闇寿司ファイルNo.684 "ハモの握り"
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ハモ(Muraenesox cinereus)の刺身

概論
鱧(ハモ)は、大阪・京都において夏に欠かせない食材と言われる。我々が利用するスシに留まらず、湯引き、ハモちり、天ぷら、カツ、蒲焼き、唐揚げなど様々な料理の形態で親しまれている。古来、福井や瀬戸内で漁獲された魚類は都へ輸送され、その中でも生命力の強いハモは新鮮な状態で天皇家や公家に贈られたという。こうした歴史的背景を経て、ハモは現在でも関西圏における夏の味覚とされている。

重宝されるだけの栄養価を持ち、また外見の通り獰猛な気性を有するハモは、スシとしても高い性能を発揮する。今回はハモという動物が持つ長所を生物学的観点から掘り下げ、その応用まで紹介する。

スシブレード運用

攻撃力

防御力

機動力

持久力

重量

操作性

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ハモ(Muraenesox cinereus)は、条鰭綱ウナギ目ハモ科ハモ属に属する海水魚である。生鮮魚介類の一般的名称としては同属に属するスズハモ(M. bagio)と同一視されるが、分類学的には別種とされる。両者は頭部から肛門にかけて分布する測線孔の数に基づいて同定可能であり、前者では40個以上、後者では40個未満とされる。また、スズハモは国内で北海道まで分布するのに対し、ハモは青森県を北限とする。

他のウナギ目魚類の例に漏れず、ハモは前後に長い円筒形の体を持つ。雄個体よりも雌個体が大型である傾向を示し、全長1mを超過する個体は雌である場合が多い(最大で2.2mに達した個体も記録されている)。小型から中型のウツボに匹敵する肉食魚ということになり、全身を用いた場合、通常のスシには実現不能な鞭のようにしなる特異的な攻撃も実現可能であろう。

頭部は吻部が長く、眼窩の後側まで顎が裂ける。口腔には犬歯状の鋭利な歯が配列する。捌いて刺身にする場合指を噛み千切られる危険があるほか、頭部を切開してもどこぞの山犬よろしく首だけで喰らい付きに来る場合があるため、頭部には厳に注意を要する。この凶暴性はそのまま有用な攻撃特性として転用可能である。

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骨を除去し水洗いしたハモ

他のウナギ目魚類と同様に、ハモは全身を蛇行させるタイプの側方波動運動によるロコモーションを実現しているため、筋基質タンパク質が発達している。またハモの骨格は上肋骨・上神経骨・上椎体骨・筋骨竿に細分される肉間骨が軸骨格の周囲に発達しており、これらを纏めた骨の総数は約3500本におよぶ。従って調理が鬼のようにすこぶる煩雑化するわけであるが、硬質な骨と屈強な筋肉は、スシの防御力の底上げに寄与する。

なおハモの旬は冒頭部で述べたように一般に夏とされているが、これは繁殖に際して食餌量が増加しているためでもある。ハモは冬眠する魚類でもあるため、夏に加えて晩秋も旬となる。ベトベトに脂の乗ったハモのネタは、火炎瓶のような苛烈な可燃物としての取り扱いも可能であろう。この場合、先のレーダーチャートに示す攻撃力は遥かに跳ね上がると見てよい。

エピソード
ここまでスシネタ単体の硬度調整、生体の獰猛性に任せた直接攻撃、そして実質的なナパーム弾としての活用を紹介してきたが、"ハモの握り"の応用例の神髄はもっと時空を超越した奥底に潜んでいる。ここからは、筆者の持てる全てを発揮した白熱の勝負であり、また計略が歯車のように上手く噛み合った成功例とも言える試合の話をしよう。

筆者はこの奥の手を先の日韓スシ交流戦で披露した。対戦相手は異国の者といえど、その容姿は日本人と全く区別がつかない。多少片言混じりの挨拶を耳にしなければ、互いの国籍など忘れて試合に入っていたかもしれない。韓国式のお辞儀をする相手に向き合い、私も日本式の礼で返す。

私が選んだスシは当然"ハモの握り"だ。縄文以来日本列島に根付く伝統があり、そして戦法のバリエーションも豊富である。弱い寿司への拘りを捨て去った我ら闇寿司とはいえ、それぞれの国を代表する交友の場で、例えばカリフォルニアロールのような外様に任せるわけにはいかない。古都に愛されたネタで戦い抜くと決意を固め、対戦相手に目をやった。

⸺ すると、何やら対戦相手の方から何某かの匂い……否、臭いが流れて来た。まるでタイルにお小水の飛び散った小学校の男子便所のような、ブタの腎臓を解剖した時の高校の生物室の一角のような、むせ返ってしまうほどの強烈な汚臭。突然にこみ上げてきた嗚咽を殺すのに精一杯となった。

何かのハプニングかと思い見回したが、審判は口元を覆う素振りこそすれ、試合を中断する方には向かわない。そして何より、対戦相手の男は既に特別あつらえらしいマスクを着装しているではないか。男は無言、しかしその目は笑っているように見える。

私: (この男、公衆の面前で恥ずかしげも無く小便をまき散らしたのか……?)

鼻腔の奥を貫かんばかりの刺激臭に涙する。眼前の相手にとんでもないイカレ野郎の烙印を押していると、彼に動きがあった。手元が揺れ、ヤツの所持する物体が現れるとともに、会場に溢れる臭気のボルテージが一段と上昇した。

尿瓶か、それとも化学兵器か、あるいは両方か ⸺ 。もし糞尿の類という禁忌が持ち込まれているのであれば、こちらもスシブレーダーとしての禁じ手 ⸺ ハモの血液からあらかじめ抽出しておいた毒物イクシオトキシンの使用さえも視野に入れなければならない。

止め処無く流れ出す涙を拭いながら、物体の正体を凝視する。紛れもない悪臭の根源、それは ⸺

男: 我が国の伝統、ホンオフェはいかがか?

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ホンオフェ

ホンオフェ。あのシュールストレミングに次ぐ圧倒的な臭度を誇る、エイの刺身を発酵させた高級保存食だ。品を見せられても小便以外の何者でもない臭いが立ち込める。ミクロコスモスによる発酵という過程はやはり、いつも我々を驚かせてくれる。

私: 日韓伝統料理対決か、面白ッ……

口を利こうとした途端に鮮烈な臭気が脳髄を突いてくる。堪らず袖で口元を隠すも、充満した凶悪な香は如何ともしがたい。勘弁してくれ。辛うじて試合続行の構えを取り続けているが、これがスシブレードの場でなければとっくに床でのたうち回っている臭さだ。

男: ガンギエイを使った我が国の伝統食品。その妙技をご賞味あれ!

私: やるしかないってか!

「「3、2、1! へいらっしゃい!!」」

高速回転するスシ同士の激突。凄まじい猛臭が刻一刻と鼻に深刻なダメージを与えてくる。嗅覚が壊れてしまっていないのが不思議なほどだ。もう脳細胞のいくつかは生存を諦めてしまっているかもしれない。スシの螺旋回転に伴って場内の空気がかき混ぜられ、悪臭のトルネードが立ち上りつつあった。日韓の伝統食対決が、こんな形の環境戦になろうとは!

視界が朧になり、入れ替わるようにして死にゆく私の脳裏に「限界」の2文字が見えてきた、その時。

私の制止をよそに、男はホンオフェの激臭を振り撒きながら次なるフェーズに入り始めた。禍々しいほどの臭気が大気を歪曲させ、スシエネルギーが空気中に光の帯を生みはじめた。空間が質量を帯びるような変容が起きていく。


⸺ 間違いない。生体具象化型のスシブレーダーだ!

むしろ今の状況ならば奇貨かもしれない。このまま激甚なアンモニア臭に苦境を強いられ続けるよりも、大技の隙を突く方が勝機もありそうだ。咳込みながら様子を窺うと、男の頭上には螺旋の煙を描きながら巨大なエイのような実体が姿を現した。

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オンコプリスティスだ!




よく思いついたものだ、と賞賛しなければならない。鼻を詰まんでおく必要さえなければ、ここで直ちに盛大なスタンディングオベーションをしていたところだ。

オンコプリスティス ⸺ 綴りではOnchopristisと記す ⸺ という全長4メートルあまりに達するこの巨大エイは、ノコギリエイによく似るがそのものでない。その類似は収斂進化の賜物である。むしろこれはガンギエイ目に属し、ホンオフェの具材とより近縁なのだ。最初からノコギリエイを出さずに物理攻撃への警戒を解き、それ以上の破壊力と体躯を持った怪魚を叩き込む。非常に秀逸な偽装と戦法だ。

私: 化学攻撃による戦意喪失、そして物理攻撃への転用。天晴だ!

回転するオンコプリスティスの吻が迫る。巨大な質量と刺々しいかえしの付いた歯を帯びた、まさに刃物の風貌を持つ吻が絶・天狼抜刀牙の様相で"ハモの握り"に迫る。あれほどの運動量を持った物体の回転をくらえば、尋常の"ハモの握り"ではひとたまりも無く消し飛んでしまう。



⸺ そう、尋常の"ハモの握り"では、だ。

凶刃の迫る"ハモの握り"から、スシエネルギーが迸る。化学攻撃から物理攻撃への転換は鮮やかな戦略に違いないが、"ハモの握り"の前では悪手だったのだ。その雰囲気を感じ取った男の眼付きから飄々とした態度が消え、怪訝そうに眉間に皺が走る。

男: まさか ⸺

私: そう、同じタイプの ⸺ 生体具象化型のスシブレーダーだ。

男: しかし!高速回転するオンコプリスティスを止められる生命なんて ⸺ 1つしか居ない!

そう。"ハモの握り"ならばそれを召喚できる。

私: あんたが収斂を避けるなら、私はそれを使わせてもらうよ。

男: まさか ⸺

私: 来いッ!

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スピノサウルスだ!




突然出現した巨大獣脚類を前に、白亜紀生まれのエイもたじろいだ。なにしろ、彼らにとってスピノサウルスは天敵に他ならない。ケムケム層で化石の産出したオンコプリスティスは当時のアフリカ大陸の河川でスピノサウルスと共存し、その被食者の地位にあったと推察されている。およそ1億年前の食物連鎖が今ここで繰り返されようとしている。

⸺ そして、ハモからスピノサウルスを呼び出せる理屈は動かしがたいものがある。

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スズハモとスピノサウルスの比較

ハモ科の魚類とスピノサウルス科の恐竜は、その顎の形態が収斂進化の関係にある。前端部の膨らみ、上顎のくびれ、歯の大きさの差異……そうした要素が魚類と恐竜という、全くかけ離れた2つの分類群の間で共通しているのだ。

これは両者の類縁関係を示唆するものでは決してない。遠く離れた2つの系統の枝であっても、似通った環境に置かれれば共通した形質状態を獲得できるという、形態学的な収束が起きている。

つまるところ、スピノサウルスは顎だけを見ればワニよりもハモの写し鏡のような存在と言える。

男: こんなことがーッ!!

スピノサウルス: ギャオオン!!!

スピノサウルスはハモのような顎でオンコプリスティスの胴部を捕らえ、そのまま陸に叩き付けて晩飯にしてしまった。各々の国の料理から始まり、人類の文明の域を遥かに超越した原始のスペクタクルに帰着した。

私の勝利で交流戦の第1試合は終幕し、相手とは試合の鮮やかな経過を称え合った。意気投合した我々はその後会場近くの店でともにハモ鍋に舌鼓を打ったわけだが、それはまた別の話である。

ついでに言うと、日本国内では群馬県や和歌山県からスピノサウルス科の化石が産出している。従ってスピノサウルスは日本の古代スシの1つと見なすこともできよう。ハモ(科)とスピノサウルス(科)を育み、両者の調和を実現した東アジアの地理と地史には感謝が尽きないものである。

関連資料

東邦大学医療センター連載コラム。ハモの分類学的・解剖学的紹介を織り込みながら、古来の食文化についてその実態や経緯を事細かに解説している。医学的見地からも本スシの妥当性が担保されている。

スピノサウルス科恐竜とハモ科魚類の顎の収斂を指摘し、両者で共通した捕食戦略が採用されていた可能性を提唱した論文。国立科学博物館の真鍋真からも妥当性が言及されている(参考)。

CGIを駆使した恐竜ドキュメンタリーシリーズ。日本でもNHK教育にて放送。オンコプリスティスを狩るスピノサウルスが描写されており、2025年現在高校生に当たる世代の幼少期を魅了した。

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