入れ—

応援部隊はそこに大量のSCP-3092がいるのを見た。

数は数百、いやそれどころの数ではない。食堂にこれでもかと詰め込まれたSCP-3092が酒盛りを始めていた。さしずめ、祝賀会とでもいったところか。

案内をしたSCP-3092が一際高いテーブルの上にくくられているゴリラのぬいぐるみを指差す。首元には『テディベア』と書かれたカードがぶら下げられていた。鎖でキツく縛られているそのゴリラは体制を変えようと少しは体を動かしているが、その様子からやる気は感じられない。

「あれが…捕まえたSCP-1048か?」

SCP-3092はそれを肯定した。そしてそのまま仲間の元へと駆けより自分も酒盛りを始めた。正直隊員達にはもう見分けがつかない。

「1048は捕まえられたみたいですけど…」
「まぁ、それは良いとしてこれを上にどう報告するかだな。」

危険性の少ないオブジェクト、そしてインシデントの結果とはいえ収容違反は収容違反。そしてこの数だ。仕方ないでは済まされないだろう。

その時頭を抱えていた隊員達の1人がSCP-1048を括ったテーブルの下を指さした。

「なぁ、あれって人じゃないか?」

確かに、倒れている人を見つけた隊員達はSCP-3092達を掻き分け、テーブルへ走っていく。倒れているのは最初に突入した機動部隊の1人だった。問いかけにも返事はない。まさか、と最悪の事態を思い浮かべその体を大きく揺らそうとして—

「あ!お疲れで!呑みにきたんですよね?ほら、祝いましょ!祝いましょ!」
「馬鹿野郎酒なんか飲んでんじゃねぇ!」

一際高いビンタの音が食堂に響き渡った。


インシデント-A28に対する報告書

未収容状態であったSCP-1048がサイト-37に出現。その時SCP-1048によって収容房を破壊されたSCP-3092が迅速な行動を開始、無事無力化された。ただし、この無力化に際し、SCP-3092は自身の増殖を行い、現在収容されているSCP-3092の数は423 567 現在もサイト内に罠が仕掛けられている事から未だ未収容状態のSCP-3092がいると思われるため、多数の職員を投入し現在調査中。また、この増殖の手助けをした機動部隊員には相応の処分が下される予定であったがSCP-1048無力化の功績と相殺される形で不問に処される。

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