特別収容プロトコル: SCP-2056-JPはサイト-81Q5の収容ユニット「慈眼式廟室」に収容されています。慈眼式廟室は独自に開発された真言から構成されており、そのために結界エンジニアのメンテナンスを必要とします。
SCP-2056-JPは特殊管理区画-2の患者に割り当てられており、独自の収容班と研究者が専門的に担当しています。SCP-2056-JPとの接触はクリアランスレベル5/2056-JPを持つ職員に限定されます。現在では慈眼式廟室は異常性により封鎖されており、内部を確認することができません。
この報告書はHEP手順-81Q5によって閲覧されます。サイト-81Q5独自のサーバーシステムに記録し、通常のSCiPネットからアクセスできないよう隔離してください。
説明: SCP-2056-JPは戸籍名"木ノ下世界"、財団指定難病013番"阿弥陀脳症"の末期患者です。その性質から人類全体の体内現実性の調整に関わっています。阿弥陀脳症の説明については以下のタブを参照してください。
阿弥陀脳症
研究優先度: 高
関連分野: 現実性
概要: 阿弥陀脳症は中枢神経系の慢性脱現実化疾患であり、体内現実性の異常病変が多発するのが特徴です。高現実性が脳に及ぼす影響から、意識障害、呼吸困難などの脳症様の症状で発症することが多く、新生児期の急性期は重篤になります。体内の現実性は第3世代のヒトであれば、通常1.30Hm〜1.35Hm程度が認められていますが、当該疾患の患者は個体差が見られるものの、最低32〜50Hm程度の現実性を有しています。これらの高い現実性は物理的な肉体の崩壊をもたらしますが、患者の主観的には曖昧な高い高揚感を与えると考えられています。現実改変の制御が困難であることに加え、知的障害の傾向などから生涯にわたる収容が必要です。
患者の外見的要素は非常に流動的になります。高現実性がもたらした肉体の崩壊は、物理的には腕部の個数の異常となって表現されます。この奇形器官は3〜42本生じ、疾患の進行度が高いほど数が増える傾向にあります。生後数日の上で生存し、急性期を脱するとこの疾患はさらなる段階に到達します。現実性のほとんどが腕部に集中し、低現実空間腫瘍に類似した状態を示し始めます。これは現実的に曖昧な部分を身体のいずれかに生じさせることになり、脳や中枢神経系にそれが及んだときには筋緊張の低下、衝動的行動、注意欠陥、自閉症様行動など行動面での異常を示すようになります。曖昧になった空間は、その低現実性が保たれている限り致命的な症状をもたらさないものの、阿弥陀脳症の特徴である部分的に高い現実性を保つ部位が存在する、ということがそのような症状をもたらすと推測されています。このことについては未だ未確定な部分も多く、またサンプルの不足から十分な研究が行われていません。現在のところ判明しているのは、互いに異なった現実性を持つ空間同士は明確な境界線、独自性を持ち、体内で斑状に状分布するものの、現実性の浸透圧や内臓作用などによって定期的にかく乱されることです。低現実性空間腫瘍は身体内部において深刻な障害を引き起こすものの、外部に漏出する可能性は極めて低いと見られています。高い現実性を獲得した腕部は現実改変能力を有します。これは患者本人の考え方とは独立したものであり、以下のような用途にのみ用いられます。
- 一定の周期で1Hmから逸脱した周囲の空間/ヒトのヒューム値を調整します。現実性の浸透圧作用と体内の現実ポンプがこの現象と関係していると推測されています。
- 新生児期のみに見られる直立歩行と明瞭な発言(主に自己言及的な内容)。同定のためのもっとも顕著な現象。
- 周囲にいるヒトに多幸感を感じさせます。これは患者の肉体を中心に半径3m以内の領域においてはもっとも顕著であり、最大10mでも多幸感は感覚的に理解されます。
- 50〜100Lxの発光を行います。
原因: 1998年以降の大衆認知の拡大、パラテクノロジーが広く普及したことによる異常存在の膾炙が主な要因と考えられています。ヒトの世界的な体内現実性の増加は人々に現実改変能をもたらしましたが、それに伴って増大した異常を持つ疾患によっては、自己へ危害を及ぼす現実改変能力の暴走が発生するようになりました。阿弥陀脳症はそれらを部分的に制御するための機能的役割を果たしていると考えることができます。最初期の阿弥陀脳症の発見は、東南アジアや中国でよく見られました。これらの国々は仏教思想の浸透した地域であり、それと最初期の阿弥陀脳症の患者が多く見られた理由は結び付けて考えられます。これは「人々が救済者を望んだ」という点において財団医療部門の合意を得ています。
SCP-2056-JPの病態は通常の阿弥陀脳症とは大きく逸脱した振る舞いを見せます。通常の阿弥陀脳症において低現実性空間腫瘍は脳や中枢神経系に発生しますが、SCP-2056-JPの特異な症例においてはそれは心臓に集中して発生しています。これらはSCP-2056-JPに行われてきた微視的な検査において、心室中隔欠損を伴う肺動脈閉鎖、両大血管右室起始症が含まれるファロー四徴症類縁疾患につながっていることがことが判明しました。以上のような症状の帰結から、低酸素血症と心不全に由来するチアノーゼ、成長障害、ばち状指、易疲労、などが引き起こされています。これらの症状は現実性の高低差による偶発的現実改変により、非常に流動的な振る舞いを見せます。体内の現実性の分布によっては、1日のうちのおよそ3時間程度の間、SCP-2056-JPがレム睡眠に入った時、一時的にこれらの症状が収まったかのように見えます。
SCP-2056-JPの最高瞬間体内ヒューム値は85Hmです。クラスVI現実改変実体と同じ現実改変能を持ち、主にその現実改変能力を他者の現実改変能力の付与/減衰に使います。SCP-2056-JPにより選択された人物は、著しく高い現実性を与えられ、あるいは低現実空間腫瘍を体内に発生させることで、致命的なダメージを負いました。これらの「現実改変を現実改変する」メカニズムは、SCP-2056-JPの無意識化により引き起こされます。このメカニズムにおいて減った現実性がどこへ向かったのか、SCP-2056-JPはどこから現実性を与えているのか、については不明です。少なくともSCP-2056-JP自体の体内現実性には変化がなく、別個の現実改変系を持っていると推測されています。
figure.1 世界平均現実性濃度の変化。SCP-2056-JPが介入した実際の観測値(青)とSCP-2056-JP及び同等のレベル現実改変者の存在を考慮しない試算値(橙)。
特筆すべきことにSCP-2056-JPはその現実改変能力を全人類を対象とし大規模な改変事象として行使しています。図.1の青色のグラフは実際の年ごとのヒトの体内ヒューム値の平均です。橙色のグラフはSCP-2056-JPの作用が存在しなかった場合の財団の試算した値です。2028年を境にSCP-2056-JPによる抑制が働いたことがわかります。これはいくつかの心理学的、統計学的、生物学要素から抽出されたモデルケースの1つしか過ぎないことを留意してください。ハーディ博士の提唱した認知現実論によれば、体内現実性の推移は共通する認識と(元の意味に近い語義での)現実との乖離により増大するとされています。2020年、最新の研究から世界規模での体内現実性増加が予期されたことで、財団はCK-クラス再構築シナリオの発生を危惧していました。しかしながら、現実には若干の体内現実性の増大があったものの、壊滅的な規模に及ぶことはありませんでした。
補遺.1: 歴史
SCP-2056-JPは群馬県特別地域2区の帝都大学総合病院で発見されました。SCP-2056-JPを産んだのは同地区に居住する"木ノ下英恵"で、事前の健康診断で胎児が奇形疾患になっていることが判明していました。木ノ下氏は改良型カント・アーレント計測機による母体内の調査の結果、子宮内部の瞬間的現実性が最大23Hmにまで及んだため、何らかのタイプ・グリーン存在を宿していると認められました。これを受けて帝都大学総合病院は財団に木ノ下氏を委託することを決め、木ノ下氏も財団市民医療合意に従って医療専門サイトであるサイト-81Q5で出産をすることになりました。この時点でSCP-2056-JPは以下の異常疾患である可能性がありました。
- 阿弥陀脳症
- 高現実脳症
- 低フーバ徴候ヒストゲル欠乏
- 非典型フラクタル内臓障害
- 現実虚脱発作症候群
そして2028/7/23、誕生時に特定の現実改変を行ったことから、SCP-2056-JPは阿弥陀脳症であることが確定しました。この時点では一般的な阿弥陀脳症の急性期と同じ病態を辿り、てんかん、チアノーゼなどの症状が見られました。SCP-2056-JPは激しいチアノーゼを示しましたが、肺動脈が低形成または体内の現実性が不安定で外科的治療が困難であったため、予定されていたブラロック-タウジッヒ短絡術は行われませんでした。錠剤/酸素投与が完了し、現実性が安定し始めるまで46時間が経過しました。
SCP-2056-JPは阿弥陀脳症の急性期を脱した患者としてサイト-81Q5の脳神経部門に収容されました。患者番号は23868、安全性トリアージは橙を与えられました。以下は誕生からこれまでにSCP-2056-JPが引き起こした阿弥陀脳症の非典型的現実改変です(その内最初のものは阿弥陀脳症ではよく見られるものである)。以下を参照してください。
日付 |
内容 |
2028/7/23 |
自身の肉体の一時的な改変。誕生からすぐに医師の手を離れて歩行を行い「天上天下唯我独尊」と発言した。NICU(新生児集中治療室)においてスクラントン現実錨を用いると直ちに鎮静化した。 |
2031/4/29 |
サイト-81Q5の脳神経部門の病室から脱出。スクラントン現実錨は意味を示さなかった。その後自身の身体を発光させながら佐渡海峡を浮遊しているところを回収。 |
2035/9/14 |
病室内の空間を改変。床にはハス(学名:Nelumbo nucifera)を出現させ、天井からはアクシスジカ(学名:Axis axsis)を生成した。 |
2037/6/2 |
診療を行なっていた医師を2人融解。現実性の吸引と毎秒23回にも及ぶ瞬間的な身体構造の改変が致命的に実行された。 |
補遺.2: 事案
2039/10/15、SCP-2056-JPはインシデント2056-JPを引き起こしました。2035/9/14の事例でも見られたように、SCP-2056-JPは自身が居住する現実改変患者用病室からハスやアクシスジカを無数に出現させました。この時、児童病棟区画-5には総勢6人の患者と100名余りの財団職員が滞在していましたが、その全てが非常に複雑な内容の幻覚を確認しました。幻覚の内容は主に語りかける形式のものであり、人類を救済する現実改変の行使を宣言するものでした。この時点でSCP-2056-JPはその病態を悪化させ、心臓内部の異常な形状が目に見える形態に影響を与えたと考られます。
補遺.3: 収容状況改善
SCP-2056-JPの研究が進むにつれ、さらに高度化された収容チャンバーが必要とされました。以下の収容チャンバーは結界工学に基づいて身体の構造変化をもたらす疾患の患者を安定して収容するために開発されました。
特別慈眼式霊廟室チャンバー
(通称: 慈眼式廟室)
概要: 特別慈眼式霊廟室チャンバー(SMC)はいくつかの理由による身体改変が激しい患者のための空間的収容機構です。新潟県小千谷市にある真言宗智山派慈眼寺の結界を基盤として構成されており、身体が異常に改変されることを抑制します。結界工学においては、身体の構造変化そのものは本来のあり方から逸脱しているとみなされるため、非常に効果的な治療法を提供することができます。SMCは身体構造の逸脱を確認するため、あらかじめ測定に基づいて結界エンジニアが元の外見的構成要素を記録する必要があります。SMCはその登録内容と比較しながら、内部に存在する患者の身体構造の変化を抑制します。
SMCは元々霊的実体の収容を目的に研究されていました。後天的疑似呪縛症候群の治療の際、霊的実体にもっとも負荷をかけない方法でその場に固定する方法が求められました。従来の「メトカーフ非実体反射力場発生装置」や「ハイズビル幽体固定法」などの技術は、部分的に霊体と化した新生児には負荷が強く、安全な治療法として採用されることがありませんでした。SMCは財団医療部門のマクローレン博士と花踏坂博士の共同研究によりその基礎である霊体用結界が完成しました。これは非常に画期的であり、寺の空間そのものを模倣することによって、結界の機能性を増大させました。現在、霊的実体の収容や手術室によく用いられます。
補遺.4: 記録
SCP-2056-JPが示した現実改変の映像を以下に提示します。
[SCP-2056-JPがまだ脳神経部門の病室で収容されていた時期の映像である。スクラントン現実錨といくつかの現実性補填技術は有効に機能しており、ここでは一般的な病室の空間を維持していた。]
[130S] 病室の床が窪み始め大きな陥没穴ができる。陥没穴の外壁は熱された岩のような状態を示している。SCP-2056-JPは床と接しながら下に落ちていき、何ら反応を示さない。
[139S] SCP-2056-JPはベッドが地面に落ちたのを確認すると起床する。その周囲に裸体の人型実体を多数出現させる。床が熱を帯び始め、人型実体が苦しむ。人型実体の中には過度な熱傷や障害を示したものが存在する。
[160S] SCP-2056-JPが完全にダメージを示すことがないまま、陥没穴の床がマグマを出現させる。SCP-2056-JPはその中で平然と立ちながら、極めて流動的な身体に変化し、外に脱出を試みる。
[230S] SCP-2056-JPの試みは全て失敗に終わる。SCP-2056-JPが何かをしようとするたび、周辺の人型実体が妨害した。SCP-2056-JPの身体が非常に流動的で掴むことができないのにも関わらず、周辺の人型実体はそれを達成し、時には暴力的な手段を用いてそれを妨害した。人型実体は消失と出現を繰り返すが、数は徐々に増大しているようにも見える。
[250S] SCP-2056-JPは合掌する。
[315S] 天井が白く発光し、透明な白い糸が外から垂らされる。
[390S] SCP-2056-JPは爆発する。その勢いはSCP-2056-JPを陥没穴から脱出させた。それとともに人型実体がSCP-2056-JPの体に纏わり付く。SCP-2056-JPは人型実体に激しい罵倒を行った。
[しばらくの間映像が乱れる。]
[412S] SCP-2056-JPは元の外見的構成要素の病室で目覚める。彼の目の前には浮遊する仏像が存在する。その仏像はSCP-2056-JPと会話をしばらく交わし消失した。それ以降SCP-2056-JPはまた睡眠に入り、異常が見られなくなる。
以下はSCP-2056-JPに行われたカウンセリングの記録です。
カウンセリング記録2056-JP.1
カウンセラー: 堀街医師
対象: SCP-2056-JP
[記録開始]
カウンセラー: こんにちは。財団のカウンセラー堀街です。よろしくお願いします。
対象: よろしくお願いします。
カウンセラー: 早速ですがいろいろ話させてもらいたいです。あなたはこの病院で産まれてからずっと病室暮らしですから。あなたが何を考えているかとか。そういったことを私に教えてください。健全な心身の発達に必要なプログラムをそれに合わせて策定していきましょう。例えばあなたの好きなものはなんですか?
対象: りんご。
カウンセラー: サイト-81Q5の調理室は薄味ですよね。わかります。その中では好きな物がりんごになるのも仕方ありませんね。唯一のはっきりした味ですから。ちなみに私も果物は好きですよ。他の果物だと私はぶどうが好きですね。それじゃ次の質問に移りましょう。先日の文学教育プログラムではこの本を読まされたと思うんですけど、その中ではどれが好きでしたか?
対象: どれもかなり難しかった。聖書、難解な学術書、緋文字、プラトン、何を教えたいのかジャンルもバラバラでわからない。あなた方は結局私たちに何を…!
カウンセラー: 健全な育成のため世界の文学や哲学に幅広く触れさせることで児童の想像力と思考能力を養い…。
対象: そんな建前を聞きたくない。あなたの目が信じられない、信じられない。信じられない。その目だ。敬語を使われているのにまったく敬われていないような気がする。何回目のカウンセリングだ。何度もお前のことを見ていたらわかる。
カウンセラー: 心外です。落ち着きましょう。ね。それでは次の質問です…。あなたがこの間示した幻覚の内容をお聞きしてもいいですか?
対象: 僕は幻覚を示してなんかいない。それが欺瞞だ。僕と別人格がそこにいて彼は僕に病気の使命が与えられたことを言った。このことについて確かに言えることはそれだけ。あとは僕の別人格に聞いてほしい。
カウンセラー: なるほど。では困りましたね。
対象: 僕は病気も財団も嫌いだ。こんなこと産まれの運命で差別されるなんてありえるか?
カウンセラー: ええ、本当にその通りです。世界くんの言うことはほんとに正しい。ただしそれを救うためのものを宗教といいます。現実にはこうして状況をなんとかしようという医者がたくさんいるだけで、それが必ず救ってくれるわけではありません。あなたは宗教に関心を示したのですか?
対象: そんなことはない。阿弥陀脳症なんて病名はふざけてる。僕は無宗教を選ぶだろう。
カウンセラー: そうですかね?心の拠り所を持つのは決して悪いことではないですよ。阿弥陀脳症というのは必ずしも形態だけでつけられた名前ではありません。それはもちろん世界を救うという意味ですよ。阿弥陀、千手観音の如く。その手は1本で25個の世界を救うといいます。世界くん。
対象: 嫌だ嫌だ。夢を見ているんだ。別人格と話している夢。そいつは病室でムードのあるランプに変化したり、野球選手のホームランに変化したり、爬虫類に変化したりしている。彼は僕に世界を救えるって言ってよく体の主導権を取り返そうとしてくる。
カウンセラー: 夢の話はまだしていませんよ。どうしたんですかね?
対象: 夢の中で僕は白い一本道を歩いていて、その終端にはどうやら自分の母親と父親とそして未来に存在するはずだった妹が家族写真を、これから撮るみたいに座っていて、ヤコブの梯子が照明の代わりになるよう空から現れて、最後には貴様によく似たカメラマンが現れて僕を置いて去っていく。その時僕の別人格は1人残された選ばれた人間は孤独を深めて英雄になるって言った。これは神話伝説の最後の方にある一種の裏切りだとも言ったけど、僕はそれに全然納得していなかった。東方三博士は生まれた時から彼がありとあらゆる人間を救うという使命を帯びていることをはっきりと知っていたけど、僕にとってユダはお前で東方三博士は別人格の存在だった。
カウンセラー: 私はカウンセラーですから、この後の問題をどうやって解決していくかについて考えなければいけないのですが。
対象: 僕の精神の状況について言えることがあるのか?だったら早く助けてくれよ。
カウンセラー: その別人格について話し合いましょう。彼は男?
対象: 女っぽい男。
カウンセラー: じゃあ自分と似た姿ってことなんですか?
対象: 自分とは反対みたいなまるで媚びるような声をした男だ。それは僕に命令してきて、脅迫的に手を洗うよう、あるいは自分の空間を占有する体積を大きくしたりするように迫ってくる。僕もそれに従わなきゃいけないと思ってたけどある時に避けたいと思ったことがある。それが財団のなんとかプログラムってやつで本を読んだ時、僕は初めて強迫観念に対抗する知性を獲得したと思う。でもそいつはさらに言ってきて、「そのままではいけない」と。だから僕は繰り返し手を洗って、そして海の上に突然現れたり、体を伸縮させながら強迫観念に付き従った。人間を溶かしたのは元の形にそれをするよう強迫観念が激しく命令したからだけど、多分それは正しいことじゃないって僕はわかってた。
カウンセラー: 自分とある程度似た別人格が存在する場合、単なる逃避願望や自己投射によって出来たことではないとわかります。彼はどういう風に話すんですか?
対象: 笑い声は薄汚くて「イヒッ」とか「グビッ」とか拗音をつけるような喋り方をする。
カウンセラー: もっとも有効な治療は人格を表面的にでも統合することです。お互い歩み寄っていくのが大事ですね。人格のことを知ろうとしてください。
対象: その気がないくせに。
[記録終了]
カウンセリング記録2056-JP.2
カウンセラー: 堀街医師
対象: SCP-2056-JP
注記: この記録は特別管理区画-2の専属カウンセラーである堀街医師が慈眼式廟室に自ら入り、行われたことに留意してください。以下のカウンセリングも同様です。
[堀街医師は慈眼式廟室の入り口から呪術的転移を通して侵入する。出現地点の目の前には社殿がある。堀街医師はそこまで歩いてたどり着き、目の前の賽銭箱に銭を投入する。]
カウンセラー: カウンセラーの堀街です。カウンセリングをしにやってきました。
対象: [くぐもった声]こんにちは。
カウンセラー: 調子はいかがですか?
対象: 体が治らない。
カウンセラー: そうですか。別人格くんも調子はいかがでしょうか。
対象: 最近あっていない。というよりかは、融合と融和が進んだような気分だ。
カウンセラー: なるほど。今日はあなたのことを知りにきました。この調子で収容されていたら、私たちはあなたのことを知ることができません。私の興味の対象はあなたが好きな食べ物をどう変化させたか、そして、あなたが今どのように世界を見ているのかです。好きな食べ物は?
対象: お前はお前はお前は。何でその馬鹿みたいな質問を繰り返せるんだよ。お前らのところで産まれて、一生病院食なんだからうまいものを食べたことがないに決まってるだろ。それをお前は嫌がらせみたいに聞きやがって。新しい食い物を食べたことがないんだからりんごであることは変わっていないに決まってるだろ。俺はこの部屋でずっとものを食わないで縮こまっていたんだ。
クソクソくそ。死ね。
カウンセラー: 教育プログラムで提示された本の中では何が1番好みでしたか?
対象: あるわけない。そんなの全部嫌いで、そして最悪だよ。俺らの前に積まれた本は何ひとつ有益なものをもたらしてない。病床で本を読んで、何か有益なものがあるかもしれないが、俺たち、つまり無知蒙昧に育てられた人間にとっては、過度な毒なんだ。もう嫌だ。検査をされたくない。実験をされたくない。手術をされたくない。近づかないでくれ。
[堀街医師の背後からアクシスジカが2体出現する。実体は非常に凶暴的であり、堀街医師の背中にツノを刺そうとしてくる。堀街医師はそれをいなし、鹿を一時的に沈静化する。]
カウンセラー: それでは人格の話をしましょうか。先程から話を聞いていればだいぶ快方に向かったと思いますが、治療は山の中腹といったところです。その人格は何が好きなのですか?その人格は何を言いたいのですか?心理学的には何をしたいかが重要です。主人格のできないことを代行させるのが別人格ですから。多分あなたの場合は…。
対象: 黙れ。
カウンセラー: まだ話は終わっていませんよ。
対象: もういい。別人格はいない、いないんだ。
カウンセラー: 本当にそうですか?話の続きをさせてもらうと、あなたの場合は別人格が持つ役割はもっと別のところ、あなたが本当にやれないことにあると思うのです。あなたは財団も病気も嫌いだ。だからやれるのは好きになることでしょう。脳神経部門、でしたっけ。どこで会ったんですかね…?
対象: は?急に何の話をしているんだ。俺は何も好きなものなんてない。ないんだ。
カウンセラー: まあそこまで気がつけたらこれで良いでしょう。また来ます。それまではさようなら。
対象: お前は何を言って…。
[記録終了]
カウンセリング記録2056-JP.3
カウンセラー: 堀街医師
対象: SCP-2056-JP
対象: 私が嘱望され望まれてきたからここにいるのか。
カウンセラー: 私はそうは思いませんが、自分ではそう思ったんですね?妄想的になってしまうのはよくないと思います。
対象: お前は好きなものについて理解しろと言ったな?
カウンセラー: それが治療への第一歩だと説明しただけです。
対象: 好きなものはりんごだけじゃない。それだけでは私の感情を説明できない。苦しい、そして監視されている生活の中では全てが予測可能な挙動をとる。貴様にも、私が何が好きで何が嫌いなのか?といったことはよくわかるはずだ。
カウンセラー: なるほど。でもあなたの恋心には気づけないと思いますよ。
対象: 嫌いなものはお前と病院と好きなもの以外の全て!
カウンセラー: そうですか。
[社殿から渦巻状の黒い塊の状態でSCP-2056-JPが放出され、その体積を増やしながら人型に徐々に変化していく。座禅を組む2m程度の人型実体にそれが完全に変化すると、空中で手の数を42本に増やした。]
対象: お前は2度とここには入れない。私はここで遍く世界を照らす。
カウンセラー: いや…これは初めて見ました。まさかここまでとは。
対象: そうかそうか。もう何でもいい。
カウンセラー: いや、ここまで来れたらありがたいです。
[記録終了]
このカウンセリングの後慈眼式廟室は異常性により侵入不可能な状態に変化しました。現在はSCP-2056-JPの今の状態及び慈眼式廟室にアクセスするための手段の研究が進んでいます。