#18 血を焚べよ
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対策本部よりハヴァ・メアリスダム及びEve.aicへ。これは一方的な通達であり、返信を必要としない。

監督評議会員O5-4、O5-7、O5-10の連名により、サイト-82の機能失陥を認め、周辺の地域ブロックによる人事再編の開始を命ずる。同時に、SCP-Eveの機密指定を格下げし、実践的に悪魔実体に対応可能な全職員にその存在を開示する。同異常指定存在のナンバリング呼称は変更を要しない。

ハヴァ・メアリスダム指揮下、41名の最終事態対応人員のうち死亡者13名、重軽傷者14名が排出済みである。死因と負傷はいずれも臓器を含む肉体の欠損、及び現実侵食による変質に由来する。

状況は第Ⅶ種(財団施設を完全に失陥する収容違反と異常形質の拡散)へと移行した。SCP-Eve指定は現在よりサイト-82全域へと移行し、生存人員である君達は暫定的にナンバリングされる。根拠はサイト全体からの超高密度の妖魔共振エネルギーTartarean Resonance Energyの放出と、その外観的な変容および周辺環境への侵食である。現実性の計測については、それが可能な距離まで接近できていない。武力行使による一切の介入は旧サイト-82自身の防衛機構、及び急激に成長・発射される肉種によって妨げられた。

旧サイト-82内部はもはや長期間人間の生存できる環境にはないと推察される。今後の調査班派遣は有人探査計画の可能性を除外して行う。内部に存在する悪魔実体は推定で50体を超える。そのほとんどは自立して領域外を出ようとはしていないが、TRE値だけでも危険は察するに余りある。

こちらからの起爆コードは受け付けられず、推定される地下構造の規模からしても即時の異常性収容、無力化は現実的ではない。まず電子上の往来が自由であるAlexandraについては強制退避が完了している。SCP-Eveの明確な構成要素であることを疑われるハヴァ・メアリスダム、Eve.aicにはSCP-Eve内に残留を命ずる。期限は設定しない。

よって、ここにハヴァ・メアリスダムの業務上の喪失を認めるものである。以後行われる捜索は、検体の生死を問わないものとする。

 
 
 


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「悪魔を見つけた」とアダムが言い終わって口を閉じないうちに、E.V.Eは一歩前に進み出た。やはりそういった意味では彼女は悪魔だったのだろう。彼女は明確に自分を蔑ろにされた時に牙を剥くことを躊躇わなかった。比喩ではなく、かといって字義通りでもない。Eve.aicが信じられないほど強引にハヴァの体を引き寄せたとわかったのは、ハヴァの視界が勢いよく歪み、遅れて腕に痛みが来たからだ。

ハヴァの髪が数本ほど舞ったかと思うと、天井から隆起した肉の塊と親指ほどもありそうな牙の群れがアダムの頭に真っ直ぐに食いついていった。

「パパ、私は何なの?」

鈴を転がすようだった悪魔の声は一瞬にして嗄れたようにすら聞こえた。彼女はひどく疲れた帰り道のように一歩進み出て手を振っただけで、それでも父親を襲ったのは紛れもなくE.V.Eの意思だ。暴力的な顕現と改変を行うのには、TREはあまりに適している力だった。悪魔が今までそうしなかったのには理由がある。

そして、E.V.Eは同時に果てしなく力不足でもあった。アダム・メアリスダムがぞんざいに首を軽く振ったと思った時には、もう悍ましい肉塊と歯の組み合わさったものは跡形もなく消えていた。ハヴァ自身に知識がなければ、間違いなく痛みが見せた白昼夢だと思っただろう。アダムは微笑を消したまま、こちらも疲れたようにため息をついていた。

「話をすると言ったろう? まだ途中だ」

「私が手段だって言った。それが言っていいことか分からないあなたじゃないでしょう」

「ここでのすべては手段に過ぎないよ、E.V.E。君にとっての俺もそうなんじゃないのか?」

アダムは口を閉じてすぐに……本当に瞬時に微笑を戻して、すぐさまEve.aicに向き直った。Eve.aicは瞳孔を見開くと、顎と喉の間あたりから鋭いノイズを数巡させた。チッ、チキきっ、と音を立てて頭と首を痙攣させてから、弾かれたようにアダムから距離をとり、改めて目を細めた。

「いい子だ、Eve。俺の気が逸れたのを見逃さなかった。ここを循環し続けてるTREの逆制御か、成功してればなおよかったな。俺とこの子を同時に制圧できただろう」

アダムが白衣の袖に包まれた腕を伸ばすと、すでにそこにはE.V.Eがいた。彼女は一瞬身を震わせて、流れ落ちた髪が横顔を覆う。彼を頭から信用することはもはやできない、しかし離れるわけにもいかない。ハヴァから見ればかの悪魔はあまりに脆く、幼く、あるいは小さかった。存在そのものが、彼女が立脚している背景の全てが。起こしている現象とは到底釣り合わないほどに。

E.V.Eは唇を震わせながら、見上げるようにしてアダムの顔に向き直る。

「ならどうして、私に思い出を持たせたの?」

パパ、と言おうとして止めたように思えた。アダムは質問に答えずに、ベビーベッドから程近い床を見つめる。E.V.Eにとっての思い出が何であるのかハヴァは知らない。だがアダムのことはよく知っていたし、彼に思い当たる節が全くないのであればすぐに切り返しただろうし、嘘をつくにしてもやはり流暢に言葉を吐くことは想像がついた。だから視線を逸らすのは、思い返しはするし、否定はできないけれど、答えたくない時だ。

ハヴァが視線を追った先には黒い靴が転がっていた。E.V.Eの痩せぎすの足でもやっと半分入るかどうかに見えるから、明らかに幼児のそれだ。きちんと揃えられたその靴の色合いにも形にも、ハヴァには見覚えがあった。かつて夫から送られ続けてきた写真の片隅で見たものだ。この部屋の何もかもが偽物なのに、あれだけは本物だ。あるいは、本物と思えるほどに精巧なのか。あの一揃いの靴だけが?

「私は覚えてる、あの靴にはちょっと土が入ってる。イヴが……お姉ちゃんが履いてた靴だから。何かで出かけた帰り、居住棟の近くの庭で花を摘んでた、イヴはあなたにそれを見せていた。長さは不揃いで、色もばらついてたけど、アダム、あなたのための花だった。私はそれを覚えてる」

アダムは表情を全く動かさずに言葉を聞いていた。ハヴァが知らない、知る資格もない記憶を探っていることが明瞭にわかった。

「あなたに差し出す手と、朝露で濡れた草の感触と……そしてあなたがイヴから受け取るところを覚えてる、両方の視点で。私が手段として生まれたなら、この思い出はどうして持たせられたの? それで、それで」

E.V.Eは口を詰まらせた後で下を向き、もう一度見上げた。左の眼窩から咲き連なった青い花々さえも一斉に花芯ごとアダムに向くようで、それは瞳の群れに見えた。

「どうして私にも花を摘んでくれたの? パパ。あなたは私がそれを忘れると思ったの? 答えて。私から逃げないで」

アダムは笑みを本当に削り落としたように見えた。さっきため息をついた仕草がアダム本来のそれではないことに、ハヴァは遅れて気づいた。結婚して生活を共にした時すら、ハヴァは彼を敵だとは思わなかったが底をこちらに見せているとは思わなかった。絵具で汚れ切ったキャンバスを削り落として本来の白を見せるように、妻でも娘でもない悪魔と過ごした日々が、おそらくは彼の奥のものを晒していた。

それがどこか見慣れているのは、ハヴァ自身に似た表情でもあったからだ。少し間を空けてから話し始めるところすらも。

「花を摘んでいった理由は覚えてない。だから、イヴが……イヴが大きくなってから摘んでくれた花のことを話させてくれ」
 
 
 


 
 
 
イヴは毎日のように俺に会いたがり、俺の話を聞きたがり、俺の作る料理を口にしたがって、俺の見ている世界を知りたがった。当然、俺の仕事は……ほとんどが話せるものじゃない。ハヴァの話をできるわけでもないし。俺はよく本を読ませることにして、できるだけのすべての時間をイヴに使って、彼女が寝てる間に図書館に潜った。

まずはイヴがそうなってしまった原因を探った。かと言って、俺は自分がタイプ・ブルーになった経緯すら覚えてない人間だし、イヴがそうなったのに気付いたのも毎日来ているうちに感じ取ったものだ。推測にしかならないが……大きな原因は俺にある。当然だ、彼女と他の病気の娘の何が違う? 俺を父親に持ったことだ。

イヴ・メアリスダムはおそらく俺が生まれて以来、この世界の人類で最もアダム・メアリスダムに関心を寄せ、近くにいた人間だ。そうだな、ハヴァ? 君は一度だって俺の仕事にも過去にも口を出したことはない。気を悪くなんかしないだろ、ただの事実にすぎないんだから。

血統的な素質もあるいは関係したかもしれない。彼女が君の腹の中にいたとき、すでに俺はタイプ・ブルーだった。そしてイヴは誰よりも俺と近くにいる。そしてイヴは直近で大きな喪失を経験してる……恐ろしいほど敏い子だ、親ながら思った。もう少しでいいから愚かであってほしかったよ。

あの子は間違いなく理解していた、俺が彼女の寿命を知ったことを。病室から出られたはずがないし、医師と俺は決してあの子の前で真実を話さなかったのに。それでもイヴは知ったんだ、おそらくは俺を見ただけで。つまり、彼女はその一瞬で自分の未来が全て失われていくことを自覚した。俺はもちろんイヴが大人になった姿を思い浮かべていたし、イヴだって漠然とは考えてたはずなんだ。

おまけにイヴは俺の実子だ。ああ、それは間違いない。すると? 相似なるものは何を生ずるんだったか。とにかく、あの子には素質があり、機会があり、そして運命すらもあの子の敵となった。なら、彼女が何かを呪ったって責められはしない。願わくばそれが俺ならよかったが。

自分でも気付かないままイヴは自分の生命エネルギーを調律し……自分でも気付かないまま、自分の奥底に眠る絶望に従って、それを削り取り、棄てていた。何も為せはしないし、何も害せはしない。どれだけの呪詛を吐いていたとしても、虫一匹だって殺せない。

それでもイヴは死ぬまで自分がタイプ・ブルーであることに気付かなかったし、財団もGOCもそうだった。当たり前だ。自分の力を使って緩慢な自殺を図る魔法使いがどこにいる? 誰が車椅子に年中座った少女の病室を、わざわざ一機の値段が飛行機より高い計数機で測ろうと思うんだ? 誰も気づきはしないさ、毎日会いに来ていた俺以外はな。

最初に財団に知らせることは考えなかった。あらゆる魔法の基礎になる生命を躍動させる力Elan-Vital Energyを制御して留めさせられる術があるなら、まず真っ先に俺に首輪をつけるはずだから。俺ほど実験台にしやすい、そして信用ならないタイプ・ブルーはそういないだろう。俺にそうしないなら、なぜイヴに使うだろう。放っておいても誰一人傷つけずに死んでいくだけの娘を。

でもEve、君だって見ただろう? 財団は虫一匹殺せない娘を何年閉じ込めたんだったかな。

そして俺はイヴを止めるにはどうすればいいかを考えた。考えれば考えるほど……魔法使いの娘の自殺は……一般的な娘の自殺を止めるより、本当に止めづらいものだと、良くわかった。魔法使いの父親をもってしても。あの力を正しく使えば、いやそうなったら確実に収容房暮らしは避けられなかっただろうが、それでも二本の足で立ち、残り数十年生きることぐらいはできただろうに。たったの数年を収容房で過ごさせる前に、どうにか自分のできることを探した。

そして、イヴに力の使い方を教えられないかと思った。一般的な魔法使いと同じだよ。図書館じゃ、多くの初学者は青い百合の花鎖を作ることから始めるらしい。俺はあいにく仲間がいないから、本を読み漁って知ったことだが。

自分のEVEをただ捨てるよりは、別の生産を行った方が確実に寿命は伸びる。あれを作るのに大した量の調律は必要ないし、ただの花の輪を作る材料を病室に持ち込んだところでそう嫌な顔はされないだろう……そして完成したとして、ちょっとした幸運のお守りぐらいのものだ。

シグマ-3でも引っ張り出してきて厳密な実験を行わなければ、あれが何なのかなんて気づきやしない。まして人に害を与える要素なんて僅かばかりも存在しない。図書館にいる魔法使いはもっと観念的な説明をするんだが……君に分かりやすく話そうか、推定される放射は900キャスパー、サファイア、ナチュラル、ルーズだ。これで何が破壊できる? タイプ・ブルーが直接観察しない限り、あれを感知することはない。

財団は万能じゃない。存在する全ての超常を掬い取ることはできない。俺がこうして見逃されているように。このサイト-82が、今見逃されつつあるように。


 
 
 
「サイト-82? ここが?」

ハヴァは片眉を上げて尋ねた。あるいは、少しでも口を挟んでおきたかった。奴の話を受け入れるより先に、どこかで現実に戻らなければという意識がまだ自分にあることを確かめるように。この空間はすでに失われたはずの家族の部屋だ。血の匂いにはいい加減に慣れ始めていたが、アダムの話を聞きながら視線を逸らせば、それだけで不快感が込み上げてくる。

「そうだよ。ここの正式な名前はサイト-82。ここはサイト-82で、財団に積極的に敵対している訳じゃない。あくまで超常を収容するための、管理された地獄だ」

「……とてもそうは見えなかった」

財団の外部からの干渉を拒み、あらゆる施設は肉の海と目の前の男の過去に塗りつぶされ、職員たちは間違いなく犠牲になった。これが収容サイトだというなら、何を収容するためにあるのか? アダムは貼り付けた笑みを深くして振り返った。

「でもこのサイトは、君もEveも傷つけはしなかっただろ? ここまで無事に来られたのは別にE.V.Eのおかげじゃない。外で蠢いている連中もサイトの一部。君はサイトの管理官だし、Eve.aicは収容機構の一部として認識されてる。それ以外の連中は、単に入る資格がないだけだ」

ハヴァが質問を重ねる前に、アダムは再び話に戻った。
 
 
 


俺はイヴのところに何本か花を持って行った。

「ちょっと手を動かさないか、リハビリにもなるだろうし。ほら、憶えてるかな……昔は、中庭で花を摘んで遊んでただろ」

「わあ! これ、わざわざ持ってきてくれたの?」

「ああ、うん。花を編んで遊ぶなんて、恥ずかしい年かもしれないけど」

「確かにナースさんやお医者さんの前じゃやりにくいけど、ここには二人だけでしょ。パパと遊べることの方が大事。それに私、病院の外じゃ小学校を出てるかも怪しい歳なんだから……きっと花で遊ぶぐらい、珍しいことじゃないよ。ね、何か作って欲しいものある?」

「そうだな。とりあえず、輪っかでも編んでくれないか」

「もちろん! きっと昔よりずっと上手くできるから、ちゃんと見ててね、パパ」

こんな感じだ、驚くか? まあ、君は生前のイヴとは話したことも無かったからな。当然、俺がイヴと話してる様子も知らない。でも俺が辛うじて父親のフリをできていたのは、あの子が娘として出来過ぎていただけだ。君がいたって、君よりひどい女が母親になったって、イヴは死ぬまでいい娘の役割を果たし続けたはずだ。それを良いことだとはあまり思わないが。

俺はイヴと話してその手付きを褒めたり、病院での勉強が上手く行っているか聞いたりしながら、時折その作業を手伝ってやる振りをして手順を調節していった。無論、魔術的に意味のある方向に。花を手渡す順番を管理し、茎の編み方を整え、感情とそれに伴ったエネルギーがより籠もるように話をした。あの子は素直に俺に誘導され……完全な形で、輪を作り上げた。少なくとも俺にはそう見えた。

だがその輪はただの、娘が父に贈る花の輪でしかなかった。イヴが俺の首にそれをかけてこの上なく嬉しそうにしている間、俺は笑顔を貼り付けながら落胆しつつも、どこか安心していた。

これがもし成功していたら。たった一回の試行でそれがもし成功していたなら、イヴは相当の才能の持ち主だ。俺が少し誘導してやれば、EVEとARadを使いこなし、二本の足で走り回ることぐらい造作も無いだろう。大抵の魔法使いにとって、自身の身体を操ることほど簡単なことはない。俺はそれが怖かった。

そうなったら、俺が決断しなければならない。イヴが歩けないまま一生を終えて、その代わり父親として最後を看取るか、イヴが自由に収容房の内側を歩き回る代わり、俺が今度こそイヴと二度と会えなくなるかだ。財団は俺を見逃していた、娘と会うことすら許すほどに。

でもそれは、俺がただ知識を得る以外には何もしてこなかったからだ。そして「人為的に変化した、タイプ・ブルーの娘であるタイプ・ブルー」というサンプルを前に、俺とイヴに財団が何をするかはまだ察しきれない所もあった。

だから、失敗して良かった。むしろ俺のやるべきことは、そのままイヴを効率良く、丁度良く失敗させ続けることだとも感じていた。例え望んだ成果が得られなくとも、自分の生命エネルギーを調律しようと試みたことに変わりはない。操作はできていないが、逆に言えば垂れ流し、廃棄するような真似もさせていない。病状は決して改善しないにしても、本来のそれより悪化することもない。そうしてイヴはベッドから自力で起き上がれず、車椅子から立ち上がることもないまま、決して善くはない父親に看取られて10年後ごろに短い生涯を終えただろう。それだけあれば、君が罪悪感に駆られて一度や二度、俺と話すこともあったかもしれない。イヴと対面することもできたかもしれないな。

でもそうじゃなかった。そう考えられたのはその日、イヴに手を振られながら病室を出るまでのたった数時間の間だけだ。俺はそれからもいくつかイヴに花の作り物をさせて、その全てが完全な手順で作られ、完璧に失敗した魔術的な工作物だった。効果としては俺とイヴの気を休めるぐらいしかない。ただの花の輪。それを首にかけられてやはり非異常性の花の輪でしかないことを確かめながら、見舞い帰りの父親として帰ろうとしていた。

そして……病室を出た時に、俺は自分の白衣についた赤黒い染みに気付いた。結果はわかるだろ? そこに転がってる花の裏の肉塊。今でも瑞々しいが、その時は生えたばかりだったからもっと酷かった。

イヴのエネルギーが形を成したものがそれだった。娘の生命は壊れてた、どうしようもないほどに。
 


 

[LOADING……]

[不明な経路のクリアランスを認証]

[ハヴァ・メアリスダム、Eve.aicを再登録。クリアランス: Site-82 Administrator]

[SCiPNETによる自動修正を拒否]

[管理者による入力の待機状態に移行します]

[セキュリティ担当者による手動修正を拒否]

[管理者の入力を待機中]
[地域ブロック管理者の手動修正を拒否]

[管理者の入力を待機中]

[管理者の入力を待機中]

[管理者の入力を待機中]

 


 
幸運を信じていない人間に、幸運のお守りは作れない。幸運というものを憎んでいるならば、よりわかりやすい結果が待っている。
 
そうだ。つまるところこの地獄は、タイプ・ブルーであるイヴの、EVEが表出したときの癖だ。言うなれば彼女そのものですらある。生き方。イヴ・メアリスダムという存在の根幹。 紅くRuby、 創造的でSharp、 曖昧Loose。

あの子の生命エネルギーはもう変換され尽くしていた。問題はその量だ。イヴが本来生きるはずだった時間と消費すべき活力はすべて、この突き刺さるような紅に費やされていた。その変化量はあまりに急激すぎる。イヴの有するエネルギー放射を花に浴びせれば咲き狂い崩れる肉片になり、建築物に浴びせれば鮮血の地獄となり、人間に浴びせれば……君もここに来るまでに見たな、ああなる。間違いなく創造的なのに、その後には滅びが待っている。

世界に生まれさせられ、敵こそ居ないが緩慢に死を待つだけの人生が、イヴにとってはまさしくあの、腐り果てた肉のように見えていたに違いなかった。

救えない。その後何度かの小さな実験を繰り返して、浮かんだのはそれだった。俺はどうやっても、イヴ自身の生きる活力の暴走から、イヴを救えない。彼女がタイプ・ブルーに成ってしまったその時から、彼女の魔法は、何かを滅ぼすためにしか使えないと決定していた。あるいはこの時点で俺が考えていたよりもずっとずっと前から、君の胎の中にいたときから彼女の素質はそうだったのかもしれない。生きるべき残り数十年をかなぐり棄てて生まれて、そして喪失を経たことであんな魔法を携えたのかもしれない、とさえ思った。そうとでも考えないと、あの蹂躙性は説明がつかない。ただの一介の娘が持っていていい魔法じゃない。

そんなものを……そんなものを自分の命から捨てていけば、最後にはどうなるかわかるか? まず普通には死ぬことはない。イヴの主観ではどうかわからないが。

命を削って削って削り切ってイヴが死んだとき、遺体は間違いなく腐って崩れて、肉の塊が一瞬で人の形を留めていられなくなるだろう。膨れ上がるのか表裏がひっくり返るか、あるいは粉々に飛び散るかもしれない、そして……一粒残らず消え去る、一瞬で。自分を滅ぼし切って、この次元から消し去る、絶対にそうなると確信した。

恐らくは。恐らくはこれが、俺の得たものなんじゃないだろうかと思ってる。俺と出会わなければ母親でなかったはずの君を犠牲にし、父親でない俺を犠牲にし、望んでもいないイヴの人生を生まれさせた報いがこうしてもたらされた。覚えてるよな、魔法使いが先に進むための確実でない変化。その恩恵。

イヴは……俺が脳をちょっと弄るか、少し簡単な儀式の要素に彼女を加えるだけで、半径数キロから数十キロを腐乱する肉の宴に巻き込めるだろう。それぐらいの素材だ。そしてそれは俺なしでは発動し得ない! 彼女と最も親和するEVEを持つ、実の親である俺にしか使えない。完全な制御装置を有する、折り紙付きの危険度と処理難度を誇る奇跡論爆弾。別名、イヴ・メアリスダム。

もちろん当初の目的には……俺が自分を守り続けるという意図にあたっては、彼女は全く何の役にも立ちはしない。だが魔法とは、メイジとは常にそういうものだったじゃないか? 望んだものは決して望んだ形では与えられない。そうだろ。それがこの世界の骨組みってものだ。

俺は何をすればよかったんだろう。

財団はこう言うだろう。彼女と俺は極めて危険性の高い、しかしEuclidの、特異なタイプ・ブルーのふたりだと。

蛇の手はこう言う。彼女は哀れな運命を背負わされた、保護すべきメイジだと。そして俺は、娘にその運命を引っ被せた唾棄すべき父親だと。

君がもしそこにいたならこう言っていただろう。彼女はただ俺と自分の遺伝子を受け継いだ人間に過ぎず、そして俺はただのありふれた他人のひとりに過ぎないと。

だがそのときの俺の側には、そのうちの誰もいなかった。あれは俺独りでやらなければいけなかった。財団の定めたラインを越えず、蛇の手の定めるラインも越えず、イヴをこの世界にいさせてやるためにはそれしかないと思った。"図書館"に可能な限り足繁く通い詰めて、あのあまりにも自壊的で破滅的なEVEを制御する方法を探した。

白状するとその頃にはもう、俺は何が正確な目的なのか忘れつつあった。目の前に発生し続ける課題を見つめていて、父親としての俺はだんだんぼやけていった。何が娘なのかが急速に曖昧になり続けていたから。俺が見ているのは少女なのか、その奥にあるものなのか。その2つは切り離せないが、全く別だ。ならどちらを見るべきだ?

そして俺は、悪魔に辿り着いた。というよりも……辿り着かざるを得なかった。

イヴに向き合うことを通して、俺は初めて意欲的に自分の底を攫うことになった。それは本物の底だ。自分がタイプ・ブルーとして、財団の人間として今現在何ができるのか、という底。自分が何者かは関係なく。半端なままだろうが泳がされていようが、俺は「父親」だった。他の何者にも……君の夫にすらなれなくとも、それだけは確かな俺の立場だ。そうしてまず、一人で行える儀式の限界を知った。

自分の過去すら定かでない俺の魔法は、不思議と他人の人格と記憶、つまり頭の中を弄るのに向いていた。イヴの手術のために医師団を騙し、俺に配属されている内部保安部門の目を短期的に誤魔化し、実験材料を調達し、SCP-2118のカウンセリング担当者の頭を覗くぐらいならどうにかできる。だが、逆に言えばそこが俺の浅い底だ。決して恒久的なものじゃないし、身体構造までは改竄できず、EVEそのものをどうこうすることも難しい。猶予は数ヶ月かそこらだろう。

だから、悪魔工学に頼ることにした。君が悪魔学者なのは幸運だった、と言ったな。もう一つ幸運がある。俺が出会った悪魔たちは……イヴのことを、より正確にはイヴの放出するEVEを、酷く好んでいた。それは連中の故郷に似ている香りがするらしい。地獄に似た香り。恐ろしく濃い死臭。だから俺のような門外漢が、短い期間で雑な素材を使って準備したにしては、上手く行った。それでも完成形とは程遠かったが。

では何のために悪魔を使うか。俺は結局2つを分けて考えることができなかった。父親に従順で外を夢見る少女のイヴと、その中で暴れ狂っている死臭を。俺の娘はそのどちらでもあり、そしてどちらかではなかった。「父親」である俺は考えて、「娘」をどうするべきか判断しようとした。どのみち、俺はイヴの死を止めることが出来ない。なら、「父親」はどうする? 既に確定してしまっている娘の死を前にして、どうすればいい?

俺はイヴの残滓を生かしてみることにしたんだ。

財団には、本当に、本当に多くの死の残滓が散らばっている。そのどれもが、おそらく死んでなければ残っていないものばかりだ。

そのために、俺は悪魔との契約を進めた。イヴが生み出した、いやイヴに生み出させた餌をやると約束して、あの胸糞悪いケイ素生命体共と話をつけることにした。君が見たら、俺の悪魔工学の構築様式の杜撰さには目を見張るだろうな。それでも連中は来たよ。そしてイヴから削り取られた彼女の生命エネルギーを使い、俺の要望を果たした。

イヴを身体の軛から解くために。そして、この世界にイヴの場所を作るために。

そして悪魔は対価に応じ、必要なものを用意した。まずはここだ。E.V.E、お前が育てられた病院。図書館への"道"と同じように、条件に適合しない限りは……つまりこの場合は、イヴ・メアリスダムの要素を保有しているか、イヴの両親の許可を得ない限りは決して侵入できず、時間の流れからすら切り離された空間の準備。財団を含めた今後の誰も、外からここに侵入する術を見つけられないだろう。

ここでE.V.E、君を……悪魔から欠片を受け取った君を、イヴの情報を肉付けにして育てた。ベッドに寝かせて、食事を与え、花を摘んで、イヴの話を聞かせた。向こうに現出させる時にほとんど忘れてると思ってたが……悪かったよ、睨むな。

そして、イヴへの手術の方法。

イヴの意識と肉体を、そのパターンを残しておくための作業が必要だった。ここを完成させるため、何よりE.V.Eを表に送り出すためにはな。さらに絶望と苦痛、そして死こそが悪魔の最も好む餌だが、俺が改めてそれを用意するまでもなかった。意識構造と肉体の記号をすべて残すためには、被験者の感覚を明瞭にしながら作業を進めなくてはならない。手術そのものがいくらでも、際限なく必要な苦痛を引き出してくれる。

ハヴァ、君なら知ってるだろ? 彼らは不徳の体現者。そしてイヴを基礎に作ったE.V.Eの成長には、見も知らぬ他人より彼女の苦痛こそがよほど効果的な栄養になる。

そして手術の結果のひとつが、今のEve.aicに使われてる基礎構造意識。産みの親に従順で、水面下の絶望をひた隠しにし続ける、よく出来た娘の顔。イヴの人格構造をもとに作った収容システムだが、うまくいかなくて……枠組みは財団に作らせることにした。SCiPNET内でしか存在できないようにすれば、おそらくそうなると思ったからな。その基礎構造は……当然ながら、悪魔実体であるE.V.Eとの親和性を高めて制御を持たせるために、悪魔工学的に構築されている。どれだけ別のコードで覆っても、悪魔に読める言葉が一番下に残るんだ。当然、その時が来るまで明らかにはならないが。

じゃあ、これらで構築されるものがわかるかな? ここには君によって……母親によって完成させられたE.V.EとEveという2つのイヴの要素がある。Eveには既にサイト-82の全機能の管轄を渡されているし、E.V.Eは悪魔として完成した。

Eveはここでイヴ・メアリスダムの残した生命エネルギーを外に漏洩しないよう管理し続ける。それだけの機能は既に有しているはずだし、どのみちここはイヴ以外の要素を拒み続ける。中心でTREを噴出させ続けるE.V.Eという悪魔がいる限り、完成した地獄であるここは外から干渉できない。そしてEve.aicがいなければ、ここは瞬く間に侵食する。世界を終わらせることはできなくても、Keterとして認められる程度の犠牲なら確実に出せる。少なくともベガスか、それ以上だ。

このサイト-82で発生しているのは、紛れもない地獄だ。認める。俺達以外誰もここで生きていくことはできないだろう。そして、俺がこの手でイヴを殺したこともまた事実だ。あの手術が原因でイヴが死に、あの手術を上手く行かせるために数十人のあの子と同じような年代の子供が消え、この地獄が産まれる過程で何人かの君の部下は耐えきれずに犠牲になった。これらはもう、覆しようのない事実だ。
 
でもこの地獄は……誰かを苦しめるつもりで設置したわけじゃない。ここは、イヴ・メアリスダムが残した巨大な残滓だ。

財団にも、蛇の手にも、GOCにも、ほかに超常社会に浸かった誰であれ彼女の人生を定義させる訳にはいかない。俺達が勝手に生み出したあの子はただの少女かもしれず、巨大な絶望の塊かもしれなかったが、俺達の娘だということだけは確実にさせておかなければならなかった。誰の手にも触れられない場所に、彼女の残滓を隔離する必要があった。資格もないのに親とそう名乗ったからには。死臭と叫びと、偽りと博愛と、そんな彼女のことを、世界に刻む責任が俺にはある。財団にはこの墓標を守らせる。

ここにあの子がいた。その証明となる。

俺がやりたかったことはそれだけだ。 
 
 
 

[管理者コードを確認。編集を受け付けます]

説明: SCP-Eveはサイト-82内部で現象として発生し続けているイヴ・メアリスダム災害を指すナンバーです。

 
 
 
そうしてあの子の残滓は、ここで残り続ける。
 
 
 
 
 


 
 
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