部屋が1つ。
女性が2人。
男性が10人。
彼らは全員で顔を寄せ合っている。
が、別に色気のあることは起きない。
薄暗い一室に男女12人が押し込まれているシチュエーションは、そこが財団サイトの中だという事実を横に置いたとしても、何か後ろ暗い出来事が発生しそうな印象を与えるかもしれない。しかし実際には、12人が置かれている状況は非常に健全かつ無害なものだ。彼らは技師、科学者、そしてエージェントといった財団職員たちで、ちょっとした暇つぶしのため自発的にここに集まっているに過ぎない。
とかく一般社会と切り離されがちな秘密組織"財団"において、制限されることが多いのが娯楽である。ここサイト-34の場合、マクシムスという超常ハッカーの巧妙なサイバー攻撃に遭ってからというもの、あらゆる私物のゲーム機や映像機器の持ち込みが制限されている。いずれは緩和されるのだろうが、それまで所属職員たちはアナログな楽しみを見つけていくことを余儀なくされた。
そんな中で考案されたのが、この薄暗い部屋での茶話会だった。参加した者は順繰りに何か話を語り、他の参加者はそれを興味深いと感じたならコインを1枚進呈する。エピソードトークでも自作の詩でも、語る内容は何でもいい。全員が話し終わった時、一番多くのコインを貰えていた者がその日のチャンピオンだ。彼らはこの催しを"語り部の集い"と呼んでいた。
「……というわけで、SCP-239にクリスマスの物語を読み聞かせたどこかのバカのせいで、私たちはブラックサンタと南極で格闘する羽目になったんだ」
カスティーリョ博士がそう締めくくると、集いの参加者からはまばらな拍手が飛んだ。極寒の地での冒険は刺激的なエピソードではあるのだが、既にサイト職員の間では知れ渡った話で新鮮味が薄れていた。次に話し始めたのはフォン・ブラウン博士だったが、彼は若くして死んだ息子(架空)の話から早々に聞くに堪えない蘊蓄に脱線し始めたので、最後の語り部であるオザワ博士の番となった。
オザワ博士はドイツ人とユダヤ人と日本人のハーフで 3なのにハーフとは?と思われるだろうが、複雑な事情があるのでここでは割愛する 若くして、財団職員から見ても少々奇妙な体験談を豊富に持っている。彼女が口を開くと、皆は神妙な面持ちで耳を傾けた。
「そうですね、あれは私が日本の財団支部に派遣された時の話です……」
「13」は不吉な数字だとされていますよね。イエスを裏切ったユダは13番目の弟子で、ジェイソンは13日の金曜日にマチェーテを振り回す。そうした逸話の中に「絞首台に登る階段が13段だったから」というものがあるのをご存じでしょうか。13段の階段が作られないのも、エレベーターなどで13階が無いのも、13という数を登ってしまうことが死刑を連想させるからなのだとか。
さて、日本ではSCP-413-JPというオブジェクトが収容されています。413-JPはある学校に取り付けられた階段で、本来12段しかないはずのその階段を登ると、なぜか何度数えても"13段"存在するという噂が広まっていました。とはいっても、それは呪いのせいなんかではありません。異常性によって数の認識がすり替えられているだけ。1,2,3,4,5…とひとつずつ数えていっても必ずどこかの数字を抜かしてしまうため、12段目を13段目だと誤認するというわけです。
私が派遣されたのは、スペイン語話者のDクラスを413-JP実験に参加させる立ち合いのためでした。言語によって数の数え方は異なっていて、例えば英語では"twelve"までが固有の名前で、"thirteen"から3+10といった組み合わせの呼び方になります。日本語では11から10+1と解釈して"十一"というパターンになる一方、スペイン語は15までが固有名なので、異常性に暴露した際にどのような反応を示すかが実験の目的でした。
結論から言えば、そのDクラスに目立ったことは起こりませんでした。先ほどまで12段だったはずなのにと首をひねってはいたものの、無事に13まで数え上げたので、次に13段よりも長い階段を登らせることにしました。
1ウノ,2ドス,3トレス…と順調に登っていたDクラスに変化が起き始めたのは、9段目に到達した後です。9ヌエベの次に彼が発したのは10ディエスではなく……形容しがたい音でした。意味は分からないが、それが数字であることは何故か認識できる。そんな音を口ずさみながら、Dクラスは階段を軽やかに登っていきます。
そう、413-JPの曝露者は登る階段を必ず13段と数えるようになるのです。段数が少なければその分だけ数字を減らし、多ければ存在しない数字を持ってきて13までの足りない隙間を埋める。帳尻を合わせる。この実験に使用された階段は、少なくとも50段以上はあったでしょう。
それでも終盤になると、ようやく唱えられる言葉は我々のよく知る数字に戻ってきます。10ディエス,11オンセ,12ドセ 彼にとっての13段目をついに踏もうというとき、Dクラスは足を踏み外しました。
ええ、怪我はありませんでした。Dクラスにとって本当の意味で不運だったのは、そのイレギュラーによって彼自身が今どこの段数にいるか完全に識失調してしまったことです。
Dクラスは錯乱したようにあの"数字らしきもの"を連呼するばかりで、次に踏むべきが13トレセなのか3トレスなのかもわからぬように転げ落ちては登り転げ落ちては登りを繰り返していました。保安職員によって階段から引き剥がされるまでの間、彼は永久に13というゴールに辿り着くことのない狭間に囚われていたのです。
私はこの件を経て、少し13という数字が怖くなってしまったような気がします。正確には、1から13の間に横たわる無限の領域が。絞首台への階段をずっと登り続けるのは、死そのものよりも恐ろしい事なのかもしれません。
オザワ博士が語り終えると、参加者たちは次々にコインを彼女の前に置いた。今回は彼女が最も興味深い話の語り手だった。集計を待つまでも無く、参加者全員がコインを置いたので誰もそれに異論は無い。オザワ博士は笑みを浮かべながらコインを積み上げて数え 凍り付いた。
コインは13枚あった。何度数えても13枚。集いの参加者は、男女12人。
このことが明らかになると、参加者たちはちょっとしたパニック状態に陥った……だが、やがてクスクスと忍び笑いが聞こえてきたことで一同は静まり返った。フォン・ブラウン博士の声だった。
「いやぁすまない。ちょっとしたイタズラだったんだ」
彼は笑いながらごく単純なトリックを明かした。全員がコインを置いていくのを見て、13にまつわる話になぞらえるようにこっそりとコインを2枚重ねて置いたのだ。参加者たちは他愛のない真相にほっと胸をなでおろし、折よく休憩の時間が終わったので、皆それぞれのオフィスに戻っていった。
ただひとり、カスティーリョ博士は頭の片隅で疑問を抱えていた。計算が合わないからだ。確かにあの部屋には12人が居て、フォン・ブラウン博士はコインを1枚余分に置いた。だが、12人というのはオザワ博士本人を含めた場合だ。本来置かれているべきは11+1枚のはず。誰かがブラウン博士と同じことを?オザワ博士の手違い?SCP-413-JPの異常性?それとも……。
ちょうどその時声を掛けられ、カスティーリョ博士の意識は目の前の仕事に引き戻された。彼はそれ以上このことについて考えなかったし、やってきた大型の仕事に忙殺されて思い出す暇も無いだろう。
13にまつわるサイト-34の怪談は、こうして静かに幕を閉じたのだった。


