クレジット
タイトル: SCP-621-EX - 棺の中の見知らぬ人
原題: SCP-621-EX - "A Stranger in the Casket"
著作権者: Mister_Toasty
作成年: 2025
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/scp-621-ex
翻訳責任者: MAKOdot-
翻訳年: 2025
初訳時参照リビジョン: 2
アイテム番号: SCP-621-EX
オブジェクトクラス: Explained
特別収容プロトコル: 追加の調査及び対象との2回のセラピーセッションを経て、リバーソン博士はSCP-621-EXが異常性を持たないと宣言しました。
説明: SCP-621-EXは、当初、サイト-203次席研究員ギヨーム・フンボルトの父親に関する死後認識災害であると考えられていた事象です。フンボルトは死別に伴う3日間の忌引期間を経て職場に復帰した後、その業務成績及び社会的行動に著しい悪化がみられました。そのため、彼にはサイト内セラピストであるルシール・リバーソン博士との面談が勧告されました (補遺参照)。当該面談において、フンボルトは自身が「見知らぬ人の葬儀」に出席したと述べています。フンボルトは父親に関して強い感情剥離を示しており、葬儀の最中には「何も感じなかった」と供述しています。詳細について説明を求められた際、フンボルトは当初これを拒否しています。対象は追加の忌引日取得を辞退しています。
補遺: フンボルト次席研究員とリバーソン博士の2回目のセラピーセッションからの抜粋。
リバーソン: ギル、昨日、あなたは「見知らぬ人物の葬式に行った」と言っていましたね。それは、その人物に見覚えがなかったという意味ですか?
(沈黙)
リバーソン: 葬儀について、何か覚えていることはありますか?何か印象に残った点などは。
フンボルト: ただ、知らない人の葬式に行っているように感じました。会ったこともない、全く愛着のない人の。何も感じませんでした。他の人たちは皆……涙を流し、泣いていました。私はそこに座って、叔母たち、つまり彼の姉妹たちが二人とも泣き崩れるのを見ていました。あんな風に泣くのは初めて見ました。彼女たちはいつも元気いっぱいの人たちでしたから。そして私の妹も泣いていました。でも、私は何も感じられませんでした。
(沈黙)
フンボルト: 他の皆はとても感情が溢れていました。泣き崩れて、彼がどれほど良い人だったか、彼をどれほど愛していたかを口にしていました。でも、私はただ無感情でした。まるで……何度も繰り返すつもりはないのですが、通りすがりに一瞬だけ目にした人の葬式に行かされたような感覚でした。ほんの一瞬視界に入って、そのまま日常に戻るような相手です。それなのに、突然その人の葬式に連れて行かれて、何かを感じることを期待される。でも、私はできませんでした。ただ、そこに座っていただけです。
リバーソン: 彼に……見覚えはありましたか?
フンボルト: (ため息) ええ。ただ、どこか切り離されているように感じました。
(沈黙)
リバーソン: 彼との関係は、どのようなものでしたか?
(フンボルトが小さくうなる。)
リバーソン: 話したくなければ、それでも構いません。ただ、これはこの異常性の根本を把握するのに役立つかもません。それが私たちの仕事です。
(沈黙)
リバーソン: 彼は……虐待者でしたか?
フンボルト: いいえ。ただ、育児放棄的でした。私が子供の頃、父は週に一度立ち寄って2、3時間ほど私と妹と一緒に過ごしました。ファストフード店に行ったり、ショッピングモールをぶらついたりしました。何かを買うわけでもなく、ただ見るだけです。それが彼なりの子育てでした。それから家に送り届けて、また1週間待つことになります もちろん、適当な言い訳をつけて来ないこともありましたが。つまり、彼はもう一つ家族のことも考えなければならなかったのです。
リバーソン: もう一つの家族、ですか。
フンボルト: 私の義理の家族、ということになると思います。彼らと会うことは殆どなくて、年に3回か4回くらいでしょうか。それで、彼は時々、私をゲイリー1と呼びました。それもかなり頻繁に。「ゲー……ああ、ギル」と言い直すんです。それが本当に不快でした
リバーソン: それが、あなたの解離感に影響した可能性があると思いますか?
(フンボルトが小さくうなる。)
フンボルト: 一度、誕生日にこんなことがありました。 — 財団に入る前です — その日は仕事をしていて、たしか初めて、誕生日に働いた日でした。何か特別なものが欲しくて、レストランに電話して食事を注文し、仕事帰りに受け取りました。当時は車を持っていなかったので、いつもバスでした。それで、少しタイミングを誤って最初のバスを逃し、食べ物を持ったまま外で待たなければなりませんでした。ちなみに、12月のことでした。父に電話して、迎えに来られないか、夕食を一緒に取れないかと聞きました。彼は「面倒だ、遠回りになるし、また次の機会にしろ」と言いました。それで、誕生日に食べ物を持って、寒い中一人でバスを待っていたのです。
リバーソン: ……それは気の毒でしたね、ギル。
(フンボルトが小さくうなる。)
リバーソン: 他に、特に印象に残っている出来事はありますか?
フンボルト: いくらでもありますが、一つだけにします。彼が地中海クルーズに行ったときのことです。仕事ではなく、娯楽として。
リバーソン: 一人で、でしょうか?
フンボルト: (首を振る) いいえ。家族全員を連れて行きました。
リバーソン: それは
フンボルト: 彼の家族です。私や妹ではありません。行きたいかどうか、聞かれもしませんでした。彼が帰ってくるまで、行っていたことすら知りませんでした。妹が、会話の中で何気なく言ったんです。(一拍置いてリバーソンを見る)どういう気持ちか分かりますか。完全に除外されるというのが。(鼻で笑う)まあ、先進国的な悩みですけどね。
(フンボルトが水を飲む間、沈黙)
フンボルト: ……だから、やはり、知らない人の葬式に行ったような感覚でした。本当に、何も感じませんでした。父が死んだという事実すら、頭に入ってこなかったんです。
当該セラピーセッションを受けて、リバーソン博士は、両親を亡くした民間人における同様の現象を調査しました。包括的な調査の結果、彼女は当該現象が基底現実と整合していると結論付けました。


