人生と
いう
夢の
一杯を
アンブローズ・人間酒場のレビュー。
文責: 草衣 薫
10分で読了可。
⭐⭐⭐★★
アンブローズ・人間酒場は金沢茶屋街の一角にひっそりと存在している。そこではなんと精米された人間から造られた日本酒を提供している。
最初に断っておくが、私は酒は得意ではない。下戸というわけではないが、色々あって酒については苦手意識を持っている。だから酒関係の依頼は受けていないし、今回アンブローズ・レストランの新規店舗である酒場のレビュー依頼が来たときは丁重にお断りをさせていただいた。私はWebライターで普段はチェーン店や安弁当屋のレビューをして生計を立てている。いくらアンブローズ・レストランがお手頃価格を謳っているとは言え、私のような20になって間もない小娘が世界的に有名なレストランの新店舗をレビューするのは場違いであろう。しかし翌日、普段みみっちい依頼かbotの広告しか来ない私のメールフォルダに思いもよらないビッグネームが現れたのだ。その名はチャズ・アンブローズ氏。いわずと知れたアンブローズ・レストランのオーナーその人だ。あまり飲酒慣れしていない人のレビューが欲しいとのことで私に白羽の矢が立ったそうな。交通費宿泊費も負担するから是非に、とチャズ・アンブローズ氏に直々のメールを受け取ったからには一いちライターとして一肌脱がないわけにはいかない。そうして私にとってお初尽くしの取材が始まったのであった。
訪問
金沢駅からバスに乗って10分強、そこから入り組んだ路地裏を何度も曲がった先に、アンブローズ・人間酒場はあった。事前に頂いた詳細な地図が無ければたどり着けなかったことは疑うべくもない。
のれんをくぐった店内を入ってまず目についたのは壁一面に並ぶ酒瓶だ。年季が入った木造の天井まで届くほど高い棚に酒が敷き詰められている。冷えたのがすぐ飲めるよう、リーチ・イン・ケースの冷蔵庫にもずらっと。客は好きな酒をその場で買って店内で飲むという伝統的な"角打ち"スタイルだ。アンブローズ・レストランの店舗には“策略”ギミックがあるという格言が存在するが、この店構えも策略の一つなのだろう。よく見ると梁や柱は歪んで波打っており、木目の渦巻き模様が多めに配置されているように思える。まだ酒を飲んでいないのにどことなく酩酊気分にさせられる。
店内には幅一人分の立ち飲みテーブルがいくつか置かれており、昼下がりにもかかわらず酒飲みたちで賑わっている。どこに陣取るべきかと逡巡していると、事前に連絡を受けていた店主の谷部氏が親切に声をかけてくれた。隅の席に案内して頂き、酒に詳しくない私のために店主チョイスで人間酒を飲むこととなった。
各人間酒には0.5合1のポーションが用意されている。いくつも飲み比べるのも良し、気に入ったものがあれば大きい瓶を買うのも良しだ。価格はピンからキリまであり、ポーション1杯で千円以下が基本だが貴重な人間酒は万を超えるものもあった。高級品のラベルには私でも知っているような偉人の名前があったのだが本物だろうか?気になる読者諸氏は是非飲んでみてほしい。
飲み始める
さて、読者諸氏におかれては釈迦に説法であろうが、私の日本酒についての勉強成果をひけらかしたく、日本酒の軽い説明をさせていただく。日本酒は米を発酵させて造るものだが、米をそのまま原料に使うのではなく"磨き"の工程が必要となる。米の表層には雑味と呼ばれる成分が含まれており、米を削ることによってそれらを除去するのだ。玄米を削って残った割合は精米歩合と呼ばれ、例えば精米歩合65%なら、35%を削り取り、残り65%で造った酒ということだ。この精米歩合を元にした日本酒の分類があり、精米歩合70%以下を「本醸造酒」、60%以下を「吟醸酒」、50%以下を「大吟醸酒」と呼ぶ。つまり大吟醸と名のついた酒は半分以上を捨てた米で造られる贅沢なお酒というわけだ。
人間酒も原料が人間由来の米というだけで、製法などは日本酒と同じである。なんでも、とある筋から手に入れた人間精米機を用いると人間を米にできるとのこと。もう少し詳しく聞きたい気持ちもあったが、あまり深くつっこんで私が精米されては困るのでやめておいた。そういったわけで人間米を元にした酒造が形となったため、この店が旗艦店として立ち上げられたということになる。
というわけでお待たせしました。ここからが実際に人間酒を飲んだレビューとなる。今日は暖かな日であったので全て冷やで頂いている。
1杯目に飲んだのは若いショップ店員の女性を精米したもの。精米歩合は75%ほど。人間由来の原料ということであったが一口目の感想は普通の日本酒、であった。一応取材に当たり事前にいくつかの日本酒を飲んでは来たが、癖が少し強めで味わい深いものの居酒屋で普通に提供される日本酒に毛が生えた程度に思えた。私はまだ人肉を食べたことが無いが、特にそういった風味は感じられなかった。
だが驚いたのはここからだ。酒が喉を通った瞬間、原料となったであろう女性の人生が私の頭の中に情報として流れ込んできたのだ。彼女が何を思って何を生きてきたか、それを一瞬のうちにダウンロードされたかのようだった。彼女の人生は波のように押し寄せ、そしてすぐに私の中から去っていった。具体的な記憶はもう覚えていないものの、ただふんわりと幸せな感情だけが後味として残った。
「感じましたか?彼女の"物語ストーリー"を」
呆気に取られている私の横で谷部氏はニコニコしていた。女性の人生のようなものを感じた、と伝えると谷部氏は頷いた。
「ええ、感じられたのは原料の人生に相当するものでしょう。ですがあれは人生そのままではなく加工されたものなので、我々は"物語"と呼んでいます。フィクションと違って現実の人間の人生はイベントも少なく冗長でひどく退屈なもの。ですが余計な場所を削り落として磨き上げ熟成させることによって、味わい深い"物語"になるのです」
そういって谷部氏は次の一杯を差し出した。ベテラン教師の男性を精米したもので、精米歩合は60%。先ほどの1杯より多く磨かれていることになる。香りはこってりとした豊潤なもので飲んでみると泥臭い旨味を感じられた。わずかにする穀物の風味がいいフレーバーとなっている。
さて、"物語"の方はどうであったかというと、先の1杯に比べ抽象的であると感じた。谷部氏いわく、精米歩合が低い、つまり多く削られた米はその分記憶や人格も削がれているようで、"物語"に出てくるエピソードや感じる自我も減るようだ。その分原料となった人の中核となっている大事な感情や信条は強く前面に出るようで、より原料との一体感を感じられる。
この原料となった男性は令和のこの時代に未だに体罰じみた行為も行うあまり評判のよろしくない教師であったそうな。だが面白い事に磨いて酒にしてしまえばそれも味になってしまうのだ。私はだんだんとこの人間酒に魅了されていった。
"物語"に溺れる
それから色々な人間酒を飲み続けた。イラストレーター、工場オペレーター、パティシエ、代議士、農家、スポーツ選手……。私がなれなかった何人もの"物語"を数時間ではしごした。いくつもの人生を経て、何度も転生しているような感覚。輪廻の渦の中で今の私は何回目なのだろう?アルコールの酩酊も相まって、自分の人生なのか他の人の人生かの境目が段々と解けていくようであった。少し不安になって危険性が無いのか聞いてみたが、
「成分としては米そのものですからご安心ください。実際のところ人間米をそのまま食べると元の人間の人格や記憶が体内に残留することがあるようです。ですが発酵された人間酒ではほぼそういったことは起こりません。発酵において固体のデンプンは揮発性液体のエタノールに変わるもの。この人間米においてもそういった元の人間の残滓は製造過程で変異してますので、飲んだ方に長期の影響を与えることはございません」
とのことだそうだ。
「酔いが回っているうちは多少は何かしら残ることがあるかもしれませんが、一晩寝ればすっきり飛んで抜けてしまいますよ」
最後の1杯
日が暮れ出し、これ以上は"仕事"が出来なくなるほどのアルコール摂取量に達しそうということで、次が最後の1杯となった。人間酒の原料はワケありのものも多いようで、この最後の1杯もそういった類のものであるようだった。何でも人間精米機の前の持ち主が人間精米機と一緒に保存していたらしい。
「詳しい経歴まではわかりませんがどうやらこの原料は暴行などの前科持ちであったそうです」
「へぇそうなんですか。私の父も家庭内暴力で捕まったんですよ」と何も考えずつい答え、その場の空気を悪くしたのはアルコールの魔力のせいにさせてほしい。一応補足しておくと父は私や母への傷害罪だか恐喝罪だかで私が幼いころ拘禁刑となった。母は離婚後数年で亡くなり父も獄中で亡くなったと風のうわさで聞いている。私が酒を好まなかったのは酒癖の悪い父を見ていたからだ。だから今、この人間酒場で思いのほかお酒を楽しめていることには我ながら驚いている。酒好きという血は争えないということだろうか?
人間酒のレビューに話を戻そう。
最後の一杯の精米歩合は50.6%。大吟醸一歩手前だ。キリリとした酸味にほんのりとした甘みが浮かび上がり強い旨味を感じさせられた。もう少し雑味があった方が私の好みではあったが、それでも驚くほど舌に馴染む味わいであった。本題の"物語"については"磨き"が多すぎたのか明確な内容は見えてこなかった。だが犯罪者という前触れに反してとても穏やかなものであり、ただ直接的な幸福の感情と誰かを愛したいという思いだけが伝わってきた。
と、なんとかそれらしい文面を書き繕っているが、実際のところ当時はだいぶ酔っていて限界であった。終始サーブしてくれた谷部氏へのお礼もそこそこに、私は千鳥足で店を出た。
夢
手配してもらったホテルに着くと激しい眠気に襲われ、取材メモの整理などもできずすぐに眠りについてしまった。
夢を見た。いつも見る子供のころの夢だ。夕暮れ時、子供の私はチャイムが鳴る中慌ててアパートに駆け込む。何故?そうだ、この頃はまだ父がいたからだ。父は、母と私が言いつけ通りに行動しないとすぐ暴力を振るった。口答えは許されず私は父の前では何も言えなかった。家に入るやいなや背負った赤いランドセルも降ろさず、父がいる居間に向かう。何度も見た夢だ。扉を開けると酒で顔を赤くした大柄な父が、門限のチャイムに間に合わなかったことを怒鳴り、拳を飛ばす。父にはもう10年以上会っていないから夢の中の父には顔が無い。ただ私を痛めつけ恐怖させる存在であり続けた。
だが、その時見た夢に出てきたのは弱弱しい老けた小男であった。いつの間にか私は大人の姿に戻っていて、背丈の半分くらいしかない小男を見下ろしている。小男は暴力を振るおうとも罵声を浴びせようともしない。今私が手を出せば簡単に小男を絞め殺せるだろう。それくらいのちっぽけな存在だ。なのに満ち足りているようにも見えた。
蹴り飛ばすくらいしてやろうかとも思ったがその気も失せた。どんな人間も精米してしまえばただの酒になり、嫌なところも味の一つでしかないのだ。この部屋に用は無い。私は立ち去ろうとした。
「落としていったよ」
小男は部屋の隅にある赤いランドセルを指差して言った。
「もう、必要ないよ。それに……」
小男相手なら何だって言える気がした。
「私、ラベンダー色が良かったんだ」
「そうか。それもきっと似合っていただろうね」
そうしてもう二度と戻って来ないことを予感しながら扉を閉めた。
結び
二日酔いも無くスッキリとした朝を迎えた。宿を後にし帰りに挨拶くらいはしていこうと思ったが、地図を落としてしまったようでアンブローズ・人間酒場に辿り着くことはできなかった。(本当に複雑な道のりだったのだ) 取材メモは落とさなかったのでそれを元に原稿を書いているが、のたうち回った筆跡に支離滅裂な内容ばかりで復元するのに大分手間がかかってしまった。今後居酒屋などをレビューする際に備え、録音装置を今回の収入で買おうと心に決めた。
総評: 他者の"物語"を味わうという唯一無二の体験。これだけで金沢に訪れる理由があると間違いなく言える。ただずっと立ちっぱなしでスマホも見辛く疲れるし、他の客が一緒に飲もうと絡んで来るしで落ち着けず居心地は悪かった。星三つ。


