調査報告書: 聖ショパンの再臨

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“聖ショパンの再臨”事件の

虚偽証明に関する簡潔なエッセイ

ZIRCONジルコン Marquise エドゥアール・ゴルチエによる


序文



“聖ショパンの再臨”事件1998年07月12日にポーランドで発生したこの事件を切っ掛けとして、同盟や財団は独占していた人類の進歩に不可欠な知識をついに一般大衆へと公開した。それに伴い我々の社会における科学技術はこの3年で急速に発達したものの、未だ"優れた技術"と"魔法"の区別が付いていない無辜の人々を食い物にせんとする教条主義的カルト組織の増長をも招くこととなっている。

我々SAPHIRサフィールは科学文明の発展を喜ぶとともに、あらゆる迷信に事実を突きつける理性的組織として、この狂信的な奇跡への潮流を止める社会的責任があるだろう。我らの輝ける眼によって確かな真実を見極め、未開の闇に怯え惑う人々を啓蒙し導かなくてはならない。

そこで今回は、事態の発端となった“聖ショパンの再臨”事件を科学的に分析し、そこにあらゆる超自然的存在が介在していないことを証明する。


事件概要



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事件の最も顕著な痕跡である陥没穴。

財団と同盟は、事件の経過を以下のように説明している:

Cicadetta属(セミ)の幼虫の身体と著名な音楽家フレデリック・フランソワ・ショパンの顔面を模した頭部を持つ全長90mの巨大神格実体が出現。周囲を破壊しつつ全長240mにまで成長し、財団・同盟・ポーランド軍の攻撃によって撃破されたものの、爆発しポーランド南部の人工物を全て消滅させた。

現在我々の手元には、この事件の神秘性を主張する3種類の物品がある。

a.) 事件を目撃した多数の人々の証言。
b.) 事件の光景を納めた複数の映像記録。
c.) 陥没穴を含むポーランド南部の大規模な破壊痕跡。

陥没穴周辺及びポーランド南部は財団が"安全のため"として封鎖しているため、公表されている被害範囲データと目測での評価のみを考慮する。また巨大ショパンの出現と共に現れ、現在も湧き出ているという小型のセミ1については、サンプルとなり得る個体を — もしそんな馬鹿げた生物がいるとすればだが — 財団及び同盟が独占的に捕獲・処分を行っているとしており、入手することが出来なかった。


背景情報



事件の渦中となったポーランドには、古くからショパニズムという宗教の一形態が根付いていた[1]。このカルト宗教は母国の偉大な音楽家としてショパンを賛美し、その作品を再現することもしくはショパンそのものを復活させることを目的としているという。

ポーランド政府による公式見解では、"聖ショパンの再臨"は"聖ショパン再誕のための音術師協会"と呼ばれるショパニズム系カルトによって引き起こされたものだとしている。彼らはショパン復活の実践として自傷・殺人・食人といった退廃的儀式を日常的に実行しており、音楽を用いた催眠術を奇跡と称する風説を流布していた。


虚偽証明



ではこれらの情報を元に、SAPHIRのZIRCON(非現実の真理探究、合理主義的思考、無知の排除)所属超常現象検証家であるこのエドゥアール・ゴルチエが、"聖ショパンの再臨"がオカルト的性質を持つことを否定する。

Cicadetta属(セミ)の幼虫の身体と著名な音楽家フレデリック・フランソワ・ショパンの顔面を模した頭部を持つ全長90mの巨大神格実体が出現。

この時点で財団らの説明がどれほど荒唐無稽なものか分かるだろう。ショパンの顔をした巨大ゼミなどというシュルレアリズムの世界からやってきたような怪物が、常識的に考えて存在するわけがない。例え巨大なセミが人々を襲ったとしても、まずポーランドにセミは棲息していないため国外から何者かが秘密裏に持ち込んだとするのが現実的であろう。

ここでその外来種持ち込みによる悪辣な生態系破壊の実行者として有力視されるのが、バイオテクノロジー企業として名高い日本生類創研である。日本生類創研は1995年にポーランド国内の菌類調査を名目としてポーランド菌類研究所を設立しており、Beauveria sobolifera(セミタケ)などのいわゆる"冬虫夏草"と呼ばれる菌類のための研究サンプルとしてセミを大量に持ち込んでいた。

では、彼らが全長90mもの大きさのセミをバイオテクノロジーにより創造したのだろうか?いいや。現在広く親しまれている"ゴジラ"などの怪獣kaiju映画での描写と矛盾するように、巨大な生物が暴れ回るのは容易ではない。その最大の要因は、体重と筋肉の関係にある。

例えば1m3の生物が2倍の身長を獲得する場合、一辺はそれぞれ2mとなり体積・体重は8倍となる。しかし断面積は4m2→16m2と4倍にしかなっていないため、面積における2倍の自重を支えきることができない。"2乗3乗の法則"とも呼ばれるこの理論により、怪獣がスクリーンやコミックの外で暴れまわるのは — 残念ながら — 非現実的と言えるだろう。

更に言うとすれば、昆虫はこの2乗3乗の法則の影響を大きく受ける生物である。柔らかい内部組織と外骨格により構成される昆虫は、内骨格を持つ生物と比べ内部に芯が通っていない分筋肉の立ち上がる力を伝達しにくいためだ。以上の要因から巨大生物、特に“聖ショパンの再臨”事件で言及されるような240mなどどいう巨大な昆虫の存在は非現実的だと断言できる。

しかしながら、ごく限定的なものであれば巨大な昆虫も存在する。翼開長は約75cmにも及ぶ古生代に栄えた巨大なトンボ、メガネウラなどがその例であり、昆虫をはじめとする節足動物は熱帯や高酸素などの環境下で大きく成長しやすくなることが知られている — とはいえ前述の問題、そして母体となるセミが大きい個体でも15cmにも満たないサイズである事実から、保有するバイオ技術によって日本生類創研が昆虫を巨大化させることに全力を注いだとしても、そのサイズは先行研究[2]の結果から考えて2.0~3.5m程度が限界であろうと思われる。

ここから、ある仮説が見えてきた。日本生類創研は実験個体の杜撰な管理体制でよく知られている。彼らが創り上げたこの巨大化セミ個体も投棄され野生化し、あるいはマウォポルスカ県の"聖ショパン再誕のための音術師協会"の施設に辿り着いたものも居たかもしれない。1998年の7月12日、彼らはカルト的会合の真最中であり、そこでその巨大なセミを目撃したのだ。

音楽を用いた催眠術及び常用していた薬物により幻覚譫妄状態にあったであろう"聖ショパン再誕のための音術師協会"のメンバーらは、ただでさえ見慣れない昆虫であり、しかも巨大なそのセミを見たことにより、それが敬愛するショパンその人が顕現したものだと錯覚するに至った。彼らはカルト的会合のためにマウォポルスカの町を占拠していたため、拘束によって緊張状態にあった人々にもその妄想は伝播し、噂に尾鰭が付いていった結果「ショパンの顔をした巨大なセミ」という集団幻覚が生まれた。これがa.) 事件を目撃した多数の人々の証言 が思い込みによるものであると言うことを示す確固たる理屈である。

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巨大セミを撮影したとされる写真

ではb.) 事件の光景を納めた複数の映像記録 はどうだろうか。これは至極簡単な理屈が付けられる — 捏造だ。映像に加工が施されていることへの動かぬ証拠として、すべての記録には必ず約8秒に一回の割合で上掲画像のような不自然な画面の"ぼやけ"やブレ、ノイズが確認できる。これは明らかに映像加工が施された痕跡を示すものであり、財団と連盟が主張する「奇跡論パルスの影響」などという非科学的説明よりよほど筋が通るのではないだろうか?

近年のVFXの発展は目覚ましい。世界中を騙すことに成功したとなればよほどその技術に自信があったのだろうが、真に理性的な眼を欺くことは出来ないということだ。財団と連盟は以前からヴェール・プロトコルなる作戦の下で数々の隠蔽工作を行ってきており[3]、大規模に偽の映像を流布することは難しく無かっただろう。

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戦闘の様子を記録したとされる映像の一場面

では、財団と連盟は何故そのような工作をする必要があったのか?私はこの理由こそがc.) 陥没穴を含むポーランド南部の大規模な破壊痕跡 に関連すると考えた。即ち私は、これまで行った"聖ショパンの再臨"についての一連の虚偽証明を理論化し、「ポーランド南部の大規模な破壊痕跡の本当の原因を隠蔽するため、財団と連盟は巨大ゼミという架空の存在を隠れ蓑とした」という持論を主張する。

財団と連盟は恐らく何らかの経緯により、ポーランド南部の大規模な破壊を実行、または誘発することとなった。そしてその不都合な事実を隠蔽するため、偶然起こっていた集団幻覚の内容に便乗する形で急ごしらえの不自然な偽造映像を流布することで、"ショパンの顔が付いた巨大なセミ"という存在を大衆に信じ込ませることに成功した。これが"聖ショパンの再臨"の真実であると私は結論付けたい。

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事件の最中に起こった巨大な爆発

彼らが何を隠そうとしたのか現時点では不明だが、上記掲載画像の爆発2がその解明のカギとなるのではないかと私は考えている。例えば、これほどの広範囲に破壊を引き起こせる新型兵器の開発3などだ。また、爆発の直前に財団のエージェントが同じくポーランド南部に存在するアウシュヴィッツ強制収容所へ派遣されたという報告もあり、何らかの形でこの爆発に財団が関与しているのは間違いないものだと考えられるだろう。

徹底的な分析に基づき、"聖ショパンの再臨"は集団幻覚と記録捏造によって生み出された架空の巨大ゼミパニックに過ぎないと宣言できることを、ZIRCONとして喜ばしく思う。しかし、この虚偽証明は同時に財団と連盟が隠し通す更なる闇の存在を明らかにすることとなった。陰謀の手がかりが残されているであろう陥没穴は財団と連盟によって厳重に封鎖されている以上、今すぐには彼らの非道な真実を世に知らしめることはできない。

だが、我々の財団に対する潜入工作員はすでに更なる調査の準備を始めている — いずれ彼らの秘密は明るみに引き出され、世界は理性と推論により真実を暴いた我々の勝利を知ることになるだろう。その時こそ我々は世界の闇へと高らかにこう宣言しよう — 我らの輝きを恐れよ!と。


Bibliography
1. アルフレッド・コールマン(1983)、“ヨーロッパ各国に残る局地的な信仰について”、エイダ出版会
2. リチャード・ハウス(1996)、“限定的環境下における昆虫の生態についての考察”、英国科学報
3. 恋昏崎新聞社編集部(1999)、"シリーズ財団と悪: 如何にして彼らは支配を敷いてきたか”、恋昏崎出版

疑わしきは、疑え。When in doubt, doubt.


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ZIRCON エドゥアール・ゴルチエへのメモ

2001年7月10日

ゴルチエ、直近の君のエッセイを読んだよ。全くもってひどいものだった。君が最近資料と称して読みふけっている日本のゴシップ紙 — そう、参考文献にも掲載されていたあれは明らかに君の理性を鈍らせている。いい加減に我々の理論的な証明へ愚にも付かない陰謀論を持ち込むのを止めたまえ。これは最後の忠告だ。

さて、それよりも重要な話がある。君の担当であるポーランドの件について大きな動きがあったと聞いた。報告によれば"聖ショパン再誕のための音術師協会"の残党組織に賊が侵入し、構成員の殺害と複数の物品の盗難が発生したとのことだが、もう少し詳細な情報が欲しい。

実のところ、ここ数ヶ月の間にオカルト団体に関する同様の奇妙な動きが多数報告されている。ポーランドだけでは無い。全世界でだ。以下に示すものはほんの一部に過ぎない。

EMERAUDESエムロード報告

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Espionnage, Manœuvres d’Extorsions et Reconnaissance au sein des Agences, Unions et Dogmes Ennemis
諸機関・同盟・教条主義的対立組織の内部における潜入・脅迫・諜報



これら全てに、共通する1つの名前が挙がっている。

カオス・インサージェンシー。彼らの犯罪ネットワークは矢印を明確に北米へと向け、既に大規模な物資・人員の極秘流通ラインを確立していることが判明した。アメリカ繁栄の中心地たるニューヨークで陰謀が渦巻き、今まさに我々のあずかり知らぬ何かが起ころうとしている。

ともすれば、3年前の“聖ショパンの再臨”事件すら超える規模の何かが。

私はこれから現地へと向かう。奴らがいかなる混沌をもたらそうとも、我々にはそれを理性の瞳により見定める義務がある。SAPHIRの精神が澄み渡って輝く限り、蒙昧の夜闇に紛れる全ては日の下に引きずり出され、科学と真実の名の下にその不正の代償を支払う責任がある。

まさにこれら義務と責任を果たし果たさせんがため、論理無き混沌が無辜の人々を脅かそうというなら、我々は使命に従いあらゆる共謀を必ず打ち砕く。必ずだ。その時こそ、奴らは真に我らの輝きを恐れることになるだろう。

詳細は追って報告する


敬具、
ZIRCON ヴィクトル・マール


疑わしきは、疑え。When in doubt, doubt.

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