心情を曝け出す羞恥と引き換えに書き出すことのできた一つの物語
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眠りの箱の中で目を覚ます。
 
 
 
童話を彷彿とさせる表現が、ぼんやりとした頭の中で浮かんでは、そうしてすぐに弾けていった。スリーピング・ビューティーとはよく言ったもので、目を覚ました私の傍にはキスで目を覚ましてくれる王子様も、様々な助けをもたらす7人の小人も存在してはいない。ただそこにあるのは知り慣れた孤独と、見慣れない洋式の部屋だけである。

現時点での自己を確立するために時計を探してみれば、目線のやや上部に備え付けられた、ぴったりと固まったままの2時11分が目に飛び込んできた。直近でもこのような深夜に目が覚めることは往々にしてあり、それは恐らく、今私が直面をしている目下の問題が、自分が思っているよりもはるかに精神的な負担になっているということを示しているのだろうということは、安易に予想がついた。

どうやら私は机の上で寝てしまっていたようで。立ち上がって玄関口に備え付けられた鏡に全身を晒して見れば、右の頬にはセーターの格子模様がくっきりと残されており、誰にも見せることはないものの、少々の気恥ずかしさに思わず鏡から視線を逸らした。その先には、いつの間にか注がれていた温かい珈琲が、机の上で静かに湯気をくゆらせていた。

口をつける。存外に苦みを伴って胃袋へと注ぎ込まれていく液体は、先程まで確かに私を支配していた眠気を消し去ってゆき、覚醒を促した。周りを見渡してみれば改めて一切の覚えのない様式が、一種の情報的な混沌を伴って私の目をくぎ付けにしてゆく、が、同時にただ静かな時間だけが流れている安寧もまた、そこにあった。
 
 
「good night」
 
 
その言葉だけが耳に残っている。それが男性の言葉であったのか、女性の言葉であったのかなど覚えておらず、そもそも私に同居人がいたという覚えもない。耳障りの良い声であったとそれだけは記憶していた。時計を見る。2時11分。秒針すら動いている様子もなく、これが夢であることを私は確信する。

それならばと私は机に備え付けられた椅子に座り込む。木製の固く冷たい感触に、思わず背筋が伸びる。パキパキと音を立てて数時間ぶりに伸びた背骨の自己主張が、一種の快感を伴って体を駆け巡っていった。今までどんな体勢で眠っていたかは安易に想像がつく。今時、学生でもしないような無様な寝姿であっただろう。

そんな無様な格好をして寝ていたことにも、もちろん理由があった。眠る前までの私は、パソコンの画面をかぶりつくまでに凝視して、一切の文字が浮かんでくることのない入力フォームとランデブーを楽しんでいたからだ。

フォームの真上には統一された色合いと特徴的なフォントによって彩られた「コンテスト」という5文字が目立つように配置され、つまり今、余りにもそれらは───忌まわしい。というのも、浮かびゆく全てのアイデアが空中分解して、どれのものだったか分からないネジでのパズルゲームをプレイ中! に、その開催が発表されたからだ。

当然だが、会話が弾むことなくただ無言のデートなど楽しくあるはずもない。そんなことを繰り返していればいずれやって来るのはその関係の終焉と、こらえようのない眠気だけ。徐々に前傾姿勢は深くなっていき、微かに灯り続けている胸元の感情の残り火を、世間と部屋を吹き抜けてゆく冷たい風から守るように抱きしめて、私は眠りに落ちたのだ。

そうして詳細に思い返していけば、あの5文字の下に表示されていた締め切りが感覚が正しければ今日の0時であった事実が叩きつけられる。時計を見る。2時11分。この時刻に意味を見出すのであれば、私がその時間に入眠したか、もしくはその時間に起床することに、私が希望を持っていたのかもしれない。確かに1日余りで仕上げた作品が、多大な評価を受けた実績も存在する。ただそれに関しては私は"運が良かったのだ"とそう結論付けている。
 
 
「そんな事ないよ」
 
 
だなんて当時の交際相手は言っただろうか。その言葉を信じられるほど純真であったならば、私は〆切直前にこのような夢の世界に逃げ込むような男ではなかったのかもしれない。結局のところ、それからというもの、私はヒット作らしいヒット作を残せないままに、ぎりぎりで筆を折ることはなく、性懲りもなく数多の著者によるバトルロワイヤルに参加しようと思い立っていたのだ。

空になったカップを机の上に置く。すると不思議な事に、瞬きをした次の瞬間にはカップの中からはまた、芳ばしい香りが漂ってきていた。その琥珀色の輝きだけが、今私の味方である気がした。私は明晰夢という人生で何度体験できるかも分からない事象を楽しむために、カップ片手に部屋の隅々を調べることにした。

カーテンを開く。雨が降っている。そこには見覚えがあるようなビル街が広がっている。どこかは思い出せない。
引き出しを開ける。色とりどりの飴玉が積まれている。1つ口に放り込んでみれば、さっぱりとした柑橘系のフレーバーが口内に残った苦味を打ち消していった。
本を開く。好きだった小説のフレーズが目に飛び込んでくる。この言葉に3回くらいは救われたと思っている。
ラジオを付ける。眠る前までYoutubeでリピートしていた、インターネットゲームの主題歌が流れ始める。少し古めかしい音楽形態を伴ったイントロが、「よりにもよって」と、私の笑いを誘う。
 
 
そしてこの場所に留まる。その選択が、もう戦場に向かう必要がないことを理解する。
 
 
4度飲み干したカップを、再び机の上に置く。白い陶器の中に温かい輝きがあふれ出し、その湖面に写った私を迎え入れる。それに手を伸ばそうとしたところで───いつか、教えてもらった珈琲の通説を思い出し、行き場を失った右手が、私が敢えて見ようとしなかった机上の物品へと伸ばされる。

掴んだのは、紫の透明を跳ね返したガラスペンであった。最初で最後のヒット作を打ち出したその日、思い出にと最寄り駅の近くの文房具屋で購入して、それから二度と箱から取り出されることのなかった筆先が、私の瞳を映しては見つめている。おまけに、一緒に購入した同じ色をしたインクまでもがご丁寧にそこに用意されていた。

静謐な安寧の中の、たった1つの劇薬が乾いた笑いを喉の奥から引っ張り出す。何を以て、私はこれを夢の中に想起したのか。インクを付けて持ち上げたガラスペンは、初めて握ったあの日よりもやけに軽くて驚いた。何本かの曲線を引く。それらをつなぎ合わせて、紙に「どうして?」と問うたところで、答えは返ってこない。それを鼻で笑っては、思いつく限りのものを書き連ねていく。

家族と友人の名前、哲学者の言葉、印象的なフレーズ、現代的短歌、微妙にパースの狂った直方体、崩れたキャラクターの顔、頭と体のバランスが均一ではないデフォルメキャラクター。
 
 
「SCP-XXXX-JP」
 
 
がり、と音を立ててペン先は紙に穴を空けた。行く宛のなくなったインクがそこから下の紙に滲みだして、それは花が開くのと、少し似ていた。罵倒の言葉が口をついて、その文字列を二本の横線が切り刻んだ。紫の滲んでしまった何枚かと合わせ、私はそれらを丸めてゴミ箱へと放る。そうしてまた、無地のキャンパスを、言葉と風景で汚していく。
 
 
「灯籠和邇」「ブルーホール」「8度目のコンテニュー」「ミスター・ブラック」「あの大きな耳でいっぱいいっぱいな星」「瑠璃を飲む」「nemo111-55—9eef」「Identity」「ノーチラス」「カテゴリー7認識災害」「イベント-ジャヴァウォック」「ノエルと喚鯨」
 
 
出来上がった、どこかで見たような無秩序の欠片達を閉じ込めたおもちゃ箱。また紙ごと捨ててしまえば良いはずのそれらへの、ただどうしようもない愛おしさが、私の手を広げさせたまま、そのメモを裏返させた。

まだあれらに形はない。何故なら、私だけのものであったから。何故なら、形を与える前に、殺してしまったものだから。何故なら───それでも、捨てることのできないものであったから。
ゴミ箱から、先ほど丸めたメモ帳を引っ張り出す。もう一度それを開いてみれば、無確定のナンバーの隣に、「5杯目の毒」という銘が打たれていた。苦笑する。無意識のうちに、私はメタタイトルまでも考えてしまっていたらしい。

机上にそれを押し広げて、しわを伸ばして。自分のお世辞にも綺麗だとは言えない言葉と向き合った時、私はこの安寧に終止符を打つことを決めた。ここにいることの多幸感は申し分ないけれども、どうも、こういうのは私には合わないnot for meみたいだ。
 
最後の一服と格好をつけて、もう冷めてしまった液体を含んだカップを手に取る。背後ではラジオが音楽に乗せて、私から見た創作の姿を謳っている。それに返事をして、5杯目の珈琲を飲み干す。その行為が夢の終わりであるかを示すように、急激な眠気が私を襲った。揺れる頭を押さえつけながらベッドへと転がり、そして暖かさの電源を切る。二度とここに来ることのないように、もう迷うことのないように。
 
 
 
 
 

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目を覚ませば、寝る前に始まったランデブーは続いているようで。時刻を見る。22時24分。私は入力フォームを三度見して、その白磁のような美しさに溜息を吐きながらも、眠気を覚ますために冷蔵庫へと向かった。暗い台所に明かりを灯し、その中身を物色する。並んだ5本の缶コーヒーのうち、1本を手に、取ろうとして、勢いよく冷蔵庫のドアを閉めた。その時に頭の中にあったのは、「5杯目の毒」というフレーズだけであった。

テンプレートを打ち込んでいく、説明文から書き始める、美しい白を、黒で汚していく。

ちらりと横目で画面の右下の数字列を見れば、それは22:30を表していた。かつて2時間も経たずに物語を紡ぎあげたこともあったと思い出しながら、思考とは別に口から吐いた言葉をキーボードへと叩きつける。
 
 
結局のところ、私はこの厄介な自意識を手放すことができないらしい。
 
 
どうも狭い世界での創作を続けることでしか保つことのできないそれが、私の心の奥深くにまで巣食ってしまっていて、そして二度と元に戻ることがないなんて。少し前から分かっていたのに敢えて無視をして、飄々としていた。そうでなければ、何度も、心が折れそうになってもこうして、パソコンのモニターに向き合っていることに自分でも説明がつかないのに、目を伏せていた。

構文で枠を作る。インタビュー者に、自分を投影する。明かな私心が、インタビュー内で描写される。

叫び出したいほどの自分の気持ちに蓋をして、コンテストで負けても嘘をついて平気な顔を繕って、他者の代わりに自らをなじって笑いに変えて、作品内に書き出されてしまった言語に二重線を引いてかき消そうにも、もう誤魔化すことのできない言葉が視神経を伝って、確かに零れだして、溺れそうで、溺れそうで、もう仕方がなかった。

水浸しになったキーボードを打ち続ける。

時折、鍵の上を指が滑り落ちて違う音を奏でようとも、一度奏でてしまった言葉を後戻りすることなんて許されない。指揮を振って別の表現へとそれを変貌させながら、これからもきっと見えてはこない145億マイルの果てに、ほんの少しでも近づけるようにと、音は加速していく。

オチを付ける。プロトコルを書き込む。保存してプレビューを凝視する。

粗削りな作品であるがゆえ、評価は荒れるかもしれない。それでも、これが私の書きたかったものだと、胸を張って出せる自信があった。

そして僅かな誤字を見つけ、私はバックスペースを押し、込んだ。
 
 
 
 
 

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細断機を、眺めているようだった。

呆然と、再び美しさを取り戻した入力フォームと押し込まれたまま戻ってくることのなかったバックスペースを何度も見返す。フォームの左上の端でキャレットがまだ文字を消したりないとでも言うかのように、狂ったように点滅をしていた。

キーに爪を立てて引っ張り出そうとするものの、汗と涙で滑ってそれは永久に戻ることさえないように感じた。時刻を見る。0:05。残っていた時間は既に底をついている。既に頭は思考を放棄していて、私はぼんやりと「新しいキーボードはいくらぐらいするのだろうか」と別の事を考えていた。

現実から目を逸らしたくて、ベッドに寝転んでスマートフォンの電源を入れる。ブラウザに表示されたamazonのショートカットを開こうとして───「最近作成された記事」のショートカットへと、私の指は動いていた。そこには私と同じか、もしくは戦略的にその時間を狙ってのものなのか。劇毒性の有象無象が蠢いては、危険色を発してページを飾っている。

そのうちの1つを開いて、ページを最後まで押し上げ切ったところで、私は「ああ、面白いな」と呟いていた。そして、メモ帳のアプリを開き、5×4に並んだ四角形を、黙々とタップする。

どこに何があったのか、細切れになってしまったこれがもう一度書き上がるまで、一体あとどれぐらいの時間がかかるのかは分からない。
けれども1つだけ分かることがある。

こんな事があっても尚、それらを飲み干す選択を、私はしたのだから。
もう何があったってどこまで行ったって─── 一生、この心を蝕む自意識と、向き合い続けるしかないということだ。

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