遠野裏物語: 渋谷ハロウィン事変
第一〇三一話 渋谷ハロウィン事変
これはつい最近の話です。
遠野に住まう二尾の狐が、友達の猫又と師匠であり曾祖母の九尾の狐を東京観光に誘いました。時は神無月の末日、場所は東京の渋谷で大きなハロウィン1の祭りが行われるのです。当日の夜の渋谷は多くの人間で賑わい、また怪異の仮装をしている人間がたくさんいるため、本物の怪異が混ざっても全く気付かれません。普段人間に化けて暮らしている怪異たちも、この日は気兼ねなく本来の姿で外を歩くことができるといいます。そういうわけで遠野の山奥に住んでいる彼女たちは、修行の息抜きもかねてハロウィンの祭りに参加することにしました。
祭りの前日に東京に到着した三人は原宿や新宿など、東京の有名な観光地を巡り都会の街を存分に楽しみました。明日はひさしぶりに男を捕まえて精気でも吸っちゃおうかな、なんて計画したりして、ついにハロウィン当日を迎えます。

亥の刻、三人が渋谷駅に到着した頃にはすでに多くの人間が集まっており、スクランブル交差点2はすし詰め状態です。怪異の気配もいくらかしますが、こんなに人間が多いとさすがに見つけられそうにありません。人混みに圧倒されている孫娘と猫又をよそに、九尾の狐は耳と尻尾の変化だけ解いて颯爽と人混みに踏み出していきます。二人も遅れて九尾の狐の後に続きました。耳と尻尾なんて出したら人間に正体がバレてしまうのではないかと実は内心びくびくしていた二尾の狐と猫又ですが、いざ踏み出してみると誰からも奇異の目を向けられることはなく、むしろ格好だけで言えば三人よりも目立つ者が何人もいました。腐った肉のような化粧をして亡者の仮装をしている者。全身が桃色の者。赤と白の縞模様のこけしのような着ぐるみを着ている者。見たこともない怪異の仮装をした人間たちにもみくちゃにされ、まるで百鬼夜行のように街を練り歩いているとどんどん楽しくなってきます。駅前の広場では大道芸をしている人がいたり、あちこちで無料で酒を配っていたりと、渋谷の街はお祭り騒ぎでした。
気分も上々のところ、三人が大きな通りから一つ外れた道を歩いていると三人組の若い男たちに声をかけられました。
「こんばんはー。お姉さんたち、そのコスプレ3めっちゃ可愛いですね!」
「妖狐と猫又ですか?すごいリアル4っすね」
「ありがとー!でしょ!手作りなの!」と九尾の狐が答えます。
「お兄さんたちのもいかしてますね!」
「あざーす!」
男たちは狩衣に袴と立烏帽子をつけて、まるで平安時代の貴族のような格好をしていました。
「お姉さんたちはどこから来たんですか?」
「岩手から夜行バス5で来ました」
「岩手!?めっちゃ遠いやん!しんどくなかったですか?」
「しんどかったですよー。私と猫又の子は飛行機に乗ってみたかったんですけど、九尾の人が『夜行バスのほうが安くていいよ』って言うんで」
「東京は何するにもお金かかるんだから、交通費くらい浮かせた方がいいじゃん」
「九尾のお姉さんは結構東京慣れてる感じっすね」
「うん。だから私が後輩二人を案内してあげてるって感じかな」
「なるほどー……あ、よければ写真撮りません?」
そういって男たちは懐からカメラを取り出しました。三人は了承し、男二人に挟まれて横一列に並びます。カメラに笑顔を向けると、男がシャッターを切ってカメラから閃光が放たれました。写真撮影が完了したと思いきや、なんと体が動かないのです。三人が困惑していると、男たちが口を開きました。
「かかったな、妖あやかしどもめ」
「我ら五行結社6、ハロウィンに乗じて集まってくる妖どもを狩るために渋谷を張っていた。このカメラも妖の動きを封じる術を仕込んだ装置なのだ」
「まんまと尻尾を出しおって。ここで成敗してくれる!」
男たちが懐から札を取り出して近づいてきます。もはや万事休す!といったところで、九尾の狐が抑えていた妖力を解放し、三人にかかっていた術を払いのけました。
「キョウとミケ、お前たちは逃げな。こいつらは妾が何とかする」
二人は留まろうとしますが、この場では自分たちは足手まといなのだとわかると師匠を信じて逃げ出しました。人混みをかき分け押し分けて、とっくに最終の電車はなくなっているのでとにかく走ります。追手が迫っている気がしましたが、獣の脚に人間が追いつけるはずがありません。走って走って、追手も撒けただろうというところで、前日に寝泊まりした九尾の狐の知り合いの稲荷神社にたどり着きました。稲荷様に事情を話して怪異の気配を消す結界を張ってもらいとりあえず一安心するも、九尾の狐がなかなか戻ってきません。二人が東京で知っている場所はここ以外にないので、はぐれたというのは考えづらいです。さらに九尾の狐はかつて国を傾けたこともあるほどの強い妖狐なので負けるはずないのですが、もしかしたら彼女の身に何かあったのかのではないかと心配になります。ただ五行結社の奴らをやっつけるのに少し時間がかかっているだけだと、二人は信じて待つことにしました。
夜が明けて、昼前になってやっと九尾の狐は二人のいる神社に戻ってきました。何があったのか尋ねると、どうやら九尾の狐は二人と別れた後、早々に五行結社の一団を打ち倒して暇になったため、当初の計画通りクラブ7に一人で行ったといいます。そしてそこで声をかけてきた男と一緒に宿に泊まり、そのまま朝まで楽しんでいたとのことでした。何事もなかったことに安堵しつつも、孫娘と弟子をほったらかして自分だけで楽しんでいた師匠にやるせなさを感じながら、二人は、行きの時より少し若々しくなった九尾の狐とともに東京を後にするのでした。
語り手: 妖狐のキョウ 筆記: 笠松 亮子
これはつい最近の話です。
遠野に住まう二尾の狐が、友達の猫又と師匠であり曾祖母の九尾の狐を東京観光に誘いました。時は神無月の末日、場所は東京の渋谷で大きなハロウィン1の祭りが行われるのです。当日の夜の渋谷は多くの人間で賑わい、また怪異の仮装をしている人間がたくさんいるため、本物の怪異が混ざっても全く気付かれません。普段人間に化けて暮らしている怪異たちも、この日は気兼ねなく本来の姿で外を歩くことができるといいます。そういうわけで遠野の山奥に住んでいる彼女たちは、修行の息抜きもかねてハロウィンの祭りに参加することにしました。
祭りの前日に東京に到着した三人は原宿や新宿など、東京の有名な観光地を巡り都会の街を存分に楽しみました。明日はひさしぶりに男を捕まえて精気でも吸っちゃおうかな、なんて計画したりして、ついにハロウィン当日を迎えます。

亥の刻、三人が渋谷駅に到着した頃にはすでに多くの人間が集まっており、スクランブル交差点2はすし詰め状態です。怪異の気配もいくらかしますが、こんなに人間が多いとさすがに見つけられそうにありません。人混みに圧倒されている孫娘と猫又をよそに、九尾の狐は耳と尻尾の変化だけ解いて颯爽と人混みに踏み出していきます。二人も遅れて九尾の狐の後に続きました。耳と尻尾なんて出したら人間に正体がバレてしまうのではないかと実は内心びくびくしていた二尾の狐と猫又ですが、いざ踏み出してみると誰からも奇異の目を向けられることはなく、むしろ格好だけで言えば三人よりも目立つ者が何人もいました。腐った肉のような化粧をして亡者の仮装をしている者。全身が桃色の者。赤と白の縞模様のこけしのような着ぐるみを着ている者。見たこともない怪異の仮装をした人間たちにもみくちゃにされ、まるで百鬼夜行のように街を練り歩いているとどんどん楽しくなってきます。駅前の広場では大道芸をしている人がいたり、あちこちで無料で酒を配っていたりと、渋谷の街はお祭り騒ぎでした。
気分も上々のところ、三人が大きな通りから一つ外れた道を歩いていると三人組の若い男たちに声をかけられました。
「こんばんはー。お姉さんたち、そのコスプレ3めっちゃ可愛いですね!」
「妖狐と猫又ですか?すごいリアル4っすね」
「ありがとー!でしょ!手作りなの!」と九尾の狐が答えます。
「お兄さんたちのもいかしてますね!」
「あざーす!」
男たちは狩衣に袴と立烏帽子をつけて、まるで平安時代の貴族のような格好をしていました。
「お姉さんたちはどこから来たんですか?」
「岩手から夜行バス5で来ました」
「岩手!?めっちゃ遠いやん!しんどくなかったですか?」
「しんどかったですよー。私と猫又の子は飛行機に乗ってみたかったんですけど、九尾の人が『夜行バスのほうが安くていいよ』って言うんで」
「東京は何するにもお金かかるんだから、交通費くらい浮かせた方がいいじゃん」
「九尾のお姉さんは結構東京慣れてる感じっすね」
「うん。だから私が後輩二人を案内してあげてるって感じかな」
「なるほどー……あ、よければ写真撮りません?」
そういって男たちは懐からカメラを取り出しました。三人は了承し、男二人に挟まれて横一列に並びます。カメラに笑顔を向けると、男がシャッターを切ってカメラから閃光が放たれました。写真撮影が完了したと思いきや、なんと体が動かないのです。三人が困惑していると、男たちが口を開きました。
「かかったな、妖あやかしどもめ」
「我ら五行結社6、ハロウィンに乗じて集まってくる妖どもを狩るために渋谷を張っていた。このカメラも妖の動きを封じる術を仕込んだ装置なのだ」
「まんまと尻尾を出しおって。ここで成敗してくれる!」
男たちが懐から札を取り出して近づいてきます。もはや万事休す!といったところで、九尾の狐が抑えていた妖力を解放し、三人にかかっていた術を払いのけました。
「キョウとミケ、お前たちは逃げな。こいつらは妾が何とかする」
二人は留まろうとしますが、この場では自分たちは足手まといなのだとわかると師匠を信じて逃げ出しました。人混みをかき分け押し分けて、とっくに最終の電車はなくなっているのでとにかく走ります。追手が迫っている気がしましたが、獣の脚に人間が追いつけるはずがありません。走って走って、追手も撒けただろうというところで、前日に寝泊まりした九尾の狐の知り合いの稲荷神社にたどり着きました。稲荷様に事情を話して怪異の気配を消す結界を張ってもらいとりあえず一安心するも、九尾の狐がなかなか戻ってきません。二人が東京で知っている場所はここ以外にないので、はぐれたというのは考えづらいです。さらに九尾の狐はかつて国を傾けたこともあるほどの強い妖狐なので負けるはずないのですが、もしかしたら彼女の身に何かあったのかのではないかと心配になります。ただ五行結社の奴らをやっつけるのに少し時間がかかっているだけだと、二人は信じて待つことにしました。
夜が明けて、昼前になってやっと九尾の狐は二人のいる神社に戻ってきました。何があったのか尋ねると、どうやら九尾の狐は二人と別れた後、早々に五行結社の一団を打ち倒して暇になったため、当初の計画通りクラブ7に一人で行ったといいます。そしてそこで声をかけてきた男と一緒に宿に泊まり、そのまま朝まで楽しんでいたとのことでした。何事もなかったことに安堵しつつも、孫娘と弟子をほったらかして自分だけで楽しんでいた師匠にやるせなさを感じながら、二人は、行きの時より少し若々しくなった九尾の狐とともに東京を後にするのでした。
語り手: 妖狐のキョウ 筆記: 笠松 亮子
ページリビジョン: 4, 最終更新: 24 Sep 2026 18:40


