ダークヒーローの目覚め
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時を揺蕩い流れに任せ、あらゆる己の罪業を見る。銀の鎧と砕けぬ正義に、狂い酔い果てた罪人の夢。その身を捨てた最期の刹那、この目に映るは永劫の罪禍。俺が描いたその道が続く、血塗られた末路の暗い幻燈。

俺の名前は██ ██、もしくはソニック・デブリードメンター。過去と未来をその手にかけた、時さえ見渡す“正義”の戦士、もしくは壊れた操り人形。

ここは地獄。かつてこの手が正義を騙り、塗りつぶした未来の果てを、叩き壊した過去の真実を、眼に焼き付けられるそれは罰。時の流れも過去も未来もなく、ただ俺の前に映し出される。

私の名前はシノビ・ネイビー。忍者の如き素早い身のこなしと、悪の組織どもだけでなく我らが超電救助隊の監視システムさえも容易く欺くステルス機能。それを両方可能にするこの “ネイビー” スーツで、蔓延る悪を成敗する。そんなHEROだ。

これが、HEROのとしての私の役目。ポリスチームの役目である。そう思って、ここまで来た……筈だった。

正しくそんなヒーローであれるものが、この世界にいるはずがなかったんだ。

けれど今私の目の前で、彼女は悪をも救おうとしている。
紺色のマスクの下、かつての初任務が甦る。あの日も、私は誰かの正義とぶつかって立ち止まってしまった。
今もまだ、ふたつの正義は私の前で道を塞いでいる。突破口は、まだ見えない。




初めての任務を完了して装備を非活性化する。私の目の前には青い不思議なロープアレスティング・バインドに縛り上げられ、私の薬で容易く眠りに落ちた男が呑気な顔をして転がっていた。

「…………どうして、この男を……解放するんですか?」

問いかけると、装甲機動補導員アレスト・コバルトせんぱいは青いスーツからなびくケープをひるがえして振り返った。

「解放なんてしないさ。警察に引き渡すんだろ?」

不思議そうな声に、彼が本当になんの疑問も抱いていないことがはっきりとわかる。

思考を妨げるかのように、不意に頭痛が襲いかかった。望まれない思考に警鐘を鳴らしているかのような鈍い痛みが、私の中で寄せては返す。

「だって……このまま警察に引き渡しても、こいつはそう長くは勾留されません、また出てきます。その時に同じことをしないとも限らないし……その時に僕達が見つけられるなんて、非現実的な理想論です。」

拳を握り締めて語る私に、困ったように体を揺らして先輩は問い返した。

「だってって、お前……じゃあ、どうしたいって言うんだよ。」

「……それは……退治する、とか……怖がらせるとか……」
それはいずれ歯止めが利かなくなっていく。気づく頃にはもう、手遅れだ。

「私刑行為はこの国の秩序ごと乱す許されない行為だ。ポリスチームが易々と口にしていいことじゃないぞ、気を付けろ。」

「……はい」

納得のいかない気持ちを押し殺し、低い声で返事をした。それでは世界は、ずっとこのままじゃないのか?これが本当に世界のためになるというのか?そんな考えがぐるぐる回る。ずきずきと痛む頭に思考が熱を帯びて、視界がぐらりと揺れたような気がした。

苛立ち煮え立つ頭の中に突然、冷たい合成音声が響き渡った。思考が切り替わる。

『シノビ・ネイビー!アレスト・コバルト!███ショッピングモールにて窃盗事件が発生した!ネイビーの最高速ならば現行犯逮捕が間に合う筈だ!』

私と先輩は、慌てて姿勢を正す。いつしか、頭痛は消え失せていた。

『ネイビーは急いで犯人を捕まえに!コバルトはその男を通報してから補助に向かうんだ!』

「「了解!」」

どこか腑に落ちない違和感を遮り、ぎゅっと目を閉じる。もう一度開けて、私は足元の加速装置イダテンブースターを起動した。




超電救助隊かれらの正義は、確かに一面においては正しいのだろう。

しかし私の正義は、それに取って代わられるのを許さない。心のど真ん中に居座って離れない。どうしようもなく噛み合わない正義ただしさが、ずきずきと痛む頭の中で殺し合う。私の前に立ち塞がり壁になっているのが、どちらなのかすら曖昧になっていく。

せめてどちらかが壊れて仕舞えば、楽だったかもしれないのに。

雁字搦めの檻の中から、正義に囚われた男わたしは見上げる。

目の前に立っている彼女ホワイトは、曇りなき正義おもいだけを抱いているようで、それは。

……あまりに眩しくて、しかし危うい。




「…………こんな奴、助ける必要なんてないだろうが……!」

純白のスーツを身に纏う彼女は、倒れた男の頭を胸に抱えて聖女ピエタのように佇んでいる。僅かに傾げられた姿勢と、華奢な指先が儚く美しい。私を見上げる心優しき仲間かのじょに、私は訴えかけようとする。

「そいつのせいで、幾つの罪のない命が失われたと思っているんだ!そいつは悪人だ、そうだろ!?助ける必要なんてない!」

脳腫瘍により余命宣告を受けたその男は、どうせ死ぬなら全てを道連れにすると嘯き毒ガスをこの病院にばら撒いた。ポリスチームの私はその男を捕えるためにここ……男の潜んでいた空調室にやって来ていて、この病院には先程まで数多くのレスキューチームが毒ガスに対処するために集まっていた。

子供が死ぬのを見た。ガス対策のされたマスクを躊躇なく外して、目の前の看護師に被せたレスキューチームの男が仲間の腕の中で死ぬのを見た。私がこれまで経験した現場の中で、最も壮絶なものだった。この先我々の介入を誤魔化すための財団やつらによる対処が行われたとしても、私達がこれを忘れることはないだろう。

あれは地獄で、この男がやったことは許されない悪業だ。彼女に救われる資格などない、その筈なのに。

すがるような言葉を吐く私のことを、憐れむように、哀れむように、彼女は静かに見上げている。

伝えたいことはまだたくさんあった。
どうか其奴を助けないでくれ。どうか、そんな奴のために……


「だめだよ、ネイビー」

哀しみを帯びたその声は、私の言葉など容易に封じてしまう。

「だめだよ……命は、命なんだよ。幾つの命を奪った、幾つの心を傷つけた、そんなことで命の重さは変わらないんだよ。」

異論を差し挟む余地などない、あまりにも美しい大義。正しさに阻まれて、紺色の指先は届かない。
なぜなら、彼は知らないから。世界に正しさなどないことを。そして彼女は知らないから。かの戦士に正しさなどなかったことを。

「私達は、ヒーローなんだから。超電救助隊は、断罪者じゃなくて、救助隊なんだから……」

やめてくれ。

彼女の額が、男の額に触れる。

祈るようなその姿に、何も言えずにただ立ち尽くした。治療を終えたホワイトは、眠る男を見つめている。
静かに眠るその表情は、心なしか和らいだように見えた。
たとえ全てが過ちだったとしても、彼女の祈りは人を救った。たとえ全てを間違いと断じていたとしても、彼の正義は悪を裁きに導いた。正しさがどこにも無くたって、世界は救いをもたらしてきた。それが人を、まやかしの正義に狂わせるのだろう。この世界は正義がないにしてはあまりに美しく、しかし正義があるにしてはあまりに救われない。

……レスキューチーム?ふざけるな、冗談じゃない。彼女は、皆はこの行為を救助と呼ぶことができるのか?熱を帯びた頭が痛む。憤りと悔しさで、目頭が熱くなる。

私にはとても出来はしない。

「…………そんなことで、救ったなんて喜んで……」

溢れる言葉を、止められない。

「君は何も知らないからそんなことが出来るんだ。本当のことを知れば、君もきっと今の行為を後悔する!そんな、愚かで何も生まない、行為を……!」

その身に纏うスーツの色のように無垢な彼女は、知らないだろう。

彼女の救助レスキューに伴う危険を、超電救助隊あいつらが隠していることを。

「……そっか」

マスク越しにホワイトの声がする。俯いていた彼女が、私の顔を正面から見つめている。

「ネイビーは……私が、何も知らないって言うんだね。」

甘く清冽な彼女の声に、思考が絡め取られ鈍る。
何を言っているんだ、彼女は?

まるで、その言い様では……

君が何かを知っているようではないか。

「何、を……君は……」

口から零れるのは、千々に飛び散った思考のかけらだけだ。薄暗い空調室の中、いまだ残存するガスに妨げられ突入できない警察が犯人に呼びかける拡声器の声が、パトカーと救急車のサイレンに混じりかすかに耳に届く。
彼らの正義は間違っていると、そう言い切ることが誰に出来るだろう?

彼女が知っているはずがないのだ、知っていたと言うのなら……なぜこうも平気な顔で人を救える?

「私は知ってるよ、ネイビー」

嘘だ。勘違いだ。

「この力が何を犠牲にするか」

なら君は何故そんなに落ち着いているんだ。

「私がこの先どうなるか」

それを見たくないのは私だけだと言うのか。

「この頭の中には……みんなの痛みが、どんどん蓄積してるんだよね。」

ドレナージ・ホワイト計画。[中略]装備者の脳内に埋め込み、脳腫を吸収する能力を与えるドレーン・チップはレスキュー対象の患部を内部の拡張空間に蓄積する。

「そして……いつか、限界を迎えたら……私の頭は破裂しちゃうんだ。全部の痛みが、私の頭の中にあふれ出して。」

ドレーン・チップには深刻な欠点が存在する。設計上、吸収した脳腫を放出する機能が存在しないという点である。拡張空間の容量(現時点では正確な容量は不明である)を超過した際には、決壊したポータルから装備者の脳内にすべての蓄積物が逆流し装備者は即座に死亡すると思われる。

かの戦士には出来なかったことを選んだ彼女の、気高く愚かな祈りはここにある。たとえ何一つ、正しくなどなかったとしても。

「確かに担当さんは教えてくれなかったよ。でも、開発チームのお兄さんが泣きながら話してくれたんだ。そうだよね……こんな悲しいこと、話さないでいたら辛いもん。」

その男もどうせ、この装備を開発した異常者だろう。なぜ君は平気な顔でその男を哀れむことができるんだ。

「うん……私が知っているってことも、きっと辛いよね。だからそんな事言うんでしょ、ネイビー?」

私が、彼女の装備について知ったのは数年前。スーツのステルス機能の実験中に、好奇心に負けてこっそりと目を通してしまったホワイトの装備についての資料。知ってしまった、HEROの暗黒面。部外者の私でも吐き気を催すような、おぞましい内容。
知らないほうがよかった真実。愚かな我々は、それを目の前にぶら下げられたとき躊躇することなく掴み取った。

かすかに震える声で、問いかける。

「……そこまで知っていて、どうして……」

どこまでも真っ直ぐな、ホワイトの澄んだ声。

「私ね……それでも人を救える人に、なりたかったんだ。」

意図を掴みかねて答えられない私の前で、彼女は男を優しく壁際に座らせ立ち上がる。
美しい掌が、白い額にそっと添えられる。その悍ましい装置を愛おしげにさすり、ホワイトは静かに語り始める。
どこか頼りない足元。純白の衣を纏った身体は、一輪の百合のような佇まいを描く。澄んだ声は、狭い部屋の中不思議なほどに響いて聞こえる。
彼女は赦してくれるだろうか。愚かで無様な罪人を。

「この命は……本当は、ずっと前に尽きていたはずだから。」

それさえも誤りだった時、彼女は……君は赦してはくれないだろう。




純白の部屋。窓際に置かれた、たった一つのベッド。
枕元には百合の花が生けられた花瓶。

全てが白いその部屋で、小さな少女は一人横たわっていた。

大きく開いた窓は彼女には高すぎて、外に広がるのどかな田園風景も彼女の視界には入らない。少女の体は意のままに動かず、その頭の中は彼女には覚えるのもままならないほど長い名前のついた腫瘍に蝕まれて、正しく思考する力さえも失われているようだった。
この時代の医学ではその塊を取り出すのは至難の業で、彼女を治療するにはこの僻地にはない高い技量か……

もしくは、“魔法のような道具”が必要だった。

だから、彼はここに来た。
自らを正義と信じて。自らを救済と信じて。

「全ては正義と人の為!超速救命瀉血戦士、ソニック・デブリードメンター!」

煌めく陽光を照り返す銀の鎧を身に纏う、“正義の戦士”が降り立つ。一瞬遅れて、名乗りの声が大きな窓から飛び込んできた。風圧の名残を受けてはためく燻んだ赤のマフラーは彼の姿を凛々しく縁取って、それはあたかもいつかテレビで見たヒーローのようだった。
真実はなんだ?人形か、殺人者か、それとも……

「……!?」

目を瞬いて見つめる少女に向き直って、戦士は力強い声で少女に語りかける。

「大丈夫だ!俺は、君を助けに来た!」

顔の見えない彼の言葉は、それを補って余りあるほどの誠実な響きを持っていた。正義だと思っていた。救済だと思っていた。だから君に言った、大丈夫だと。少女はのろのろと指先をあげて、か細い声をあげる。

「…………あ、あなたは、わたしを……たすけて、くれるの?」

それが彼に聞こえたかどうか、そもそもまともに声が出ていたかどうかさえ今となってはわからない。戦士は返事をしなかった、しかし、少女は確かに彼が頷くのを見たように感じた。
相手との対話なんてするつもりはなかった。誰よりも疾く救けるために、一方的に語るのみとしていた。独善、だったんだと思っている。

乾いた血の色のグローブが、少女の頭をそっと撫でる。

「いけ、フラッシュドリーマー!」

霧のような液体が、掌に埋め込まれた器具から吹きかけられた。待て心地よい眠気が全身を覆い、目をすがめる少女の後頭部に歪曲した剣が向けられる。やめろぼやけた視界の中ヒーローはそれを、凛々しい声とともに振り抜いた。それは

「救済の……デブリードマン、スラッシュ!」

……ずぶり、という音とともに、急速に意識が遠のいていく。視界がぐにゃりと曲がり、上と下と右と左がわからなくなる。何が正義だ、何が救済だ。

穏やかな眠りに落ちゆく少女の意識の靄を通り過ぎて、最後の台詞だけが脳裏に鮮明に響いた。

「これでもう君は安心だ!しかし俺はもう行かなくてはならない、苦しむ誰かを救うために!全ては正義の為に……ソニーック!」

微睡の中、少女は見つけた。恩人を、憧れを……正義を。
それを正義と呼ばないでくれ。

脳に巣食った神経膠腫グリオーマによる、認知機能の低下と身体制御の異常。悪性度の低い腫瘍。切除手術は当時の技術では非常に危険ではあったが、彼女ほどの進度であれば安定した手術が行える時代まで生き延びて救われる道があったはずだ。それに蝕まれていた幼い患者は、原因不明の神経膠腫の消失というとぼけた終わり方であっさりとベッドから解放された。この時、脳に傷を残してしまったことに気づいてから俺は脳の病気に手を出すのをやめた。腫瘍を切り裂いた剣先に引っかかって、消えない傷が残ってしまった彼女の脳もまた……彼女にとっては、あの日のヒーローの存在を証明する宝物のようで。名誉なんてない。ただの医療過誤だ。いや、医療ですらない。

許してほしいと願うことも、あの笑みに救われることも、きっと罪深いことだろう。
どこかふらつくその体さえ、証として誇ってしまうのだ。
だから、許しは請わないことにした。




「あの日助けてくれたヒーローの剣でさえ、脳の病気を完璧には救えない……だから、私がお願いしたの。こうして、体を傷つけないで悪いものを取ってあげられるヒーローになりたいって。」

穏やかな声。僅かにふらつく足元。優しい言葉。

私の目の前で、彼女は笑う。無邪気に笑う。鈴を転がすようなその笑い声は、残酷で、悲しくて、けれどとても美しい言葉へと繋がる。
かの戦士に押し付けられた、救いなき宿命に囚われてなお。

「あのまま尽きるはずだった命で……私は何人の人を、救えるかな。」

あの日の安心し切った微笑み。多くの人に救いを与えてきた、優しい声。
彼女は呟く。それは、迷いなく自己犠牲を選んだ…… “ヒーロー” の言葉。


あんなに綺麗な笑い声が、いずれ失われるのだとしても。
こんなに純粋な正義を、誰が否定できるだろうか。
どんなに嘘に塗れていても、彼女の祈りだけは真実だったから。

頭を振って最後に残った未練を振り払い、私は静かに踵を返しながらステルス機能をアクティブにした。それが彼の選択だ。そして、彼女の選択だ。姿を消したまま、口を開く。

「…………そろそろ、警察がここに来る。行くぞ」

いつの間にか、ガスマスクを付けた警官達が窓の外には集まっている。私の指摘に外を覗き込んだホワイトも、慌ててステルスパックを開いた。

「あっ、本当だ。大変、ここにいたら私達まで捕まっちゃう!行かなくちゃ、それじゃ……」

元気でね。

かすかに耳を撫でるその声が、虚空から囁く。

もう互いの姿もわからない、薄暗く狭い空調室。
まだ誰も来ていないこと、そしてホワイトが立ち去っていることを信じて、私は一度だけ……仮面をずらし、涙を拭った。




あの病院での会話から、何年が経っただろうか。

あれから何年間、私は超電救助隊やつらを信じてきた?超電救助隊やつらを信じ続けた、聖女かのじょへのこの仕打ちはなんだ?

頭が、割れそうに痛い。

姿を消して電信柱の上に立ち尽くす。私の眼下に展開された黒服連中に囲まれて、出来の悪いぬいぐるみのような巨大な頭部を持った “怪人” が歩いている。

純白のスーツを身に纏う、変わり果てた“彼女”が歩いている。
俺が与えてしまった道の末路。おぞましい最期。

よくもあそこまで溜め込んだものだと半ば呆れてしまうほどの腫瘍を抱え込み、小柄な彼女の体では二頭身に見えるほどに膨れ上がった無残な肉塊。それさえも全て、彼女が救った者達の証……救済の勲章だった筈なのに。
そんな風に、正しさがあったような口を利いても真実は変わらない。

なのになぜ彼女はまだ死ねない?

彼女は言っていた。あの日尽きるはずだった自分の命で、人々を救いたいと。
それを止めることは出来なかった。彼女の覚悟がわかった。彼女の誇りを知った。
元々間違いだったんだ。

その覚悟を、誇りを。

なぜこうも冒涜できる?

ぼたりと、蠢く塊の開口部から潰れた脳組織が零れ落ちる。それは誰のものだ?

彼女の脳に逆流した腫瘍は、数百キロに及んでいた。急激に肥大化した脳は、彼女の正常な思考を奪う。
救うためだったはずの力で、彼女は際限なく破壊してしまう。冒涜された彼女の正義が、暴走する力が平和を脅かす。
これが末路だ。俺は目を背けられない。

かつて救った無辜の少年を、ホワイトの暴走は巻き込んでしまった。

こう成り果てた彼女をヒーローと呼ぶ者は誰もいないだろう。異形の姿、無節操な破壊、“悪の組織” に改造された体。
それはもう、誰がどう見たとしても……

悪の “怪人” に、他ならない。

ちょうど今おぞましい音を立てて、彼女の “頭” に触れた路上の立て看板が消え失せた。

思考が熱を帯びる。痛みに気づかないふりをして、頭の中で叫ぶ声が聞こえないふりをして、目を逸らしたくなる姿をしっかりと見つめて、渦巻くあてどない怒りの矛先を明らかにしようと脳を研ぎ澄ます。
彼女を怪人にしたのは、なんだ?
正義俺が与えたか。世界俺が歪めたか。“ヒーロー、そう名乗った俺” か。

“超電救助隊HERO” か?きっと、彼らも正義と世界と“ヒーロー”を信じていた。

歪み裂けたその唇から、誰かを癒そうとする言葉が漏れる。

「あなたが病気って分かってるんだから……いらくしないから、わらひ……」

ここまで壊れてしまっても尚彼女を衝き動かす正義感。それだけを頼りに、ホワイトは緩慢に歩いている。どうして、そんな姿になっても誰かの為に歩けるのか。無垢で哀れで、どうしようもなく強い。

守りたかった、誰よりも純粋なヒーロー。
壊してしまった、宿命の聖女。

「隠れ、て、ないで……」

……不意に、その歩みが止まる。

警戒して隊列を組み直す黒服の前で、ステルスパックが煙を上げ始める。激しく頭を振り回しながら、彼女は叫び声をあげる。

「あぁぁぁぁぁぁぁあぁあ!!」

心を切り裂くような叫びが、長く尾を引いて胸を衝く。
これだけが、彼女がかの戦士を詰る唯一つの声。なのに、彼女は続けない。彼を責めようともしない。世界を責めようともしない。

不意に、その動きが止まった。
宙の一点を見上げて、不自然に静止する。

「……私、もう行かないと。元気でね。」

ふと鮮明に紡がれた言葉は、彼女が助けた患者たちに向けて、いつも言っていた挨拶。
最期まで、彼女は誰のことも責めなかった。

別れの挨拶。

「私は瞬間脳腫救命士、ドレナージ」

静かな声を、爆発音が遮った。ひしゃげたドクトルスコープが、爆発とともに砕け散る。その衝撃でバランスが崩れ、彼女は後ろに倒れ込む。背中より先に、肥大化した頭部がアスファルトに打ち付けられる。

「ホ……」

彼女の頭部は、ぐしゃりと音を立てて黒い地面に広がった。

守りたかったのに。
救いたかったのに。




黒服の視線を避け、影に紛れて身を隠す。
確かに彼女はヒーローだった。けれど、超電救助隊やつらはその正義を踏み躙った。

彼女のような死を無くすためなどと言うつもりはない。正しさなんて幻想が蔓延る限り、あんな死に方は消えはしない。救済に殉ずる覚悟を嗤うことはしない。けれど、あいつらに対する信頼は地に落ちた。
このままあの組織にいても、守れないものがある。

あの日、彼女は言った。超電救助隊は救助隊であり、断罪者ではない。

ならば、私は救助隊でなくても構わない。断罪者となろう、そして奴らの下で苦しんでいる同士を解放するのだ。

悪を倒し、無垢を助く。私の正義を共有する同士を。

悪とは何だ。無垢とは何だ。君が守りたかったものはなんだ。それとも君は、描いた正義に追い縋るだけの夢想人か。

わかっている。君を責める資格など、俺にはない。俺は君より先に間違えただけの愚か者だ。この声だって、届く日は来ない。
頭痛が引いていく。頭が冴えていく。頭の中で合成音声が叫んでいる。超電救助隊から届く音声は、いつもどこか遠くから聞こえていた。
正義はここにある。救済は我らが下す。お前達にできない事を、我々がやってやる。
それを独善と呼ぶ。それを罪と呼ぶ。君は気づけない。
右耳から黒い煙が上がる。ばつんと音を立てて飛び出したコードのようなものを引くと、壊れた通信機がかすかに叫び続けながらずるりと引き摺り出されてきた。痛みはない。

「……黙れ」

呟き、コンクリートの上に投げ捨てて踏み潰す。

英雄ヒーローの名前は嘘かもしれない。正義ただしさはひとつじゃないかもしれない。
真実など、正義など、どこにもないというのに。
ならば私は道を拓く。たった一つの正義ただしさが、立ち塞がっていた道を。
閉ざされた道には閉ざされるだけの理由があることに、彼は最期まで気づけなかった。

超電救助隊には、まだ沢山の正義がある筈だ。救助隊に所属することで、人を救い続けるヒーローもいるだろう。だからあの組織の敵になるのは、きっと私のすべき事ではない。
ただ私のように苦しみの中にいる、断罪者の魂を持つ者を……私は、集めようと思う。

彼は知らない。それが招く末路を。彼はいつか知る。それが招く末路を。

私がこれから作る組織は、“HERO” ではない。けれどヒーローとして、絶対に譲れないものはある。

「……超速救命瀉血戦士、か……」

シノビ・ネイビーは決意する。奇しくもそれは、かの戦士が望まないままに重ねた罪をなぞるような選択だった。

かつて彼女を救った銀色の鎧のヒーロー。彼が名乗っていたという、鋭利な響きの名を思い出す。超電救助隊では見かけない彼の称号は、強く “敵” の存在を感じさせた。
彼は選ぶ。その男の願いと罪のなんたるかも知らずに。[[size 0%]]
これから集める同士はきっと、逆境の中戦うだろう。これから始まる戦いにはきっと、多くの敵が立ち塞がるだろう。

だから、顔も知らないヒーローの…… “戦う者” の名前を借りたいと思った。
[[size 0%]]彼は追う。その道がどこに続くのかも知らずに。




同士なかまたちに、“戦士” の名を与えよう。

どんなに苦しい中であっても、戦い続けるための名を。

何も知らないネイビーは、暗い焔を宿す瞳でそう呼んだ。

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