コトダマンふたたび
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僕の長所は何処でも寝れること、短所は活舌が悪いこと。良くも悪くも何処にでもいるしがない事務員だ。1つ変わったことがあるとするならば、僕の勤めている組織、"財団"のことだろうか。不思議なものを人目に触れないように保護する組織。昔映画館で見たエディ・マーフィーのような仕事だ。

「────さん、眠そうですね」
「ああ、────さん、ちょっとね、昨日変な夢見ちゃって寝不足なんですよ」

そんな組織だけれども、なんだかんだで裏方ってのは地味なもので、僕は毎日パソコンとにらめっこ。給料と福利厚生はいいから文句を言うこともない。穏やかに日々は過ぎていって、きっと意味もなく終わっていくのだろう。それでいい、それでいいと。

────思ってた。


重たいビニールシートみたいなゴワゴワした服。息の詰まりそうな暗闇と得体のしれない獣の気配。日本のものとは全く異なるその植生、刺々しく、入る者を否定するような森の奥。ドイツの森林部、冷たい闇の中を僕は進んでいく。なんでこんなことになったのか、誰も答えてくれない。大きな組織とはそういうものだ、上から降りてきた仕事を訳も分からずにこなしていく…、そんな風に開き直れればいいのだけれども、僕はそこまでできていない。気づけばこんなことになっていた文句くらい言ってもいいだろう。

「君の存在が今回の作戦には必要なんだよ」
「僕が?」
「ああ、今回の相手が見えてきたぞ」

傍らを歩く機動部隊の男が指さした先に明かりが見えた。赤く燃える炎、何かを燃やす嫌な臭いが鼻を抜けていく。その周囲を人影が囲んでいる。全員が赤い頭巾をかぶっていて顔は見えない。僅かに見えた口元が動いている。何かを呟いている、それを認識しそうになった。と、僕の耳に何かが詰め込まれる。周囲から音が消え、驚く間もなくどこかぼやけた声が響く。

「特性の防音ゲルだ。これからの指令は全て骨伝導のイヤホンで行う」
「……何かを聞いちゃいけないんですか?」
「察しがいいな。そう、あそこに集まっているダークメルヒェン染みた赤ずきん共はとあるカルトの構成員だ」

指さす先の赤ずきんはただひたすらに呟いている。口の動きが徐々に早くなっていき、中央で燃えている何かが揺らめいた気がした。

「このカルトは声を媒介に何かを呼び出そうとしている。ワードサラダをひたすらに唱え、それで鍵を探り当てる。強盗が金庫のダイヤルを1から全部試しているイメージだな」
「それで成功するんですか?」
「ああ、時間ってのは偉大なもんで、言葉の羅列から使いやすい意味、異常性を選び、その意味で全員の脳を繋げ始めた、まるでインターネット、あそこにいる全員でスーパーコンピューターの役割を果たしている。脳と世界を演算装置にして」

揺らめく何かが四本足で立ち上がった。…"立ち上がった"? 何かがおかしい、それでなぜ僕が呼ばれたんだ? 何のとりえもないこの僕が? 赤ずきんの集団の口元がさらに速さを増していく。悪い夢のようだ。風景が歪むような。いや、ホントに何がおかしいんだ?

「そしてそれは徐々に現実を侵食していく。赤ずきんの聖句は即興のセッションだ。だがそのセッションは世界をも振るわせていく。ジャズの名手が奏でたその一晩しか聞くことのできない即興のリズムのように。それのキーワードが何かは分からない、だが、俺たちはそれを止めなくてはならない」
「だからなぜ僕がそのセッションに参加を」

燃えているのは狐だ、赤ずきんが僕らに近寄った、全員の頭部が繋がって赤い天蓋が狐を覆う。唇は基盤を構成する。僕は男と話し続ける。

「狐ですよ」
「ああ、まるで」

 
その先を、言ってはならない。

 
なんだか狐につままれたような……


簡単な、アブサン、馬耳東風、怠惰な、夢見がち、アルパカ、僕らは嘘つきで、インターネット、薄汚い、濡れそぼった靴下、サンラータン、フォルクスワーゲン、0と1、嘘、嘘、なんだか狐につままれたような……、嘘、ホイットニー美術館、第一宇宙速度、公式にはそう言えない、マクスウェル、アフリカでは今も1秒に……、オッカムの剃刀、なんだか今日はいいことがある気がする、ダークメルヒェン、美しい薔薇、惨めなお母さん、意味は、意味は、救済

 

意味などない、意味などない、意味などない。

 

僕の目の前に立っていた男が赤ずきんになった。僕は鳥居の中を進み、全長が1光年となり、脳内にワックスを溶かす。単語が爆発し、ジャムを作り出す。赤ずきんがその金属製の腕を僕に向ける。ダメだ、何も止まらない。わずかに残った思考の残滓で意味を作ろうとする。意味とは関係だ。生きている以上意味からは逃れられない。4足の狐はそれを崩壊させようとしていたんだ。僕は何故呼ばれたのか、僕は、危ない、虻蜂取らず。これが意味もなく終わるということ。涙が蛙へと変わっていき視覚は意味をなさない。僕の残っている部分は何処だ、僕の前に立つアレはなんだ。僕の最後に残っているのは。

 

────喉だ。僕の、意味だ。

 

「シリーズIのSCP! 日本支部職員! 3年目! ホラー! オーバーテクノロジー! 後の祭り! 幕府! 天ぷら!」

 

アゲインスト、賀正新年、僕が僕であるために、宇宙戦艦、明日には明日の風が吹く、歯ぁ磨いて寝ろよ、ミサンガ、嬢、嬢、嬢、嬢、ドリアン、ドルアーガの塔、関税自主権、アリストテレス、プレートテクニクス、日本支部職員、さあ、鷽祭り、イクチオステガなんだか狐につままれたような……、なんだこれは、『弱きものよ、汝の名は女』、ずいずいずっころばしごまみそずい、とろけるような、毎日、幕府、気づいたね

 

僕の意味が侵食する。言葉が縛られていく。僕の体が縮小し、世界の流れが停滞する。杉の葉は揺れ、不確かな旋律が響き始める。さあ、さあ、さあ。

 

秋、『古池や蛙飛び込む水の音』、オーバーテクノロジー、「僕はこうした、意味とは繋がりだ、関係だ」、パンダ、明日には明日の風が吹く、インターネット、「意味とは関係」、ニョルミル、相互貸借、パッチワーク並行世界、ベンゼン環、シリーズIのSCP「そして意味などなくても」、愛、なんだか狐につままれたような……「意味などなくとも、関係などなくとも」、後の祭り、「セッションはできる、そしてそこに意味は生まれる」、ダークメルヒェン、「なるほど」

「じゃあ、あとはよろしく、コトダマン」

 

 
 


僕の長所は何処でも寝れること、短所は活舌が悪いこと。良くも悪くも何処にでもいるしがない事務員だ。

「琴田さん、眠そうですね」
「ああ、富士屋さん。ちょっとね、昨日変な夢見ちゃって寝不足なんですよ」

穏やかに日々は過ぎていって、きっと意味もなく終わっていくのだろう。それでいい、それでいい、それでいい。

きっと、その何もないことにこそ意味がある。

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