KanKanの提言II

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私は今、内部保安部門の管理官オフィスにて、なめし革の大層な椅子に腰かけている。椅子とは権力の象徴としてよく使われるものだが、こうして座っている己の惨状を鑑みると、皮肉なものだと感じる。

私は、新参の管理官ボブ・マクラーレンとして、やれることをやってきたつもりだ。混乱渦巻く内部保安部門の管理官にいきなり任命されたかと思えば、部下に暴れ馬のごときエージェント・アナステイジア・ライトとエージェント・ジョセフ・カオを抱えて、あれこれその尻拭いをさせられてきた。本当に、激動の日々だった。

事の始まりは、2015年から2016年にかけてあのタッグが暴いた巨大な陰謀だった。何の特異性もないただの破砕機をSCiPとして登録し、さらには何の罪も犯していない職員たちを捏造した事由でDクラス職員に降格してその破砕機へと投じていった、隠された処刑という陰謀。欺瞞部門、内部保安部門、そしてあの倫理委員会までもが、その陰謀の犯人だった。財団最大のブレーキである倫理委員会委員長ゾイ・パントージャによる一連の陰謀は、あのタッグの手で見事に白日の下に晒された。先代の内部保安部門管理官サディアス・チャドもその件に加担しており、あのタッグに諸々を暴かれて離任されてからは私が代理で管理官を務める羽目になった  内部保安部門の上級職員は大半がそのインシデントに加担していたため、あのタッグよりもほんの少し偉いだけの平職員である私が管理官に選ばれたのだ。

次に発生したのは、その件を受けて起こった匡済部門の設立を巡る、Thaumielクラスの植物状態の男の不正利用だった。SCP-2670-JPから心理学部門管理官ジョン・リックウッドに入った報告をきっかけに発覚したそのインシデントは、夢を現実に見せかけて投影することで偽の会議を作り出し、管理部門の上層部に匡済部門の設立を認めさせたものだった。インシデントの犯人はその匡済部門管理官ザカライアス・パントージャだったが、そもそもその犯行自体が彼の母親ゾイ・パントージャによって誘導されたものだった。最終的に全てが明るみに出たものの、匡済部門自体はその実績から存続することとなった。

その次にあのタッグが直面したのは、心理学部門およびファウンデーション・コレクティブ夢界保全局に対して再構築後の倫理委員会が提議した、ある論争の仲裁だった。議題となったのは、集合的無意識に存在する死者の魂の複製ことモルフェウス型幽体の取り扱いについて。モルフェウス型幽体を回収するためには集合的無意識に魂  シャドウと呼ばれる意識のアバターを送る必要があり、そこに安全に滞在するための防護ヘッドセットの性能が論点になっていた。結果としては、そもそもその性能自体が、モルフェウス型幽体たちにミーム汚染された職員たちの捏造したものだった。しかし、プロジェクトの主導者の1人であった夢界保全局およびファウンデーション・アーカイブ局管理官オン・ザ・ガムボール自身がその捏造を指示していたわけではなかったために、彼女たちに大きな処分は下されずプロジェクトも継続されることとなった。

「そして……」

最後にあのタッグが扱った案件こそ、最も重大にして致命的なものだった。エージェント・ライトの父親、解体部門前管理官ダニール・ライトの安楽死。完全記憶能力を有し、それゆえに脳が耐え切れずに脳梗塞を起こして安楽死を受けた彼について、あのタッグは私的に調査を開始した。そして、彼らは辿りついてしまった  というより、辿りつかされてしまったのだ。完全記憶能力を持つ最古の財団職員『管理者The Administrator』が、モルフェウス型幽体という魂の複製システムを利用して他人の肉体を乗り継いで現在まで生き永らえ、財団のトップにて独裁体制を敷いているという事実に。そして、その事実に辿りつくまでの情報は、全て『管理者』がプロジェクト・Dという計画の人的資源を探すために布石として配置したものだった。あのタッグはその罠にはまってしまい、こうして現在に至る。


告示

2020/06/19をもって、アナステイジア・ライト内部保安部門エージェント、およびジョセフ・カオ同部門エージェントをDクラス職員へと降格する。

ボブ・マクラーレン内部保安部門管理官


結局、彼らは現在『管理者』の手の内にある。そのとどめを刺したのは私だった。決定自体は『管理者』によって下されたものだったが、それを受けてこうして処分と告示を実際に下したのは、他でもないこの私だったのだ。

実に嘆かわしいことだ、と思う。たった2人の部下も守れずに、何が内部保安部門管理官か? このご大層な椅子に座っておきながら、その権力を部下を守ることに使えずして何が重役か? 笑い話にすらなりはしない。

そう、全くもって笑える話ではなかったのだ。私はそれを、身をもって知る羽目になる。


内部部門管理官応接記録(2020/06/21)


<記録開始>

マクラーレン管理官のオフィスの扉を、ルーク・ハーシェル解体部門管理官が荒々しく開く。

マクラーレン管理官: ……アポイントメントを取ってほしかったものですね、ハーシェル。

ハーシェル管理官がマクラーレン管理官に近付き、胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

ハーシェル管理官: どういうことですか、マクラーレン管理官!? 何故、あの2人がDクラスへと降格になるんですか!? 答えなさい!

沈黙。

マクラーレン管理官: ……お答えできることは何ひとつとしてありませんよ、ハーシェル。

ハーシェル管理官: ふざけないでいただきたい! 彼らの功績を忘れたとは言わせませんよ! にもかかわらず、何があればこんな急に彼らがDクラスまで降格になるのですか!?

マクラーレン管理官: ですから、こんなことをされてもお答えできることなどありはしません。私から言えるのは、私が彼らをDクラス職員に降格した、という事実だけです。

ハーシェル管理官: だから、私が聞きたいのはその理由なのですよ! あんなに……あんなに輝かしい能力と実績を持つ彼らが、こんないきなりDクラスへと降格されるなどありえない! それも、まともな理由の説明なく、です!

沈黙。

ハーシェル管理官: ……10日前、彼らが私のオフィスを訪ねてきましたよ。そして、3856-JP-D  ダニール・ライト前管理官の話をお訊きになりました……ええ、ライト前管理官の話だったのですよ! その上で、私たちは同じようなファイルを見つけたのです。ジョー・ツキシマ元管理部門管理官補佐も、全く同じ経緯で特異性を獲得し、脳梗塞を発症して安楽死。それだけではない。私たちのセキュリティクリアランスレベル4ではアクセス不能な、同内容と思しきファイルも複数ヒットしました。

ハーシェル管理官がマクラーレン管理官を揺さぶる。

ハーシェル管理官: 知っていますよ、マクラーレン管理官! あなたの  内部保安部門管理官のSCLは最高の5であるはずだ。ならば、あなたは知っているのでしょう!? どうして、同じような内容のアイテムがそれぞれ別々の番号で存在しているのかを! そこに、あの2人が降格されることになった原因があるのではないのですか!?

沈黙。

マクラーレン管理官: ……「クリアランスの壁」、と仰っていましたね。

ハーシェル管理官: ……なっ、あの会話、聞いて  

マクラーレン管理官: その壁を飛び越えるおつもりなら、私にも考えがありますよ、ハーシェル。あるいは  

マクラーレン管理官がハーシェル管理官に顔を近づける。

マクラーレン管理官:   悪夢を見せてやってもいいんだぞ、貴様に。

沈黙。

ハーシェル管理官: ……クソ!

ハーシェル管理官がマクラーレン管理官から手を離す。マクラーレン管理官が椅子に座りなおす。

マクラーレン管理官: 気は済みましたか、ハーシェル? では、私も忙しいので、そろそろお帰りください。

ハーシェル管理官: ……ええ、わかりましたよ。

ハーシェル管理官が、早足でオフィスを後にする。マクラーレン管理官が、自身のスーツを整える。

<記録終了>


ハーシェルの怒りはもっともだった。彼は、10日前に自身のオフィスにあのタッグが来訪したのを大層喜び、丁重にもてなしていた。それがわずか1週間ちょっとでDクラス職員に降格されたのだから、私と彼の立場が逆であっても同じように怒りをぶつけたくなるだろう。

それでも、私はあのような態度を取らざるをえなかった。あの告示を出したのは、他でもないこの私だ。何より、あの会話もまた『内部部門管理官応接記録』としてデータベースに記録される。背後にいる『管理者』に、その様子を見られる可能性があったわけだ。

私は、改めて自分の座る椅子の大層さに自嘲の念を覚える。こんな椅子についていながら、私は実に不自由だ。

それでも、と私は思う。私は、私にできることをするだけだ。


夢中記憶アーカイブ(2020/06/21)


<記録開始>

コーヒーカップに類似したマクラーレン管理官のシャドウが、凪いだ海上の様相をした夢界空間に進入する。ハーシェル管理官の現実と同じ姿のシャドウが、夢界空間の中心に立っている。

ハーシェル管理官: カップ……あなたが、マクラーレン管理官ですか?

マクラーレン管理官: ええ。ちゃんと、私の言ったメッセージを受け取っていただけたようで何よりです。

ハーシェル管理官: 「悪夢を見せてやってもいい」……まさかとは思いましたが、本当にこういう意味だとは。そのせいで、慌ててサポート機器を借りる羽目になりましたよ。

マクラーレン管理官: 申し訳ない。しかし、ここぐらいでしかあなたと本気でお話しすることは叶わないと思ったものですから。

沈黙。

ハーシェル管理官: ……では、ここでなら諸々の話をお聞かせいただけると?

マクラーレン管理官: ええ。ただ、少々お待ちを。まだ、役者がそろっていませんので。

ハーシェル管理官: 役者?

ハーシェル管理官の夢界空間に、ドラ・サンルーカル匡済部門管理官のシャドウおよびジョン・リックウッド心理学部門管理官のシャドウが進入する。サンルーカル管理官のシャドウは現実の本人の姿に、リックウッド管理官のシャドウは青年期の本人の姿に酷似している。

サンルーカル管理官: あ  えっと、こ  こんばんは?

リックウッド管理官: 失礼する、ハーシェル管理官。そちらのコーヒーカップがマクラーレン管理官だな?

マクラーレン管理官: ええ、こんばんは、お2人とも。

ハーシェル管理官: えーと、この2人は  

マクラーレン管理官: 女性のほうが匡済部門のサンルーカル管理官、男性のほうが心理学部門のリックウッド管理官です。

ハーシェル管理官:   なるほど?

管理官ら2名のシャドウが海面に立つ。

マクラーレン管理官: リックウッド管理官、お2人への機器の貸与ありがとうございました。

リックウッド管理官: うむ、サンルーカル管理官にハーシェル管理官、どちらもしっかり明晰睡眠できているようで何よりだ。

サンルーカル管理官: は  はい。どうも。

ハーシェル管理官: ……それで、この4人が一堂に会して、どうするというんですか?

マクラーレン管理官: 言ったでしょう、ハーシェル? 「クリアランスの壁を飛び越えるつもりなら私にも考えがある」と。

ハーシェル管理官: ああ……確かに仰っていましたけども。

海面が揺れ、海面下から1枚の巨大なパネルが浮上する。

マクラーレン管理官: ここに、私の記憶から抽出したSCP-0001-JPの資料があります。SCLは無論5です。

ハーシェル管理官: なっ  

マクラーレン管理官: これが私の答えだよ、ハーシェル。


アイテム番号: SCP-0001-JP
収容クラス: Yesod1
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レベル5/0001-JP
機密

特別収容プロトコル: N/A

説明: SCP-0001-JPはアレックス・アーリントンのモルフェウス型幽体です。主な特異性として、SCP-0001-JPはほぼ完全と言える程度の記憶保持特性を有しています。これに付随して、SCP-0001-JPは記憶影響・ミーム汚染・精神影響に対するクラスV相当の耐性を獲得しています。これら特異性の起源は判明していません。

SCP-0001-JPは上記特異性により通常のモルフェウス型幽体よりも鮮明な状態で存在しています。このため、SCP-0001-JPは生成時に集合的無意識から夢界空間に移動することで他者の意識を奪取し、その肉体や精神を自身のものとすることが可能です。結果として、SCP-0001-JPは実質的な不死性を獲得している一方で、特異性に対する脳構造の低水準さから脳梗塞などの疾患を発症する傾向にあります  この疾患発症は、サヴィニャック知能指数テスト2において130点以上を呈した人物であれば10年前後、それ未満の人物であれば1年未満に発生する傾向にあります。


補遺0001-JP.1: 歴史

1931/04/01、アーリントンは全米確保収容イニシアチブ(ASCI)の代表に就任しました。当時よりアーリントンはSCP-0001-JPと同水準の記憶保持能力・精神耐性を有しており、そのために当時のASCIが保有する全情報を記憶していました。アーリントンはこの状況を利用し、他団体との交渉などを優位に進めていました。

1933/08/17に実施された多団体間会議において、ASCIおよび12の要注意団体の間で統合案が提議されました。結果、当該団体群は現在の財団へと統合されました。この中で、アーリントンを「管理者」とし各団体の代表者を監督評議会員とする衆議統裁制が成立しました。

1956/01/31、アーリントンは肺炎により死亡しました。これを受け、監督評議会は財団の衆議統裁制を問題視し、監督評議会員らのみによる合議制へと移行することを提議しました。しかし、アーリントンの死亡によってSCP-0001-JPが発生し、1956/02/05、ユーラリー・グリーン工学技術事業部門研究員の意識を奪取したことで実質的に再誕しました。SCP-0001-JPはグリーン研究員の肉体を通じて監督評議会に連絡し、レベル5機密などに言及することで自身がアーリントンと同一の存在であると証明しました。

合議制への移行の議論中であった監督評議会は、SCP-0001-JPの出現によって議論を停止しました。また、SCP-0001-JPが監督評議会員に対し当人やその関係者の意識の奪取を警告し、合議制への移行を廃止させました。結果、財団は本稿執筆時点に至るまでSCP-0001-JPを決裁者とする衆議統裁制を採択しています。


補遺0001-JP.2: 奪取対象履歴

以下は、本稿執筆時点までにSCP-0001-JPが意識を奪取した人物の一覧です。

人名 役職 奪取日
ユーラリー・グリーン 工学技術事業部門研究員(当時) 1956/02/05
トビー・マッキー 現実学部門博士(当時) 1956/12/28
ガエル・サヴィニャック 医療部門博士(当時) 1957/03/23
エマニュエル・ジョンソン 欺瞞部門管理官補佐(当時) 1957/12/19
リリー・バルツァー ミーム部門管理官(当時) 1965/05/06
ディン・リンウェイ 対抗概念部門エージェント(当時) 1973/03/15
サウード・イルハーム 異常宗教表現部門博士(当時) 1981/07/16
ジョージ・オドネル 内部保安部門管理官補佐(当時) 1990/05/02
ジョー・ツキシマ 管理部門管理官補佐(当時) 2000/10/25
ダニール・ライト 解体部門管理官(当時) 2008/08/29
ゾイ・パントージャ D-9518 2020/06/03

補遺0001-JP.3: 情報更新

2019/04/19、財団心理学部門およびファウンデーション・コレクティブ夢界保全局による研究により、モルフェウス型幽体の存在が明らかになりました。結果、SCP-0001-JPがモルフェウス型幽体である事実およびその再誕プロセスの一部が判明したため、本ファイルは改定されました。


補遺0001-JP.4: プロジェクト・D

アクセス資格を提示せよ: 黒き月は吼えているか?


沈黙。

ハーシェル管理官: ……つまり、これがライト前管理官の正体である、と?

マクラーレン管理官: その通りです。

沈黙。

リックウッド管理官: ……そういうこと、か。点と点が線で繋がったよ、マクラーレン管理官。あのとき、エージェント・ライトとエージェント・カオが調べていたのはこの件だったわけか。

マクラーレン管理官: はい。そして、彼らは「管理者」の立案したプロジェクト・Dの消費人員として選ばれました。

サンルーカル管理官: つ  つまり、あなたが「管理者」に命じられて、彼らをその、け  消した、と?

マクラーレン管理官: ええ。

沈黙。

マクラーレン管理官: ……私としても、不本意だったのです。しかし、「管理者」による脅迫はSCL5の全職員に及びます。私本人ならともかくとして、家族がいる。その家族を人質に取られている以上、私は「管理者」の命令に逆らうことはできなかったのです。

サンルーカル管理官: な  何てこと……

ハーシェル管理官: ……現在の監督評議会は、この独裁体制を打破するつもりはないのですか?

マクラーレン管理官: 監督評議会も、倫理委員会も、誰もそのつもりはありませんよ。脅迫自体もありますが、それ以上に実績がありますからね。

ハーシェル管理官: 実績……

マクラーレン管理官: 簡単なことです。それで上手くいってしまっているからですよ、これまでずっとね。

リックウッド管理官: ……なるほど。確かに、これまで勤務してきてこの事実による不都合を感じたことはないな。まあ、知ったのはたった今だから振り返れば色々あったのかもしれないが。

マクラーレン管理官: ええ。独裁体制とはいえ、「管理者」自身も別に私利私欲で財団を牛耳っているわけではありません。「管理者」はあくまで、ASCI時代から続く財団の基本理念  「確保・収容・保護」を守っているだけなのです。独裁とはいえ、向いている方向自体は概ね他の上層部と同じ。暴走さえしなければ、監督評議会による寡頭制と実質的に変わらない  

ハーシェル管理官: その「暴走」のせいで、まさにあの2人が犠牲になっているではありませんか!

沈黙。

マクラーレン管理官: ……その通りです、ハーシェル。だからこそ、私はこうしてあなたたちにクリアランス違反を犯してまでこのファイルを見せたのですから。

サンルーカル管理官: それは……ど  どういうことですか?

マクラーレン管理官: これも簡単なことです、サンルーカル。

沈黙。

マクラーレン管理官: ……彼らを奪還するんだよ、あのゴミ野郎から。

沈黙。

ハーシェル管理官: ……ハッ。

ハーシェル管理官のシャドウの笑い声。

ハーシェル管理官: これは傑作だ! まさか、マクラーレン管理官、あなたの口からそのような言葉が聞けるだなんて!

サンルーカル管理官: ほ  本気ですか!?

マクラーレン管理官: 私は至って真剣ですよ、サンルーカル。よほどの覚悟がなければ、こんな手の込んだクリアランス違反などしませんからね。

リックウッド管理官: ……ずいぶん大きく出たな。だが、いったいどういう心変わりなのかね? 先ほど「家族がいるから逆らえなかった」と言ったばかりではないか。

マクラーレン管理官: そうですね、確かにあの時はそうでした。ですが、ハーシェル、あなたに言われて考え直したのですよ。私は内部保安部門管理官であり、ライトとカオの上司です。そんなご大層な椅子に座っておきながら、何もできずにふんぞり返っているだけの男で終わるべきか? その答えは、断じて否だったのです。

リックウッド管理官: なるほど。

マクラーレン管理官: ゆえに、どうかお願いします、皆さん。この無力でちっぽけな男に、あの2人を奪還するため手を貸していただきたい。

沈黙。

リックウッド管理官: 君の言い分は理解した。しかし、2つ質問がある。まず、今回、心理学部門はハーシェル管理官とサンルーカル管理官に明晰睡眠サポート機器を貸与した。「管理者」にそれを気取られてしまってはまずいのではないかね?

マクラーレン管理官: それについては問題ありません。既に、こちらのほうで貸与の履歴は削除しています。

リックウッド管理官: なっ  しかし、それも一時的な時間稼ぎにしかならないのではないか? 相手は「管理者」だ、すぐにその不正処理などばれて  

マクラーレン管理官: その「不正処理」を暴く財団の目が、こうして不正を働いているのです。そうそうばれることはありませんよ。

沈黙。

リックウッド管理官: ……ならば、もう1つだ。そもそも、財団職員の夢は全てファウンデーション・アーカイブ局によってチェックされアーカイブされるはず。現実ではないとはいえ、ここも「管理者」の監視下に代わりはないはずでは?

マクラーレン管理官: その点も問題ありません。この夢経験はアーカイブされず、今ここにいる5人の記憶領域に保存されておしまいですから。

リックウッド管理官: ……5人?

マクラーレン管理官: そろそろ出てきていただいてけっこうですよ、ミセス。

パネルの裏から、ガムボールマシンの外見をしたガムボール管理官が現れる。

リックウッド管理官: なっ  

ガムボール管理官: こんばんは、皆さん。ファウンデーション・アーカイブ局管理官を務めております、オン・ザ・ガムボールと申します。

沈黙。

サンルーカル管理官: こ  このかたも、奪還計画に賛同しているということですか?

マクラーレン管理官: ええ。

ガムボール管理官: 私もファウンデーション・アーカイブ局管理官として、SCL5を有しております。しかし、私は肉体も家族も失っておりますし、今さら「管理者」の脅迫を受けても痛くもかゆくもございません。エージェント・ライトとエージェント・カオには恩義もございますから、ささやかながらご協力させていただく次第です。

リックウッド管理官: た  確かに、私にも彼らには大きな借りがある。助けたい気持ちはやまやまだ。しかし、これは……

沈黙。

サンルーカル管理官: ……私も、正直なところ、こ  困ります。確かに、その、匡済部門としては、こちらにもエージェント・ライトとエージェント・カオに借りがあります。でも、わ  私は、新しい部門の新しい管理官として、たった2年ちょっと勤務してきただけの人間です。それなのに、そんな、は  反逆のようなことをしろと言われても……

ハーシェル管理官: 反逆のようなこと、ではありません。まさしくこれは反逆です。

サンルーカル管理官: う……

沈黙。

サンルーカル管理官: ……その、じゃあ、わ  私からも1つよろしいでしょうか?

マクラーレン管理官: 何でしょうか?

サンルーカル管理官: その……こ  このパネルには、補遺0001-JP.4の  プロジェクト・Dの情報が載っていませんよね? それは、その、何故なんでしょうか?

マクラーレン管理官: 簡単なことです。現段階で、私やガムボールにアクセス資格がないからですよ。

サンルーカル管理官: えっ  

リックウッド管理官: ……ふむ。SCL5を超えるさらに上位のクリアランスが存在すると?

ガムボール管理官: その通りです。「黒き月は吼えているか?」……この問いに対する答えを私どもは持ち合わせておりません。

ハーシェル管理官: ずいぶんと謎かけじみたセキュリティですね。古き悪しき時代というものを感じさせます。

マクラーレン管理官: 「管理者」の趣味、といったところでしょうか。恐らくは、プロジェクト・Dの関係者にのみ与えられるクリアランスなのでしょう。それこそ、監督評議会員や倫理委員会委員などごく限られた職員にのみ与えられるものであると思われます。

沈黙。

サンルーカル管理官: ……なら、そのプロジェクト・Dの情報を知ってから、き  協力するか否か判断させていただきたいです。そのうえで私が断ったなら、その、記憶処理なり何なりしてください。お  お邪魔をするつもりは、ありませんから。

マクラーレン管理官: ……いいでしょう。では、少々お待ちを。

サンルーカル管理官: えっ  

マクラーレン管理官: 私も、何もこの情報だけで皆さんの協力を得られるとは思っていませんよ。これから行うべきことが反逆であるというのを、しっかりと理解していただける情報  プロジェクト・Dの情報を持ち合わせております。

リックウッド管理官: 何だと? しかし、今さっき「アクセス資格がない」と言ったばかりでは  

マクラーレン管理官: あくまでそれは「私たちには」という話ですよ、リックウッド。こちらにも1つ、強力なツテがありますから。

リックウッド管理官: ツテ? 監督評議会や倫理委員会に匹敵するほどのクリアランスを持つ人物ということか?

マクラーレン管理官: ええ、その通りです。

マクラーレン管理官のシャドウが、パネルに表示されている情報を変化させる。

リックウッド管理官: ……これは。

ハーシェル管理官: ……なるほど。確かに、彼女なら納得ですね。しかし、彼女がそうだったとは……

ガムボール管理官: はい。彼女の同意を得たうえで、既にその記憶野からプロジェクト・Dの情報をコピーしております。では、今からその情報を開示しましょう。

マクラーレン管理官のシャドウが、パネルに表示されている情報を変化させる。


財団の理念は『確保・収容・保護』である。それは、私が財団を創立したあの日から変わらない。

しかし、人間というものは実に弱く、そして矮小な生き物である。それがどれほど群れを成したところで、できることなどたかが知れている。無論、群れを成す意味がないわけではない。財団の存在によって、回避することができたK-クラスシナリオというものは無数に存在しているのだから。

しかし、それでも限界というものはある。かつて、空はあのような下品な色合いではなく、またそこに浮かぶのは白と黒の2つの月だった。しかし、世界は幾度となくCK-クラスシナリオを迎え、過去も現在も何もかもが子供のお遊びの結果のように狂わされていった。そのたびに財団はアンニュイ・プロトコルを実施し、世界の塗り替えを許容していった。

私の記憶野には、かつての美しき世界の風景が今でも鮮明に浮かんでいる。しかし、全ては狂ってしまった。そして、財団はそれを現状追認によって許容し続け、狂える世界を正常と再定義し続けてきた。私には記憶処理は効かず、アンニュイ・プロトコルの対象にも入らない。ゆえに、私の目に映る世界と記憶の彼方に存在する世界の剥離を、何十年もまざまざと見せつけられてきた。この剥離を、どうしてこのまま放っておけようか? どうして、あの日の美しき世界を取り戻さずにいられようか? どうして、全てを原初Defaultに戻さずにいられようか?

ゆえにこその、プロジェクト・デフォールトである。


アクセス資格を提示せよ: 黒き月は吼えているか?

かつては。されど今は影すらもあらず。


アイテム番号: SCP-0000
収容クラス: Thaumiel
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レベル6/0000
機密

特別収容プロトコル: SCP-0000はサイト-001の最下階に収容されています。その管理は現在、Jugendtraum.aicによって自動化されています。必要人員もまた、SCP-0000と同階層の収容セルに収容されています。

説明: SCP-0000はアーリントン/スクラントン現実爆弾です。SCP-0000は、指定された現実情報をもとに現実をシミュレーションし、そのシミュレーション結果に基づく現実改変事象を発生させます  この現実改変事象の規模は半径約20万天文単位におよび、太陽系全体を改変することが可能であると予想されています。

SCP-0000の起爆には、改変のための現実情報を記憶する人物1名、高水準の脳機能および強い能動性を有する人物10名、および健康的な脳機能を有する人物655名を必要とします。これら人員はSCP-0000の現実シミュレーションのための外部並列演算デバイスとして用いられるため、起爆後は脳機能の停止を引き起こすものと推定されます。

その機能上、SCP-0000はスクラントン現実錨(SRA)を内蔵することが不可能であるため、起爆後にSCP-0000が消失する可能性があります。しかし、SCP-0000の設計者の1人であるSCP-0001-JP(「管理者」)がその設計情報の全てを記憶しているため、SCP-0000が消失した場合もその再構築は可能であると推定されています。


補遺0000.1: 歴史

2001/05/08、「管理者」は監督評議会に対し現実爆弾の製作を指示しました。この際、「管理者」より現実爆弾の設計草案が作成されました。製作主任としてSRAの製作者であるロバート・スクラントン現実学部門博士(当時)が選出され、現実学部門においてSCP-0000の製作が開始されました。

2019/12/05、SCP-0000の完成が現実学部門によって宣言されました  その影響範囲から、SCP-0000の起爆試験は実施されませんでした。SCP-0000はサイト-001最下階へと移送され、現在の特別収容プロトコルが制定されました。スクラントン管理官を含む関係者にはクラスB記憶処理が実施されました。


補遺0000.2: プロジェクト・デフォールト

2020/01/01、「管理者」は以下の内容のプロジェクトを立案しました。

プロジェクト・デフォールト


概要: 当該プロジェクトは、SCP-0000を用いそれまでに発生したCK-クラス("再構築")シナリオの影響を基底現実より消去するためのものである。

手順:

  1. 高水準の脳機能と能動性を有する職員10名、および通常のDクラス職員655名を用意する。
  2. 財団の所有する全SRAに搭載された停止コマンド「アーリントン・コード」を送信し、基底現実における全SRAの機能を停止させる。
  3. 「管理者」の記憶を現実シミュレーションのソースとしたうえで、SCP-0000を起爆する。

目的: SCP-8900-EXに代表されるように、基底現実には幾度となくCK-クラスシナリオが発生している。アンニュイ・プロトコルはあくまでその影響を「はじめからあったもの」とするだけの手順であり、「なかったもの」とするものではない。しかし、SCP-0000を用いればその影響を「なかったもの」とすることが可能である。

我々は現状追認を言い訳とし、世界の保護を蔑ろにしつづけてきた。しかし、それは我々の掲げる「確保・収容・保護」の理念に反する。SCP-0000の起爆により万物を原初の状態に戻すことこそ、我々財団のすべきことである。

今、改めてここに繰り返そう。確保・収容・保護。

「管理者」


SCP-0000。我が砦たるサイト-001の最下階に安置されている、最強の現実改変兵器。その効果は太陽系外にまで及び、ひとたび起爆されれば全てをあの美しき世界へとロールバックしてくれる。

幸い、工学技術事業部門のユーラリー・グリーンと現実学部門のトビー・マッキーの肉体を乗っ取ったおかげで、あくまで指揮監督者でしかなかったこの私にも工学と現実学の知識があった。だからこそ、太陽系を包み込むレベルの現実爆弾などという空想上の存在に等しいレベルのものを、こうして現実のものとすることに成功したのだから。それにしても、まったくスクラントンは素晴らしい技術者だった。私の設計だけでは、0000は完成などしなかっただろう。

そして、プロジェクト・デフォールトの準備もこうして順調に進行している。あの布石を踏んで私のもとに辿りつく者は、少しずつ集まってきている。あとはそれを、0000の消費人員として使えばいいだけの話だ。一歩ずつ一歩ずつ、我々はあの美しき世界への帰還の道を歩んでいる。

ああ、我が愛しき原風景よ。我が愛しき、上品なる色合いの世界よ。我が愛しき黒き月よ。いよいよもってその時がやってくる。万雷の拍手でもって迎えようではないか。


沈黙。

サンルーカル管理官: ……これが、プロジェクト・D  いや、プロジェクト・デフォールト。

ハーシェル管理官: ……何といいますか、その……想像をはるかに超えてきましたね。まさに爆弾を落とされた気分です。

リックウッド管理官: ああ……これは、とんでもない事態になってきたな。

ハーシェル管理官: ええ。そうですね……これがもし実行されたとして、世界規模での混乱は避けられないでしょう  いや、あるいはそれすらも現実改変によって封じようと……?

沈黙。

ハーシェル管理官: ……この「10名の高水準の脳機能を有する職員」というものに、エージェント・ライトおよびエージェント・カオが選ばれたのでしょうね。

リックウッド管理官: ああ、恐らくは。そして今、彼らは宇宙規模のカミカゼに巻き込まれようとしている、と。

ハーシェル管理官: ハッキリ言いましょう。これは、間違いなく財団の理念に反しています。どんな理由であれ、財団が主導でK-クラスを引き起こしていいはずがない。

リックウッド管理官: ……その通りだな。

マクラーレン管理官: これでおわかりいただけたでしょう、皆さん。

沈黙。

マクラーレン管理官: ……このような暴走を引き起こしている独裁体制自体から、我々は解体せざるをえない。

沈黙。

リックウッド管理官: ……クーデター、というわけだな。確かに、これなら私も大手を振って賛同できる。私もいい歳の爺だ、若い芽が無惨に摘まれるのを見ているのは忍びないしな。この古老にできることがあるのであれば手伝わせていただこう。

マクラーレン管理官: ありがとうございます。この情報にある通り、このプロジェクトの立案者は「管理者」です。プロジェクト・デフォールトを止めるためには、そもそもの「管理者」による独裁体制自体が邪魔になる。これを見過ごす、というのなら話は別ですが  

ハーシェル管理官: 冗談でしょう、マクラーレン管理官? こんな横暴がまかり通ってしまう体制を、今さらみすみす見逃しておけと? 私なら  いや、あの2人なら間違いなく解体の道を進んでいたはずですよ。

マクラーレン管理官: もちろん、私も同じ見解ですよ、ハーシェル。ですが  

管理官らが、サンルーカル管理官のシャドウのほうを見る。

マクラーレン管理官: ……あなたはいかがですか、サンルーカル?

沈黙。

マクラーレン管理官: ……サンルーカル?

沈黙。

サンルーカル管理官: ……やります、クーデター。

リックウッド管理官: ほう?

サンルーカル管理官: 私は、こ  これでも、匡済部門の管理官です。この「655名のDクラス職員」が、無為に犠牲になるのを、黙って見過ごすわけには、い  いきません。

ハーシェル管理官のシャドウの拍手。

ハーシェル管理官: ファンタスティック! 実にファンタスティックですよ、サンルーカル管理官!

マクラーレン管理官: その勇気に感謝します、サンルーカル。

サンルーカル管理官: ど  どうも!

ガムボール管理官が自身の頭部を回転させる。

ガムボール管理官: さて、となるとあとはどのようにクーデターを起こすか、ですが……

マクラーレン管理官: そうですね。とりあえず、サンルーカル、あなたにはまずライトとカオの現状について調べていただきたい。匡済部門の立場ならば、彼らについて調べるのは自然なことでしょうから。そして、それがわかろうとわかるまいと、それに対し異議を唱えていただきたい。

サンルーカル管理官: は  はい!

マクラーレン管理官: 次に、リックウッドとガムボール。あなたがたには、引き続きモルフェウス型幽体の研究を進めていただきたい。

リックウッド管理官: ふむ、改めて、特別なことはしなくていいのだな?

マクラーレン管理官: そうですね。強いて言うならば、「管理者」の幽体が行ってきた「意識の奪取」に関する研究を進めていただきたいわけです。そもそも、ファイルでも言及されていたように「管理者」の再誕プロセスは一部しか判明していません。そのプロセスに「管理者」の権力を引き剥がす突破口があるかもしれませんので。

ガムボール管理官: なるほど。

リックウッド管理官: 了解した。

マクラーレン管理官: そして……ハーシェル。あなたには、サイト-001への侵入方法を模索していただきたい。SCP-0000の起爆だけは、何としても阻止しなければなりませんから。

ハーシェル管理官: クーデターの要ですね、ファンタスティック! いいでしょうとも、全力でやらせていただきますよ。

マクラーレン管理官: では、そのような具合でお願いします。私は引き続き、これらの痕跡の隠蔽に全力を尽くさせていただきますので。

沈黙。

マクラーレン管理官: ……あの2人を、そして財団というものをこけにしてくれた報い。兆倍にして受けさせてやろうじゃないか。

ハーシェル管理官: ええ!

マクラーレン管理官、サンルーカル管理官、リックウッド管理官のシャドウ、そしてガムボール管理官が、それぞれハーシェル管理官の夢界空間から離脱する。

<記録終了>


こうして、我々の『クーデター』が始まった。私にできることは少なかったが、それでもやれることをやった。監督評議会や倫理委員会に、『管理者』に気取られないように、必死に証拠を隠滅しつづけた。

そして、他の面々も十分に努力してくれた。特に、サンルーカルは一番あの2人と関係がないにもかかわらず、全力で動いてくれた。


通達

2020/06/19よりDクラス職員として勤務しているD-9872(アナステイジア・ライト)およびD-9873(ジョセフ・カオ)の職務内容が明らかにされていない件について、匡済部門は管理部門ならびに監督評議会へ異議を申し立てます。

ドラ・サンルーカル匡済部門管理官


私が頼んだ通り、彼女はあの監督評議会への異議申し立てをキッチリこなしてくれた。実に度胸のある行いだと思う。少なくとも、あの日ハーシェルに殴り込みをされる前の自分が彼女の立場だったならば、あんなことはできなかっただろう。

そして、監督評議会の目が匡済部門に向けられているうちに、その他の面々はクーデターの準備を進めていた。リックウッドとガムボールはプロジェクト・アパリションを隠れ蓑にモルフェウス型幽体の研究を進め、ハーシェルはサイト-001へのセキュリティを解体するプランを練ってくれた。

そうして、運命の日が近づいていった。あの監督評議会のさらに上にふんぞり返る『管理者』の権力を解体する、運命の日が。


「……匡済部門、か」

僕は、サイト-002の自身のオフィスにて、自身の端末に表示されたメッセージを見ていた。匡済部門からの、あの2人に関する異議申し立てだった。

匡済部門。それは、パントージャ元委員長の陰謀によって意図的に設立された、悪意の部門。そして同時に、多くのDクラス職員の処遇を改善し社会復帰までさせてきた実績を持つ、善意の部門。二面性を持つその部門が今、監督評議会という表向きの最高権力者に歯向かっている。不思議な感覚だった。

僕はあくまで、倫理委員会の委員長ジョジマール・オゾリオだ。あのパントージャ元委員長の尻拭いをさせられつつ、同時に、来たる運命の日  プロジェクト・デフォールトの日まで黙ってここにいることを『管理者』から指示されている立場。倫理委員会委員長というご大層な肩書きを背負いながら、やっていることと言えばただ来た書類にサインをしていくだけの地味な作業だけ。ご大層な力場障壁に守られておきながら、お飾りにもほどがあった。

「あの2人が死にゆくのさえ、黙って見過ごしていく、ねえ……」

倫理委員会というのは、財団最大のブレーキだ。監督評議会に比肩する組織であり、その暴走を止める立場にある。しかし、それはあくまで監督評議会やその下の組織に対してだけ。そのさらに上に君臨する『管理者』に対しては、何もできずただ脅されておしまい。これほど馬鹿らしい話なんてそうそうないだろう。

そう、その思いは彼も同じだった。


倫理委員会委員応接記録(2020/06/29)


<記録開始>

オゾリオ委員長が、イ・ヘヨン倫理委員会副委員長のオフィスの扉をノックする。

オゾリオ委員長: 失礼するよ、イくん。

イ副委員長: ……どうぞ。

オゾリオ委員長が入室する。

イ副委員長: 匡済部門の異議申し立ての件、でしょうか?

オゾリオ委員長: おお、流石! 察しがいいね。その通りだよ。

オゾリオ委員長が、イ副委員長のオフィスのソファーに腰かける。

オゾリオ委員長: いやあ、お株を奪われちゃうとは世話ないよねえ。本当なら、こういった話は倫理委員会が動くべきところだったろうに。

イ副委員長: 仕方ありませんよ、我々のセキュリティクリアランスレベルは最高値ですから。

オゾリオ委員長の笑い声。

オゾリオ委員長: そうなんだよねえ。悲しい話だよ、本当。

イ副委員長が立ち上がり、オゾリオ委員長の対面のソファーに座る。

イ副委員長: ……パントージャ前委員長の言葉、覚えていらっしゃいますか?

オゾリオ委員長: ん……どの言葉かな?

イ副委員長: 「そも、倫理とは何のためにある? 人を生かすためにある! 人を死なせないためにある!」……このように仰っていました。

沈黙。

イ副委員長: 無論、彼女の行為自体はとうてい容認できたものではありません。しかし、こうして振り返ってみれば、その言葉だけは我々の痛いところを突いているように思えてならないのです。

オゾリオ委員長: ……つまり?

イ副委員長が、テーブルを拳で叩く。

イ副委員長: ……人を生かさずして、何のための倫理委員会なのでしょうか?

沈黙。

オゾリオ委員長: ……その言葉、誰かさんへの挑戦ととられても仕方ないよ、イくん。

イ副委員長: 構いません。

オゾリオ委員長の笑い声。

オゾリオ委員長: 言うようになったじゃないの。嫌いじゃないよ、そういう君の意外と熱いところ。

イ副委員長: ……ありがとうございます。

オゾリオ委員長: ま、でも……結局、僕らにできることはありはしないさ。僕らにだって家族がいる。それを人質に取られちゃうと、我が身もかわいくなってきちゃうものだよ。

沈黙。

オゾリオ委員長: ただ……1つやれることがあるとするなら。僕だったら、匡済部門のアシストに回ってみちゃったりするかもね。

イ副委員長: アシスト……ですか?

オゾリオ委員長: そ。あくまでアシストね、アシスト。ま、誰かさんとしちゃあ、おかんむりだろうけど。匡済部門がここまで身体張ってるのに、倫理委員会が出張ってこないのは不自然だし……的な?

沈黙。

イ副委員長: そう、ですね。ありがとうございます、委員長。

オゾリオ委員長の笑い声。

オゾリオ委員長: こちらこそ。悪いね、君も忙しいだろうに。

イ副委員長: お気になさらないでください。お互いさま、ということで。

オゾリオ委員長の笑い声。

オゾリオ委員長: んじゃ、失礼するよ。お互い頑張ろうじゃないか、イくん。

オゾリオ委員長が退室する。

<記録終了>


僕は、そのままイのオフィスを後にする。正直なところ、十分なことを言えたとはとても思えなかった。本当なら、自分ももっと激しく『管理者』に反抗したい。あの2人やDクラスたちの無意味な消費に、そして財団によるCK-クラスに異議を唱えたい。

しかし、できない。したくとも、そのきっかけがない。それこそ、僕らへの脅迫がなくなり自由の身にさえなれれば、今すぐにでも異議を唱えるだろう。だが、結局そんなものは夢物語だ。何代も続けて監督評議会や倫理委員会を脅迫しつづけている存在に、今さら反抗できるわけがない。

「……はあ……」

僕は自分のオフィスへと帰り、扉を閉めてため息をつく。

「誰か、何とかしてくれないもんかね……」


エージェント・ライトとエージェント・カオの一件から半年が経ち、財団はまた1つ年を越した。あれから、布石を拾い結んだ者たちが続々と現れ、そのたびに私の手でDクラスへと降格されていった。全ては順調、あと1人でプロジェクト・デフォールトに必要な人材が揃うことになるという段階まで来た。

そう、全ては順調のはずだった。

サイト-001の秘匿オフィスにて、私の手元の端末に1件のメッセージが入っていることに気づく。それはエイトからのメッセージだった。

『SCL5機密の流出の可能性があります』

思わず目を見開いてしまう。流出だと? 多少の動揺はするものの、私はすぐに平静を取り戻す。まだ慌てる段階ではない。私はメッセージを読み進める。


FROM: O5-8
TO: 「管理者」
件名: SCL5機密の流出の可能性があります


親愛なる「管理者」へ。

端的に申し上げます。ボブ・マクラーレン内部保安部門管理官が、RAISA上の情報を改竄している痕跡が発見されました。データ改竄の対象となっているのは、心理学部門の明晰睡眠サポート機器の貸与履歴です。また、マクラーレン管理官のここ半年の夢中記憶がファウンデーション・アーカイブ局に存在しないことから、オン・ザ・ガムボール ファウンデーション・アーカイブ局管理官の協力も疑われます。マクラーレン管理官やガムボール管理官のSCLは5であるため、その機密を夢を通じて何者かに流出させた可能性があります。

このため、緊急でマクラーレン管理官の査問を行うことを提案いたします。

O5-8


エイトからのメッセージを見て、私は考え込む。マクラーレン、あのライトとカオの上司にあたる男だ。

「……復讐、というわけか? 血迷ったか、愚か者め」

私は、すぐにメッセージを送信する。内容は一言、『開会せよ』だけだった。

数日後、査問会を開く日になった。私は自分のオフィスから出て、地上の協議室まで向かいはじめる。断じて許すわけにはいかない。あと一歩のところまで来ているのだ。あの美しき世界を、この手に取り戻すまでほんの一歩のところまで。

アルファ-1の面々を連れてエレベーターに乗り、私は地上へと昇っていく。このエレベーターもずいぶんと長く使っているものだ。揺れが激しくなってきている。そろそろ、点検でも入れるべきか? そんなくだらないことも逡巡しつつ、私は地上階へと到着する。

「ご苦労」

私は、協議室の裏口まで無言でついてきたアルファ-1の隊員たちにそう言うと、協議室に入っていく。そして、その様子を監視できるよう、陰から協議室を監視する。既に監督評議会員の面々も、問題のマクラーレンもその場にいた。


監督評議会協議記録(2021/01/06)


<記録開始>

サイト-001の協議室中央に、マクラーレン管理官が立っている。マクラーレン管理官を取り囲むように配置された協議室の席には、全監督評議会員が着席している。マクラーレン管理官の横には、機動部隊アルファ-1("赤い右手")の隊員2名が待機している。

O5-1: それでは、これより監督評議会協議を開始する。議題は、内部保安部門のマクラーレン管理官のデータ改竄に対する査問である。まず  

マクラーレン管理官: まどろっこしいことはなしにしましょう、皆さんがた。

沈黙。

マクラーレン管理官: ……懐かしいでしょう? 半年前、あなたがたがうちのライトとカオを降格した協議でライトが発した第一声を真似てみました。

O5-1: マクラーレン管理官、私語は慎みたまえ。

マクラーレン管理官: おっと、失礼をいたしました。

沈黙。

O5-2: では、こちらも端的に伺わせてもらおうかしら? マクラーレン管理官、あなたは夢を通じてどのような情報を流出させたというの?

マクラーレン管理官: そちらの陰に隠れていらっしゃる、SCP-0001-JP  「管理者」の情報ですよ。

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: ……どういうつもりであるのか説明願おうか、マクラーレン管理官。

協議室の奥より、D-9518が現れる。

マクラーレン管理官: はじめまして、「管理者」。こうしてお目にかかれて光栄です。

D-9518: まどろっこしいことは、なしにするのだろう? 早く本題に入りたまえ。

マクラーレン管理官: これは失礼。どういうつもりかをお尋ねでしたね? その答えは簡単です。復讐ですよ。私の可愛い部下たちを、プロジェクト・Dとやらの消費人員にあてがわれたことへの復讐です。

D-9518: 愚かなことだ。私の情報を共有したところで、何になると?

マクラーレン管理官: 幸い、私には仲間がおりますので。情報共有はあらゆる作戦行動への第一歩でしょう?

O5-8: その「仲間」というのは、まずオン・ザ・ガムボール管理官のことかね?

沈黙。

マクラーレン管理官: ……流石にお分かりでしたか、エイト。

O5-8: 君のデータ改竄の痕跡があったのは、心理学部門の明晰睡眠サポート機器の貸与履歴だった。しかし、君はファウンデーション・コレクティブ職員を兼任している。サポート機器などなくとも明晰睡眠はできるはずだ。それに、ここ半年の君の夢の記録がファウンデーション・アーカイブに存在していない。ファウンデーション・アーカイブ局管理官を疑うのは当然のことだ。

マクラーレン管理官: あなたのおっしゃる通りです。私とガムボール管理官は共犯ですよ。

O5-8: では、その情報の流出先についても聞かせてもらおうか? サポート機器を必要としない君が機器の貸与記録を改竄した以上、その対象も「仲間」なのは明白だ。そして、我々には既にその対象が誰かもわかっている。さっさと答えてしまえば、多少は君の罪も軽くなるかもしれないぞ?

沈黙。

O5-8: ……それが答えということか。残念だ、マクラーレン管理官……貸与の対象となっていたのは、サンルーカル匡済部門管理官にハーシェル解体部門管理官だ。

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: 匡済部門か。確かに半年前より、監督評議会にライトとカオをはじめとして多くのDクラスの処遇について抗議を行っていたな。まあ、結局のところ全ては無駄に終わったわけなのだが。しかし、エイト、解体部門だと?

O5-8: ええ。これは、解体部門であるからというよりは、ハーシェル管理官個人が協力する可能性にかけたといったところでしょう。ハーシェル管理官は、個人的にエージェント・ライトとエージェント・カオの内報を追いかけるほど彼らを好いていたようですから。

D-9518: ふむ、そうだったな。

O5-8: そして、恐らくサポート機器を貸与した心理学部門の何者か  それこそ、恐らくリックウッド管理官も共犯であると思われます。

D-9518: リックウッドか……確かに、あの2人が私に辿りつくまでの道筋にあの男もいたな。

O5-8: ええ。何より、リックウッド管理官は2件の重大インシデントにおいてあの2人と関わっています。協力する可能性は十分にあると言えるでしょう。

マクラーレン管理官: ……ずいぶんとお詳しいのですね、エイト?

O5-8: 当然だ。君たちの動向に気づいてから既に数日が経っている。その数日でこれくらい調べられないようなら、監督評議会員は務まらんとも。

沈黙。

D-9518: しかし、プロジェクト・アパリションの主導者2名と繋がりがあったということは……なるほど、そういうことか。この私の存在に介入でもしようとしたというわけだな?

沈黙。

D-9518: 確かに、この場の全員知っての通り、私はモルフェウス型幽体だ。しかしながら、現に私はこうして無事に存在している。つまり、諸君の努力はあと一歩及ばなかったわけだ。無念だな、マクラーレン管理官。ここに君が呼び出された時点で、運命は全て決したということだ。あとは、親愛なる監督評議会員諸君に君とその仲間たちの処分を問うだけだ。

マクラーレン管理官: ……管理官たちを総入れ替えしては、大騒ぎになるのではないですか?

D-9518: 安心しろ、諸君の替えなどいくらでもいる  この肉体、ゾイ・パントージャが引き起こしたインシデントを忘れたのか? 管理官がいくら変わったとて、そうそう財団の運営に支障は出ない。それに  

D-9518が手を叩く。

D-9518:   その能動性、実に素晴らしい。我がプロジェクトの最後のピースに最適である。マクラーレン管理官、喜ぶがよい。君も、エージェント・ライトやエージェント・カオと同じ末路を辿ることになる。

D-9518の咳払い。

D-9518: ……さて、親愛なる監督評議会員諸君。諸君に問おう。マクラーレン管理官の、プロジェクト・Dへの参画に賛成の者は?

監督評議会員ら: 賛成! 賛成! 賛せ  

協議室内が大きく揺れる。

O5-1: な  何だ!?

D-9518: 攻撃か? しかし、サイト-001には力場障壁が張られているはず  

マクラーレン管理官のため息。

マクラーレン管理官: ……まったく、大馬鹿野郎に対する時間稼ぎというのも疲れるものだ。

協議室の正面扉が爆破され、機動部隊オメガ-1("法の左手")が侵入する。オメガ-1隊員らがアルファ-1隊員2名およびD-9518を拘束する。

オメガ-1-Cap: 制圧完了しました、ハーシェル管理官。

協議室の正面扉からハーシェル管理官が侵入する。

ハーシェル管理官: ご苦労さまです、皆さん。そのファンタスティックな働きに感謝を。

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: ……どういうことだ? それに、オメガ-1だと? いったいどうやって  

ハーシェル管理官: 確かに、私はSCL5の情報を閲覧しましたよ。しかし、私が閲覧したのは、「管理者」、何もあなたについてのものだけではない。そのうちの1つが、ここ  サイト-001の設計構造でした。

D-9518: サイトだと?

ハーシェル管理官: そう。結果、1つの事実がわかりました  サイト-001とサイト-002に張られている障壁は、同一のものであるという事実が。そして、私はこうして倫理委員会の皆さんにご協力いただいて、サイト-002の力場障壁データを提出していただいたのです。あとは、解体部門の得意分野! ご存じありませんでしたか、「管理者」? あらゆる超常存在を解体してみせるのが、我々解体部門なのですよ!

O5-6: ば  バカな! いずれ、すぐにアルファ-1の残りの隊員がやってくる! それに、守衛たちはどうしているというのだ!?

ハーシェル管理官: 秘密裏に守衛の鎮圧ができないほど、オメガ-1の皆さんは無能ではありませんよ。それに、こうして協議のためにあなたがたが電波ジャミングをしていたせいで、我々が別の電波ジャミングをしてもすぐには気づかれない。アルファ-1の皆さんに関しては、ここには既にあなたがた監督評議会員の皆さんがいらっしゃいますし、オメガ-1の皆さんが「管理者」さんを拘束している。そうそう手は出せませんよ……そうですね、アルファ-1の皆さん!?

沈黙。

ハーシェル管理官: ほら、入ってきませんよ。

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: ……オゾリオめ。よくも、よくも裏切った……

ハーシェル管理官: 気づくのが遅かったですね、「管理者」。

O5-11: だ  だが、いったい何故! 倫理委員会もまた、意識の奪取対象に入っているはずなのに  

ハーシェル管理官: そうですね。では、ここからは選手交代と参りましょうか。彼らはきっと、あなたに辛酸を味わわせたくて仕方がないでしょうからね!

D-9518: ……ま  まさか  

協議室の奥から、2名の人影が現れる。

エージェント・ライト: お久しぶりですねえ、「管理者」さん!

D-9518:   エージェントどもか!

エージェント・ライト: ありがとうございます、マクラーレン先生。あとはあたしらに任せてください。

マクラーレン管理官: ああ、この日をどれほど待ちわびたことか……見せてくれ、ライト、カオ、最高の瞬間というやつを!

エージェント・ライト: はい!

エージェント・カオ: 「管理者」、先ほど解体部門とオメガ-1の皆さんのおかげでテレキル合金の壁にも穴が開けられました。あとは、夢路をつたってガムボール管理官が我々に情報を伝えてくれました  情報を整理する時間も、夢の中なら主観時間速度を操作すればいくらでもありますからね。

エージェント・ライト: 情報の引き継ぎは済んだっつうわけですわ。あとは、オメガ-1の皆さんにこうして助けてもらって、あんたの前にこうして立てるようになったっつうわけです。いやあ、久々のシャバは空気が旨い!

D-9518: くっ  

エージェント・ライト: さて。倫理委員会が協力してる理由について訊いてらっしゃったんでしたっけ? そいつあ簡単な話さ。プロジェクト・アパリションの主導者  ガムボール管理官とリックウッド管理官がやってくれたんですよ。「管理者」、あんたの再誕プロセスを完璧に解明してくれたんです。

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: ば  馬鹿な。そんなものがわかったとて、何になると  

エージェント・ライト: あんたもわかってんでしょう? ……あんたの正体は、集合的無意識の彼方に存在する死者の複製、モルフェウス型幽体だ。そして、それが誰かの意識を乗っ取っては死に乗っ取っては死に、今日まで生き永らえてきてるっつうわけだが……その対策は、実に簡単なことでよかった。自他境界の強化ってやつを、常にみんながちょっとやっておくだけでいい。

D-9518: ぐっ  

エージェント・カオ: そもそもモルフェウス型幽体というのは、自他境界を持たない存在です。いくら完全記憶能力を有しているとはいえ、その輪郭はその気になれば簡単になくせてしまいます。あとはそのまま、他人のシャドウに染み込むだけでいい。そうすれば、他人の肉体の乗っ取りは完了します……逆に言えば、あなたにそれができないくらいに自分の自他境界を強化しておくだけで、乗っ取りの対象から外れることができるんですよ。

エージェント・ライト: これがわかっちまえば、あとは簡単だったわけだ。倫理委員会も、あんたに従う理由がなくなったっつうことだからな。何より、あんたはプロジェクト・デフォールトっつうとんでも計画を考えてた。これまでに起こったCK-クラスの痕跡を、全部無に帰す現実爆弾を起爆するって計画をな!

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: 貴様ら、どこで知って  

エージェント・ライト: オゾリオさんとしちゃあ、倫理委員会の立場上そんな計画を許したくはなかった。でも、家族や自分自身を乗っ取りの対象にすんぞって脅しをかけられてたから、今の今まで我慢してやがったのさ。だが、それも今日で終わりだ。匡済部門のサンルーカルさんが説得しにいってくれたんですってよ、オゾリオさんらをね。

エージェント・カオ: あとは、先ほどハーシェル管理官が説明された通りです。倫理委員会はオメガ-1という武力も、あらゆる情報も提供してくださいました。そして彼らの手によって、「管理者」、こうしてあなたが捕らえられたというわけです。

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: ……ハッ。

D-9518の笑い声。

D-9518: 惜しい、惜しいな、エージェントども。確かに全ては思い通りかもしれない。だが、しょせん、これは監督評議会と倫理委員会の戦争にすぎない。親愛なる監督評議会員諸君、もう一度問う。あの美しき世界を取り戻すことに賛成の者は? プロジェクト・デフォールトの実行に賛成の者は?

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: すぐに答えられないことがその証左である。監督評議会としては、プロジェクト・デフォールトに、そして何よりこの私による独裁制度に反対では  

エージェント・ライト: じゃあ、他の財団職員はどうなんだ?

D-9518:   何?

エージェント・ライト: 舞台は整った! かましてやれ、坊主!

監督評議会員らの動揺する声。

エージェント・カオ: 僕は、内部保安部門エージェント、ジョセフ・カオ! そして、もう1つ! 僕はファウンデーション・コレクティブ夢見士、カメラ・カメラート! 今現在この場の映像は、僕の網膜、夢界空間、そして夢路網を通じて、全財団職員の夢界空間へと中継されている! つまり、僕というカメラ越しに、彼らはテレパシー映像でこれまでの全てを見ていたということです!

D-9518: ば  馬鹿な!

エージェント・ライト: テレキル合金の壁も、電波ジャミングの障壁も、もはやこのサイトには存在しねえ! 全ての情報は、電波と脳波2つの波に乗って、全ての施設に届けられる! あんたの存在と所業が、白日の下に晒されるんだよ!

監督評議会員らの動揺する声。

エージェント・ライト: あんたはここで支配権の全てを失い、ただのクソッタレのゴミ野郎に戻る! てめえ自身が、原初の誰でもないアレックス・アーリントンに戻るときなんだよ!

D-9518の絶叫。

エージェント・ライト: ……終わりだ、ゴミ野郎が。あたしの言った通り、大人しく地獄を見るんだな。

沈黙。

D-9518: ……ならば、答えは1つだ。

エージェント・ライト: あ?

D-9518: 聞こえるか、ユーゲントラウム!

協議室のプロジェクターが起動し、ヒト型の3Dモデルが壁面に映し出される。

Jugendtraum.aic: アクセス資格を提示せよ: 黒き月は吼えているか?

D-9518: かつては! されど今は影すらもあらず!

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: 終わりだ、エージェントども。たとえ演算人員がいなくとも、既に0000に情報だけは投入してある。強制的に現実爆弾を起爆してやる! 私はあの美しき世界さえ取り戻せればそれで  

Jugendtraum.aic: 適切なパスワードが提示されませんでした。Jugendtraum.aicを停止します。

D-9518:   え?

O5-8が立ち上がる。

O5-8: ……この瞬間を待っていたのだよ、アーリントン。

D-9518: ……ま、まさか……

O5-8: パスワードを変更させてもらった。アーリントン、もうお前にSCP-0000へのアクセス資格はない。そもそも、サイト-001に侵入するために監督評議会員からの手配が必要ないとでも?

監督評議会員らの動揺する声。

D-9518: し  しかし、反逆の事実をサイト-001に  私の監視下にいる貴様が知れるわけが  

O5-8: もちろん知らなかったとも。だが、倫理委員会が何やら動いていた段階から確信はしていた。「ああ、アーリントンの乗っ取りに対する対抗策を確立したのだな」と。あとは、マクラーレン管理官のデータ改竄をきっかけにこうして舞台を整えてやっただけだ  倫理委員会の監視を私に一任していたことを恨むといい、アーリントン。

沈黙。

O5-8: 意識の奪取への対抗策も確立された。お前の存在も職員たちに公開された……ヴェールの中のヴェールに隠れているうちは守ってやる者もいただろうが、それももはや終わりだ。

O5-2: ……確かに、その通りね。アーリントン、お前の情報程度、わざわざ広範囲の記憶処理で守ってやるわけもない。

O5-13: 同じ方向を向いていたうちはあなたを匿ってさしあげましたが、それももはや終わりでしょう。プロジェクト・デフォールトというのは、それこそCK-クラスと同義です。我々が率先して行うべきものではありません。我々やその関係者の身の安全が保証されたなら、いよいよもって従う理由はありませんね。

D-9518: や  やめろ! やめろと言っている、貴様ら!

O5-1: ……では、この者に代わって改めて決議を取ろうと思う。アレックス・アーリントンによる衆議統裁制に賛成の者は?

監督評議会員ら: 反対! 反対! 反対!

D-9518: 解体Decommissionだ! 評議会も、委員会も、RAISAも、すべて! 「管理者」こそが絶対なのだ! あの美しき世界を、この我が手で取り戻さなければ  

O5-1: それでは、これよりアレックス・アーリントンを「管理者」ではなく、SCP-0001-JPという収容対象として扱うことに決定する!

D-9518の絶叫。

ハーシェル管理官: 連行してください、オメガ-1の皆さん。

オメガ-1の隊員らが、D-9518を連行する。

エージェント・ライト: その身体に相応しい不自由な立場を、ゆっくりと味わいやがれ。

<記録終了>


こうして、僕たちの  いや、マクラーレン管理官たちの総力戦は幕を下ろした。全てが終わったあと、僕たちはDクラスから正式に元の職位へと昇格され、内部保安部門エージェントとして復職することができた。他に捕まっていた、655人のDクラス職員を含む人たちも全員、元の職場へと帰ることができた。

全ての情報が明るみに出たことで、「管理者」による独裁体制は終わりを告げた。財団は表向きの監督評議会による合議制を正式に採択し、倫理委員会もようやくかつての財団のブレーキとしての姿を取り戻した。


アイテム番号: SCP-0001-JP
収容クラス: Euclid
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レベル1/0001-JP
機密

特別収容プロトコル: SCP-0001-JPが意識を奪取しているD-9518は、現在サイト-990のヒト型実体収容ユニットに収容されています。Dクラス職員を除く全ての財団職員には、自他境界強化手順が義務付けられています。SCP-3448-JPが完成し次第、D-9518が死亡した場合に発生するSCP-0001-JPの追跡と確保が行われます。

説明: SCP-0001-JPはアレックス・アーリントンのモルフェウス型幽体です。主な特異性として、SCP-0001-JPはほぼ完全と言える程度の記憶保持特性を有しています。これに付随して、SCP-0001-JPは記憶影響・ミーム汚染・精神影響に対するクラスV相当の耐性を獲得しています。これら特異性の起源は判明していません。


⋮


補遺0001-JP.5: 再分類

2021/01/06、SCP-0001-JPによる再誕プロセスが解明され、その対抗策が確立されました。これを受け、監督評議会はSCP-0001-JPによる衆議統裁制を廃止しました。SCP-0001-JPの特別収容プロトコルが制定され、収容クラスはEuclidに再分類されました。


そして、もちろんSCP-0000も解体された。世界を救う現実爆弾は、この世のどこにも存在しなくなった。


アイテム番号: SCP-0000-D
収容クラス: Decommissioned
classified-lv1.svg
レベル1/0000-D
機密

特別収容プロトコル: N/A

説明(アーカイブ済): SCP-0000はアーリントン/スクラントン現実爆弾です。SCP-0000は、指定された現実情報をもとに現実をシミュレーションし、そのシミュレーション結果に基づく現実改変事象を発生させます  この現実改変事象の規模は半径約20万天文単位におよび、太陽系全体を改変することが可能であると予想されています。


⋮


補遺0000-D.3: 解体

2021/01/08、プロジェクト・デフォールトの廃止に伴い、SCP-0000の解体が決定されました。SRA5基による隔離のうえで解体部門による解体が実施され、SCP-0000は完全に分解されました。これを受け、SCP-0000の収容クラスはDecommissionedに再分類されました。


それにしても、大変な戦いだった。僕たちはアッサリと敗北してしまったし、マクラーレン管理官もこれだけ大勢の人間を巻き込んでようやくクーデターを完遂できたのだから。

僕たちは、インシデントでもらった休暇を使って、協力してくれた1人ひとりへのお礼の旅を始めた。

まず、ハーシェル管理官。改めて再会したときには、再び彼のもみあげを顔面にこすりつけられることになった。現在も解体部門は存続しており、サイト-001の力場障壁を解体したことでその解体の技術を称えられると同時に、そのお叱りをしっかりと受けることにもなったそうだ。それでも彼は管理官の座から下ろされることなく、今日も『ファンタスティック』な解体というものを続けている。

次に、ガムボール管理官。あれからプロジェクト・アパリションに進捗が生まれ、SCP-3448-JPの試作品が完成したそうだ。相変わらず2つの内局の管理官として忙しく働いているようだが、それでも自分の家族と再会するという希望に向かって邁進しているようだった。その鉄仮面  というかガムボールマシンの顔の裏の表情は読み取れなかったが、互いに交わした感謝の言葉は本物のはずだと思っている。

また、同じくリックウッド管理官。同じくプロジェクト・アパリションの主導者として働いていたが、本人は試作品ができた時点で管理官を辞めるつもりだったようだ。しかし、SCP-2670-JP  アッカーマンさんが『せめてプロジェクトの責任だけは取ってから去りやがれ』と言って彼を引き留め、79歳の今でも現役で管理官を続けているそうだ。『プロジェクトの終わりを見届けたら辞めるつもりだよ』……彼は笑いながらそう語っていた。

さらに、サンルーカル管理官。特に彼女に対しては、直接会ったこともないのに色々してくれたことに強く感謝した。当の本人は、恥ずかしそうに『Dクラスの安易な消費を食い止められたので問題ない』と謙遜していたけれど。ライトさんが『次、本当にDクラス行きになったらよろしくお願いします』なんてジョークをかましたら、あの人は固まってしまっていた。ライトさんには一発チョップしておいた。

そして、オゾリオ委員長にイ副委員長。今回のクーデターの一番の立役者たちだ。オメガ-1の皆さんにも、1人ひとり顔を合わせて感謝の言葉をかけた。それにしても、かつて自分たちが追いつめた倫理委員会とオメガ-1に、今度はこうして助けられることになるとは思わなかった。『倫理委員会が人命を救えて何よりだよ』と、オゾリオ委員長は豪快に笑っていた。

O5-8には……残念ながら会えなかった。まあ、当然のことだ。監督評議会という制度自体が大きく変遷していく今、僕たちと話している余裕はないだろう。それでも、僕たちは今度、再び彼に謁見しにいこうと決めた。

僕たちのお礼の旅は、1週間ほどを要した。そして、僕たちは最後の1人のオフィスへと辿りついた。今まで陰で暗躍してくれていた、彼女のもとに。


記録・情報保安管理局管理官応接記録(2021/01/13)


<記録開始>

エージェント・カオが、記録・情報保安管理局のオフィスの扉をノックする。

エージェント・カオ: 失礼します、内部保安部門のエージェント・カオです。

ジョーンズ管理官: どうぞ。

エージェント・ライトとエージェント・カオが入室する。

エージェント・カオ: こうして直接お会いするのは初めてですね、マリア・ジョーンズ管理官。

ジョーンズ管理官: ええ。お会いできて光栄です。

エージェント・カオ: こちらこそ。改めて、今回のインシデントにおいて多大な協力をしていただき、本当にありがとうございました。プロジェクト・デフォールトの情報提供やRAISAデータベースの改竄は、あなたの協力なしにはありえなかったでしょうから。

ジョーンズ管理官: こちらこそ、あなたには感謝していますよ、エージェント・カオ。あなたのおかげで、財団の負の遺産をようやくこうして処理することができたわけですから。

エージェント・ライトがデスクの上に腰かける。

エージェント・ライト: おいおい、あたしには感謝の言葉はなしか? ジョーンズさんよ。

ジョーンズ管理官の笑い声。

ジョーンズ管理官: もちろん、あなたにも感謝していますよ、エージェント・ライト。

エージェント・カオ: しかし、1つだけ伺ってもよろしいでしょうか?

ジョーンズ管理官: 何でしょう?

エージェント・カオ: 確かに、今回のインシデントは財団の負の遺産を整理するというためのものでした。「管理者」ことアーリントン氏は暴走していましたし、それを止めたいという気持ちも理解できます。しかし……あなただって、SCL6の職員です。アーリントン氏による脅迫は、あなたのもとにまで届いていたはず。それなのに、どうしてあなたは協力してくださったんですか?

ジョーンズ管理官の笑い声。

ジョーンズ管理官: さて、どうしてでしょうね? あなたならわかるんじゃないかしら。ねえ……アナステイジア?

エージェント・カオ: え?

エージェント・ライト: ああ、もちろん……久しぶりだな、お袋。

沈黙。

エージェント・カオ: ……はい!?

エージェント・ライト: あたしのフルネームはアナステイジア・ジョーンズ・ライトだ。そこのマリア・ジョーンズさんは、あたしのお袋だよ。

エージェント・カオ: えっ、そんな……ええ!?

エージェント・ライト: 別に隠してたわけじゃねえんだがな、言い出すタイミングもなかった。だって、あのRAISA管理官様がお袋なんていきなり言ったら、萎縮なり何なりしちまうだろ? それが嫌だったんだよ。

沈黙。

エージェント・カオ: ……それじゃあ、アーリントン氏が乗っ取った肉体の1人、ダニール・ライトさんというのが……

ジョーンズ管理官: ええ、私の夫です。夫婦別姓というのを選ぶと、こういうときに困りますね。

エージェント・カオ: ……はー、なるほど。それは、何というか  

ジョーンズ管理官: お気遣いはけっこうですよ、エージェント・カオ。既に、私の復讐は果たされました。何より……あなたたちが生きて帰ってきてくれただけで、私としては大勝利なのだから。

エージェント・ライト: ……すまねえな、お袋。色々、心配かけちまった。

ジョーンズ管理官: 本当よ、まったく。でも、本当に帰ってきてくれてよかった。

ジョーンズ管理官が、エージェント・ライトを抱きしめる。

ジョーンズ管理官: おかえりなさい、アナステイジア。

エージェント・ライト: ああ、ただいま。

ジョーンズ管理官が、エージェント・ライトから離れる。

エージェント・カオ: ……では、僕たちはこれで失礼します。今回の件で、実はマクラーレン管理官から呼び出しを受けていまして。

ジョーンズ管理官: そうでしたか。流石に忙しいですね、あなたたちは。

エージェント・ライト: それはあんたも同じだろ、お袋?

ジョーンズ管理官の笑い声。

ジョーンズ管理官: ええ。無許可であの映像を全財団端末に流した件で、とんでもない量の始末書を書かされる羽目になったわ。久しぶりに、事務仕事のきつさを味わうことになりそうね。

エージェント・カオ: ああ。確か、O5-8が評議会にかけあってくださったんでしたっけ。

ジョーンズ管理官: そうなんですよ。結局、クーデターを企てた私たちへのお咎めは大量の始末書という結果に終わりました  もちろん、おたくのマクラーレン管理官もね。

エージェント・ライト: はー……まったく、あん人には最初っから最後まで頭が上がらねえや。

エージェント・カオ: ……では、これで。改めて、今回はありがとうございました。

ジョーンズ管理官: ええ、また会いましょう、2人とも。

エージェントらが退室する。

<記録終了>


そうして、僕たちはRAISAのオフィスを後にした。

「……本当、最後までビックリさせられましたよ、ライトさん」

「や、悪いな。後で何かおごるわ」

車を運転しながら、僕は先ほどの会話を振り返っていた。まさか、ジョーンズ管理官がライトさんの母親だったとは。

「……あ、もしかして、あの破砕機のときにやたらとRAISAが協力してくれたのって……」

「ま、そういうこった。実の親子同士で協力すりゃあ、そりゃスムーズに証拠やら何やらも出てくるわな」

「はー……そうだったんですね」

僕の口から、ため息ばかりがこぼれる。正直、疲れ切った頭では同じリアクションしかできそうにない。僕は、呆然としながらハンドルを切った。

やがて、車は内部保安部門のオフィスまで到着した。


内部部門管理官応接記録(2021/01/13)


<記録開始>

エージェント・カオが、マクラーレン管理官のオフィスの扉をノックする。

エージェント・カオ: 失礼します。エージェント・カオです。

マクラーレン管理官: 入りなさい。

エージェント・ライトとエージェント・カオが入室する。

マクラーレン管理官: ああ……改めて、こうしてお前たちと面と向かって話せると、日常に戻った感じがするな。

エージェント・ライト: こちらこそですわ、マクラーレン先生。

エージェント・カオ: 改めて、この度は本当にありがとうございました。僕たちの命を救っていただけて、このご恩は一生かかっても返せそうにありません。

マクラーレン管理官: 何、気にしなくていい。部下を守るのは上司として当然のことだ。

エージェント・ライト: にしても、ごめんなさいね、マクラーレン先生。最後、美味しい役どころをあんたから奪っちまって。

マクラーレン管理官の笑い声。

マクラーレン管理官: お前がそんなことを気にするとはな、ライト! ……いいんだよ。私だって、お前たちの活躍をずっと見てきた「ファンボ」なんだからな。

エージェント・カオ: マクラーレン管理官……

マクラーレン管理官の咳払い。

マクラーレン管理官: ……さて、今回お前たちを呼んだのには理由がある。簡潔に言おう……私は、今回の一件で管理官を辞任するつもりだ。

エージェント・カオ: えっ  

エージェント・ライト: ……何ですって?

マクラーレン管理官: そこでだ、2人とも。君たちのどちらかに、内部保安部門管理官の座を譲り渡したい。引き受けてはくれないだろうか?

エージェント・カオ: ちょ  ちょっと待ってください。どうして、どうして辞任なんか  

マクラーレン管理官: 私は、お前たちを守れなかった。あの時、すぐにアーリントンに反逆することができていれば、お前たちをあんな危険に晒すことはなかった。それに……これは、明確なメリットのある提案でもあるんだ。

エージェント・ライト: メリット?

マクラーレン管理官: 今回の一件で、SCP-0001-JPとSCP-0000-D、そしてプロジェクト・デフォールトという最高機密が機密解除された。しかし  その一方で、君たちに共有された情報の中には未だにSCL5の情報も含まれている。監督評議会が、君たちの記憶処理を要求しているんだ……しかしそれも、内部保安部門管理官になれば免除される。知っての通り、ここの管理官はSCL5が確約されるからな。

沈黙。

マクラーレン管理官: 別に、今すぐに決めてほしいわけじゃない。しかし、いつかは決めないといけないことだ。だから  

エージェントら: お断りです。

沈黙。

マクラーレン管理官:   何だと?

エージェント・ライト: 決まってるでしょう、そんなの。あたしらはタッグでライトとカオなんです。どっちかが欠けるこたありえねえ。

エージェント・カオ: それに、マクラーレン管理官、あなたにも辞任してほしくありません。僕たちは、あなたのおかげでここまでやってこれました。そして、繰り返しますが、あなたのおかげで今ここに生きて立っている……僕たちの上司は、やはりマクラーレン管理官であってほしいんですよ。

沈黙。

マクラーレン管理官: ……お前たちは、本当に  

マクラーレン管理官の笑い声。

マクラーレン管理官:   最っ高の暴れ馬だな、まったく!

エージェント・ライト: お褒めの言葉、ありがたく頂戴しますよ。

マクラーレン管理官: いいだろう、わかった。それじゃあ、これから記憶処理の手続きを進めさせてもらう。まあ、安心してくれ。大半の記憶はそのままだ。ハーシェルにサンルーカル、リックウッドにガムボール、オゾリオにイといった全員のことも覚えていられる。お前たちの末恐ろしいまでのコネはそのまま残るだろう。

エージェント・カオ: ありがとうございます、管理官。

マクラーレン管理官: それじゃあ、以上だ。いやあ、まったく。この私をまだこの椅子に縛り付けてくれるとは……

マクラーレン管理官の笑い声。

マクラーレン管理官: 最高の部下を持てて、私は幸せ者だよ……それじゃあ、また。

エージェント・カオ: ええ、失礼します。

エージェントらが退室する。

<記録終了>


僕たちは、慣れ親しんだはずの内部保安部門の休憩室に腰かける。もう半年もいなかったからか、どこか真新しい感じがした。

「……ようやく、全てが終わったんですね」

「そうだな……あー、マジで死ぬかと思った」

「本当ですね、まったく。エイトさんから、報奨金でもぶんどってやってもよかったかもしれません」

「お前マジで変なとこずぶてえよな」

ライトさんは立ち上がって、自販機に硬貨を投入する。そして、ガタン、ガタンという音がしたかと思うと、ライトさんは2本の缶を持って戻ってくる。

「ほれ、コーラ。ターゲッティング記憶処理薬は経口摂取だ。あの電池みてえな味を味わう前に、旨いもん口にしとかねえとな」

「あ、ありがとうございます」

僕は、ライトさんからコーラの缶を受け取る。ヒンヤリと冷たい感覚が心地いい。

「……ライトさん。改めて、一言だけいいですか?」

「んあ? んだよ」

「これからも、タッグとしてよろしくお願いします」

ライトさんはカシャッとコーラの缶を開けると、そのまま一気に飲み干した。

「……今さら言葉にせんでも、あたしらはずっとタッグだろうがよ」

ライトさんは、僕に手を差し出してきてくれた。僕は、その手を取って、握手した。

僕たちはこれからも、内部保安部門エージェントでありつづける。


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