クレジット
翻訳責任者: Kevin Nguyen_JP
翻訳年: 2026
タイトル: SCP-010-VN - 死の存在
著作権者: LVTJ、
KirQ
原題: SCP-010-VN - Hữu Thể của Cái Chết
作成年: 2026
初訳時参照リビジョン: 14
元記事リンク: ソース
春
ノースウェスト準州から吹き下ろす冷たい午後の風に乗り、弱々しい日差しがストーンウェルの町を包み込んでいた。風は石灰岩の断崖を越え、色を変えつつある楓の森を抜け、町の中心部で足を止める。かつて人の賑わいに満ちていたこの町は、今や風の通り道の下で寂しげな姿を晒していた。固く封鎖された家並み、閉店の告知が貼り出された店先、枯れ葉とゴミが積もった階段や通り。それでも風は吹き抜け、町と切り立った崖を隔てる最後の一線の石壁に突き当たるまで止まることはなかった。
ここにはもう、行き交う人の姿はない。正確に言えば、それを実現できるほどの人さえ残っていない。カナダ西部ユーコンの深い森の奥に位置するこの町で、先月記録された住民はわずか34名の高齢者のみだった。
カナダ政府はストーンウェルの現状を把握していたが、その責任を地域保健ケアの慈善団体へと押し付けた。しかし、彼らとて、道とも呼べぬ未舗装路を登り、冬眠から覚めたばかりの飢えた熊を避けながら、死を待つばかりの老人たちの世話をするために、こんな僻地へ好んで足を踏み入れようとはしなかった。誰も寄り付こうとしない場所。それは皮肉にも、財団にとって好都合な条件となった。
財団は速やかに町を掌握し、秘密の活動拠点へと作り変えた。ここ数年、財団の拡大は名声、富、権力といった多くの利益をもたらしたが、同時に世界に対する責任や義務という数百もの問題も付随させた。その結果、彼らは人権問題にも向き合わざるを得なくなったのである。
老齢により引退した職員たちは、皆このストーンウェルへと送られた。生涯を財団に捧げ、忠誠を誓った組織のあまりにも多くの機密を知る者たちを、ヴェールの外で自由に歩き回らせるわけにはいかない。先述の人権上の義務により、彼らに記憶処理を強制しない権利が与えられた。そうした者たちは、このストーンウェル老人ホームにおいて、病床で息を引き取り、火葬され、遺灰が収容区画に納められるまで、財団の監視下で過ごす必要がある。そのプロトコルが完了して初めて、財団は一時的な安堵を得ることができるのだ。
ストーンウェルは「死にゆく者たち」の町である。そしてエースリン・グリムは、その最期を見届ける稀有な一人であった。
二人の子供
彼女は3年前の異常個体掃討作戦の末に財団へ強制加入させられた呪術医である。財団は彼女に二つの選択肢を提示した。彼らの下で働くか、あるいは研究対象になるか。自分を守るため、エースリンに残された道は最初の一つしかなかった。
エースリンの能力は、かつて森で遊んでいた時に得たものだった。子供が一人で森に入るのが賢明でないことは分かっていたが、2歳上の兄の好奇心を止めることはできなかった。二人は森の奥へと進み、日が沈むにつれて帰り道を見失った。明かりを持たない二人の子供は、暗闇の中で互いに固くしがみつき、手探りで彷徨った。兄はエースリンの口を手で覆った。悪い子を食べるという森の怪物の話を大人から聞いていたからだ。エースリンは涙を堪えようとしたが、喉の奥から漏れるしゃくり上げまでは隠せなかった。二人の子供が、このまま何の災いもなく夜を越せるほど、世の中は幸運に満ちてはいない。
そして、起こるべくしてその時は訪れた。鈍い音が響く。
エースリンは、体が宙に浮き上がるような突風を感じた。
ドサッ。
そして、嫌な感触。
わずか数秒の間に、全身を痺れさせるような感覚が押し寄せた。その痛みは、子供を狩る怪物への恐怖さえも塗り潰すほどだった。彼女は大声で泣き始めた。
「エース──エースリン。ごめん、な……」
突如として月が昇り、彼女を包んでいた暗闇を追い払った。その淡くおぼろげな光の中で彼女は、兄の歪に折れ曲がった体が、大きな岩の上で動かずに横たわっているのを見た。彼の胸は弱々しい呼吸に合わせて上下し、指先はかすかに震えることしかできなかった。それは子供を狩る怪物などではなく、二人が転落した川辺に冷たく佇んでいた鋭い岩塊だった。彼女はその場で釘付けになり、銃撃された野生動物のような呻き声を漏らす兄を見つめていた。目から、鼻から、口から……血が絶え間なく溢れ出す。彼の唇は彼女を呼ぼうとしているように震えていた。立ち上がろうとしたが、凄まじい激痛が彼女のあらゆる試みを打ち砕き、虫の息の兄を無力に見つめることしかさせなかった。彼女には「死」が何であるか理解できなかった。あまりにも幼く、兄が今何に直面しているのかを知る由もなかった。今彼女を支配しているのは、恐怖と、足から伝わる骨を刺すような痛みだけだった。「焼けるように痛い」と彼女は思った。あまりの痛みに、小さな手を使って兄の方へと這っていくことしかできなかった。泣き止みたくても、止められなかった。6歳の子供には、あまりにも過酷すぎる現実だった。
あの岩は、どこから現れたのか? それはエースリンと兄が勝手に森へ忍び込む前から、急流のそばにずっと鎮座していた。両親の喧嘩の声はあまりに騒がしく、それは彼女と兄の心に癒えない傷を深く刻んでいた。一目見るだけで誰もが幸せになり、手を取り合って平和に暮らせるという「白い花」を探しに来たのだ。現実に引き戻されたエースリンの目には、兄の折れた白い骨と、痙攣する筋肉がはっきりと映っていた。彼もまた、怯えていた。
「痛く……ないか。怖がるな、兄ちゃんが……ついてるからな。」
兄は彼女を見つめ、その瞳には後悔の色が浮かんでいた。
「逃げろ……早く逃げるんだ、エースリン……川の流れに沿って行け……後ろを振り返っちゃダメだ。」
エースリンは逃げたくなかった。兄のそばにいたかった。しかし、兄が厳しい口調でその言葉を繰り返すと、彼女は従うしかなかった。彼女は近くの川に向かって必死に這い進んだ。足から流れる血が、彼女が通り過ぎた草木や小石を赤く染め上げ、一本の赤い糸を描いた。意識が遠のき、眠気が彼女を襲う寸前、エースリンはようやく川辺に辿り着いた。澄んだ水面が、泥と血にまみれた小さな姿を映し出した。その瞬間、彼女は自分自身を見た。空のように澄んでいた青い瞳は、濁った涙を湛えた深い窪みのようになっていた。そして、彼女は生涯記憶に刻まれることになる光景を目にした。水面に映っていたのは、もはや彼女の顔ではなかった。兄が笑っていた。怪我一つない姿で彼女の手を引いていた。軒下で両親が彼女に手を振っていた。
それは夢だった。決して叶うことのない夢。彼らが楽しそうに笑い合う姿を見て、彼女もそうなりたいと願った。だから彼女は水面に手を伸ばし、その出口へと入り込もうとした。そして彼女は水の中へと転落した。口の中に広がる清らかな甘みと、鉄の味が混じり合うのを感じた。それはとても温かく、目を閉じて身を委ねたくなるほどだった。彼女は、ずっと切望していたものを感じていた。彼女が見ていたのは……
幸福。
その感情は舌の先でキャンディのように甘く溶けた。もっと、もっとあの天国へ近づきたい。彼女の瞳には、先ほどの光景がはっきりと映っていた。もう一度、それに触れようと手を伸ばした。彼女の両手から幻想的な青い光が放たれた。しかし、そこへ泳ぎ着く前に、別の「手」に掴まれた。彼女は目を見開いた。目の前にいたのは、髪型も、瞳も、胸から下げたネックレスまでもが自分と瓜二つの「自分」だった。考える間もなく、さらにもう一人、またもう一人と現れた。彼女は恐怖に駆られて暴れたが、叶わなかった。彼らは彼女の手足を固く掴み、その目を覆い、耳を塞いだ。声の出せない彼女の口だけを残して。彼女はその場所から遠ざけられ、深い場所へと引きずり込まれていった。意識を失う直前、深い水の底でエースリンが感じたのは、彼らが泣いている気配だった。
エースリンは自分の体をその川の流れに任せた。体は軽くなったが、彼女の心は永遠に癒えることはなかった。再び目を覚ました時、彼女は病院にいた。それ以来、両親は彼女をこの上なく愛した。いつもそばにいて、おもちゃを買い与え、彼女を幸せにしようと尽くした。夜が訪れ子守唄が歌われる時、彼らは決まってこう言った。彼女が一人で勝手に山に入り、滑って川に落ちたこと。村の人が翌朝、彼女を見つけ出したこと。彼女は一人っ子であり、兄など最初からいなかったのだと。
今日は私一人に聴かせてほしい
外から見れば、ストーンウェルの崩れかけた家並みが、財団の地下深くにある「安楽死病院を兼ねた老人ホーム」の隠れ蓑に過ぎないとは誰も気づかないだろう。そこは個室に仕切られ、かつての職員たちが一人ずつ収容されている。室内には消毒液の鼻を突く匂いと、機械の規則的なビープ音、そして死神がドアを叩くのを待つ孤独だけが漂っていた。いわばレベル2のスタンプが押されたDクラス独房のようなものだ。
医師として、エースリン・グリムの任務は、彼らと毎日会話し、食事を運び、特効薬でも不可能な彼女の特殊な能力で彼らを慰めることだった。もし彼らが望むなら、彼女は自分の残り少ない寿命を数年削ってでも、彼らに時間を分け与える覚悟があった。だが、そう頼む者は一人もいなかった。彼らは死による解放を懇願した。しかし、財団に仕えた罪深く悲劇的な人生への罰として、これを受け入れる者もいた。彼らはかつて自分が他の異常存在や怪物にしてきたように、自らも「収容」されるという光景に耐えなければならなかった。地獄に落とされないことを願う、現世での贖罪の儀式。解釈は人それぞれだが、エースリン自身は自分のことを、その姓が示す通りの「死神の使い」であり、彼らの最期の道のりに付き添い、あらゆる願いに全力を尽くす者だと考えていた。あるいは、それは過去に見捨てたある人物への償いなのかもしれない。
「エースリン、私の息子の話をしたことがあったかしら?」
エースリンは自分に話しかけてきた女性に目を向けた。彼女の輸液を交換しているところだった。彼女はエースリンが担当した最初の患者の一人だった。高齢ではあったが、ここにいる他の誰よりも前向きな精神の持ち主だった。彼女と会話をしている時だけは、エースリンも安らぎを感じることができた。
「いえ、まだです。でも、ぜひお聞きしたいです。」
彼女はベッド脇の椅子に腰を下ろした。過去の話には聞き慣れていた。深い後悔や、尽きることのない怨嗟の言葉。メアリー夫人も例外ではなく、それはかつての輝かしい過去への思慕だった。
「あの頃、私はまだ財団の主軸職員だったの。『赤い靴のメアリー』という名を知らない者はいなかったわ。誰もが私を、生ける伝説として崇めていたのよ」
メアリー夫人は、自分が頂点に立ち、O5評議会たちでさえ一目置いていたという武勇伝を長く語った。しかし家庭を持ってから、名声や権力よりも大切なものを手に入れた。それが、彼女の息子だった。
「あの子が、私のすべてだったの」
メアリーがエースリンの目を見つめ、彼女は少し戸惑った。その視線を避けるように顔を背けた時、エースリンは奇妙な光景を目にした。心拍計のモニターが、一直線の線を描いていたのだ。エースリンは慌てて確認しようと立ち上がったが、メアリー夫人が素早く彼女の手首を掴んだ。
「そのままでいい。最期に聴いてちょうだい」
メアリーの冷たい手は、まだ固くエースリンを掴んでいた。躊躇しながらも、夫人の揺るぎない眼差しに押され、彼女は再び椅子に座った。
「死ぬまで幸せに暮らせると思っていたわ。でも、私はあまりに自惚れていた。息子はカオス・インサージェンシーに殺されたの」
メアリーはエースリンの手を強く握りしめた。夫人の目から涙が溢れ出した。彼女がこれほど感情を露わにするのを、エースリンは見たことがなかった。
「私は人生のすべてを、残酷な復讐に注ぎ込んだ。遺志を遂げたとしても、心が晴れることは一度もなかった。そして今、これほど財団に尽くした挙げ句、ここで腐っていくのを待つだけ。私はとっくに死んでいるべきだったのよ、エースリン。でも、あなたは違う。あなたはこの仕事を続ける必要はないの」
エースリンはただ沈黙した。彼女は夫人に頷き、部屋を去るために立ち上がった。「夫人……休んでください。他の人の部屋にも行かなくてはならないので」
彼女がドアに近づいた時、最期に夫人の声が聞こえた。
「あなたが、何か恐ろしいことに自責の念を抱いているのは分かっている。でも、私たちのようにその苦しみに飲み込まれる必要はないの。あなたのような子は、幸せになる資格があるわ」
病室のドアが閉まり、メアリーの後悔の声は遮断された。一歩ずつ病院を離れながら、その最期の言葉が頭の中で響き続けていた。それは彼女が長年築いてきた仮面を貫いた。
「私のような子が、幸せになる資格……あるんでしょうか?」
「幸せ」という二文字は、あの川の甘い味を思い出させた。自分にとって大切なものを失ったあの場所。ここにいるのは、幼少期から彼女を苛んできた孤独から逃げるための理由を探しているだけに過ぎない。たとえそれが、この世に存在し続けることさえ望まない者たちの傍らであったとしても。だが、どれほど否定しようとしても、彼女の心には埋めがたい空虚な穴が空いたままだった。
SCP-010-VN
アイテム番号: SCP-010-VN
オブジェクトクラス: Apollyon
特別収容プロトコル: [更新中]
説明: SCP-010-VNは「死」そのものであり、世界のあらゆる物質の存在停止に関連する形而上学的概念です。SCP-010-VNは主に、物質がその活動サイクルを終えて運動を停止した際に出現します。しかし、███年█月█日以降、未知の要因によりSCP-010-VNに変異が生じ、「死」はあらゆる物質に対して無差別に課せられるようになり、その運動形態に変質を及ぼしています。
「これは?」
「今朝、君が経験した異常存在だ」
10分ほどの沈黙の後、閉鎖された尋問室で向かい合って座る二人の人物がようやく言葉を交わした。エースリンは極めて短いその資料を一通り眺めると、それを脇に置いた。
「今朝の件は、確かに奇妙でした。ですが、死そのものが変質していると断定するには、まだ証拠が不十分だと思います。」
「鋭いな!」男が椅子から立ち上がった。この部屋に入ってから、エースリンはまだ相手の顔をはっきりと見ていない。部屋にあるのは、資料を照らすためのデスクライトの微かな明かりと、爪をいじっている男の二つの手だけだ。メアリーの奇妙な生物学的状態に困惑していた最中にここへ連れてこられたが、その枯れた声と手つきから、相手はかなりの年配であり、一筋縄ではいかない風変わりな人物であると推測できた。
男は前方の暗闇の中へと深く潜り込み、エースリンが目を細めても何も見えなくなった。
声が続く。
「君が世話をしていた元職員だけが証拠ではない。この辺りの森が、春だというのに黄色い葉を落としているのに気づかなかったか? カナダを永遠の秋の王国にしておこうなんて馬鹿は誰もいない。北半球のいたるところで、カラスを除く鳥類の個体数減少が記録されている。我々はウィルソン・ワイルドライフ・ソリューションズではないから鳥に興味はないがな。さらに、ドイツでは新生児の突然死率が急増している。何が原因だと思う? 新種の病原体か? 医療の未熟さか? 助産師の不注意か? これらの偶発的な事象はすべて特定のパターンに従っている。それこそが『死』の象徴だ」
エースリンの耳に指を鳴らす音が響くと同時に、天井の照明が空間を照らし出した。その白く鋭い光は部屋の隅々まで満たし、先ほどまでの闇を、まるで最初から存在しなかったかのように消し去った──ただ一つの「影」を除いて。黒いスーツを着た男。エースリンは、自分の推測通り彼が奇妙で風変わりな人物であったことに内心安堵した。男は頭部を完全に覆うフクロウの仮面を被っていた。それが単なる仮面なのかは定かではなかった。あたかもフクロウを狩り、その首を撥ねてそのまま戦利品として被っているかのように生々しかった。
その異様な姿に一瞬衝撃を受けたエースリンだったが、すぐに呼吸を整えて口を開いた。
「あなたは……O5の方ですか?」
「惜しいな。私の職位は彼らより一段下だ。君は『管理者』という称号を聞いたことがあるか?」
「聞いたことはあります。大抵の人は、O5の召使いだと冗談を言っていますが」
男は高笑いした。
「あながち間違いではない。我々の任務は基本的にはそういうものだ。O5のスケジュールを調整し、彼らが署名すべき提案書をまとめ、異常の均衡を維持するために、彼らがいつ、どこで、どのタイミングで座るべきかを決める。だが、君が知らないであろうことが一つある。各O5には、それぞれ専用の管理者がついているのだよ。財団とて、世界最高の権力を握る13人をたった一人の人間に管理させるわけにはいかないからな」
「他の方々も、あなたのように奇妙な姿をしているのですか?」
管理者は再び彼女の向かいに座り、耳元の羽をいじった。
「様々だよ。狼、ライオン、カラス……。ああ、かつては魚の頭を選んだ奴もいたな。だが、我々が選ぶ頭部はそれぞれ、管理者が従うべき目的を示している。O5の本質は人間だ。彼らとて、時には短絡的な決定を下し、歪んだ理想によって選択を誤ることもある。彼らは他の勢力にとって格好の獲物なのだ。そんな時、我々のような者が表に立つ。作家の銃口から放たれた弾丸を逸らすレッド・ヘリング、仲間を屠殺場へと誘い込むよう訓練された羊、そしてフクロウ。死の予兆となり、標的となった者に避けられぬ最期を告げる囮の鳥だ。私、O5-13の管理者は生と死の境で吹かれる角笛であり、我が監督者と共に、財団設立以来の二千年間、万物の宿命を維持してきた」
「まるで自分たちの手でこの世界の在り方を決めているかのような言い草ですね、管理者様。では、あなたのお言葉を借りるなら、あなた方はかつて『死神』さえも掌握していたということですか?」
「その通りだ」
男は机の上に足を組み、椅子の背もたれに体を預けた。エースリンは軽蔑の眼差しを向けたが、管理者は気にする様子もなかった。そのフクロウの頭が視界を遮っているのかもしれないが、彼にとって目の前の娘は利用価値のある人間に過ぎないようだった。
「19世紀初頭、大陸全土に国境を広げようとするアメリカの野望は人々を西部開拓へと駆り立てた。私の監督者もその呼び声に応え、遠い故郷を離れて約束の地へと向かった。1849年の旅の途中、彼はゴールドラッシュに沸く一団に紛れ込み、彼の人生を永遠に変える場所へと辿り着いた。彼らが遭遇したのは、ネバダ州に広がる地獄だった。一行は3ヶ月間の足止めを食らい、食料を使い果たした。その時、彼は飢餓の中で、焼き付くような日差しと、毎夜目に入り込もうとする毒蛇や昆虫の中で、人間が剥き出しにする醜悪で暗い本性をすべて目撃したのだ。日を追うごとに、病に伏した者たちは姿を消していった。彼らは1年かけてその地獄を脱出した。80人いた一行の中で、生きて帰ることができたのは、我が監督者ただ一人だった」
男は足を下ろし、先ほどよりも厳かな口調になった。一瞬、フクロウの瞳が本当に自分の心を射抜いたかのようにエースリンは感じた。
「彼は同行者全員を殺害した。この物語の奇妙な点は、当時監督者がまだ16歳であり、採掘者たちが子供一人に敗れるほど弱ってはいなかったということだ。彼は、自分が次の獲物になると悟った夜、死に物狂いで逃げ出したと語った。果てしない空間の中で、彼は立ち止まらざるを得ない暗い影を感じたのだ」
男は何かを思い出すかのように言葉を切った。
「彼は崖の岩の上に座っている何者かを見た。その者は監督者に背を向け、何が望みかと尋ねた。絶望の淵にいた監督者は、それに助けを求めた。するとそれは、長い道のりを経て休息が必要なのだと言い、監督者に隣に座るよう求めた。彼がその通りにすると、そこには子守唄を口ずさむ一柱の骸骨がいた。そこは、死神の休息の地だったのだ」
「監督者を殺そうとしたのですか?」
彼女は驚きを隠せずに尋ねた。
「いや、それはただ監督者や一行の者たちに訪れる『死』の瞬間を待っていただけだ。彼らを連れて行くのがその役目だからな。ただ観察し、待つ。それが奴の仕事だった。だが、我らが16歳の少年は少し違っていた。彼は自らの生のために戦おうとしたのだ。窮地に陥った監督者は、その忌々しい骸骨を崖から突き落とした。そして、谷底へ落ちていく奴が漏らした、不意の笑い声を耳にした。呆気ない死だった。そして、彼が死神を殺した者となったことで、彼は必然的に、財団に仕えるという大義のための力と目的を手に入れた。そこは死神の墓場となり、今では『デスバレー』と呼ばれている」
男はエースリンが今の情報を咀嚼するのを待つように間を置いた。その後、管理者は再び説教のような口調で話し始めた。
「不変の理だよ、強者が弱者を喰らう。財団もかつては若く、古の創造物や恐ろしい怪物たちによって滅ぼされかけた。だが、暗闇と茨の道を歩む中で、我々はそれらを遥かに凌駕する力を手に入れた。長きにわたり、すべてを規律通りに設定する権利を自ら得たのだ。だが、それは永遠ではなかった。先週、実地調査チームから報告があった。谷底に死神の骨は見当たらなかったと。奴は転生したのだ。『死』は財団の手からこぼれ落ちた。我々は再び、それを収容しなければならない」
「なぜ、私なのですか?」
エースリンは問い詰めた。これが管理者の仕掛けた好奇心という罠に自ら首を突っ込む行為だと分かっていたが、財団に加わった時から、彼女はすでに片足をこの罠に踏み入れていたのだ。上層部の人間を拒絶する選択肢などない。風に従って帆を上げるしかないのだ。もし彼らが自分に死神を探させたいのであれば、従うしかない。エースリンはただ、管理者がそのための具体的な目的を提示してくれることだけを願った。
「君が一度、死んでいるからだよ、エースリン。君のファイルは読ませてもらった。『若さの泉』によって蘇生した人間。君のような特別な存在でなければ、奴に接触する機会すら得られない。宿命は、君が選ばれし者であることを示している。財団に加わり、死神に対抗するために。そして今、君の任務は奴を狩ることだ。具体的な計画は明日伝える。もちろん報酬はある。成功すれば、君は自分の生きる目的を手に入れることになるだろう」
土泥
息が苦しい。めまいがする。
男は土泥の中でよろめきながら立ち上がった。肺が締め付けられるような感覚。耳には単調な音しか聞こえない。口の中にはまだ泥と血の生臭さが残っている。突然、全身が熱くなった。周囲の空間が一周回ったような錯覚に陥る。だが、右腕に走った鋭い痛みが彼を現実に引き戻した。積み重なった死体、そして血と火薬の匂いが、先ほどまでここで起きていた戦闘を思い出させた。
彼の名はローランド・アシュフォード。GOC所属、ストライク・チーム034「クォン・フォン」の中尉である。彼のチームは10名の精鋭で構成されていたが、この場所にどれだけの時間いたのか……もはや数えることもできなかった。
ローランドは、皆と共にここへ足を踏み入れた初日のことを思い出した。総司令官からの指令を受け、彼のチームはキシャール平原の僻地に現れた「入り口」の内部にある遺物を回収する任務に就いていた。「入り口」とはGOCの用語で、この現実に亀裂を通して入り込もうとする、無数の宇宙や神秘的な次元へと繋がる異常な空間の門を指す。この種の回収任務は、GOCがエージェントに自由な行動を許可しているため、比較的気が楽なはずだった。外部の目を気にする必要もなく、中に入り、物を持ち帰り、報告するだけだ。だが欠点は、このような僻地で連絡が取りにくい場所では、万が一の事態が起きた時に生還するのが困難であるということだ。
ストライク・チームは、空の色と混じり合うほど青く輝く巨大な鏡に接近した。遠くからでは周囲の景色と区別がつかない。チーム全員が中に入ると、澄み切った湖の底を漂うような感覚に飲み込まれた。そして、その鏡は粉々に砕け散り、雫となって地面に消えていった。
彼らは
歩き
出した
秋風に揺れる小麦畑が、視界の果てまで広がっていた。穂をつけた小麦が甘い香りを放ち、戦闘態勢を取る男たちの装備にまとわりつく。ここに入った瞬間から無線は信号を捉えなくなり、疲弊しきった彼らがようやく警戒を解いた時、チームが閉じ込められたことを悟った。彼らは歩き続けた。
歩き続け、
歩き続け、
ついに、
これ以上歩きたくないと言う者が出た。
果てしなく続く不気味な黄金色の中で、ある者が立ち止まり、考え込んだ。ローランドは歩き続ければ必ず「出口」が見つかると彼らを説得した。不満を漏らす者もいたが、それでも彼らはローランドに従った。
この小麦畑には夜がなかった。そこにある太陽は身を焼くような日差しではなく、眩い光の束を放ち続けていた。チームは小麦の束を刈り、日除けの帽子を作った。何人かのメンバーは自分たちが編んだ奇妙な形の帽子を互いに見せ合い、冗談を言い合えるほどには余裕を取り戻していた。彼らは再び、前方に広がる長い道のりを歩き出した。
そして、十分な時間をかけて歩き続けた末に、彼らが目にしたのは……
先ほど自分たちが小麦を刈った場所にある、あの土泥だった。彼らは繰り返される次元の中に閉じ込められていたのだ。目にする唯一の生命の兆候は、自分たちストライク・チームだけであった。ローランドは仲間に合図を送り、空間を強引にこじ開けるためにフューシャ弾を先ほどの亀裂の跡に撃ち込むよう命じた。しかし、その策さえも通用せず、運命は彼らを嘲笑った。
「お前のせいだ!」
彼らは絶望的な慟哭の中で叫んだ。精神は崩壊、次第に恐怖は思考の海を覆い尽くす激しい怒りへと塗り替えられていった。自分たちを派遣した者たちを呪う術もなく、積み重なった憎悪の矛先は、最も身近で容易な目標──かつての仲間たちへと向けられた。
そして、チームは二つに分かれた。ローランドを死地へ追いやった張本人だと非難する側と、正気を保ち彼を守ろうとする側。彼らは互いに銃を向け、引き金を引いた。戦争の必然が彼らに訪れた。一人、また一人と、かつて誓いを共にした仲間たちがローランドの目の前で倒れ、彼を深い奈落の底へと突き落とした。
「起きろ」
どこからか声が響き、彼を立ち上がらせた。ローランドは憎しみに満ちた死体たちが周期的に震えているのを見た。それらはまだ動こうとしていた。死体から流れ出した赤黒い血が血の池を作っていた。9人の普通の人間からこれほど多くの血が出るはずがない、と彼は一瞬考えた。血は小麦畑を赤く染め上げながら、横たわるローランドの元へと這い寄ってきた。ローランドは深く長い息を吐き出し、両手を広げてそれを受け入れた。血の流れが彼の装備に入り込み、大蛇が締め付けるように彼を包み込んだ。
「続けろ、それがお前の任務だ」
「違う、みんなを巻き込んだのは俺の責任だ」
「勝手にしろ、そう思っていればいい。お前はその9人の使命を肩代わりして背負わなければならない。さあ、行け」
ローランドは激しくむせ込み、涙と赤い血の区別がつかなくなるまで泣き続けた。彼は立ち上がり、背後に憎しみの死体たちを残して、遥か彼方の太陽に向かって疲れ果てた足取りで一歩ずつ踏み出した。
枯れた草地を当てもなく彷徨っていた時、ローランドは遠くの太陽の下で独り跪いている人影を目にした。彼はその距離を詰めようと、重い足を速めた。
彼は野生動物のようにそこへ走り、重なり合った空間の層を強く踏みしめた。一歩ごとに空間は伸び、縮み、消えていった。だが、前方の距離は確実に縮まり、空間は引き裂かれ、彼はついに辿り着いた。
目の前にいたのは、オリーブ色の肌をした一人の男だった。男は、まるで何年もの間日光に焼かれたかのように色褪せたキトンを纏い、呪われた刺青に覆われた体で、石灰岩の墓標の前に跪き、微動だにせず座っていた。
男は振り返った。その瞳には、ローランドを見つめる深い悲しみが宿っていた。
「手放せ」
男はそう言い残すと虚空へと消えた。そこには名もなき墓標だけが残された。
ローランドは近づき、先ほどの男のように墓標の前で膝をつき、手を合わせて祈った。
何を、手放すべきなんだ?
「自分自身だ。もう自分を責めるな」 先ほどの声が再び響いた。
できない、俺のせいなんだ……
「いや、お前に罪はない。死が彼らの罪をすべて贖った。死はお前を呪ってはいない。彼らの分まで生きろ」
こんな場所に閉じ込められた俺に、どうやって新しい人生を生きろと言うんだ……
「希望を捨てるな。必ず助けに来る者がいる。お前のすべきことは、自分を許すことだ……」
ローランドは頭の中の想像上の声に従った。「滑稽だな」、そう思いながらも、心が少しだけ安らぐのを感じた。初めて、彼は休息を望んだ。彼は墓標の隣に横たわった。そこからは不思議な冷気が放たれ、遠い空を見上げる彼の瞳から眩い光を一時的に遮ってくれた。
現実と虚構が入り混じる微睡みの中で、ローランドは墓標を固く抱きしめた。自分の体が溶けていくのを感じた。自分自身が土泥へと変わっていく。最後にこの場所で目を閉じる寸前、彼は鏡が大きく開かれ、一人の少女が自分に向かって駆け寄ってくるのを見た。
旧友と新たな敵
車は、夜の闇の中でねじ曲がるように尖った松の森を通り抜けた。このような場所では、海岸沿いにある華やかな都市の人工的な明かりなど微塵も感じられない。巨大な灯台が時折、彼らが突き進む道を照らし出すが、木々の柵を通り抜けるその光は、ホタルのようにぼんやりと青白い筋を描くだけだった。幸いにも、今夜の月は進むべき道を照らすのに十分な明るさを持っていた。エースリンは窓ガラスに映る自分の顔を見つめ、指でいたずら書きをしながら化粧を整えるふりをした。ハンドルを握るローランドが先に口を開いた。
「もう何度も言ったが……助けてくれてありがとう。改めて感謝するよ」
エースリンは描くのを止め、隣に座る大柄な男を少しおかしそうに見つめた。遺跡を離れてから一週間が経つが、まだその余震がローランドに影響を与えているようだった。
「言葉だけかしら?」
エースリンはからかうように言い、眩しそうに目を細めた。
「前はイドリブで蜂起した連合の魔女たちとの戦いだったし、今度はこんな場所。これ以上続くなら、GOCに医療費を請求するわよ」
「おい! あれは6年前の話だろう! よく覚えているな」
彼は冗談めかして叫んだ。
ローランドは二人が初めて出会った時のことを思い出した。当時、彼はまだGOCのエージェントではなかった。今の小綺麗な軍服姿とは違い、異常世界について初歩的な知識を持つだけの荒っぽい傭兵だった。エースリンが彼を皮肉った時のことは、まるで昨日のことのように鮮明に覚えている。銃弾が飛び交う中、全く感情を表に出さずに自分を引きずって運んだ少女の姿は、彼に強烈な印象を残した。
「昔のあなたは、まだお肌もピチピチだったのにね。その顔の傷は自分で刺青したのかしら?」
彼女は彼の全身を眺め回しながら皮肉った。
「褒め言葉として受け取っておくよ。戦場では可愛く振る舞うわけにはいかないからな」
ローランドは笑いながら答え、意識は再び二人が焚き火を囲んで互いの物語を語り合った過去へと戻った。エースリンは再び彼の命を救った。彼女は彼にとって家族のような存在だった。だが、これはあまりにも偶然が過ぎる。その考えが、遅かれ早かれ彼女に尋ねなければならない問いを彼に抱かせた。
「財団も、あのような遺物を狩っているのか?」
彼は命の恩人に対して、少し気まずそうな声で尋ねた。
「いいえ、私は別の探し物があってあそこへ行ったの。話せば長くなるわ、どこかで足を止めた時にでも話してあげる。二人が鉢合わせしたこと自体、私は別に驚いちゃいない。私たちは異常な世界における二大組織に属しているもの、情報の掴み方にせよ人員配置にせよ、大して変わりはないわ。どこかのエリアで何かが起きたと聞きつければ、相手を出し抜くために互いに人を送り込む。そして大抵の場合、私たちのように以前同じエリアに関わったことがある人間を派遣するものよ」とエースリンは答え、また窓ガラスに指を走らせ始めた
「うちのローランドも、筋肉の代わりに脳みそを使えるようになったんだね。よかった!」
彼女は冗談を付け加え、ローランドの張り詰めた心を和らげた。
「言っただろう! 6年も経てばな。変わらないのは君だけだ!」
ローランドはそう言って、スピードを上げた。夜は更け、月明かりが常に道を照らしてくれるわけではなかった。
どこかに静かな場所
エースリンは、目の前の男が錆びついた鍵で扉を開けようと苦戦しているのを見つめていた。
「本当にここ、合法なの?」
彼女は疑わしげな表情で尋ねた。
「間違いなく。俺の持ち物だ。ただ、ちょっと待ってくれ――」
ローランドは手こずりながらも、さらにもうしばらく試行錯誤を繰り返した。ようやく扉が勢いよく開くと、彼はまるでお菓子をもらった子供のように、少し誇らしげな顔をした。彼はスマホをいじっているエースリンの方を向き、大きな声で言った。
「おいエースリン、こっちに来い」
エースリンは驚いて顔を上げ、スマホをポケットにしまうとローランドの隣へと歩み寄った。百戦錬磨のGOCエージェントが、ただ錆びた鍵を開けただけでこれほどはしゃいでいるのを見て、彼女は驚きを隠せなかった。
「よし、入ろう」
ローランドは素早く上着の埃を払うと、中へと足を踏み入れた。エースリンもそれに続き、入り口にあるガラス瓶を慎重に避けながら、元の通りに扉を閉めた。室内は真っ暗で何も見えなかったが、入り口近くにいくつかの机と椅子が整然と並んでいるのが分かった。部屋の反対側から音が聞こえるまで、エースリンはローランドがどこにいるのか分からなかった。
カチャッ。
部屋全体に明かりが灯り、エースリンはようやくその正体を目にした。部屋の中央にはバーカウンターが一直線に伸び、背後の棚には天井近くまであらゆる形の酒瓶がぎっしりと並んでいた。エースリンは本物のバーに来たことはなかったが、幼い頃に見た映画の記憶がそれを補った。埃を被ったカウンターチェアに視線を走らせると、カウンターの向こう側ではローランドが棚から瓶を取り出し、両手には二つのグラスを持っていた。
「何を突っ立ってるんだ。座れよ」
ローランドは彼女に声をかけ、カウンターにグラスを置いた。その手には酒瓶があり、彼は蓋を開けて酒を注いだ。エースリンはカウンターに近づき、椅子の埃を払って腰を下ろした。
「ここ、あなたの持ち物だって言ったわね?」
「ああ、親友が残してくれたんだ。だが俺には商才がなくてな。今じゃここは俺専用の隠れ家さ」
ローランドはカウンターを飛び越え、エースリンの隣にどっかと座り込んだ。自分の服に埃がつくことなど、これっぽっちも気にしていない様子だった。彼はカウンターのグラスを手に取ると、一気に飲み干した。そして、エースリンを見つめた。
「それで、正確にはなぜ『死神』を探さなきゃならないんだ?」
ローランドの好奇心に負け、エースリンは到着まで待たずに道中で事情を話すことにした。
「さっきも言った通り、死神はどういうわけか財団から逃げ出し、世界中の『死』を異常なものに変えてしまったの。少なくとも、あの管理者はそう言っていたわ」
エースリンンもグラスを手に取り、一口啜った。エースリンは自分の目的について、まだ少し実感が持てずにいた。『死』という抽象的な存在を探し出し、それを収容するなど、まるでおとぎ話のように聞こえたからだ。
「言い方を変えよう。なぜ君が死神を探さなきゃならないんだ? 財団は人手不足なのか? 若い娘に神狩りをさせるなんてな」
ローランドは不可解そうな顔でエースリンを見た。彼の印象では、財団という巨大組織には凄腕のエージェントや熟練の奇跡術師が掃いて捨てるほどいるはずだった。エースリンが特別な奇跡論の能力を持っているとしても、それが彼女を死地へ追いやっているという事実に変わりはない。
「私が志願したのよ」
エースリンはグラスを軽く揺らし、中の液体の揺らぎを見つめた。「認めざるを得ないけど、期待していたほどの援助は得られなかったわ」
そして彼女はローランドを見た。敵対組織の人間が、なぜこうも進んで自分を助けてくれるのか不思議だった。
「それで、あなたはどうなの? なぜ私を助けようとするの?」
ローランドは顎に手を当て、物思いに沈んだ。質問をはぐらかそうとしているのではなく、本当に言葉を選んでいるようだった。
「おそらく……君がまた俺を死の淵から救ってくれたからだろうな」
「それだけで、たった今逃げ出したばかりの『死神』を一緒に探しに行こうと思えるの? 嘘をつくなら、もう少し説得力のある言い訳を考えたほうがいいわよ」
その言葉を聞いて、ローランドは吹き出した。確かに、死にかけたばかりの自分が、またその場所へ飛び込もうとしているのは滑稽だった。死ぬのが怖くないわけではない。ただ、彼がもっと恐れているのは……。
……誰かが自分の身代わりになることだった。彼は、エースリンが自分自身も救いを必要としている身でありながら、世界を救おうと足掻く姿を放っておけなかった。
「話は別だ。俺は友人が死に向かうのを黙って見ていられるほど冷酷じゃない」
今度はエースリンが声を上げて笑った。ローランドの言葉に、エースリンは少しだけ救われた気がした。それが本心かどうかなんて、もはやどうでもよかった。今の彼女には、この旅路で独りではないという確信だけで十分だった。酔いのせいか、あるいは話し相手ができたせいか、エースリンは昔のことを思い出し始めた。家族の罵声に満ちた家であっても、あの人と無邪気に遊んでいた頃のこと。もう一度そこへ戻り、あの絆を感じたいと願っていた。
「ローランド、あなたは『死』って何だと思う?」
エースリンは、再び自分のグラスを充たそうとしている男に問いかけた。自分は死神を探しに行かなければならない。だが、今の彼女には『死』が何であるかさえ分からず、どう探せばいいのかも知れなかった。これは質の悪いジョークで、自分には不可能な任務を押し付けられているだけではないかとさえ思えてきた。
「それは何が死ぬかによるな。君と俺は、永遠に生きようとするか、抗いながら死ぬかのどちらかだ。君は、死にゆく者のために一分一秒を繋ぎ止める。俺は? 生きている者のために葬儀のカウントダウンをする。君は、生ける屍たちの閉ざされた四枚の壁の中にいる。俺は、死地や死体の沼、あるいは魔術師どもが築き上げた何かの中心に立ち、チームの中に生き残りがいないか確認する。見えるか、エースリン。その『存在感』こそが死なんだ」彼は自らの持論を口にした。
エースリンは両手でグラスを包み込んだ。
「もし存在感そのものが死なら、なぜ私が資料を比較したとき、位置も時間も、死が及ぼす影響も全く一致しなかったのかしら。まるで二つのランダムな言葉がその本質に上書きされているような……。偽の兆候を見せられている気分だわ。あなたを救ったとき、死神に一歩近づけたと思ったのに、そうじゃなかった」
「おっと、そいつは期待外れさせて悪かったな」
「そういう意味じゃないって分かってるでしょ」
エースリンは机に突っ伏した。言葉にできない無力感が彼女を襲った。こんな任務は投げ出して、あのフクロウ頭に自分で解決させればいい。ローランドは黙ってエースリンを見つめた。酒を注ぎ足すことも、いつものくだらない冗談を言うこともしなかった。彼は静かに自分のグラスを遠ざけ、疲れ果てた目の前の背中を見つめた。
「少し休め」
彼は机を見つめて言った。
「俺も、上から言われた任務や責任に多くの時間を費やしてきた。そのせいで、自分が何を望んでいたのかさえ忘れるほど疲れ果ててしまった」
彼は空のグラスを回し、机との摩擦音に耳を傾けた。異常存在を処理するローランドである彼は、普通の人間をどう慰めればいいのか分からず、少し戸惑っているようだった。
「少し眠れ。今日一日くらい、世界を救わなくてもいい」
「あなたって、本当に不思議な人ね、ローランド」
酔いが回り、エースリンの意識が浮き上がった。不思議なことに、ローランドのそばにいるととても穏やかな気持ちになれた。彼の存在は、遠い過去の郷愁を呼び起こした。安心して眠りにつけるほどの安らぎ。「なんて心地いいんだろう」、彼女は思った。こんな風に眠りにつけるのは、一体いつ以来だろうか。
招かれざる客
「おい、起きろ」
ローランドの切迫した声で彼女は目を覚ました。頭が少しふらついたが、エースリンはそれを振り払い、ローランドに意識を集中させた。彼の表情は真剣で、手はホルスターにかけられていた。
「どうしたの? 誰か来た?」
「外に誰かいる。ここで待ってろ」
ローランドは警戒しながらドアへと近づいた。彼がこれほど強く反応したのには理由がある。このバーは特別な場所に位置しており、エースリンを連れてくる前に、ここが隠蔽され、二人以外に誰もいないことを確認していたからだ。ドアに近づくと、はっきりとした足音が聞こえてきた。「人間か」彼は心の中で思った。「――道に迷った一般人か?」だが、その考えはすぐに捨て去られた。こんな時間に一人でここに来る理由などない。そして、ローランドはさらなる異音を耳にした。満月の夜に響く、重苦しい狼の遠吠え。群れをなす獣たちが獲物に襲いかかろうとする咆哮。そして激しい打撃音と、苦痛に満ちた叫び。
ドサッ。
ドサッ。
ドサッ。
しばらくして、ローランドは慎重にドアを少しだけ開けた。
ローランドはGOCのエージェントになってから、多くの異常な光景を目にしてきた。だが、ドアの向こう側の光景は、これまでのどの経験よりも異様だった。彼の目の前、地面に転がる獣の死骸の山の中で、フクロウの頭をした人間型が、一匹の黒い狼を組み伏せていた。その手には灰皿が握られ、獣の頭を目掛けて何度も振り下ろされていた。獣は必死に抗っていたが逃げることはできず、憎しみに満ちた唸り声を上げるだけだった。怪物はさらに力を込めた。
ドサッ。
返り血がその顔に飛び散り、狼は動きを止めた。目的を果たしたかのように、怪物は立ち上がり、服の埃を払ってローランドに歩み寄った。
ローランドは反射的に銃を抜き、バーの中へとゆっくり後ずさった。
「貴様、一体何者だ?」
彼はその怪物に、まるで人間であるかのように問いかけた。
「初対面の相手に銃を向けるのは、紳士の振る舞いではありませんよ、ローランドさん」
怪物は声を上げた。
ローランドの思考は極限まで張り詰めた。「喋った」と彼は心の中で呟いた。彼が動こうとする前に、背後にいたエースリンが声を上げた。
「ローランド、その……それは……人間、いえ、私のボスよ」
「君の財団には、まともな見た目のリーダーはいないのか?」
ローランドは驚きを口にし、ゆっくりと銃を下ろしたが、グリップは固く握ったままだった。
「エースリンさんを責めないでください。確かに、予告もなしに現れてお二人を驚かせたのは私の落ち度です。どうか中へ入れてください。ここで私が何をしているのか、詳しく説明させていただけますか」
二人は、その喘ぐような呼吸音と、背筋の凍るような低い笑い声を聞いた。彼らは道を開け、怪物を中へ入れた。
三人が席に着くと、ローランドが会話を切り出した。エースリンからそれはただのマスクだと聞かされていても、管理者のフクロウの顔をまともに見ることはできなかった。
「なぜ俺の名前を知っている?」
「あなたの名前以上のことも知っていますよ、ローランドさん。ですが、それは重要ではありません。私がここへ来たのは、エースリンさんに新しい任務があるからです」
「用件は何?」
エースリンが応じた。その瞳には管理者への嫌悪が満ちていた。彼が現れた瞬間から、彼女は不安を感じていた。彼女が行き詰まるたびに、まるで全てを見通しているかのように彼は現れる。フクロウのマスクの下で、卑劣な笑みを浮かべて自分を監視しているのではないか、そう思えてならなかった。
管理者はフクロウの鋭い目でエースリンをじっと見つめ、彼女の全ての秘密が暴かれているかのような錯覚を与えた。ローランドはこらえきれず唇を歪めた。
「あなたには、ある遺物を回収してきてもらいたい」
「その遺物とは何?」
「まだ知る必要はありません」
「私一人で行けと言うの?」
「ええ」
ドン。
ローランドが机を叩く音が響き、彼の顔は怒りで赤く染まった。呼吸は荒くなり、彼は管理者に向かって怒鳴り散らした。
「ふざけてるのか? 血みどろの体でここに現れて、適当な座標を押し付け、辺境の僻地まで一人で物を取りに行けだと? 彼女を自分の思い通りに操る操り人形か何かだと思っているのか、この変態野郎!」
ローランドがこれほどの怒りを感じたのは久しぶりだった。エースリンはこの不当な扱いに慣れていたかもしれないが、彼はこれ以上許せなかった。ローランドの視線が管理者を射抜き、これ以上侮辱的な言葉が吐かれれば即座に爆発する準備ができていた。
管理者は座ったまま、不気味にフクロウの頭を左右に振った。それがさらにローランドを苛立たせた。
「あなたの無礼さは予想通りですが、思い出していただきたい。エースリンさんにはこの任務を拒否する権利が常にあります。そして、あなたは口を挟む権利のない、ただの端くれGOCのエージェントに過ぎないということを」
管理者は手を擦り合わせながら言った。
二人の男が殴り合おうとしたその時、エースリンが叫んだ。
「もういいわ。具体的に話しなさい」
管理者は勢いよく立ち上がり、エースリンに深々と感謝を示すかのように力強く握手をした。そして、ローランドに酒を注ぐよう手で促した。ローランドは怒りを押し殺し、エースリンのために従った。それを見た怪物は満足げに笑い、口を開いた。
「実はこういうことです。財団はかつて、サハラ砂漠の奥深くに前のサイトを建設しました。我々はそのサイトに番号を振ることすらできませんでした。プロジェクトが完了するたびに、複合施設全体が自動的に崩壊してしまうからです。調査しても具体的な原因は分からず、ただ分かっているのは、そこには極めて高いエントロピーの揺らぎがあり、いかなる鉄鋼や石材も耐えられないということだけです。私の監督者はかつて、評議会がそこに『神を殺せるもの』を隠したと言っていました。それ自体が揺らぎの原因なのか、あるいは安全のためにそのような場所に保管されたのか。それを見つければ、あなたの任務は格段に容易になるでしょう。場所はここに書いてあります」
管理者は返り血のついたスーツから紙を取り出し、それを折り畳むと、バーカウンターの背後の壁に突き刺さるほどの勢いで投げた。
「カクテルをご馳走様。もう遅い、我々も休むとしましょう」
管理者は背を向け、ドアへと歩き出した。だが……彼は立ち止まった。彼は素早くカウンターへと戻り、抵抗する暇も与えずローランドを制圧すると、エースリンの方へと身を乗り出した。彼女がこれほど近くで彼を見たのは初めてだった。彼は彼女の耳元で囁いた。
「エースリンさん、私でさえ監視されているのです。監督者たち、あるいは私と同じ役職を持つ敵たちにね。あなたに小さな秘密を教えましょう。私はO5-13と共にあの場所へ行きました。そして、戻ってきたのは私一人だけだった。私の監督者はまだあの中にいる。もし可能なら、彼を救ってやってください」
そして、管理者は首をローランドの方へ回した。力を緩め、彼の肩を叩きながら快活に言った。
「君はいい『石板』を持っているな。それを使ってあの娘を守るといい。愛する職員の護衛に君が同行することを、私は禁じはしませんよ。望むところです。二人で頑張ってください!」
夜の帳に遠吠えが響き、管理者を外へと誘った。「Arrivederci」1 。彼は恭しく一礼して去り、後に残された二人は深い思索の海に沈んだ。彼らは明日どこへ行き、何を成すべきかを知った。
いつか語られる物語
名もなきサイトは、そそり立つ砂丘の間にひっそりと佇んでいた。二人は高い砂丘の斜面に立ち、それを見下ろした。足元には砂の山が連なり、中央を包み込むように黄色い帯となって広がっていた。それは数時間ごとに形を変え、深い穴や流砂へと姿を変える。中心部を守る棘の層のようだった。
「ここだ」
彼らは心の中で思い、互いに頷き合った。
二人が滑り降りることを決めた時、エースリンは手のひらで印を結び始めた。彼女は砂の流れを操り、二人をその波に乗せた。自分でも驚くほど、砂を水のように自在に操ることができた。
サイトに近づくと、管理者の指示通り、数マイル離れた隠された地下通路へと向かった。財団はその「崩壊のバグ」を逆手に取ってエリアを保護していた。彼らはトンネルを掘り、一定の間隔で十数個の現実錨を設置することで、遺跡内への侵入に成功した。
トンネルの終点で、彼らは頭上にバンカーの出口を見つけた。ローランドは力を込めてそれを三回した。
出口が開き、ローランドの顔に砂が降り注いだ。それを見てエースリンは吹き出した。彼は苦笑いしながら服の砂を払い、彼女を引き上げるために先に登った。
地上に出ると、そこには数十年前の財団の巨大な研究機器が並んでいた。それらは鉄屑の塊となって積み重なり、壁際に円を描くように配置されていた。外の世界とはクモの巣のような透明なガラス越しに仕切られていた。外には砂と風以外、生命の気配は微塵も感じられなかった。
だが、その二つ以外に、彼らは一つの黒い点を目にした。
円の中を彷徨う一つの生物。それは酷く痩せこけ、熱い砂の上に身を屈めていた。背中は大きく裂け、肋骨が剥き出しになっていた。いや、それは肋骨ではなかった。数十本もの腕が体から突き出し、血を流し、痙攣しながら空を掻きむしっていた。腐敗した肉と長い黒髪が呪われた顔の大部分を覆い、ただ紅く燃えるような瞳だけが生命への渇望を湛えていた。口があるべき場所からは一本の鎖が伸び、あらゆる叫びを喉の奥深くに封じ込めていた。黒い金属の釘が首に深く突き刺さり、喉からは呻き声しか漏れていなかった。
「俺の背後に下がれ!」
ローランドはエースリンを庇うように前に出ると、銃を構え、怪物に向けて全弾撃ち込んだ。銃声が怪物の呻き声をかき消した。弾丸は腐り落ちた体を通り抜け、消え去った。怪物は凄まじい速度で二人に向かって突進してきた。ローランドは本能的に攻撃を耐える構えをとったが、その手が彼に触れる直前……。
怪物は空中で静止した。その手はローランドの顔から一尺も離れていなかった。彼と怪物を隔てていたのは、エースリンの鋭い洞察力と反射神経が生み出した青い障壁だった。足元の微細な砂が突如として舞い上がり、鉄鋼よりも硬い不透明なガラスへと結晶化したのだ。怪物は唸り声を上げ、ガラスを爪で掻きむしった。火花が散ったが、一分たりとも前へ進むことはできなかった。
「長くは持たないわ、ローランド! 何か考えて!」
エースリンは怪物の凄まじい打撃に耐えながら、必死にガラスを維持していた。このままではいつか破られ、二人が切り刻まれるのは時間の問題だった。ローランドは歯を食いしばり、怪物に視線を走らせた。通常の弾丸は通用せず、特別な武器も持ち合わせていない。
「まだ一つ……試すしかない」
「もう少しだけ耐えてくれ、エースリン!」
ローランドは最後の手段を講じるべく叫びながら、身を低くして踏み込んだ。
「お前に全てを賭けるぞ」
彼は自分自身に囁くと、エースリンに合図を送った。
「一、二、三、開け!」
エースリンが障壁の維持をやめると、それは砂粒に戻って崩れ落ちた。それと同時に、ローランドは怪物に向かって一直線に突っ込んだ。その手には、世界で最初に死んだ者の墓石から鍛えられたハンマーが握られていた。彼はそのハンマーを怪物の顔面に叩き込み、吹き飛ばした。ローランドは止まらない。ハンマーを旋回させ、その勢いのまま、起き上がろうとする怪物にさらなる一撃を加えた。怪物は狂ったように痙攣し、背中の腕を砂に突き立てた。ローランドは咆哮し、全霊の力を込めて怪物の頭蓋に最後の一撃を振り下ろした。
だが、一撃が完了する前に、ハンマーは怪物によって押し返された。ローランドの連撃を受けながらも、怪物は主導権を取り戻したのだ。怪物は彼の顔面に六発の拳を叩き込んだ。その衝撃でローランドはエースリンの方へと吹き飛ばされたが、驚異的な意志の力でハンマーを離さなかった。
エースリンは術を唱え、砂の山をクッションに変えて彼を安全に受け止めた。彼女は「源泉」の力で素早くローランドを治療すると、片手で周囲の鉄屑を操り、それらを鋭い槍へと練り上げて怪物に放った。しかし怪物は微動だにせず、体が貫かれるのを避けることもしなかった。一滴の血も流れなかった。エースリンは攻撃を続け、今度は四肢を狙って動きを封じようとした。だが一瞬のうちに、怪物はそれら全てを飲み込み、筋肉を動かして欠損した部分を鉄屑で埋めてしまった。
ローランドは別の策を思いつき、エースリンに向かって叫んだ。
「足を縛れ!」
エースリンは即座に意図を理解した。彼女は怪物の足元の砂を操り、鎖のように足を絡め取った。ローランドは意識が朦朧としながらもこの機会を逃さず、弾丸のように飛び出し、体を捻ってその頭部に一撃を見舞った。今度は手応えがあったが、怪物はびくともしなかった。
「死なないのか……」
二人は同時に呟いた。これだけのダメージを受ければ、普通なら十回は死んでいるはずだった。ローランドは怪物との距離を取り、次の攻撃に備えた。怪物は地獄の業火のような紅い瞳で二人を射抜いた。背中の腕は絶え間なく痙攣し、ただ足を上げるだけで砂の鎖を引きちぎった。口角からおぞましい音が漏れ出した。
死神の背中の腕が痙攣を止めた。それらは互いに絡み合い、開いた背中を固く閉ざした。エースリンは、何かがその背中から這い出そうとしているのを見た。まるで蛹から孵化する蝶のように。
ローランドはさらに強く打ち込もうとしたが、死神は動じなかった。逆に、衝撃を与えるほど背中の亀裂は速く広がっていった。そして刹那、彼らは「嘆き」を耳にした。再び腕が伸び、今度はある禍々しいものを捧げ持っていた。おそらく、これこそが管理者が回収を命じた遺物だった。地上から数十センチ浮遊しているその物体は、自然の摂理に反する代物だった。死神の腕から伸びた生々しくうねる肉で形作られた大鎌。その中からは、今にも溢れ出さんとする数百万の魂の絶叫が聞こえてきた。刃は南西を指し、そこからは病的な後光が差し込んでいた。光さえもそれに触れると朽ち果てていくかのようだった。肉の繊維が叫ぶ顔の形となって突き出しては弾け、自分自身の中へと吸い込まれていった。ローランドの立ち位置からは、その浮遊する武器の下の砂さえも変質し始めているのが見えた。数百万年の時を耐えてきた微細な砂粒が、絶対的な存在の前に屈服していた。白黄色の砂は、自らの形を維持できなくなったかのように崩れ落ちた。大鎌によって化学反応の最後の一滴まで奪われ、ただの無価値で虚しい塵へと化した。その冒涜的なエントロピーの渦は、呪われた存在の下で悶え苦しむ生命体のようでありながら、自ら定めた型の中に閉じ込められていた。それは……実におぞましいものだった。
死神は静かに説いた。
「この創造物は『エントロピーの大鎌』。終焉のララバイであり、万物の必然である。ここに来る勇気を持ち、私に立ち向かっても怯まなかったお前たちは、これに相応しい。お前たちの哀れな魂は、太古の宇宙の本質へと還るだろう。感謝するがいい」
そして死神は大鎌を振り上げ、砂の上へと振り下ろした。世界が震え始め、ひび割れ始めた。大地は裂け、腐敗した数百万の死体で彩られた地獄の絵図が露わになった。火獄の中で狂ったように笑う数万の骸骨、享楽に耽る悪魔、そしてこの世に現れたあらゆる罪悪。大鎌からの衝撃波が真っ直ぐ二人に向かって放たれた。
エースリンはその呪われた光景を前に、まだ立ち尽くしていた。彼女が気づく前に、衝撃波はすぐ後ろまで迫っていた。誰かが彼女を強く突き飛ばした。ローランドだった。彼は死の斬撃を自ら受け止めるべく、全速力で駆け寄ったのだ。
「ローランドーーーーーーーーーーーー!」
エースリンは絶望の中で叫び、涙が溢れ出した。
彼は自分の体が変わっていく傷跡に触れ、彼女に向かって微笑んだ。
「頑張れ、エースリン。君ならできる」
ローランドは狂気の中で満足げに大笑いし、太古の神さえも一瞬呆気に取られた。
「いい気になるなよ。俺はすぐに戻ってきて、お前を肉塊に変えてやる」
彼の体は次第に小さく、小さくなって……
一つの黒い点が現れた。
冒涜的な神の絶えず再生する腕を破壊せんと、エースリンが自らの血肉を弾丸に変えて狂乱の戦いを繰り広げる中、何か崇高で偉大なものが生まれようとしていた。死神はそれを意に介さず、大鎌を振り下ろし続けた。幾千年もそうしてきたように。人類以前のあらゆる文明を終わらせてきたように。そして……二人の弟妹と共にそれを行ってきた時のように。
彼の足取りは砂丘を灰に変えた。自分の顔と大鎌の反射の中で、ローランドは朽ちゆく光の粒を見た。刹那の間浮遊し、地面へと沈んでいく小さな残像。いや、砂ではない。それは……宇宙の星々のようだった。終焉の時を前にした、小さく冷たい星々。ローランドはその星の一つ、プロキシマ・ケンタウリに気づいた。GOCの熟練の研究員たちが、その死の異常性は単なる寿命によるものだと片付けていた星。今、彼はその星が冷え切り、黒く染まり、当てもなく漂う姿が、この大鎌によるものだったのだと目の当たりにした。
二人が大鎌に気を取られている間に、それは輝いた。第二の死神が現れ、大鎌を受け止め、大地の間に開いた地獄の門を閉ざした。エースリンは呆然としてそれを見つめた。彼女は無意識のうちに問いかけた。
「ロー……ローランド?」
それはエースリンを振り返った。
「もうその名前は使わない。俺を兄さんと呼んでくれ。そして、目の前にいるこの兄さんもだ」
静寂が周囲を包み込み、三人は数秒間、思考を止めた。
エースリンはその静寂を破るように叫んだ。
「私の兄さんはずっと前に死んだわ。私を森から逃がすために死んだのよ!」
「そうだ、あの時俺は死んだ……」
おぞましい死骸が口を開いた。
「お前を救うために死んだ。そして宇宙の運命が俺を本質へと引き戻したが、お前たちのことを忘れさせてしまった。すまない、エースリン」
第二の死神の声を聞き、狂乱していたその心は静まった。全てを思い出したのだ。死神は兄弟たちのことを思い出した。褒美のように、その死骸は次第に浄化され、眩い光の後、本来の姿を現した。八歳の少年はゆっくりと老い、一人の痩せた老人へと変わっていった。
それから数時間、彼らは幸せの中で涙を流した。末の妹は失った兄を見つけ、次兄は本当の本質を取り戻し、長兄は全てを思い出した。運命の輪は、再び三人を砂漠の海の硝子の中に再会させた。
「兄さん、随分老けちゃったね。これじゃもう一緒に森に行けないじゃない」
エースリンは兄に冗談を言った。
「永劫に続くということは、不老不死という意味じゃないんだ。俺も老いなければならない。さっきお前たちが俺を殺せなかったのは、俺が実体化していなかったからだ。だが、今はできる」
長兄は言った。
「どうして?」
エースリンは、あの川辺の時のように激しく泣いた。
「俺は死神の掟を破った。次に俺があの姿に戻る時、俺は正気を失っているだろう。そうなれば、俺はこの惑星が最後の一息を吐き出すまで、死を運び続けることになる」
老いた兄はため息をついた。
「今度は私が兄さんを救うわ! 兄さんの代わりに、私が死神の義務を引き受ける!」
彼女は答えた。
長兄は首を振った。
「無意味だ。お前には成すべきことがたくさんある。俺はかつて自殺を考えたこともある。俺だって死にたい。だが、俺の魂をあの世へ導ける者は誰もいない。俺自身が死神だからだ。俺の任務は他者を導くことにある」
彼女の頭にある考えが閃いた。
「それじゃあ、兄さんは病気を治せる? もしできるなら、自分自身を若く健康にして! そうでなければ、私の力を使って――」
長兄は純真な妹の言葉を遮って笑った。
「できるとも。だがそれはこの世のあらゆる病気であって、俺自身のことじゃない」
「じゃあ、何も治せないの?」
エースリンは問い返した。
長兄が言葉を詰まらせて考え込んだのは、これが初めてだった。死神が眉をひそめるのを彼女が見たのも初めてだった。兄は目を上げた。
「俺は『死』を治すことはできない。魂をあちら側へ送った後、引き戻すことはできないんだ。俺の任務は彼らを送り出し、道の終わりまで導くことだけだ」
三人は迷った。もはや中途半端な解決策は選べなかった。砂嵐さえも、全ての死が一箇所に集中しているかのように静まり返っていた。彼らが悩んでいたのは、解決策が見つからないからではなく、どの解決策も根本的な問題を解決できないからだった。
長い、長い間考えた末、ついに彼らは決断を下した。永遠の最初の一秒へと時が流れる中、その後に何が起こったのかを知る者はいない。だが、ある者はこう言う。次女のエースリンが、人類で最初に死んだ者の墓石の破片を死神の悲しき心臓に突き立て、新たな死神になったと。別の者は、老人が何も語らずに去っていったと語る。またある者は、末の妹が長兄を殺し、大鎌を奪い、誇りの中で消えゆく次兄の傍らで泣き崩れ、その結果一着の黒いスーツを受け取ったのだと言う。そしてまた別の者は、かつて人間だったローランドが、他の死神が忌み嫌う汚れ仕事を引き受けることを決意したのだと議論する。戦友たちの罪を購い、兄を救うため、ローランドは合体を受け入れ、新たな死神になったのだと。
私にとっては……。
多くの物語は伝説となり、伝説は神話となり、そして神話は? 忘却の彼方へと消えていく。歴史の断片はパン屑のように散らばり、我々の手から、検証の術から逃れていく。彼らの葛藤もまた、いつか子供たちに語り継がれる不思議な寓話となり、そして最後に、私自身がそれを耳にすることになった。
全てを信じるとは断言できないが、心の奥底で、私は常に願っている。死神たちが今もこの世界のどこかにいることを。


