コトダマン現る
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「シリーズIのSCP! 日本支部職員! 3年目! ホラー! オーバーテクノロジー! 後の祭り! 幕府! 天ぷら!」
「うるせえ」

錯乱した曝露者に拳骨を落とし意識を飛ばしたうえで、エージェント・後醍醐剣はため息をつく。周囲に広がった火や煙は彼らが逃げることを阻んだものの、詰め物をした上で密室に固まったのは結局のところ、正解となったのだろう。死の危険性は減ったためか、割合に落ち着いている。おそらくそろそろ財団なら気づく。気づかなくとも消防が来るまでは持ちこたえられる。そんなことを後醍醐は考え、それでも呟いてしまう。

「…なあんだってこんなことになったんだろうな」
「まあ、仕方がないさ、そういうこともあるよ、剣クン」
「アンタのせいですけどねえ、茅野博士。久々の休暇返してくれませんかね」
「まあまあ、そう怒らないでくれたまえ。今度一緒に飲みにでも行こうじゃないか」
「鏡はザル通り越してワクっすけど、俺は下戸ですから遠慮しときます」

何処か気の抜けた調子で答える傍らの女性、茅野博士に対し、後醍醐は一瞬拳を握りしめるものの何処か諦めたようにその拳を力なく振り下ろした。そもそもの発端は、偶然が被ったという理由で後醍醐が無理矢理茅野博士の荷物運搬を頼まれたことにある。再三確認したにも拘らず、茅野博士はそのトラックに『作品』を乗せており。ものの見事にトラックごと誘拐され、最終的に暴走した要注意団体が致死性のミーム汚染を伴った音楽を流しつつ焼死した、と言う顛末なのである。

もちろん、その過程で茅野博士の『作品』は焼失した。サヴォナローラもビックリとは本人の言だ。

「そうか、じゃ仕方がない、…いやあ、それにしてもまさか私のストラップ、『思い出の江戸幕府ちゃん』がAWCYに目を付けられるなんて誰が予想できるだろうか」
「その部分は予想できませんけどね? 自作の時点で気づきますよね? …あれ、『江戸幕府ちゃん』でしたっけ?」
「? …ああ、『徳川慶喜くん』だったな。何の勘違いをしたんだか」

首を捻り、茅野博士は徐々に広がる火に場所を詰める。

「さて、彼らは何のために私の作品を私ごと強奪した上にてんぷら油をかけたんだと思う?」
「いや、だから分かりませんて、というかあの惨状見て理解しましょうよ、あれてんぷら油じゃなくて灯油でしょ。何とか酷くなる前に止めたんですけど」
「煙がねえ」
「そういうことですね」

ビル全てを嘗め尽くした炎とミーム災害により、生存者は自分たち二人と、何とか曝露率の低かった足元の青年だけだろうと後醍醐は冷静に考える。

「とりあえず音源は止めましたけど…、よかったですね、緊急用の特別イヤーマフ俺が持ってて」
「まあ、機械以外は通じなかったからよかった、…常々思ってるんだがまさしくオーバーテクノロジーだよね」
「鏡に言わせればそれほどのモンじゃないはずですよ、修羅場潜ってる数は鏡の方が多いですからね…、姉ちゃんがダントツですけど」

何処か蒼い顔をした後醍醐を慮ったのか、茅野博士が話をずらす。

「日本支部職員全員に配布してくれればいいのにね」
「それはそれで予算が足りなさそうですけどね」

苦笑し、気を使わせてしまったことに申し訳ないと思いつつ、部屋内の小さな窓から外を眺める。野次馬は集まっている様だが、どうやら財団や消防はまだ到着していないようだ。

「…消防、もしくは財団…姉ちゃん達はまだかな」
「君たちはシスコンだからねえ。勾クンも何であんなに元気なんだか、彼女いくつだい?」
「知らないですよ。俺らが小学生の頃はもう大人で、中学生の時は小学生で、高校生の時は同級生だった気がすんだけど」
「…冗談だよね、…冗談だろ? …冗談だと言ってくれ。軽いホラーじゃないか」

どこか聞き捨てならないような声色に慌てる茅野博士。だが、その頭上に火事の影響もあるのだろう、既にぐらついていた照明器具が落下し、後醍醐がそれを蹴り飛ばす。

「アブねッ!」
「おわっ!?」
「…はあ、気ィ付けてくださいね、美人に火傷負わしたら怒られるんですよ」
「君こそ、アイドルなんだから顔には気を付けなくちゃ。シリーズⅠのSCPなんだから」
「その略称どうにかなんないんですかね。それに逆っすよ、SCPのシリーズⅠです」

SCP、Star Crap Project、後醍醐らがアイドルとして表の顔を過ごす財団傘下のフロント企業。彼らはそこの一期生、シリーズⅠに所属している。

「アイドルになって何年目だっけ?」
「えっと…三年目? いや、姉ちゃん基準に考えちゃダメだった…、七年目ですかね」
「…あの戦闘技術は?」
「姉ちゃんからっす」
「本当に頭が痛くなってきたよ…」

茅野博士に半ば同情の目を向ける後醍醐の耳に聞きなれた声が響く。キンキンと響く、明るい、年齢の感じさせない声が。だが、その中で一人、茅野博士だけは何かに気づいたかのように首を捻り、口を細かく開閉していた。

「あ、姉ちゃんの声だ」
「☆マークが飛んでいる気がするね。…しかし、何か違和感が無いかい?」
「違和感?」
「何と言うか、最初の何かを辿っているというか、繰り返してるというか、そうだな、一つの考えに言霊と言うモノがある」
「言葉にすると願いが叶うとかそういうのですよね」
「厳密には違うけどね。だが的を射ている。まるで、話せばそれが現実になる、というような、そんな違和感が…」
「…まあ、それ今気づいても、後の祭りですよね」

Anomalousアイテム記録-JP
説明: 人間の可聴域で聞き取ると、その後60分以内に『シリーズIのSCP』 『日本支部職員』 『3年目』 『ホラー』 『オーバーテクノロジー』 『後の祭り』 『幕府』 『天ぷら』という単語を会話内で使用してしまう特殊なリズム、及びそれを上記単語の羅列として呟く事が可能な日本人男性、琴田 ██。AWCYとの関与が疑われたが後に否定された。会話人数に制限は無く、複数人で単語を分けて使用することも可能。また、本人以外にこのリズムを発することは不可能だと判明している。
回収日: 20██/██/██
回収場所: ██県██市の商業ビル
現状: 一部の記憶処理を行った上でサイト-81██の事務職員として雇用、外出時には監視及び録音を義務付けている
一緒に飯食ったら意外に話せる奴だった、コトダマン — エージェント・後醍醐(剣)
今度合作しよう、コトダマン — 茅野博士
二人ともコトダマンってあだ名広めるの止めてください、何なんですか — 琴田事務員
悪いね、コトダマン — エージェント・後醍醐(剣)、茅野博士

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