他言語版と衝突するような番号や未解放の番号への投稿は禁止されています。このような投稿が確認された場合、サイトスタッフがJP側のURLと番号を変更します。
──SCP投稿ガイド内、「初めての方向けのSCP-JP投稿ガイド」より抜粋
SCP-4999-JP
発見地点付近で掲示されていたチラシ。
アイテム番号: SCP-4999-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-4999-JPは、サイト-81██所在、高危険度小動物用飼育房に収容してください。SCP-4999-JPには標準のラットと同様の食事が与えられます。実験時以外、いかなる人間もSCP-4999-JP飼育房の半径10m以内には侵入してはいけません。
説明: SCP-4999-JPは、ラット(Rattus norvegicus)に類似した実体です。毛色は赤色であり、SCP-4999-JPの血色と一致しているように見えます。背中の広範囲にわたって、頭足類のものと類似する、10cmほど、20本以上の触手群が発生しています。
SCP-4999-JPは、周囲10mの人物の背中に、これらの触手を移植します。移植された触手は、日数が経過するごとに最大50cm程度にまで成長し、数も最大で80本程度にまで増殖します。一方で、移植された人間は、以下のような身体的変容が発生し、最終的には死に至ります。
移植後4日〜1週間: 背部の違和感、軽い栄養失調
移植後1週間〜1ヶ月: 背骨の痛み・損傷、気力・食欲の低下
移植後1〜3ヶ月: 起立・歩行不能、重度の栄養失調、言語野の萎縮──
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布団の中の足が泳ぐ。窓越しの太陽に当たって、瞼の表面が震える。自分という存在が、海の底からベッドの中へと打ち上げられるように意識が醒めた。
思考が纏まるにつれて、さっきから脳に響いていた煩わしい音が、スマホと置き時計が放つアラームの音であることに気がついた。左手で時計の、右手でスマホのアラームを切る。示していた時刻は14時。そして今日は木曜日の時間割……3時間目には間に合わないし、4時間目だって、今から行っても大遅刻だろう。……ベッドの布団を腹の上まで戻した。
握ったスマホの上、惰性で指を動かしてSCP財団の新着記事をクリック。一番上から目を通す。──これは僕がSCPを書くようになってしばらく経った後に始まった悪習だ。昔、記事を書いていた頃はその中に混じる自分の記事を読んで、ああやっぱり自分の書いた文章はいいなあなんて思ったり、周りの新着記事とは別格の評価を受けている(思い返すと大して差はない、しかし高揚していた自分にはそう見えた)ことを確認したりしていた。書きもしなくなった今その悪習を持ち続けている意味はない。だから今こうやってページを覗いているのは、畢竟するとこれは打ち上げられた現実からのわずかな逃避、二度寝のようなものであった。
さて、最新の記事、その一番上にあったものは……"SCP-4999-JP"。
なるほど見ない番号だ。念の為、今解放されているSCPシリーズを確認したけど、やはり4000番台以降は解放されていない。ということは……単に番号を間違えたんだろう。こう言う記事はあまり面白くはないというのが相場だが、一応読んでみる。
このテの記事には珍しく、フォーマットこそ整っているのは意外だったが、異常性が少し粗めであり、アイデアをそのままぶつけたみたいだ。作品として見ても、設定だけ書かれていて、物語としての面白さはあまり感じられなかった。いや、本当はフォーマットすら整っていないと評するのが適切だろう! 元々、SCP-JPはシリーズ-Ⅳ-JP……3999番までしかないのだから。評価は-14、ディスカッションにはスタッフが削除の日数メーター──自分のものでもないのに、どこか身構えてしまう──を取り付けていた。
この記事ではあまり心を動かされなかった。新着記事一覧のページに戻る。別の記事──オリジナルがなければ翻訳記事でもなんでもいい──でも読んで目を改めなくちゃならない。
ページを戻すと、一番上には相変わらず"SCP-4999-JP"という名前が居座っていた。そして、僕はその番号を思わず二度見した。正確には、字の右横、"SCP-4999-JP"を投稿したユーザーの名前を、驚きをもった目で見たのだ。
この記事は、僕のアカウントから投稿されている。
財団記録・情報保安管理局 データベース異常記録
2025/12/11、SCP財団日本支部データベースにおいて、不正な番号である"SCP-4999-JP"というアイテム名が割り当てられている報告書が作成・登記されていることが確認されました。スクリーニングの結果、報告書自体に異常性は確認されなかったものの、プロトコルで指定されたサイトにおいて類似するオブジェクトを確保したという記録は存在しません。現在データ隔離を試みるとともに、報告書の投稿者とされるグラーヴェ博士には、後日聴取を行う予定です。
実技試験#4000-JP
ブックマークから辿った僕の著者ページには、記事リストの最後に"SCP-4999-JP"の文字があった。更新履歴から見ても、やっぱりあの記事は僕のアカウントが上げていることになっているらしい。
最初はアカウントが乗っ取られたと思っていたが、パスワードは変わっていない。それどころか、設定もメッセージ履歴も、僕が1年以上前に手を入れたままの状態だった──最近の活動の中に昨日SCP-4999-JPを投稿した、という記録がポツンと残っているのを除いて(ここで初めて気づいたのだが、このSCP-4999-JPとやらはコールドポストだし、画像もどこかからの直リンだった。アカウントを乗っ取って、サンドボックスとかファイルストレージとかをチマチマいじってるのはそれはそれで変だけども)。
SCPの中で──インターネットの世界で何が起ころうと、日常は続くし勉強だってしなくちゃならない。どうせ誰も気づかない、と昨日着た服をそのまま被って、4限の教科書とiPadをリュックに放り込んで、何も食べずに下宿を飛び出して、地下鉄のホームで電車を待った。
ここに住み始めたのは2年前。東京の大学に行くには、地元は遠すぎる。
僕の地元は人が少ない。頭のいい人もあんまりいない。だから小さい頃は、ちょっと画数の多い漢字を読んだら褒められた。幼稚園で8の段を諳んじたら天才と言われた。共テ模試で7割取れたら最上位層だった。小さい時からずっと、東京に行って頭のいい人間と一緒になることを望まれていたし、僕もその期待が正当なものだと思っていた。だって僕は皆に認められた天才だったから──
結局受験戦争はキリキリに勉強した結果の辛勝、得点率で言えば、下から数えた方が早い部類だった。最初のうちは、大学に入ってしまえばこっちのものだ、自分より頭のいい人間が腐るほどいる環境は僕を成長させるのにピッタリだと意気込んでいた。例えば、背伸びをし続けた人間が自然と身長を伸ばしていくように。実際大学の門を入れば、確かに頭のいい人間ばかりだったのだ。
でも、入学してしばらく経って、彼らが、僕とは比べ物にならないほど"できる"人間であることを否が応でも知らされた。僕が何時間も頑張ってできないことを、同じクラスの人はものの数分で可能にしていた。しかも、彼らは何十時間も、何日も平気でやっていられた。彼らと僕とは、何かが決定的に違った。その何かをまだ僕は言葉にできていない──言葉にできない壁が、僕の頭の中に聳え立って僕自身をだんだんと閉じ込めて行った。
そんなわけだから、1年の春休みに地元に帰ってきた時、僕は疲れ果てていた。家族の前で、自分がいくつかの単位を落としたことを言った。期待に添えなかった、と謝った。
母は、大学でいくつか単位を落としたり留年することは当たり前のことだと笑っていた。もし勉強についていけないのなら、何ヶ月か休みをとって、どこか別の場所に旅をしてみるのもどうだろう、とも勧められた。母に自分の目を見られた時、心の奥で、ビリッとした痛みが走った。
そうか、僕はもともと普通の人間だったんだ、と思った。
僕は休みこそしなかった。留年も、なんとか免れた。でもそこから浮き上がることもなかった。普通の、ここの大学の中ではそこそこ頭の悪い生徒として、静かに大学生じゃなくなるのを待っていた。もう天才だと言われることもないだろう。
ふと目の端に、何かの影が走った。さっとその方向を向くと、明らかにその場に不釣り合いな赤色をしたネズミが、壁の際でこちらを見ている。目が合うとさっと横を向き、血のような毛色をした胴体の全貌が見える。その背中には、「頭足類のものと類似する、20本以上の触手群」が、生えていた。
"SCP-4999-JP"が、目の前にいる。
実技試験#4999-JP
僕は、夢を見ているのだろうか? それとも幻覚? 例えば、そう、赤いネズミとかアカウントの乗っ取りが、夢占いでは重要なモノだったりするのか? 手足は思ったように動く。皮膚を摘んだら痛い。夢には到底思えない。
あるいはこう考えられる。あのネズミを偶然目にした人間が、どうしても誰かに伝えたくって、わざわざwikidotのアカウント──今となってはほとんど影響力もない、死に体のアカウント──をハッキングして、フォーマットも読まずに適当な番号で投稿した? 流石に無理がありすぎる。変なことが起きて、それを伝えたいならSNSで投稿すべきだし、それも自分のアカウントでやるか、ハッキングにしてもそこそこの有名人を狙うべきじゃないか。
実家でファンシーラットというペットを飼っていたことがある。アルビノのネズミだった──色素が体で作られないため、体色は白い。しかし目だけは、眼底の血液が透けて赤い色に見えるのだ。対してこのネズミは全身が、その目のように真っ赤である。こういう品種は見たことがないし、自然に発生するとも思えない。
……であるなら、まさかまさか、僕は、本物の"SCP"に会ったのか? いや、そんなことこそあり得ない。
SCP財団は作り話だ。SCPオブジェクトは存在しない。ガイドにも書いてあることだ。
──少なくとも、あの記事がマトモに"SCPオブジェクト"として認められたのであれば。
スマホを立ち上げて、再び"SCP-4999-JP"を読む。本当にあのネズミがこのオブジェクトだとしたら、記事の中に、何か事態を打破するヒントがあるはずだと思ったから。評価はさっき見た時よりも2つ減って-16。名前を勝手に使われた僕ほどじゃないが、つまらない記事を読まされるのも気の毒なものだ。
記事の名前は、相変わらずSCP-4999-JPという未開放の番号だ。オブジェクトクラスは飛ばす。こっちの人間にとって見慣れないものは全部Keterだ。特別収容プロトコルを見ておかなきゃ。少なくとも財団世界においては、特別収容プロトコルに従いさえすれば、そのオブジェクトは安全に取り扱うことができる。プロトコルに沿えば、あれを見たことに対して何か自分なりの対処ができるかもしれない……
SCP-4999-JPは、サイト-81██所在、高危険度小動物用飼育房に収容してください。SCP-4999-JPには標準のラットと同様の食事が与えられます。実験時以外、いかなる人間もSCP-4999-JP飼育房の半径10m以内には侵入してはいけません。
「えっ、これだけか……」
あまりにも不親切すぎる! こんな狭い地下鉄の中で、あんなにすばしっこく走るネズミに、どうやって10mの距離なんてとるんだよ、というツッコミを入れる。10m以内に入ったらどうするのかも書いておいてくれないと(それとも、記事の中では10m以内の人間はみんな死ぬ設定なのか?)困るし、実際僕とネズミとの距離は明らかに10mを切っていた。
というか、自分のサバイバルガイドとしての機能以前に、そもそも特別収容プロトコルとして不備が多い。
確かにあれはネズミっぽいし、小動物用飼育房に入れるのは一見正しいように見えるが、触手が10cmもあるのだから、普通のケージに入れたら窮屈だろう。そして、人間にその触手を移植すると「軽い栄養失調」になるんだろ? じゃあ触手の植わったラットは、普通のラットの食事量だと足りないんじゃなかろうか、などなど、一読しただけでは気づかない文句がどんどん出てくる。自分の名前を借りて出した記事がこれかよ、なんて呟く。
ただ、そんな文句を僕が言う権利があるのだろうかとも、ふと、思ってしまった。
僕は最近記事を書けてない。それに対しては何か理由があるわけではない。SCP財団には、4年前……高校生の頃に登録して、3年前には著者ページを作った。今まで作ったのはほとんどSCP記事で、Taleも少し書いた。SCPの公式コンテストでいいトコまで行った実績はあるし、顔馴染みのメンバーに共著に誘われたことがあるくらいは、メンバーの中で嫌われてはいないはずだ。
僕の活動としての最盛期は高校3年の時──まだ、僕が「天才」になりえた時だ──受験勉強でのストレスをぶつけるために、あるいは国語力とやらを鍛える名目の元で、時には勉強を放り出してどんどん記事を書いて行った。塾の自習室で必死に改稿したことさえある。
グラーヴェ博士、という名前がふと頭をよぎった。僕が、財団の中での分身として作ったキャラクターだ。確か、19歳で博士号を取得し、異常の世界にするどく切り込んだ論文を書いて財団の目に留まり、そのまま雇用された、という設定だ。今考えるとちょっと恥ずかしい。良くも悪くも、僕が僕を「天才」だと思っていなければ出せないキャラだった。グラーヴェ博士は、財団の中でどう動いてるのか……は、あんまり想像できない。天才キャラを作るのも考えもの、ってことだろうか。
記事を書かなくなって、数えてみればもうすぐ2年になる。受験のためにネットを離れてそれっきり──他の人からは、そう見えてるだろう。もちろん書かなくなった後も、SCPになりそうなアイデアは頭の中にたくさんあったし、そのいくつかはメモ帳に認めていた。本気を出せば、それを投稿して、なかなかの評価を受けることだってできたはずだ。
ただ、それらを記事にできたことは今までない。大学の勉強が出来なくなるにつれて、かつては自信を持って書き上げたアイデアさえも、見るのが恥ずかしくなっていたのかもしれない。記事を投稿する喜びよりも、削除されることに対しての、恐怖とか悔しさとか、どこか、自分の尊厳が毀損される感覚が上回ったその時から、可能性の芽は頭の中に閉じ込められた。それらのいくつかは、記憶が薄れて、永遠に思い出せなくなった。生き残っていたものも、こんなSCPが投稿できればきっと高評価だろうな、なんて無駄な期待の中で永遠に生かされていた。メモ帳も、大昔にコートのポケットに放り込んで散歩に出て帰ってきたっきり見ていない。結局いつの間にか僕は、現実世界だけじゃなくて、SCP著者としても、「天才」じゃなくなった。
僕が我に帰った時、赤いネズミは消えてしまっていた。結局、あれが正確にSCP-4999-JPだったのかはわからない。とにかく、目的の電車はいつの間にか駅に停まっていたから、急いで乗り込んで、駅から去った。
さっきの報告書にそっくりなネズミは、お前はこんな下手くそな報告書ひとつ書けないんだろ、と僕を笑うために出てきたのだろうか、なんて被害妄想じみたことを考えてみる。実際あのネズミと報告書は不思議に一致している。無関係とは思えない。
それなら、報告書を消せば、あのネズミはいなかったことにできるだろうか。やってみる価値はある。仮に無関係だとしても、質の悪い記事が僕のアカウント名を引っ提げているのには、不気味さを通り越してだんだん腹が立ってきた。
「……自主削除するか」
SCP-4999-JPが完全に消えるまではおおよそ30分、自分の通学時間(と、乗り換え時間)の大半を吹き飛ばすくらいの時間がかかった。昔、評価がマイナスに崩れた記事を苦し紛れに削除したときはもう少し手順が簡単だったような気がするが、それよりも長らく書いていないことへの不慣れの方が理由としては大きいかもしれない。ため息をついている間もなく、電車は止まってドアが開いた。大学まで歩いて15分もかかるその「最寄り駅」を降りて、僕は教室近くの小さい大学門めがけて走っていった。
財団記録・情報保安管理局による覚書
我々財団記録・情報保安管理局は、財団によるオブジェクト報告書において使用されるアイテム番号について、支部ごとに幾分かの制限を設けております。どこか堅苦しさを感じられる方も多いとは思いますが、これらの、いわば"官僚主義的"措置については一定の事情があることをご理解ください。
理由の1つ目は外部からの攻撃です。財団データベースを対象にクラッキング──悪意あるハッキングのことです──が発生し、フェイクの報告書が差し込まれる際、往々にして範囲外の番号であったり、フォーマットが著しく崩れたものとなる場合があるのです。今まで財団データベース内に、外部より悪意を持って投稿されたファイルの80%以上は、アイテムの名称・あるいはフォーマットのどちらかに著しい逸脱を有していました。有害なファイルを特定する識別信号として、フォーマットやら番号制限やらといった、一見すると意図の分かりづらい法則は大いに役に立つのです。
加えて、悪意のないものだとしても、それが既存の番号制限から逸脱している場合、報告書が、独自の番号制限に従っている──報告書が、基底現実と異なる由来を持つ──可能性が否定できません。現実世界において存在しないオブジェクトやセキュリティクリアランス上閲覧が不適切な情報を多分に含みうるため、これらもまた、データベースから隔離されるべきです。
皆さんが一般的に報告書を記録する時、定められた範囲を逸脱するアイテム番号の投稿は技術的に不可能となっていますから、故意に逸脱した名称を付与しない限り、その科を負うことはありません。クラッキングなどで同様の報告書が発見された場合も、皆さんの目に認識災害的な文章が入ってくる前に、自動的にデータベースから削除され、日時、送信者、異常性の有無が検査されます。
ですので、もしあなたが通常では見かけない、奇妙な名前の報告書を見つけましたら、ぜひRAISA本部、または信頼できる上級クリアランス職員までお伝えください。何か私たちの知らないことが発生している兆しかもしれませんからね。
── RAISA管理官、マリア・ジョーンズ
僕が来た頃には、授業はもう中盤に入っていた。ドアを開けると、教授やら生徒やらの気まずい視線が一斉に僕を刺した。この授業を去年落としたのは知り合いの中で僕だけだったから、見慣れた顔がないのは幸いだった。
そこから30分間、僕はほとんど空虚な時間を過ごしていた。目線は黒板とプリントの間を往復していたけど、頭の中ではずっと、消えた報告書のこと、僕がその報告書の著者とされていたこと、うまく報告書にできず、閉じ込められたアイデアのことを考え続けていた。だから、授業から解放された後、悪い手癖のようにスマホを起動し、そのままSCP財団のサイトを開いた。すると、
SCP-4869-JP
・
・
・
SCP-4703-JP
・
・
・
「えっ、増えてる……」
消したはずのSCP-4999-JPが復活しただけではない。別の報告書──どちらも4000番台、しかもどちらも僕が投稿したことにされている──が、その上に2つ現れていた。乗っ取りの可能性はまだ捨てきれないし、赤いネズミは目の前から逃げただけで消えてはいないから、報告書がまた投稿されてることぐらいは想定の範囲内ではあった。ただ、別の報告書が増えるのはちょっと想定外だった。一応目を通したが、やっぱり異常性は粗いし、評価も厳しい。
僕は誰とも会わずに大学を後にした。電車内ではずっと、報告書が消せなかったことに焦っていた。この報告書はいつまで残るのだろう。自主削除してもまた投稿されていたから、例えば、低評価で消えても、また同じように復活するかもしれない。外から見たら、低評価で番号も合わない報告書を何度も投稿しているように見えるだろう。
スパム行為と見做される行動は禁止されています。
──サイトルール第三章、「義務と禁止事項」より抜粋
「もしかして、僕処罰されるのかなあ……」
あまりにも理不尽だ。自分は巻き込まれた側で、状況的には完全に被害者だというのに。最近報告書を書いていないのは事実だが、それでも今まで作品は読んでいたし、SCP財団によってできた友人だっていた。ここを離れたくはない。
良いことではない、とは思いつつ、自分のユーザーネームをSNSで検索する。幸い僕を直接糾弾する投稿はなかった……けど、これは必ずしも僕に対するみんなの印象が悪くなっていないというわけじゃないはずだ。もし今の状況をSNSか、もしくは財団サイトで言ってみたら、何か状況がよくなるだろうか? アカウントが乗っ取られて、しかも書かれた報告書が現実になる……信用性に足る告発がいまいち思いつかない。どうするか、と思いつつ、僕にはどうしようもないことだ、という結論しか出てこない。
空調音の中に、何かカサカサとした異音が聞こえる。間隔も音量も不規則──何か、人間か動物が動いている音? 立ち上がって、あたりを見回す。自販機の方から異音が聞こえた気がするが、あれは明らかに機械の稼働音ではなかった。よく目を凝らすと、自販機の横、ゴミ箱の丸い穴の中に、ネズミらしき鼻が動いている。異音の正体はこれか、と思ってそっと距離を詰めると、ネズミは穴の中から顔を出した。自分と目があっても、ネズミは逃げるどころかこちらを睨み返してきた。
ネズミの毛は、遠くからでもわかるような異様な色をしていた。とても……血のように赤い。そして、自分の方に飛びかからんとゴミ箱の穴から抜け出したその背中には、大きな触手が何本も生えていた。
SCP-4999-JPが、襲いかかってきた。
実技試験#4999-JP-2
距離は10m、いや、5mもない。左右は閉じたホームドアで阻まれている。ネズミは意外と走るのが早い──何か対抗できるものはないかと身の回りを探って、コートの胸ポケットに刺さっていたペンをとりあえず右手に握って構える。ゴミ箱から出てきたネズミに襲われたら間違いなく何かの病気をもらいかねない。その上、多分このネズミは病気どころじゃ済まないものを移植してくる。
しかし、どうやって? その辺、記事には何も書いていなかったぞ。特別収容プロトコル同様、肝心なところを書いてくれない……なんて、作者を恨みながら、ネズミをじっと見つめる。どうやってお前は襲ってくる? 僕を噛んで、触手を体内に送り込むか? それとも背中に回り込んで、直接植え付けてくるのか?
その時、あたりの視界がかなりぼやけていたことに気づく。自分の周囲に、いつの間にか煙のようなガスが漂っている。いつから発生したのかさっぱりわからないが、霧はどんどん濃度を増していって、目の前はたちまち覆われてしまった。このままだと、訳のわからぬままSCP-4999-JPに触手を植えられてしまう。
「うおあっ!」
霧の中目掛けて、僕は変な声を上げながらがむしゃらにペン先を刺した。軽い振動──そう、例えば、何枚か重ねた紙を突き破ったような感触が手のひらに伝わったその時、ペンを中心に風が渦巻いた。周りの霧はその渦に乗って、まるでペンの中に吸い込まれるように、どんどん消えていった。
霧が晴れた後、右手のペンが、SCP-4999-JPのお腹から、背中の触手までしっかりと貫通しているのが見えた。ネズミの死体にギョッとして固まっていると、ネズミの触手の先が黒く変色して、風化した石のように崩れていく。みるみるうちにネズミの全身は風化に飲み込まれて、数十秒もしないうちに、ペン先には何もなくなってしまった。
「消えた……のかな」
僕は、なんとなくSCP-4999-JPの記事を開いた。今日の朝報告書を消した時とは違って、今度こそ、この記事を消してしまえば復活しないのではないか、なんて思ったのだ。もし復活したらいよいよスパム扱いだぞ、とは不思議と考えなかった。何とか理屈をつけて、増えていく報告書を消したかったのかもしれない。朝よりも比較的無駄のない操作で、"SCP-4999-JP"は削除された。
ファンシーラットを飼っていたのは、小学3年生から4年生までの頃だった。ある日、散歩のために部屋の中に出したラットは高いところに登って、背中から床に落っこちた。僕は空中で暴れて、グエッ、と痛そうな鳴き声を上げるネズミを見た。
走って駆け寄って、体を抱えあげた。その後もできる限りのことをした。でももう、取り返しはつかなかった。外に出ても端っこで丸まるばかりになって、ご飯も食べなくなって、そのうち動かなくなって、冷たくなっていた。
自分の体とは不釣り合いな触手を生やされたSCP-4999-JPの歩き方は、ちょうど落ちた直後、僕は大丈夫だから心配しないで、と言わんばかりに走って行こうとしたラットのそれに似ていた。記事を消すとき、一瞬だけ、ペンの中に消えた紫の霧や、記事そのものと一緒に、ラットの思い出の一欠片──言葉として、写真として形になっていない何か──が、消えていってしまうような気がした。
財団記録・情報保安管理局 データベース異常記録
2025/12/11、不正なアイテム名の報告書として新たに"SCP-4869-JP"、"SCP-4703-JP"という報告書が登録されました。これらのデータベース異常は同一起源である可能性が高く、総称としてインシデント-4000-JPと指定されました。現在、クラッキングや多世界との交錯を念頭に調査が進められています。
なお、これらの報告書は全てサイト-81██に所属のグラーヴェ博士の名義で投稿されていることが特定されましたが、聴取において博士は「身に覚えがない」という旨の供述を行っています。
グラーヴェ博士の供述: はっきり申し上げますと、全くもって心当たりがないと言うのが事実です。データベース上に報告書が出現した時刻、確かに私はやや深い酩酊状態にあり、その間に何を行っていたかについては若干記憶が欠落しています。しかし、その時はすでに私は終業しており、保有する全てのデバイスでデータベースからの切断処理を行っていました。
日本支部管轄のオブジェクトに対して4000以降のNo.を割り当てることが禁止されているのは心に留めておりますし、実際サーバー内のシステム上ではそれらの番号の割り当て自体、不可能であるはずです。データベースのハッキングだとしても、私の分野ではありません。
それに、自分は既に他オブジェクトの研究をいくつか担っていますし、それの報告書さえも提出が滞っている状態です。存在しないオブジェクトの報告書を執筆するのに使う余力はありません。
……当初は、自分への当てつけだと思っていました。ご存知の通り、自分はここ数ヶ月の間割り当てられた回収オブジェクトの研究において、あまり目立った進捗を生み出せていないのです。研究が進まなければ、オブジェクトの性質もわからないし、その成果たる報告書だって書けません。おそらく自分がこの件で謹慎しても、所属サイトの業務にいくらかの支障が出ることもないでしょう……
その後は、SCP財団のサイトをいくら見返しても、SCP-4999-JPの報告書が再び姿を見せることはなかった。そして、現実のSCP-4999-JP……背中に触手の生えたネズミも。しかし……
実技試験#4869-JP
「もう、なんなんだよっ!」
次の日、僕はまた"SCPオブジェクト"と対峙していた。自分の家からスーパーマーケットへの道、アスファルトの上に、不自然にカカシが生えていて、僕の行く道を塞いでいた。
自分が右に動いたら右に、左に動いたら左に動く。正面突破しようとタックルを食らわせれば、今度はさっきまでの機敏さが嘘のように動かない。カカシの跳ねるトン、トンという音が、僕を無闇に焦らせた。
昨日、4999-JPを最初に消した時に増えた記事のどっちかが、こういうオブジェクトだったはずだ。流し見していた報告書を改めて読む。
説明: SCP-4869-JPは農業用カカシに類似した実体です。SCP-4869-JPは大まかに布と藁によって構成されていますが、頭部頭蓋内に相当する部分のみ、おがくずと複数のCPU(中央演算装置)によって満たされています。これらのCPUによって、SCP-4869-JPは、人間において大学卒業相当の知能を得ていると考えられています。
SCP-4869-JPは、近くの人間(以後、対象者)の進行方向に出現し、対象者の通行を阻むことを試みます;例として、対象者がSCP-4869-JPを避けて通ろうとした場合、SCP-4869-JPは対象者と同じ方向に進み、押して通ろうとした場合、逆にその場に止まろうとします。
SCP-4869-JPは、増殖性を持ちます。すなわち、1人の対象者に対して複数のSCP-4869-JPが出現するため、時間経過につれて対象者は全方向をSCP-4869-JPに包囲されて身動きが取れなくなります。
包囲された対象者は、徐々に知能が低下します。低下した知能の分だけ、SCP-4869-JPの頭内のCPUの数は増えていくようです。
対象者がSCP-4869-JPの影響から脱する唯一の方法は、最初のSCP-4869-JPと真逆に進むことです──
相変わらず、あまり批評を経ていなさそうな、粗い文面だったが……添付された画像は、SCP-4869-JPが、今目にしているこのカカシと同一の存在であることを示していた。
SCP-4869-JPの画像……と、報告書には書いてある。
おそらくSCP-4869-JPが、SCP-4999-JPのように現実に出てきたと見て間違いない。そして、SCP-4999-JPのように出てきたということは、同じ手が使えるかもしれない、ということでもある。
「道をどいてくれないなら仕方ない、強行突破だ!」
強行突破、なんて滅多に使わない言葉を呟いた後、ポケットの中のペン──SCP-4999-JPを貫いたペンを取り出して、思い切り目の前のカカシに突き刺した。
しかし、何回挿しても、カカシは黒く崩れていかない。ぶすりぶすり、と藁にペンを刺す感触だけが伝わる。カカシには何にも効いていなかった。ニヤニヤした顔を──悪気はなさそうだが、悪気のない人間と接する時が一番辛いのだ──浮かべて、何もなかったように棒立ちしていた。
「くそっ、何で効かない……」
僕が唯一見つけた対処法は、単なるまぐれだったのかもしれない。呆然としたままペンを抜くと、右から、同じようにトン、トン、と音が聞こえる。まさか、と右を向くと、いつの間にか自分の右隣にもSCP-4869-JPが立っていた。その先を見ると、それと同じカカシが、僕の方向へと近づいてくる。このままだと囲まれる。自分よりも高いカカシに見下ろされて、頭がクラクラする。これが、「知能が低下する」ってことなのだろうか。
大学1年生の頃、英語でプレゼンテーションをする授業があった。僕はできる限りの準備をしてそれに挑んだ。しかし、自分より前の発表者の話はどれも、自分の用意したものとは段違いに深い内容だった。発音も、僕にとってはネイティブ並みに上手だった。
いざ僕が教壇に立ち、最初に口から出た単語は、直前の発表者、いや、それより前に発表したどの人よりも貧相な語彙で、稚拙な発音だった。その瞬間、教室の中の人間──発表を終えた人間だけじゃなく、今回発表しない人間、ひいては先生とTA──全員の身長がギュンと伸びて、僕を見下ろすように囲んでいた。僕は背中に汗を感じながら下手な発表を終わらせ、背中を向けて教室の奥の席に逃げていった。
対象者がSCP-4869-JPの影響から脱する唯一の方法は、最初のSCP-4869-JPと真逆に進むことです。
ペンも効かない、倒すこともできない、今の僕ができることは、スピーチが終わった時のように逃げることだけだった。
カカシの音が消えても、僕の足は家に着くまで止まらなかった。買い溜めしていたレトルトカレーを温めている間、改めてSCP-4869-JPの報告書を見る。やっぱりさっき出会った実体はこれで間違いない……なら、なぜペンを刺しても消えなかったんだろう。あの対処法は、SCP-4999-JPだけに有効だったんだろうか?
Wikidotのサイトをしばらく見ると、右上のアイコンに1つ通知が来ているのに気づいた。誰かからメッセージが来ている。なんだろうか、と開いたそれは、SCPのサイトメンバーの1人から送られた、プライベートメッセージだった。
大丈夫ですか?
昨日から、4000番台のSCPをたくさん投稿されているようですが、大丈夫でしょうか?
もしハッキングされているなら、スタッフに言ってくださればきっと対処してくれるはずです。
そうでなくて、もし単に慌ててしまってたくさん投稿されているなら、どうか焦らないでください。落ち着いて、批評をもらってから投稿しなければ、残る記事も残らなくなってしまうと思います。
地道に書いていけば、あなたがちゃんと残る記事を出せる、ということを私は知っていますし、他のサイトメンバーの方も、ちょっとあなたがいなくなったからと言ってすぐにあなたのことを忘れてしまうわけではないと思います。
もし批評が必要だったらいつでも相談してください。
そのサイトメンバーの名前を、僕はよく知っていた。4年前、まだサンドボックスの使い方もわからなかった僕に、すごく丁寧な批評をくれた人だった。初めての記事は低評価削除された──けど、この人は、自分の批評が足りなかった、と責任を感じてくれて、結局それが記事として生き残るまで、親身になって、この表現のどこを直すべきか、とかここの展開はもうちょっと盛り上げた方がいい、とか言ってくれていた。
その後、その人との親交はちょっとずつ増えていった。批評を頼むことも結構あったし、逆に僕が批評をすることだってあった。現実世界でも、下宿が意外と近いことがわかった時、1、2回ほど家にお邪魔して、パスタをご馳走になったこともある。僕よりサイトメンバーとしては先輩なのにも関わらず、僕がSCPを書かなくなってから、今に至るまでずっとその人は記事を出し続けていた。
僕がSCP-4999-JPの投稿を見てから、サイトメンバーから連絡が来たのは初めてだった。ぶっちゃけ久しぶりの投稿が大量のスパム、なんてアカウントは近づきたくないだろう。ただでさえ、僕はその人に忘れられたのかもしれない、なんて思いかけていたのだから、このメッセージを見て、胸の詰まりが解れるような気がした。
そして、少し悲しくなった。この人は今でも僕のことを信用してくれているから、頑張ってこの状況を伝えられれば、きっとわかってくれる。だけど、この状況を共有したとしても、何も変わらないだろう。スタッフに言って乱立した記事を消してもらったとて、SCP-4999-JPのようにまた戻ってくるかもしれないし、もしこの人に連絡をとった結果、この人のアカウントまで変な記事を投稿し始めたら……僕は、このメッセージに結局返信しないことにした。スパム投稿が収まった時に、改めてそのことを謝りたいとも思った。
メッセージを眺めていて、1つ思い出したことがある。以前この人が批評してくれた下書き──僕が昔書いて、結局投稿しなかった下書きのうちの1つ──に、SCP-4869-JPにそっくりなものがあったはずだ。批評中断状態のオブジェクトから、彼の批評を探す……
作成お疲れ様です。
残念ですが、現状だと、低評価削除されてしまうのではないか、と考えています。
カカシ自体は危険で良いオブジェクトだと思うのですが、少し異常性に粗があると考えます。現在の記述だと、正面のカカシは道を塞ぐようにいきなり出現する、となっていますが、増殖したカカシは「対象者に接近する」とあり、カカシが積極的に近づくのか、ただ道の邪魔をするのか、といったところでブレが生じているように見えます。それに、逃げることでその異常性から解放される、とありますが、財団がオブジェクト中心でなく、対象者を中心とした記述をしているのが引っかかります。「対象者と何m離れた時点で〜」のように書いた後で、例えば異常性をなくしたり、いなくなって他の対象者のところに現れたり(この場合だと、財団が収容できなくなってしまうため難しいでしょうか)、といった説明を追加せず、単に逃げれば大丈夫、だけでおしまいにするのは、読者の中に疑問が残るかと思います。
また、スポイラーにて探査記録内の主人公は、あなたが模擬試験で頭のいい人間に囲まれた経験から書いた、とおっしゃっていますが、正直いって主人公=あなたである、ということを直に示すのはあまりお勧めしません。現在だとかなり直接的であり、あなたのことをあまり知らない人でも、「あっ、これはこの投稿者が、カカシ=自分よりも頭のいい人に邪魔されて劣等感を感じていることを書いたんだな」くらいのことは容易に予測できてしまいます。
いわゆる「自分語り」というのはあまり好意的に見られませんし、またあなた自身も、今は大丈夫でも、後々に響くものがあるでしょう。自分自身の内面を直に記事の中に描写する、つまり自分自身を創作物にすることは、その点においても危険です。自分の書いた創作に、逆に飲み込まれてしまっては元も子もありません。
(他の人から見てもそれとわかるように)ある程度、探査記録内の主人公を、あなたの属性とは明確に異なるものにした方が、あなたにとっても読者にとっても、あるいは記事自体にとってもいいものとなるでしょう。
応援しています。
やっぱり厳しい意見を見ると心に来るものがある……けど、確かに納得感はあった。本文に移動すると、文中の異常性は破綻しているし、探査記録は高3生の僕すぎる。その時の自分はうまく書いたはずだった。しかし、外から見れば、今の僕が"SCP-4869-JP"に思ったように、面白みが感じられないものだったんだろう。
批評元のオブジェクトは、自分よりよほど頭が良くて、僕の進路を阻むカカシ。さっき出会ったSCP-4869-JPとは、異常性に粗があること、記事があんまり面白くないことも含めて瓜二つだ。あの記事が僕の名義で投稿されているのと、何か関係があるに違いない。
「もしかして……増えてる記事って、僕の下書きが参考になってたりするのか?」
インシデント-4000-JP 参考記録
詳細を明らかにできない事情のもと、インシデント-4000-JPに際しての対処部門に、空想科学部門が追加されました。以下は、重要参考人であるグラーヴェ博士を空想科学部門の職員2名が聴取した記録です。
インタビュー対象: グラーヴェ博士
インタビュアー: [空想科学部門の職務遂行上描写不許可]
<記録開始>
[インタビュアー2人と博士が灰色の部屋の中に浮遊している。位置は特定できず、描写は不安定である]
[描写不許可]: グラーヴェ博士、本日はよろしくお願いいたします。
グラーヴェ博士: え、ええ。あなたが、その……空想科学部門、の職員ですね。なんというか……
[博士による職員の形容は制止され、インタビュー記録に残存しない]
[描写不許可]: 失礼、我々をあまり詳しく描写しないでください。外の人間に、「見つかって」しまいますからね。改めて……財団データベース自体にいくつか異常が生じていることについて、ご存知ですね。
グラーヴェ博士: はい。データ上では私の投稿となっている報告書群ですね。ハッキングや現実改変には自分は縁がないと思っているのですが、やはり自分の責となるのでしょうか。
[描写不許可]: そうですね……正確には、「上位物語層」のあなたの責任になる可能性が高いでしょう……グラーヴェ博士、「swn-001実体」についての添付資料を、事前にあなたの元にお送りしたはずです。
グラーヴェ博士: [メーリングリストを確認する]失礼。申し訳ありませんが、少なくとも私はそのような資料は受け取っていないようです。
[描写不許可]: おや、では、認識されていないようですね。ここ1週間で、あなたは「この世界は他の誰かによって作られた創作である」というメッセージを、本当に一度も見ていないですか?
グラーヴェ博士: えっ……もしかして、サイトの廊下に散乱していた、「この世界は創作である」みたいに書かれていたビラって……
[描写不許可]: ええ、それは私たちがあなたの生活内に添付した資料の一つです。しかし、それだけではありません。
グラーヴェ博士: それだけじゃない?[グラーヴェ博士が、直近1週間の出来事を想起することを試みる]……えっ、まさか。もしかして、同僚が『はてしない物語』を何度も私に勧めていたのもですか。昨日の会議で、上司が、「俺は神様を信じる、神様はペンを持って、俺たちの物語を作ってるんだ」といきなり言い始めたのも……
[[描写不許可]氏は肯定する]
グラーヴェ博士: 最近やけに多いと思ってたんです。その、「我々の世界は創作者の手によって作られた」みたいなメッセージを見ることも、聞くことも……まさか。それらが全部、あなた方の手で……[狼狽える]
[描写不許可]: ええ、とにかく、十分に伝わっているようですね。お伝えした通り我々の世界は、少なくとも部分的には上位物語層の実体によって作られた物語とされています。この「上位物語層の実体」……ペンを持ち、我々の挙動を記述によって支配しうる実体を、我々は「swn-001」……あるいは単にswn実体と呼称しています。
[グラーヴェ博士は[描写不許可]氏の向けた意識の一点に注目する。]
[描写不許可]: グラーヴェ博士、あなたは上位次元に存在する、1つのswn実体のアヴァターである可能性が高いことがわかっています。
グラーヴェ博士: ア、アヴァター……
[描写不許可]: 簡単に言えば、あなたはこの世界において、1人のswn実体の写像です。あるいは、swn実体の願望が込められた姿、といってもいいでしょう。
グラーヴェ博士: 自分が、ですか。しかし、そんなことは今まで聞いたことが……
[描写不許可]: では今がゼロデイです。ようこそ空想科学部門の世界へ。
[グラーヴェ博士のお辞儀を誘起しうるなんらかの行動を[描写不許可]氏が行う。]
[描写不許可]: まあ、swn実体を知るのは悪いことばかりではありません。例えばあなたが報告書を書けないのも、結局はあなたのアヴァターが報告書を書かないため……でもあるかもしれませんよ。運命に身を委ねる生活も悪いものではありません。
グラーヴェ博士: 運命がどうだろうと、結局この世界の実情は変わりませんよ。それに、普通の報告書に記述できることなどたかが知れています……それ以外の、例えば普段の僕の生活とか態度とか、そういう細かいことは自己責任です。ああ、私はもうダメかもしれません。このままだと、スパムにさえ研究実績を抜かれてしまう……
[描写不許可]: ああ、その話でしたね。通常、今回のインシデントで出されるような、番号形式を逸脱した報告書というのは、RAISAによってデータベースから弾かれています。それについての説明はお聞きしましたか?
グラーヴェ博士: 存じ上げております。主に外部からの攻撃、そして他世界の報告書の混在を防ぐ目的ですね。
[描写不許可]: 素晴らしい。加えて、我々空想科学部門は、それらの番号を弾く利点は上位物語層においても存在すると予想しています。ほとんどの場合、上位次元からの介入の接点は、我々の書いた──それすなわち上位次元のswn実体の書いた──オブジェクトの報告書です。この報告書を介して我々の世界線にオブジェクトが存在し、それを収容する施設、それに携わる博士が出現するのです。
[グラーヴェ博士の脳ニューロンは[描写不許可]氏の情報を適切に処理する]
[描写不許可]: 重要なのは、上位物語層の実体は「作家集団」であることなのです。集団の統率が保たれず、めいめいがめいめいに我々の世界を創造していては、すぐに質の低い合意現実で埋め尽くされてしまうでしょう。おそらく空想科学部門が捕捉しているオブジェクトの幾つかは、それらの統率が無理に行われた結果だと言えます。彼らswn実体群の合意現実から外れるものはしばしば抹消され、統合され、あるいは公然と破壊されます。
[グラーヴェ博士は空間の一点に止まる。[描写不許可]氏は継続して情報を提示する]
[描写不許可]: 話を番号規則に戻しましょう。これらは、我々の世界において財団職員を見分けるものである一方で、上位物語層においては、「集団統率のために当然守られるべきフォーマット」としてみなされます。ですから、上位次元においてあまりにもその規範を逸脱したものは、投稿され、例えまだ抹消されていないものだとしても、はなから正典カノンに入っているとはみなされない──我々の世界に存在する、と認められないのです。これらの報告書は、我々にとって、あるいは彼らにとって適切な番号に正されるか、あるいはフォーマットの誤りが直されて初めて存在する権利を得るのです。
グラーヴェ博士: では、今の状況は余計に異常ですよね。こちらの世界だけでなく上位物語層でも、データベース異常を防止する仕組みが効いていないのですから。
[描写不許可]: ええ、ですから、我々は少しでしゃばって、インシデントに関わらせていただいたのです。上位物語層で何が起こっているか、それを調べるため、まずは我々はRAISAに頼んで、サーバー室の録画映像を入手いたしました。
[[描写不許可]氏は任意の動作を行い、結果として当該の録画映像が3名に認識される。]
[インシデント発生時のサーバールームの写真。]
[サーバールーム内の映像。時間が進行すると、複数のサーバーから、紫の霧が発生する。[描写不許可]氏によって映像の進行は制止される]
グラーヴェ博士: なんです? これが……紫の霧ですか?
[描写不許可]: ええ。この紫の霧の発生時間はデータベース内に異常な報告書が投稿された時と一致します。そして、スクラントン現実錨によって影響は軽減されているものの、その霧を中心として、限定的にヒューム値の低下が見られているのです。そうですね……博士はエルマ外教についてご存じですか?
グラーヴェ博士: はい。それ由来のオブジェクトを幾つか研究室で扱ったことがあります──それが、どうしたんですか?
[描写不許可]: 例えば、エルマ外教の保有する奇跡論の一部は、物語層を移行した次元跳躍が可能なのです。下位創作内のキャラクターを1階層上の世界へと持ち出す……といったように。その際、持ち出された下位創作世界内の内部ヒュームに特有の減衰が、この紫の霧の周辺で確かに観測されているのです。
[次元を浮遊するもの。世界からの出奔者。]
[描写不許可]: 外教とは無関係のオブジェクトによる物語層跳躍にもこの波形は見られますから、これが外教由来のインシデントだとするのは早計でしょう。しかし、物語層を何が飛び越えたかについてはある程度予想可能です。あなたもお分かりですね。上位世界からの報告書によって、最初に創造されるもの、ないしキャラクター……
グラーヴェ博士: SCP報告書によって示されるオブジェクト、そのものですか。
[描写不許可]: その通り。これらのインシデントは、上位物語層において、報告書が示すオブジェクト──背中から触手の生えたネズミや通行人の邪魔をする案山子といった実体──の出現を招いている可能性があるのです。
グラーヴェ博士: しかし、これらのオブジェクトは、そもそも上位次元の決めたフォーマットを満たさない実体──我々の世界ですら存在が認められない代物のはず。
[描写不許可]: しかしヒューム値の変化は確実に彼らが上位次元に行ったことを示しています……それに、我々の──下位創作次元の世界で埋め合わせが発生していないのは、存在が認められないものを無理に我々の世界から取り去ったから、なのかもしれません。ここに映る紫の霧が、通常の物語層跳躍ではみられない挙動を可能にする何かを提供している……と考えます。
[描写不許可]: これらの不適合な報告書は、おそらくこちらの世界と上位物語層の双方に負の影響をもたらしていると思われます。そして、それが全て単一の実体から投稿されている──こちらの世界での履歴同様、上位物語層においても、インシデント-4000-JPで投稿されている報告書は全てあなたのアヴァター実体から投稿されていた──少なくとも、データ上は「そうなっている」ようです。それがあなたを呼んだ理由となります。
[描写不許可]: これから、あなたには上位物語層と直接コンタクトを取り、インシデント終結の糸口を探っていただきます。よろしいですね?
[[描写不許可]氏が、グラーヴェ博士を指名する。グラーヴェ博士は、謹んでそれを受け入れ──]
グラーヴェ博士: ちょっ! ちょっと! お待ちください。私が、ですか。
[グラーヴェ博士は、受け入れを拒否する]
グラーヴェ博士: いえ、拒否しているというわけではないのです。私よりも優秀な人間は、財団内にたくさんいるのではないでしょうか。それこそ空想科学部門の職員などの方の方が、上位物語層についてよく知っているでしょうし……
[グラーヴェ博士は、自身を過度に卑下し、結果として受け入れを拒否しようとしている]
グラーヴェ博士: 違いますよ! 僕はただ、僕が選ばれた理由が知りたいだけなんです。正直、インシデントの報告書が僕名義で投稿された、だけだと理由としては弱いでしょう。本当の理由が知りたいんです。
グラーヴェ博士: あと、すみません、さっきから気になっていたんですが……
[描写不許可]: どうしました?
グラーヴェ博士: この方は、なぜ会話に参加しないで、我々の言動やら、情景やらをいちいち事細かく呟いているんですか?
[描写不許可]: なるほど、この人についてですか。
[グラーヴェ博士及び[描写不許可]氏が私の方を見る。]
[ト書きを描写する役割を持つ人物が存在する。空想科学部門の業務においてインタビュー記録に内蔵された情報全てを精密に転写することは上位次元に対して我々の情報を漏洩するリスクを孕む。]
[空想科学部門は音声記録から各存在の意図のみを過不足なく転写する職員を作成する。その結果情報の機密性を保ったままインタビューによる情報素の伝達効率を上げることに成功している。]
グラーヴェ博士: なるほど、あなたが……もちろん真の理解には程遠いでしょうが、意図は伝わりました。
[[描写不許可]氏、及び私は首肯する]
[描写不許可]: 前者の質問については、私がお答えせねばなりませんね。
[空間内に存在するいずれか、あるいは全てのデバイスが、[描写不許可]氏によって操作された。結果として、日本支部オブジェクトデータベースが新着順に表示される。複数のインシデント-4000-JP由来の報告書が確認されるものの、最初に発生したSCP-4999-JPの報告書は消失している]
[描写不許可]: 昨日の午後17時頃、インシデント-4000-JPのうち、SCP-4999-JPの報告書が消滅しました。インシデントが発生してから増えこそすれど、減ったのはこれが初めてです。
グラーヴェ博士: その削除は……上位物語層の「合意現実」に合わせた削除、というものですか?
[描写不許可]: それらの削除とは、おそらく明確に異なるものでしょう。合意による削除はどうしても時間がかかりますし、我々はすでにそれらを──正確には、それらを再現したジェネリックな方法を試したのですが、いずれも当該報告書の復活という結果に終わっています。おそらく、この削除は合意的な判断なしで行われた──あなたに対応するswn実体自身によるものでしょう。実体は削除の方法について、何らかのことを知っていると思われます。
グラーヴェ博士: しかし、正直この世界はメチャクチャです。凶暴なオブジェクトや、凶悪なシステムに覆われています。私のアヴァターだって、それを作った一員でしょう。我々がコンタクトを取ったとて、ことが穏便に進むでしょうか?
[描写不許可]: そうですね、私の予想ですが、swn実体もまた、この状況は想定外のことなのではないでしょうか? 実体の写像であるあなたが、インシデント-4000-JPについて何も知らないようにね。そこで、あなたの出番です。先ほども申し上げたとおり、あなたはswn実体の写像、もしくは理想の姿です。他の職員よりもあなたの方が、情報が引き出しやすいでしょう。やってくれますか。
グラーヴェ博士: 正直、僕にできるかどうか、というのはまだ疑問です。僕はそれほどコミュニケーションが上手なわけではありません。先週、SCP……いや、まだ番号に指定されていないんでした……の影響者のインタビューをしたんですが、何を聞けばいいのかわからず、結果として影響者の心を開くことができませんでした。その人、オブジェクトのせいで自身の妹を失っていたのに……
[インシデント-4000-JPが発生し、SCP-4624-JP、SCP-4603-JP、SCP-4590-JPが投稿されたとするRAISAからの通達が空間内に通達され、空間内の窒素分子に浸透する]
[描写不許可]: 後悔しているところ申し訳ありません。どうやらインシデントがまた発生したようです。ご覧の通り、事態は一刻を争います。迷っている時間はありません。
グラーヴェ博士: わかりました。できる限りのことをしますが……[グラーヴェ博士は逡巡の結果として、空間内で転位行動を繰り返す]スペアとなる他の人員を並行で探すことをお勧めします。
[描写不許可]: グラーヴェ博士。自信を失っているのは存じ上げております。しかしあなたは、少なくとも今から会うことになるその1人にとっては、我々の中では唯一、自身の理想、あるいは理解者足り得る人物なのです。仮初のものでも構いません。虚勢でも構いません。自信を持ってください。
[[描写不許可]氏が、 グラーヴェ博士を元気付ける何らかの行動を行う肩を叩いて喝を入れる。]
[描写不許可]: そこまで描写するのは……まあいいでしょう。
グラーヴェ博士: ええ、ありがとうございました。喝が入りましたよ。
[描写不許可]: [照れ隠しの言動を行って調子を回復させる]我々は、上位現実との接触に、"SCP-4000-JP"というスロットそのものを利用します。インシデント-4000-JPにおいて報告書が5000でも6000でもなく4000番台に出現するのは、何かそこに我々の物語層を逆転させる因子があったため、と考えるのが妥当でしょう。そして、4000番はその中でも最小の数字──現在インシデント-4000-JPは大きな番号から報告書を遡っていますから、最後まで守られている番号です。我々はSCP-4000-JPに、報告書に偽装した場を展開します。オブジェクトや職員による転移は望めませんが……少なくとも、あなたがswn-001を覗く窓にはなるでしょう。
グラーヴェ博士: SCP-4000-JP……自分にとっては久しぶりの報告書執筆になりますね。頑張ります。
<記録終了>
後記: グラーヴェ博士には臨時で空想科学部門IDが追加され、物語的跳躍事象及び上位物語層に関する一部の資料にアクセスする権限が付与されます。
空想科学部門はRAISAに対し、"SCP-4000-JP"のページを作成して内部に層転移システム、物語的導入装置及び[編集済]の複合体を導入することを申請し、同日付けでページは設置されました。
「記事、どんどん増えてるなあ」
あれから、外には出られていない。ニュースとかSNSを見る限り、他の人がオブジェクトを認識しているようには見えない。部屋の中で見つけたわけでもない。すると、記事にあるオブジェクトは、僕の近く、部屋の外をうろついているのかもしれない。出現しうる記事のいくつかは、現実で会っても特に影響のない、無害なオブジェクトの記事であったし、SCP-4999-JPみたいに、自分のペンで刺せば消すことのできるオブジェクトも存在したのかもしれない。ただ、もし外に出て、人が死ぬようなオブジェクトに見つかって、ペンが刺さらなかったら? その時は一巻の終わりだ。次はない。
「この世界に財団があったら、なあ」
YouTubeを見た時、まだ子供だった自分は本当に「SCP財団」や、そんなオブジェクトがあると思っていた。しかし、いざ僕も書いてみよう、と一念発起した時、目を通したサイトルールには、こう書かれていた。
このWikiに掲載されているすべての作品はフィクションです。 ここはロールプレイをするサイトではありません。 財団は実在しません。
──「サイトへの参加を希望される方へ」より抜粋
財団が存在しないと割り切るのは、SCP著者の通過儀礼みたいなものだと思っている。ただ、現に異常を認識してしまったから、なんというか、願ってはしまう。新着記事を読み込む度に、記事はどんどん増えていく。今度は何が僕の名前で載っているのやら……
「SCP-4000-JP……」
僕が結構驚いたのには理由があった。僕の名前で投稿される報告書は、SCP-4999-JPから始まって、ちょっとずつその番号が減っていってるのだ。だから、さっき投稿されていた報告書は、まだ4500番台くらいだった。それが、いきなりSCP-4000-JPだ。何か変わったことがあるのだろうか。思わずクリックする。
SCP-4000-JP
この報告書の作者にされたあなたへ
あなたにはこの文章が見えていますか?
私はあなたの助けになりうる人間です。
どうか、見えているなら、この報告書を編集して私に答えてください。
本文はこれだけだった。しかし、他の記事とは違って、明らかにこの記事は僕に向かって話しかけていた。本当に記事に投稿した人と話がしたかったなら、「作者にされた」なんて、そんな婉曲的な言葉は使わない。おそらく、この報告書を投稿した人間は、僕の反応を待っている。
僕はこの記事の投稿者です。
でも、実際に投稿したわけではありません。
あなたは誰ですか。
僕の名前を使ってめちゃくちゃな報告書を作っているのはあなたですか?
僕は、そう記事の末尾に追加して、報告書を更新した。読み込みが終わると新しいメッセージが追加されていた。
いいえ、違います
私も、私の名義で報告書を作られて困っているのです。
私は、その問題を解決するためにこの報告書を作ったのです。
「私も」? この人も勝手に自分の名前で投稿されているのだろうか? だとしたら、なぜ僕のアカウントで投稿したのだろう?
「私の名義で」?
あなたは誰ですか?
私は、SCP財団のあなたです。
グラーヴェと言います。
あなたと同じように、存在しない報告書を、自分が作ったことにされている人間です。
そして、そのせいで財団のデータベースの現実性が少しずつ低下しているんです。
グラーヴェ……グラーヴェ博士。確かに、自分の作ったアヴァターだ。財団世界には、存在しないはずの。
本来なら、こんなメッセージが送られてきたらすぐにロールプレイでスタッフに報告するべきだ……言っていることが本当かもわからない。自分の人事キャラになりきって変なことをしているハッカーかもしれない。慎重にならなければいけない。しかし、今は違う。実際に、記事に書かれた──4000番台以降ではあるけども──実体が出てきているのだから。
事情はわかりました。
しかし、まだ完璧には信用できていません。
僕は何をすればいいんですか。
少しだけ、私の空間がそちら側に接続する許可をいただきたいのです。
許可。
話がややこしくなってきた。私の空間が……接続する許可? 「接続していいですよ」とは気軽に言えない感じがある。
それは、何の為に?
それと、接続するとどうなるんですか。
私はあなたと一緒に、我々の名義で投稿された報告書を消去したく思っています。
今は元々あった報告書を編集するだけの、非同期的なものですが、物語層を接続すればより多くの情報をやりとりできるはずです。
何かのオブジェクトを運ぶことまではできなそうですが、少なくとも報告書をどうやって安全に消せるかについて話し合うことはできます。
わかりました。報告書を消したいのは僕も同じです。
具体的には、何をすればいいのですか。
このボタンを、クリックしてください。
空想科学部門の方々によれば、これに同意することで、我々の間にある壁は一時的に薄れ、少なくとも私とあなたとの間の層は乗り越えられるはずとのことです。
私たちのために、力を貸していただけませんか。
そう、メッセージが返ってくると、メッセージの下には枠で囲まれたボタンがあった。枠の中には、「この文章が接続することを同意しますか」という問いだけが書いてあった。空想科学部門──「我らの神を殺す」なんてセリフを思い出して、少し身構える。
本当に、ここ数日はあり得ないことばかりが起きていた。僕の名前で勝手に記事は作られるわ、その記事の実体が僕の周りに出るわ、それが僕の邪魔をしてくるわ、かと思ったら勝手に作られた記事で自分の昔作ったキャラクターを名乗る人間が話しかけてくるわ……正直、何が確実で何が確実ではないかわからなくなってしまっていた。
しかし、空想科学部門が自分を殺すとしたら、もうちょっと直接的な方法でやるはずだ、と思った。存在しないオブジェクトの報告書を大量に作っておいて、それで助けを求めさせて罠にかける……なんてのは、いくら何でも回りくどすぎる。ちょっと疑いは残っていたが、やるしかない。
元々、僕は少し内向的な性格だった。SCPを読む側から書く側に回ったのも偶然みたいなきっかけだし、最初の記事に批評したのが、もし昨日メッセージを送ってくれた人ではなく別の人だったら記事を出すこともなかったと思う。ロールプレイに巻き込まれるかもしれない、ハッキングされるかもしれない、空想科学部門に殺されるかもしれない。──このボタンに触らない理由ならいくつだって思いつく。
しかし、家からは出たい。できるなら、下手くそなモンスターから逃げることなく、そして死に物狂いでペンを振り回さなくてもすむ状態で。
僕は、そのボタンにカーソルを合わせてクリックした。
この文書が接続することを許可しますか?


