
鳴らされたあの子のために (2001年)
ウィリアム・フィッツロイ (1972 - )
人間の身体で作られた、1台のストリートピアノ
アルセーヌ・マッケイの身体を使用して作られたストリートピアノ。 マッケイはピアニストであり、繊細かつ丁寧な音色を奏でることで知られていた。数々のコンテストで優秀な成績を収めていた彼は、次第にイップスへと陥っていく。友人である彼の志願を受け、自由な音色を奏でられるようにとの想いを込め、身体の加工に及んだ。コンセプトは「抑圧からの解放」である。
時折、自らを弾くことがある。その時に流れる音色は、彼の苦悩からの解放を意味する。
彼はいつだって苦しんでいた。思うように音が鳴らないという苦悩を抱えていた。時には違法な薬物を摂取し、またある時には自らの身体を傷つけ、危険な行為に及んだ。彼が苦しむ姿を見る度に、自分の無力さを思い知った。友人一人救えないという事実が胸を締め付けた。わたしは芸術家である以前に一人の人間であり、彼の友人なのである。友人が苦しむ姿を見て喜ぶ人など、この世に一人としていないだろう。
だからこそ、彼から「自身を作品にして欲しい」と志願された時、絶対に彼から苦しみを取り除き、苦悩から解放せねばならないという思いでいっぱいになった。友人として彼を救う必要があると思った。これがわたしの作りたかったものである。誰かのために腕を振るうというのも案外悪くなく、むしろ充足を感じるものである。彼の肉体を作り変えることにより、彼はようやく安息を得たのだ。時折鳴らす旋律──彼が好き好んで聴き、弾いていたドビュッシーの「夢」──はきっと、彼の心からの安らぎを意味するのだろう。
ウィリアム・フィッツロイ
拝啓 ウィリアム・フィッツロイ 様
あの子を弾きに行きました。もう歳だから、手元は覚束無いけれど、それでも弾いてあげなければならないと思いました。鳴った音は不協和音で、とても綺麗な音とは言えません。ですが、それでもあの子は満足しているように思えたのです。わたしのピアノを勝手に弾いていた頃、あの頃のわんぱくで自由な旋律、音色のように聞こえたのです。きっとこれが、あの子の本当に鳴らしたかった音なのでしょう。
あの子を鳴らしてくれてありがとうございます。鳴った不協和音はあの子にとっての協和音だと、わたしは信じています。
敬具 セリナ・マッケイ


