私の姉の肩には大きな傷跡がありました。中学の時に、交通事故で負ったものです。引き攣れて変色した、酷く目立つ傷でした。傷跡を見せないように、姉はいつも肌を隠していました。妹の私に対してもです。
姉に、「洗面所に入らないで」と言われたことはありません。でも、姉が傷跡を見られるのを嫌がっているのは知っていました。だから、今までずっと、姉がお風呂に入っている時は、我が家の脱衣所を兼ねている洗面所に入らないようにしていました。
入らないと決めていたなら、ずっと入るべきではなかったのです。
家の壁が薄かったので、姉が風呂に入っている時は、いつも鼻歌が聞こえました。夜型の姉は、遅い時間に風呂に入っていました。風呂場から聞こえてくる、シャワーの水音と少し音程の外れた鼻歌を、私はいつも布団の中で聞いていました。
姉とは昔から気が合いました。近所の人や親戚に常々「姉妹仲が良いね」と言われていました。週末はよく一緒に散歩やウィンドウショッピングに出かけていました。たまの贅沢として、少し高めのアイスを買って、半分ずつ分け合って食べるのが好きでした。「姉が好きそうだな」と思った曲は、数日後に風呂場の鼻歌になって聞こえてきました。姉が読み終わって机に放置した小説は、どれも面白いものばかりでした。姉も私も、お互いの好みを熟知していました。曲も本も食事も衣服も。私は姉のことはなんでも知っていましたし、姉もまた私のことをなんでも知っていました。
就職して家を出た後も、同じアパートに住みました。お金に余裕があるわけではなかったので、狭い部屋に布団を敷いて雑魚寝をしていました。仕事の帰りが遅い姉はいつも、私の後に布団に入ってきました。布団で寝ていると、実家にいた時と同じように、鼻歌と水音が聞こえました。姉の音程のずれは昔から変わりませんでした。けれど、私はその鼻歌の姉らしさが好きでした。
先月、私は初めて、姉が風呂に入っているときに洗面所に入りました。洗面台の横に社用携帯を置き忘れてしまっていたからです。浴室からは水音と鼻歌が聞こえていました。当分、浴室から出る気配はありませんでした。姉の体を見てしまうことはないだろうと思ったので、姉に気づかれないように、私はできる限り音を殺して洗面所に入りました。
洗面所に入ると、浴室の磨り硝子越しに、入浴中の姉のシルエットが見えました。それを見るのは十年ぶりでした。奇妙な罪悪感のようなものを感じて、私はすぐに目を逸らしました。洗濯籠には、姉が脱いだばかりの服が放り込まれていました。洗濯の当番は私なので、こちらは見慣れている光景でした。もう一つの籠には綺麗に畳まれた姉のパジャマが入っていました。そして、その横に、同じように綺麗に畳まれた、くすんだベージュの何かが置かれていました。布というよりは柔らかなプラスチックかゴムのような、滑らかな質感の何かでした。
見覚えがないものだったので、私は思わずそれに近づいてしまいました。色だけならばストッキングのようでもありましたが、厚みが違いますし、畳まれているそれは服と同じ程度の大きさがあるようでした。私はまじまじとそれを観察しました。どんなに記憶を遡っても、姉がこのような色の何かを着ていたことはありません。このようなものを洗濯したこともありません。よくよく観察していると、畳まれたそれの右上の一部だけが引き攣れて変色しているのがわかりました。
その時になって、私はようやく気がつきました。それは姉の皮でした。
私は浴室の方を見ました。姉の鼻歌はずっと続いていました。いつもと同じように音程の外れた、昨日と同じ曲の鼻歌でした。
私は携帯を回収するのも忘れて、足音を殺して洗面所を出ました。音を立てないようにドアを閉めました。十分後に風呂を終えた姉をいつもと同じ顔で迎え、何も聞かずに同じ部屋で寝ました。
姉はいつから、今の姉になっていたのだろうかと考えました。姉の皮をまとっているこの姉は何者なのだろうかと考えました。
交通事故であの傷跡を負うことになった、中学生の時は、姉は間違いなく普通の人間でした。姉は病院で大きな傷を縫ってもらいました。姉はレントゲンを撮られました。だからあの時の姉の中身は、間違いなく人間でした。
高校生の時も、姉は体育の授業中に誤って左腕の骨を折り、やはりレントゲンを撮られました。医者は撮った骨の写真を不審がることもありませんでしたし、普通の人間にするのと同じように治療をしました。あの時の姉も、やはりまだ人間だったのでしょう。
では、いつ、今の姉になったのでしょうか。姉と私は少しずつ変わりました。中学生の時はアップテンポの曲が好きでしたが、大学の時にはゆったりとしたバラード調の曲を好むようになりました。高校二年の時からは、今まで食わず嫌いだった納豆をよく食べるようになりました。学年違いではあるものの、高校までは同じ学校で同じ科目の授業を受けていましたが、守秘義務の固い職場に姉が就職してからは、昼間に何をしているのかを教えてもらえなくなりました。
中学の時の姉と今の姉は、もちろん違います。けれども、姉はずっと地続きでした。昨日の姉は今日の姉と連続していて、今日の姉と明日の姉はやはりいつも同一人物でした。姉はずっと姉でした。不自然な跳躍はどこにもありませんでした。
私は姉が好きです。一緒に映画を観に行って、忌憚なく感想を言い合える姉が好きです。料理に失敗しても笑って許してくれる姉が好きです。「特売だった」と言って私の好物を買って帰ってくれる姉が好きです。
今の姉が好きだから、私は姉に、「実は人間じゃないんだ」と言われても、きっと迷いなく受け入れられます。もし姉が人間社会で擬態するのに何か苦労を抱えているのならば、進んで手を貸したいとも思っています。普通の人間とは違う体の姉には、私にはわからない苦労があるはずです。だからきっと、私は見てしまったことを告白するべきなのでしょう。見るなのタブーは私が勝手にしていたことで、姉が求めたことは一度もないのですから。
私は姉が好きです。小さな頃からずっと隣にいてくれた姉が好きです。今の姉が好きです。けれども、私には、いつから今の姉になったのか、その境界がわかりません。仲の良い姉妹であったはずなのに、お互いの趣味嗜好を熟知している間柄だったはずなのに、私は何にも気づけていませんでした。私は「姉のことをなんでも知っている妹」ではありませんでした。
今日も、風呂場から鼻歌が聞こえています。実家にいた時から変わらない、少し音程の外れた鼻歌が聞こえています。
だから、私が目を逸らしているのはきっと、今の姉からではなく、何にも気づけていなかった自分からなのでしょう。


