"A.L.I.C.Eとは?"
時空間転送艦『A.L.I.C.E ネクサスフリゲート』、通称『A.L.I.C.E』は、異世界への跳躍自体を教義とする宗教団体『エルマ外教』が地球、主に日本で運用している次元潜航艦だ。A.L.I.C.Eは「Advanced Liminal Interdimensional Conduit Explorer」を頭字語としてまとめた呼称であり、位相空間障壁に通路を開けるための管状構造体を備えた宇宙艦だ。今回事故の原因となったと考えられる時空間キューピットはこの管状構造体の名称であり、管状構造体が位相空間障壁に突き刺さる瞬間が的に刺さる矢のように見えることから命名された。宇宙艦には埼玉県飯能市に設置された転送装置から転移できたが、事故に伴う故障が発生し、現在は転送装置自体から火災が発生している。
エルマ外教が管理する異世界『ワンダーグラウンド』と日本を結ぶ交通手段として機能しており、エルマ外教が新たな信者候補に異世界跳躍を試体験させるための手段となっていた。
ワンダーグラウンドの存在する異世界では時間に関する法則が地球と異なるという特徴があり、地球で1日が経過する間に現地では2ヶ月が経過してしまう。エルマ外教はこの特徴を「1日の休暇で長期バカンスが楽しめる」と宣伝し、信者候補に異世界跳躍をカジュアルに体験させていた。実際、ワンダーグラウンドは観光地として整備されており、その評判は観光地として上々だった。
A.L.I.C.Eは1995年8月から運用されている。今回の事態は運用開始から僅か3か月で発生してしまった形になっている。
"A.L.I.C.Eが抱えていた特殊な課題"
A.L.I.C.Eはとある事件を契機に運用が開始されており、それに伴う事情が今回の事故を深刻化させている。
その事件とは今年3月に発生した『地下鉄サリン事件』だ。新興宗教『オウム真理教』が神経ガスを用いて犯行に及んだ無差別テロ事件だが、この事件により日本国内における新興宗教の立場は著しく悪化した。日本国民は新興宗教という概念に対し強い警戒心を示すようになり、エルマ外教もその煽りを受けてしまった。
通常、エルマ外教が新たな信者候補に対して薦める異世界跳躍先は、エルマ外教の本拠地が存在するユニバース01の宗教国家『アトラル』だ。アトラルには地球より遥かに進んだ超文明が存在しており、異世界に不慣れな信者候補の安全を確保しながら異世界跳躍のエンタメ性をプレゼンしたい訳だ。しかし、「素性の知れない新興宗教に誘われて宗教国家に滞在する」という要素が現在の日本国民からはどうしても疑われてしまい、新たな信者候補が激減する結果に繋がってしまった。
日本国担当のエルマ外教遷教師達は、事態改善を目標にいくつかの施策を実行しており、この施策がA.L.I.C.Eやワンダーグラウンドの運用に繋がる。
遷教師たちが独自に発見していた無人ユニバースの中からアトラルと近い時間流法則をもつユニバースを選び、ここに作られた入植地が後のワンダーグラウンドである。複数ユニバースから非信者の入植者が集められ、都市の形成が進められた。異なる文明人が交差することでエルマ外教らしさよりも異国情緒が目立つ国となっており、街並みから宗教色が徹底的に排除されている。カルトを警戒する日本国民を誘導しやすい国が演出されている訳だ。
現地に設置されるはずだったエルマ支部はA.L.I.C.E艦内に設置されており、ワンダーグラウンドに存在するエルマ関連施設はA.L.I.C.Eへの転移できる転送装置(無人)のみとなっている。現地日本人を警戒させないため、エルマ関係者がワンダーグラウンドに降り立つことは基本的になく、エルマ関係者達の生活はA.L.I.C.E艦内で完結している。A.L.I.C.Eの高い機能性により日本のエルマ支部もA.L.I.C.E艦内へ拠点機能を移行しつつあり、A.L.I.C.Eの本格稼働以降は日本国内でエルマ関係者を見ることは稀となった。
そんな背景の中、今回の事故が起きた。A.L.I.C.E事業に関わっていたエルマ関係者のほぼ全員が事故に巻き込まれたと考えられ、日本エルマ支部は音信不通となっている。ワンダーグラウンド現地へのコンタクト/アクセス手段が失われてしまったことでワンダーグラウンドは完全に孤立してしまったと推定される。
"東弊重工社の関係と被害"
東弊重工社の社員とその関係者の多くが今回の事故に巻き込まれている。
前段で解説した通り、日本エルマ支部は日本人から警戒されることを嫌っていた。そのため、日本人からの警戒を解く施策としてA.L.I.C.Eはアトラル本国製ではなく、日本国内企業製であることが広報されている。この「国内企業」こそが『東弊重工』だ。東弊重工は1991年時点で日本エルマ支部から時空間跳躍船の建造を受注しており、A.L.I.C.Eはこの依頼で製造された機体を急遽改装して作られている。
時空間跳躍船の製造及びA.L.I.C.Eへの改装を行ったのは東弊重工の浜松工場だ。日本エルマ支部はA.L.I.C.E事業の好調を祝して東弊重工浜松工場の従業員達をワンダーグラウンドに招待しており、これが事態を更に悪化させている。東弊重工浜松工場は文化の日である11月3日(金)から続く土日曜日の3連休を社員旅行の日程として定め、予定通り東弊重工浜松工場勤務の職員とその家族がワンダーグラウンドに跳躍している。事故でA.L.I.C.Eが崩壊したことで、彼らはワンダーグラウンドに取り残されてしまった。
東弊重工は事故解決委員会を設置し、ワンダーグラウンドに取り残された職員とその家族の救出方法を模索している。エルマ外教の本国であるアトラルに救援を要請できれば確実ではあるのものの、事故により連絡可能なエルマ外教遷教師らが全滅したため、連絡を取ることができないのが現状だ。
A.L.I.C.Eを再建し、ワンダーグラウンドへの跳躍ルートを復興させる方法もあるが、A.L.I.C.E建造に携わった技師の多くがワンダーグラウンドへ跳躍してしまっており、東弊重工は厳しい見通しを示している。首尾よく話が進んでも建造には約4年間かかると計算されており、ワンダーグラウンド現地時間で約240年が経過してしまう。職員とその家族を救出するという事故解決委員会の目的に合致しておらず、現状は完全な手詰まりとなってしまっている。
"事故原因を巡る憶測"
今回の事件に関して、巷では様々な憶測が飛び交っている。当然ながら現状で科学的な見地に基づいた事故原因は見出されておらず、いずれも憶測の域を出ないことに留意が必要である。
噂の中でも目立つのは東弊重工の技術的なミスが事故原因とする噂だ。運用開始3か月で発生した事故ということもあり、そもそも技術的に不具合があったのではないか? という疑惑が噂として流布されている訳だ。
本誌特派員は東弊重工浜松工場に勤務する従業員で、今回の社員旅行に参加していなかった総務部の広末 孝行さんに話を聞くことに成功した。広末さんは奥さんと2名のお子さんの計4名で社員旅行に参加する予定だったが、前日に広末さんと娘さんが乗る自動車が追突事故に巻き込まれており、2人は急遽不参加となっていた。
「私は事務職なのでA.L.I.C.Eのアレコレについて詳しく知っている訳ではありません」
「しかし、A.L.I.C.Eに技術的な問題があったとは思えません。A.L.I.C.Eは数十回に渡る異空間跳躍実験を成功させた上で運用が開始された機体なんです」
広末さんは東弊重工社の技術力不足が事故の原因ではないことを主張した。確かにA.L.I.C.Eの稼働に際してはエルマ外教遷教師同席での実地試験が複数回行われており、これはA.L.I.C.Eの安全性を謳う宣伝文句として広報されていた。エルマ外教の安全規格を信用するならば、確かに技術的な問題は過度に疑う原因ではないと評価できる。
更に取材を続けていると広末さんは興味深い話を聞かせてくれた。
「ここ最近、浜松工場では技師の失踪が相次いでいました。消えるのは決まって設計担当だけ」
「社員旅行当日から現在に至るまで連絡が取れない従業員が4名います。社員旅行は連絡無く欠席、総務部による事故発生後の安否確認に応じていません」
「4名は全員A.L.I.C.Eの設計担当でした。偶然には思えません」
広末さんの語り口調は、暗に事故に事件性が疑われると示唆していた。確かにA.L.I.C.Eの機密情報を知る人物の集団失踪は事故との関係性を感じずにはいられない。広末さんは未確定情報であると付け足してはいたが、その疑いは強いようだ。
この手の被害情報は1988年に財団によって『エリア-81JH」が設置されて以降増加傾向にある。エリア-81JHは対超常結社に特化した財団拠点であり、襲撃/拉致された人物はこの施設に拘留されていると思われる。浜松工場の設計担当4名の失踪が財団による犯行である証拠は存在しないが、本件以外では関与が証明されている実例もあるため、財団の関与を疑わずにはいられない。
最後に広末さんは事故に関して、その心境を語ってくれた。広末さんの奥さんは東弊浜松の元従業員であり、2人は社内恋愛の末結婚している。東弊浜松の従業員らと面識があることもあり、広末さんが社員旅行を欠席しても奥さんは1人でワンダーグラウンドに跳躍していた。
「本当に虚無感で一杯です」
「ほんの少し前まで気軽に行けた場所にカミさんは居て、だけどもうその場所は物凄く遠い場所になってしまった」
「死んでしまった訳ではないんです。だけどももう会いようが無い、ただただ遠くに行ってしまった。もう恙なく暮らしてくれと祈ることしかできない」
「しかも例の場所は今この時も物凄い速度で時間が流れていて、新しい異世界跳躍艦が完成してもその頃にはカミさんはもう生きてはいないでしょう。だから、時計を見ると『この数分で現地でどれだけの時間が流れたんだ』と考えてしまい怖くて仕方がない」
広末さんの嘆きは悲痛だった。広末さんは東弊重工による異世界跳躍艦の再建を待たず、特別委員会にも参加しないようだ。4年の再建計画を待っていては間に合わないため、他の超常技術によるワンダーグラウンド渡航を模索するのだという。具体的な模索方法は未だ決めかねているようだが、今後も本誌と情報を交換することを約束してくれた。本誌は今後もこの事故と異世界跳躍技法を追跡する予定だ。
【柳瀬 栄・佐原 和樹】
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▲読谷山 旭 立大法学部卒。法務省などを経て、恋昏崎新聞社へ入社。1992年よりデスク・編集委員。アトラルに滞在経験有。
責任の在り処が見つからない事故だ。A.L.I.C.E事業に関わった東弊浜松とエルマ外教は異世界に消え、東弊重工の本丸に責任を追及するぐらいしか落としどころの見つからない始末と評価するのが精々だ。広末氏と本誌特派員が疑っているような正常性維持機関黒幕説は信憑性が乏しく、今回のような大事故が連中にどのような利益があるのかが見いだせない。
東弊重工は被害者救済のために新たな異世界跳躍艦の建造を計画しているとのことだが、今の東弊重工にそんな余力があるのかと疑問を呈したい。建造に関わった従業員らは異世界に取り残されており、エルマ外教とも連絡が付いていない。資金繰りに関しても微妙であり、新たに建造してもその資金を回収するのは困難だろう。ただでさえプロメテウス・ラボとの提携が先方の経営悪化が原因とはいえ立ち消えになったばかりであり、銀行が資金調達に協力するかは怪しい。パラソーシャル研究機関の経済学者たちは東弊重工が大規模な人員整理を余儀なくされると予想しており、異世界の従業員らを救うどころか切り捨てる方向に舵を切るだろうと冷ややかな視線を送っている。
残された希望は2つ。1つ目はアトラルに通じているエルマ外教遷教師が地球に来訪し、アトラルの優れた科学力に期待すること。2つ目はワンダーグラウンドに取り残された東弊浜松の従業員たちが自力で帰還すること。どちらも我々側から出来ることは少なく、ここではない異世界に祈りを捧げることしかできないだろう。
【読谷山 旭】
ダムグーゼ ライフラフト・プレッパーズ派
▲ダムグーゼ 異世界「ユニバース58」出身のライフラフト漂流者。予言能力の所持を自称しており、来たる大災害に備えて恋昏崎に移住し、プレッパーズ派を開派。
我々ライフラフト同盟者は、異世界にルーツを持つ漂流者集団です。生存と故郷への帰還を目的とする互助会なのですが、よく「エルマ外教を利用すれば帰還できるじゃないか」と指摘を受けます。確かに彼らを仲介人とし、帰還に成功した人は一定数存在します。しかし、彼らはハッキリ言ってアテになりません。
彼らの教義における試練とは「異世界跳躍によりこの世界との繋がりを断つこと」であり、試練と対を成す救済とは「異世界跳躍によりこの世界で負った因果を断ち切れる」とされています。つまりは「異世界跳躍をしてしまえば今の世界のことは忘れてしまって構わないよ」ということになり、彼らは積極的に教義を実行する関係上、どんな約束を取り付けていても約束が守られる保証はありません。今回の事故に関しても然りであり、アトラルとのコンタクトを依頼したとしてもこれが円滑に実施される保証はありません。
また、1995年現在の地球にエルマ外教の遷教師が近づくのは稀だと言えます。これは私がプレッパーズとして恋昏崎に一時避難していることにも通じるのですが、今から数年以内に地球では大規模な災害が発生します。これは私1人が予言として提唱してる話ではなく、アトラル=エルマ天導台というエルマ外教が誇る未来観測機関も発生を有力視している事象です。
アトラル=エルマ天導台が災害を予見した世界に遷教師が来訪することは滅多になく、本当に信心深い遷教師だけが布教に訪れるわけです。A.L.I.C.E事業に携わっていた遷教師らはエルマ外教の中でも異質なほど信心深い存在であり、そのような人物が再び現れるというのは正直絶望的だと思います。
或いはA.L.I.C.E事業自体、志あるエルマ外教遷教師が地球に住む人々救うことを視野にいれた一大事業だったのかもしれません。災害を予見する者としては、A.L.I.C.E消滅という事態は見た目より大きな影響を発生させたのではないかと思います。
風野 三郎 恋昏ツアーズ社長 湯元街温泉協会会員 ワインシャトーの騎士団第11席
▲風野 三郎 パラツアートラベル企業「恋昏ツアーズ」社長。湯元街温泉郷虫倉島出身で同島のジビエ料理宿「狩人」のオーナー。風野氏自身が様々な異常領域を実際に訪問して旅行商材を考案するスタイルが好評。
ワンダーグラウンドは恋昏ツアーズでも旅行商材の構築を検討していた。現地取材も行ったが私自身がワンダーグラウンドに旅行的な面白みを見出せなかったため、計画は破棄されていた。
ワンダーグラウンドはエルマ外教の遷教師が独自に見つけ出していた異世界であるが、文明の構築に有利であるだとか、そういう観点で見出された異世界ではない。存在している町はエルマ外教がアトラルから資材を持ち込んで作ったものであり、ハリボテと言ってしまってもいい。当初はアトラルから物資を運ばず、ワンダーグラウンドで資源を採取して利用する予定であったが、地中資源が乏しくこれを断念した経緯があるようだ。ワンダーグラウンドという名前に反して、なんの不思議も面白みもない土地だと断言できる。私が知る限り、あの資源分布ではワンダーグラウンドで鉄を製煉することすら困難だろう。記事本文にあったように町からはエルマ外教関連の物品が徹底的に排除されており、遷教師らの遺物を入手して利用するような道筋も困難だ。
エルマ外教が宇宙空間上に設置した恒星と衛星により、ワンダーグラウンドの環境自体は安定している。取り残された人々がそのまま遭難死することは無いと思われるが、生存が不可能ではないというだけで過酷な未来が待っているのは間違いない。場合によっては限られた資源を巡って争いが起きるかもしれないし、今頃秩序無き暴力の大地に変貌しているかもしれない。読谷山氏が希望として示した彼ら自身による帰還は凡そ現実的だとは思えない。