
ポストに投函されていたチラシからの抜粋
文字には不思議なチカラがあります。思いを伝える言葉というのは口に出せばすぐに消えてしまいますが、文字はそこに残り続け何人もの人にあなたの思いを伝えることができます。中でも漢字というのは格別です。例えば、「生」という漢字を辞典で引いてみてください。その読みの多さに驚くでしょう。たった一文字でいくつもの意味、思いがこもっているのです。
「赤」という漢字を見れば溌溂とした血潮のごとき色を思います。「涙」という漢字を見れば辛いことがあったことを想像します。「殺」という漢字は物騒ですね。見ただけで不快感を覚える方も多いと思います。「止」という漢字が目の前に出てきたら思わず何か停止させようとしてしまうでしょう。
漢字を知ることで我々を操る世界の法則を知り、それを利用することができるのです。今までおざなりに扱っていた文字一つ一つに目を向けてみて下さい。
一画目。

べ・の・む.docx
「私、毒使いなんだ」
黒髪の天使はにっこり笑った。
一目惚れだった。初めて出る講義、課題のペアで組まされた彼女に心を掴まれてしまった。課題を一緒にやろうと誘ったカフェテリアで、彼女は、僕をじーっと見て、
「ねぇ、もしかしてなんだけどさ、私のこと好き?」
直球を投げてきた。
僕は顔を赤らめながら小さい声で「はい……」と答えるしかなかった。
「そうか。じゃあ付き合う?私こないだフリーになったばかりでさ」
「えっ、と。こ、こちらこそよろしくお願いします」
「あ、そうだ。でも付き合う前に言っておかなきゃいけないことがあって」
「私、毒使いなんだ」
「どういうこと?」
「そのまま。私は毒を作り出すことができるんだ。例えば──ほらそこの」
彼女はテーブルのかごの中にあったガムシロップを1つ手にとった。
「これ、毒なの」
「それが?じゃあ飲むと死ぬのかい?」
「ええ」
さらりと彼女は断定した。
「でもこれだけじゃ死なないわ。私の毒はそんなに強くなくてね。ずっと何度も何度も摂り続けないと効かない」
「でも、どんなものでも毒にできる。全く同じ味、匂いで。どう?」
「どうと言われてもね」
机に置かれたガムシロップを僕は手に取った。何も変わりはない、ただのガムシロップのポーションだ。
「仮にこれが毒だったとしてだ」
ペキンとポーションの爪を折る。
「君は僕にどうしてほしいんだ?」
「飲んで」
「毒を?」
「ええ、飲んでほしいの」
「参ったな。まだ会ったばかりなのにこんなに嫌われてるなんて」
「ごめんなさい。そういう意味じゃなくて。私と付き合うなら私の毒に耐えられる人じゃないと」
「つまりこの毒を飲めば君は僕と付き合ってくれるんだね?」
「ええ、ずっと毒を飲んでくれるなら」
僕はにっと笑ってガムシロップを開け、半分残ったアイスティーにぶち込み、ストローで全て吸い尽くした。口の中に甘さが広がる。
彼女は微笑んだ。
それからも彼女は毒を飲ませてきた。桜餅、手作り弁当、フレンチディナーのスープ、誕生日ケーキ、ブルーハワイのかき氷、……。
そんな少し変わった点をのぞけば、彼女は理想の相手だった。見た目がタイプなのは一目ぼれした時から分かっていたけど内面も最高で、彼女と一緒にいると心が落ち着いた。映画の趣味もあうし、週末になると僕の家でAmazon Prime Videoをみるのがお決まりになっていた。映画を見疲れたら2人で寝室へと向かう。僕たちは身体の相性もいいみたいだった。ベッドで交わした口づけのあと、
「今、私の舌から毒を出したわ」
って言うのはちょっとどうかとも思ったけど。
ある土曜の朝、起きるとなんだかだるさを覚えた。熱があるみたいだ。昨夜はりきりすぎたか。昨晩家に泊まっていた彼女はたまご粥をつくってくれた。
「もしかしてこの粥も?」
「ええ。毒が入ってるわ」
「……そう」
熱はすぐに引いたけど、どことなく調子はあがらなかった。大学もやる気が出ず、面倒な講義はサボりがちになった。もしかして彼女の毒が効いてきているのかとちらりと思うときもある。それでも彼女に会うと無理にでも元気が出て来てしまう。もし毒が本物でも、もう僕は彼女なしでは生きていけなくなってしまっていた。
「ねえ、今日は毒は無しにしてくれないかな」
そう言ったことがある。
「そう、それじゃ別れましょ」
「そんな、冗談だよ。行かないでくれ。謝るから」
「大丈夫、わかってるわ。いいのよ。ほら、したいんでしょ?」
彼女が覆いかぶさった。唇は毒の味がした。
「ほら貴方の好きなハンバーガーよ。もちろん毒」
「ねえ、抱きしめて?もっと強く」
「貴方の家の食材、全部毒に変えといたから。いいでしょ?」
「気持ちいい。あなたも感じてる?」
「やん。したいなら、ほら。あーん」
息が苦しい。目がかすむ。手足が思うように動かせない。もう2日何も食べていないのに、食べ物のことを考えるだけで吐きそうになる。
「やっぱり、貴方も私の毒には耐えられなかったのね」
いやだ。僕には君しかいないのに。
「さようなら」
玄関の扉から差す光が細くなっていく。彼女が出していたのは本当に毒だったのだろうか。もううまく考えることもできない。でも彼女は僕にとって、僕を蝕む甘い毒だったんだろうなというのは何となく感じた。
玄関が閉められ真っ暗になった。
二画目。

某SNS投稿のスクリーンショット.jpg

カナ@目覚めろ日本!
@kana130178
戦後GHQに変えられた漢字
「悟」って漢字は元々「忢」って書いていたの!
「心」が簡単にされて「忄」に
もともと「心」があった場所には四角い空白が
今の日本人の心が冷たいのはこのせい(つд⊂)エーン
和多志もこれからは「忢」を使うよう氣を付けます!
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2:58 PM - 28 July 2022
三画目。

『東北地方に伝わる伝承』より抜粋
むかしむかし、ある村に笑兵衛という若者がいました。笑兵衛は名前の通りいつも豪快に笑っているような男でしたが、何か少しでも気に食わないことがあるとすぐに怒り出す、それはそれは手の付けられない暴れん坊でした。身の丈は6尺ほどあり、その腕っぷしで馬を投げ飛ばしてしまうほど。近くに通りかかった旅人や隣の村を襲っては金品を巻き上げるなどやりたい放題でした。村に逆らえるものはおらず、好物の酒を与えては怒り出さないようご機嫌を取っていました。
ある時修行中のお坊さんが村を訪れました。笑兵衛はいつものようにお坊さんに襲い掛かりましたが、お坊さんは何やら不思議な力を使い、若者を投げ飛ばしてしまいました。笑兵衛は何が起こったか分からずスタコラと逃げ帰りました。
笑兵衛を返り討ちにしたという噂を聞き、村長はお坊さんを家に招きました。
「あの笑兵衛に村はほとほと困り果てている。どうにか改心させられないものでしょうか」
「本当に困っているのなら食べ物に毒でも混ぜればよい。なぜそうしないのか」
「確かに多くの人へかけた迷惑を考えれば死んで償わせた方がよいのかもしれません。ですがそれで我々が人殺しになるのは御免被りたいのです」
「では代わりに私に手を汚せというのか」
「そういう意味では。笑兵衛が暴れるのを止めて村のために働いてくれればそれでいいのです」
「まあいい。引き受けるとしよう」
お坊さんは懐から短冊と筆を出し文字を書き始めました。一筆一筆、丁寧に丁寧に。村長は何と書いているのか気になり書いている途中に短冊を覗き込みました。三画目を終えたところで縦棒が一本とその左右に点が1つずつ。お坊さんは覗きを咎めました。
「この字は大変恐ろしい字だ。知らなければただの字だが、知ればそれを用いて災いを起こすことができる。私はこの字をもってあの若者にまじないをかけようとしている。悪しきものに使われるといけないから、この字は知られてはならない」
村長は深々と謝りました。
お坊さんは書き終えた短冊を小さく折りたたみ、布の切れ端でくるみんでふちを糸で固く縫いました。
「これを笑兵衛の服に縫い付けなさい。私は彼を強く思いながら件の字を書いたがそれではまだ”縁”が弱い。笑兵衛の写し身や身体の一部を用意するのも手間だから、直接本人に近づけるとよい」
村長は下女に命じて、笑兵衛が風呂に入っている間に服に短冊が入った小包を縫い付けさせました。風呂から入って服を来るやいなや普段の豪胆な笑いがぴたりと止まり、笑兵衛は糸で吊るされたかのように立ち上がりました。そして村長のもとへ来ると、
「今までひどいことをしていたのに気づいた。もう二度と悪いことはしない。お詫びに村のために働きたいから私に何でも命令してほしい」
と真っすぐな目をして言いました。
それからというものの笑兵衛はあれだけ好んでいた酒を止め、まるで奴隷のように使われました。水汲み、石塁の修復、雑草とり、厠のそうじ、猪の解体──どれだけ人が嫌がるようなことでも、笑兵衛は顔色一つ変えず何も感じないかのように淡々とこなしていきました。あの暴れ者が怒りもせず忠実に従っている姿に最初こそ気味悪く思っていましたが、次第に村人たちも彼を受け入れて慕い、平和な村になったと喜びました。
そんなある時笑兵衛がおとなしくなったという話を聞きつけた隣の村が、これまでの仕返しをしてやろうと村に攻め込んできました。しかし笑兵衛の腕っぷしが落ちたわけではありません。村長は笑兵衛に、攻め込んでくる隣村の者をやっつけるように言いました。農具を振り回し襲ってくる悪漢たちを笑兵衛は投げ飛ばし、まるで虫でも潰すかのように淡々と殴り殺していきます。数人がやられ話が違うと隣村の者たちが逃げた後、笑兵衛は残った死体を担ぎあげ川へと捨てに行きました。いくら暴れ者だったとはいえ戸惑いなく人を殺していく今の笑兵衛の姿もさることながら、彼が変わって以来一度も笑っていないことに気づき村長はぞっとしました。今までだったら笑っているうちは暴れ出す心配はなかったが、今の能面のように心ない笑兵衛だったら何かのきっかけにいきなり殺しにくるかもしれない。いつ寝首をかかれるかわからないと不安に思った村長は、つい「笑兵衛は消えてくれないかなぁ」と呟きました。死体を片付けて戻ってきた笑兵衛はそれを聞いてしまいました。
「なるほど私に消えてほしいのだな」
村長が言い繕おうとする隙も無く、若者は自分の首に手をかけ頭を90度回し、自ら首の骨を折りました。ついに村長は自らの手を汚すことなく笑兵衛を殺すことに成功したのでした。さてさて、村で慕われ始めていた若者を殺し、隣村がまた報復に襲ってきても守ってくれる笑兵衛がいない村長はいったいこれからどうなるのでしょうか。そんなことは知ったことないと言わんばかりの笑兵衛の物言わぬ死体は、苦役から解放されて晴れやかな表情で笑っていましたとさ。めでたしめでたし。
四画目。

note『漢字の成り立ちについて』から抜粋
漢字の成り立ちは「象形」「指示」「会意」「形声」の4種類に分類されます。この内「会意」と「形声」は、偏へんと旁つくり、冠かんむりと脚あしなど、複数の要素が組み合わせる漢字の作り方です。
会意は要素の組み合わせによって新たな意味を作り出す造字方法です。例えば「山」と「石」で「岩」だったり、「木」を3つ組み合わせて森になったり。
一方形声は、意味を表す要素 (意符) と発音を表す要素 (音符) をくみ合わせる造字方法です。一説には漢字の8割9割がこの形声文字であるとされています。例えば「飯」という感じは類型の意味を持つ意符「食」と"ハン"という発音を持つ音符「反」から作られています。ここで注意が必要なのは、音符の方の字は音を借りているだけでその文字自体の意味は反映されていないことです。形声文字が有する意味は、元々あった言葉と関連する意符によって持ってこられています。先程の例ですと、「飯」という漢字が表す意味には「反」という漢字が持つ意味は含まれていません。
よく「虹」という漢字の由来について、「旁つくりの「工」は「貫く」という意味を持っており、「虹」という文字は「空を貫く虫 (龍)」を意味する」といった説明がされることがありますが、これは真っ赤なデマです。「虹」は形声文字で、「工」は"コウ"という発音の音符でしかありません。会意文字は一般に少なくほとんどの漢字は形声文字です。こういった成り立ちに関するデマは信じないようにしましょう。
五画目。

水橋教授の講義ログ.txt
この講義では信じることの強さについて紹介します。信じるという行為は動物の中でも人間特有の非常に珍しい行為であり、不可能なことを可能にします。人が思い、信じるということはとてつもなく強力なのです。
人間は五感で物事を認識し判断しますが、その判断には信じることが使われます。であれば魔法や呪いといった非現実的なことであっても、それは信じれば存在するのです。
魔法なんてあるわけない。そう皆さんお思いでしょう。ですが魔法は存在するのです。例えばある魔法使いを名乗る者が伏せられたトランプの柄を当てたとしましょう。普通何らかの手品だとかトリックがあると思いますよね。でもこれを見ていた人たち全員が魔法だと思えば、それは魔法になるのです。真偽はどうだって構いません。その人たちがどう思うかです。
呪いなんかは簡単にできます。例としてA君がB君を呪うとしましょう。A君はB君に呪いをかけたと教えます。最初は信じないでしょうから、1回だけではなく何度も何度も繰り返し伝えて意識させるとよいでしょう。そうなるとちょっとしたけがや不運な出来事が起きるたび、これは呪いのせいなんじゃないかと不安に駆られます。もしくは周囲にB君が呪われているという噂が広まって、避けられることも出てくるかもしれません。そうして精神に不調をきたし体調を崩すようになれば呪いの完成です。「病は気から」と言いますが、信ずるまで行かずとも気にかかるくらいに思わせることができれば呪いは存在させることができるのです。
実際に私が経験したとある小学校の話をご紹介いたしましょう。そこではよくある学校の怪談として、紙袋をかぶって呻き声を上げる怪人の話が広まっていました。そんな中1人の5年生の男の子、K君が自分で紙袋をかぶって怪人の真似事を始めたました。「俺が怪人だぞ」と言わんばかりに。それを続けていく内にだんだんとK君はおかしくなっていき周りの人もK君は本当に怪人なんじゃないと思う人も出てきました。そしてついにはK君は精神を病んでしまい、怪人のように呻くことしかできなくなってしまいました。多くの人とそれに自分自身も信じ込んでしまったことによる悲劇です。
これまでは呪いなどマイナスの面ばかり触れてきましたが、逆に良い結果を信じることでプラスの効果もいくらでも出せます。願掛けなんかはその一例でしょうね。神のご加護を信ずることで自身の力を十二分に発揮させるわけです。その信仰対象に詳しくなかったりあるいはまるきり嘘偽りだったりしても構いません。信じればその人にとっては真実です。信じることによる力を発揮するかはその人たち次第です。
繰り返しますが、人の思い、信心というのはとても強力です。例え1人であってもその思いが強ければあらゆる行為を可能にしますし、その思いを多くの人が支持すればより実現は近づくでしょう。今だったらSNSという全世界に拡散できるツールが身近にあります。もしSNSにいる人々に思いを共有させることができたらかなり大きな効果となるでしょうね。
六画目。

『【ゆったり解説】救済について解説してみた』のスクリーンショット.jpg





七画目。

まだまだ足りない。


